アンダーヒューマン

ガム

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十三話――《光と呼ばれた人物》

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 琴葉は当時、一人で心細く震えながら三百人近くで行動している集団に紛れ込んでいた。
 荒廃した街の大通りを流れるように歩いていた琴葉は最後尾。ただでさえ、自らの体の中に異物とも言える精神物質《アビス》を入れられて不安で押しつぶされそうになっているのに、この状況。
 周囲には見知らぬ人ばかり。普段から一人でいた琴葉は話せる相手もいない。
 時間が経つにつれて不安で胸が締め付けられそうになっていく。
 琴葉は気を紛らわすために握りしめていた携帯用端末を覗き込み、端末に表示されている項目を一瞥した。

「あれ? どうして一度目を通しただけなのに理解できるのだろう?」

 独り言を呟く琴葉は次第に周囲の声に耳を傾ける。
 すると、自然に全ての人の会話が頭の中に刻まれるように流れ込み――

「うっ……」

 頭痛のような感覚に襲われる琴葉は咄嗟に両手で頭を抱えるようにしながら両膝を地面についてしまう。

 そんな時だった。――彼らが現れたのは。

「諸君! ようこそ、地獄へ」

 燃えるような赤髪の男性は片目眼帯姿。革のジャケットとブーツに身を包んだ男性の手にはロングライフル銃。肩に担ぐようにしながら小高い丘の上から見下ろしていた。

「現在、君たちは解き放たれたばかりの無垢なる雛鳥。抵抗することなく、我々に賛同するならよし、しないのであれば容赦はしない」

 ざわつき始め出す周囲。
 いきなりの見知らぬ人物の登場と一方的な言葉に一同、動揺を隠しきれない。
 そんな中、一人の男性が右手を挙げて問いかけた。
 
「一体、どういうことか説明してくれないか?」

 赤髪の男性は声のする方へ鋭い視線を向け、ニヤリとほくそ笑むと、

「ふむ。いいだろう。俺の名前は木莵彰きどあきら。昨年、我々は一人の女性を巡って監視者どもから思わぬ虐殺に会ったのだ。それにより、我々と監視者で対立してしまう結果となり、現在に至る。奴らがどんな目的で君たちをこの過酷な戦場へ迎え入れたのかは不明だが、まだ監視者の言いなりになっていないと感じたから勧誘に来た次第だ」

「でも、管理者はお前のことを指名手配していたぞ?」
「そうだ! あなたたちが何か悪いことをしたんじゃないの?」
「それに、訓練期間が過ぎているのにあんたはここにいるんだ? おかしいだろ!」

 男女問わず、木莵彰を罵倒する言葉が飛び交う。
 そして次第に小言で囁いていた言葉は時間と共にざわつき始め、大きく広がっていく。
 彰は一瞥するように周囲を見渡した後、担いでいた長銃を空に向かって一発発砲した。
 
 ――パァン!!

 銃声と共に、一気に静まる周囲。

「いいか、よく聞け、雛ども! どんな話を貴様たちに植え付けたのかは知らないが、監視者どもは貴様たちを良いように《実験》し、使える者は支配し、使えない者は殺していく。それがここの施設のことわりと知れ!」

 響くような太い声色で『受け入れ難い言葉』を並べていく彰。
 そんな彰の言葉に、ざわつき始める周囲は不安混じりの声が飛び交う。
 その時だった。
 突如として、割って入るように執行者の一人を含む十数人の軍服を着た兵士が現れたのは。

「皆、訊くな! こいつらは反旗を翻した犯罪者どもだ。私たち、管理者を自分の能力の実験台として幾人も殺害し、今も尚、その牙を剥いている! こいつらは私たちと対立し、襲い掛かってくる獣と思え!」

 白い外套を纏った一人の執行者の胸にはⅪの文字。執行者は割って入るように空から大地に降り立つと、巨大な帯刀で眼帯男に襲い掛かる。

「チッ、話にならないな」

 彰は一気に後方へ跳躍すると、手に持っていた銃を執行者へ向け一発。
 それと共に、丘周辺に伏せていた数十名の眼帯男の仲間たちが執行者とそれに与すると思われる訓練生に攻撃を仕掛けていく。
 様々な乱暴な言葉と異能の波動。
 それに伴って聞こえてくる断末魔のような悲痛な声。

 琴葉は恐ろしくなり動くことが出来ずにその場で屈みこみ、頭を守るように両手で押さえ、現実から逃れようとした。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。殺されるッ! ――逃げなくちゃ!! ……でも、駄目……身体が思うように動かないよ。それに……それにッ、頭の中に、悲鳴が否応なしに入ってくるよぉ。

 周囲で走り舞う仲間たちが撃たれ、琴葉の顔や衣服にその紅い飛沫が付着していく。
 琴葉は胸が締め付けられる思いで胸の内から込み上げてくる吐物を必死に堪え、歯を食いしばる。
 前を見なくちゃ。でも、脚が動かすことが出来ない。

 そう感じ、琴葉は必死に左手で胸を抑えながら右手を前に差し出した。

 ――誰か。――……誰か、助けてッ!


