長い長い衛星 構想:空をぶち抜くエレベータを作ってみる

東洋クイーン

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五 気象

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○前話のあらすじ
 真世が所属する宇宙旅行協会が、「宇宙開発の進歩に貢献するデブリ除去」の資金援助を発表。
 アンヌが代表の国際機関も独自に「宇宙空間基盤整備を誘導する仕組み」を協会に伝え協力を求める。
 協会は協力を決め、主導権を国際機関に取られる。

○協会本社の会長室
   会長、真世、野島、男性がソファーに座っている。
 会長「真世さん、野島さん。二人にはマタラム共和国の実験施設に行ってもらいたい。実験施設で二つの計画を進めます。その支援をお願いします」
 会長「(男性を指し)実験施設の担当者です」
 会長「(男性に)二人に説明してください」
 担当者「はい」
   担当者は座ってパソコンを操作しながら話を始める。
 担当者「建設中だった実験施設が運用を始める段階に入りました」
   壁に箇条書きが映る。

・実験施設の開設
 ・場所:マタラム共和国の赤道付近の海上
 ・目的:不具合の発見と対処
 ・第一の計画:補強車両の組立てと実験
 ・第二の計画:低軌道試験

 担当者「遠くて申し訳ありませんが、二人には実験施設に行って二つの計画の支援をして頂きたい。第一の計画は『補強車両の組立てと実験』です。実験施設には本番環境の数千分の一のケーブルが用意されています。組立てた車両でこのケーブルを補強する実験をして、不具合の発見と対処をします。第二の計画は『低軌道試験』です。本番環境に、より近い低軌道で、地球を周回しながら試験を行います。何か質問はありませんか?」
 真世「『低軌道試験』の説明が大雑把過ぎなので、もっと詳しい説明が欲しいのですが……」
 野島「『低軌道試験』の詳しい説明は私が後でやりますよ」
 真世「分かりました。『補強車両の組立てと実験』の詳しい説明は私が後でやりますね」
 野島「はい」
 会長「ご苦労ですが、二人には期待しています。よろしくお願いしますね」
 真世、野島「はい」

○シアトル・タコマ国際空港の滑走路
   飛行機が離陸して飛んでいく。

○実験施設のヘリポート
   ヘリが着陸する。ヘリから真世と野島を含む数人が降りる。迎えの男(三十代マタラム人)が二枚の写真付きIDカードを見ながら真世と野島に話しかける。
 シャフリル「野島さんと真世さんですね」
 野島、真世「はい」
 シャフリル「(首から下げた写真付きIDカードを見せながら)シャフリルです。はじめまして」
 野島、真世「はじめまして」
   二人はシャフリルからIDカードを受取り首にかける。
 シャフリル「車に乗ってください。まず、居住区に寄って荷物を置いてから所長室に向かいます」
   三人は車に乗る。
 シャフリル「困ったことがあったら、相談してくださいね」
   車はヘリポートから走り去る。

○実験施設の所長室
   所長(四十代男性日本人)が席に座っている。ノックの音がする。
 所長「どうぞ」
   所長はドアに向かう。ドアが開いて、シャフリル、野島、真世が入ってくる。
 所長「最先端の現場へようこそ。この実験施設の所長です。長旅、お疲れ様でした」
 野島、真世「はじめまして」
   野島、真世が所長と握手する。
 所長「(笑顔で)一緒に宇宙を攻めましょう」
   野島、真世が笑う。
 所長「まず、この実験施設のことを説明します。ここから伸びる二本のケーブルは対流圏より上の気球までつながっています。本番環境では十万キロなので実験施設はその数千分の一の長さです。第一の計画では、ここで補強車両を組立て、実験をしてデータを集めて実用に結びつけます。補強車両がケーブルを補強しながら十万キロ走りきるための実験です」
 所長「(真世に)この計画では真世さんの力が期待できると聞いていますよ」
 真世「補強車両で困ったら、相談してください」
 所長「次に、第二の計画の『低軌道試験』ですが、これは後日、野島さんに説明してもらうようにシャフリルと調整してもらいます」
 野島「分かりました」
 所長「なにか、聞きたいこととかありませんか?」
 真世「補強車両の現場を見たいのですが……」
 所長「シャフリルに案内させましょう」
 シャフリル「(働きすぎだろ日本人)」
 シャフリル「現場もいいのですが、長旅でお疲れなので、今日はもう休んでもらった方が……」
 所長「ん……そうしましょう。皆さん、仲良くしてくださいね。お疲れ様でした」