「見つけた」


 優しく静かな声と共に、手を引くような感覚に陥った琴葉は、ふと、身体が軽くなる。
 目の前には肩にかかるほど綺麗な髪をした金髪男性の顔。
 琴葉たちとは違う、白を基調とした制服に淵を沿うようにして青藍のラインが入った衣装を着用し、左の胸元には紺碧で描かれた『咎』を斜めに斬った刺繍が印象的な男性は、爽やかな笑顔で――

「君、大丈夫かい⁉」
「は……い」

 戦乱の最中――周囲の音が消え、二人きりの世界観に入り込んだ琴葉は急に頬を紅く染めて小さく俯きながら答えた。
 だが、そんな出来事も一瞬で――目の前に血しぶきを上げた男性が倒れこんでくると、一気に現実世界へ引き戻されると共に表情も強張った。

「とにかく、ここは危険だ。こっちへ」

 周囲を警戒しながら金髪の男性は琴葉の手を取って、未だ争いが起きていない方へと走り出す。
 しかし、引かれていた琴葉は急に身体が軽くなると、一気に体勢が変わる。
 男性の背中を見ていた視線は胸元へと向けられ――。

「へっ? あ……」

 いつの間にか、男性に横抱きされていることに気づく。
 急に、顔が紅く染まる琴葉は周囲で争いが起きていることを再度、忘れてしまう。

「ちょっと悪いが……少し我慢してくれよ、な!」

 男性は琴葉を抱えているにも関わらず、ギアチェンジをすると、風を切るほどの速度でアペル方面へ駆け抜けていく。

 パァンッ!

「ちっ、追っ手がかかっちまったか」

 苦い表情を見せながらも速度は落とさない男性は、チラッと後方を流すように見ると追っ手の数を確認した。

 パァン、パァン――。

 琴葉の耳に、先ほどより近くで数発の銃声音が聞こえた瞬間。
 銃声と同時に、金髪の男性の右腕がスッと背中を振り抜くように伸ばされた。

「くそっ! どうしてこんなところに『光』がいるんだ⁉」

 複数の追手の中に、一際目立つ白い外套を被った執行者の一人が驚くように言い放つ。
 その執行者の胸には《Ⅻ》の文字。
 どうやら先ほど降り立った執行者とは別の人物のようだ。
 執行者は焦りながら周囲の仲間に立て続けに指示を出す。

「おい、あいつには実弾は効かん。能力を行使しろ!」
『了解しました!』

 二百メートルほど後ろには数名の追っ手。『光』と呼称された金髪の男性は琴葉を抱えながら執行者の方へ体を向け直し、後方へ跳躍すると、

「これはお返しさせてもらうよ?」

 右手には先ほど回収した数個の銃弾。狙いを定め、親指で弾くと勢いよく複数人の追っ手の体に命中した。

「ぐあっ⁉」「うっ……」「くはッ!?」

 致命傷とはならないが追っ手の腹部や脚に命中すると、その場で次々と倒れていく。

「ごめんね~、急いでいるもので。――ではっ♪」

 男性は追跡出来ないことを確認するとクルッと反転し、背を向けて全速力でその場を走り去っていく。

「くそっ、ナンバーⅢさえいれば捕まえることが出来たものをっ!」

 歯を噛みしめ、苛立つ執行者は『光』に追いつくことが出来ない。
 『光』と呼称された金髪の男性は、琴葉を抱えながら集合ビルの壁を数回蹴り上げ、重力を感じさせないような動きで勢いよく駆け上がっていく。
 そして、建物の屋上まで駆け上がると、スピードを落とすことなく屋上を走り抜け、遥か上空からの大ジャンプをして見せた。
 琴葉は思わず、必死に男性の胸をギュッと掴み、


「ひゃぁぁあああああああああああああああああああああ――――ッ‼」


 大声を上げていた。





 ――――……。

「ここまでくれば大丈夫だろ。後は、そこの男性にでも頼ってくれ」

 集合ビルの一角に辿り着いた男性は琴葉を優しく降ろすと、何事もなかったかのように遠目で見える白服の男性、二階堂潤を指差した。

「あ、あの……お名前を教えてもらってもいいですか?」

 未だ心臓の鼓動が高鳴る琴葉は必死に心を落ち着かせながら質問をした。
 それに応えるように、金髪の男性は琴葉の言葉に口元を緩め、ニコリと微笑すると、

玖珂塚光一くがづかこういち

 そう言い残し、『光』と呼称された男性は所用でも終わらせたかのように、瞬く間に去っていった。
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