○実験施設の大きい会議室
   人がたくさんいる。シャフリルが演台に立つ。
 シャフリル「お待たせしました。皆さんに第二の計画、『低軌道試験』を説明します。野島さん、お願いします」
 野島「野島です。こんにちは。まず、こちらをご覧ください」
   壁に箇条書きが映る。

・第二の計画:低軌道試験
 ・場所:上空三百キロ(低軌道)
 ・目的:宇宙環境で補強車両の不具合を発見する
 ・宇宙環境:真空、原子状酸素、放熱、宇宙放射線、温度の変化
 ・手順:設計、組立て、打上げ、ケーブル敷設、試験、再突入
 ・設計:確実+予備、指令なしでも動作

 野島「『低軌道試験』の目的は過酷な宇宙環境で補強車両の不具合を発見することです。宇宙環境に耐えられるはずの補強車両ですが、試験で不具合が出るかも知れません。不具合があっても予備に切替えて動作が止まらないような設計を心がけます。通信が途絶えても指令なしで動作させます。主電源が失われた場合、予備電源で何をするか……など、本社と実験施設が連携して解決します」
   説明は続く。

○実験施設のオフィス
   真世はシャフリルに同行してオフィスを歩く。
シャフリル「ここで、ソフトウェアを開発してます」
   真世は何やら悩む男性技師を見つける。
 真世「(男性技師を指して)あの人は?」
 シャフリル「ああ……不具合を解析してるんです」
   真世は男性技師に近づいて、声をかける。
 真世「こんにちは。行き詰っちゃいましたか?」
 男性技師「あ、こんにちは。不具合が起きているんですが、タイミングや現象に規則性がなくて……」
 真世「部品交換は?」
 男性技師「すべて交換しました」
 真世「マシンは特定できているんですね」
 男性技師「はい」
 真世「では、そのマシンを見に行きましょう。(シャフリルに)いいですか?」
 シャフリル「いいですけど、寒いですよ」
 真世「(男性技師に)じゃ、一緒に行きましょう。(シャフリルに)やっぱ現場はワクワクしますね」
 シャフリル「(マシン見て、分かるのかな?)」
   真世、男性技師、シャフリルは部屋を去る。

○実験施設の休憩スペース
   真世、男性技師、シャフリルが寒そうに歩いてくる。
 シャフリル「温かい飲み物でひと休みしませんか?」
 真世「そうしましょう」
   三人は飲み物を手にして、席に座る。
 シャフリル「ここに来る人は、ここで暖まる人が多いんですよ」
 真世「(男性技師に)ところで、問題のマシンはこの近くですか?」
 男性技師「そうですよ」
 真世「それで、不具合の原因が分かった気がします」
 男性技師「え! 何ですか?」
 真世「後で話しますよ」
 シャフリル「(やはり……われわれは外資の食い物に……いや、考えすぎか?)」
   飲み終わった三人は休憩スペースを去る。

○実験施設のマシンルーム
   三人は一台のマシンの周りに集まっている。
 男性技師「このマシンです」
   真世はフロントパネルの前に進み、蹴る。
 真世「キーック!」
   マシンの中からゴキブリの集団が出てきて、あわてて逃げ去る。
 男性技師「これは……」
 真世「マシンの中は暖かいから……『あれ』が集まるんですよ」
 男性技師「ありがとうございます」
   真世は男性技師と握手する。
 真世「じゃあ、がんばってくださいね」
 シャフリル「(見事に原因を見つけたか)」

○実験施設の会議室
   真世、野島、シャフリルが座っている。
 シャフリル「補強車両の実験への参加の件ですが、実験の全体像をビデオに記録する役割をお願いします」
 真世「分かりました」
 シャフリル「では、日付が決まったら連絡します」
   シャフリルが去る。
 真世「もっと重要な役割をやりたいな~」
 野島「全体像の把握が手薄だから任されたんだよ。期待以上の働きをしようよ」
 真世「ん……分かったわ」

○実験施設のケーブルのそば(屋外)
   補強車両がクレーンでケーブルに取り付けられる。補強車両の周りには、所長を含めた技術者が大勢囲んで作業をしている。野島と真世は少し離れたところから立ったまま見ている。
 野島「(真世に)今から撮るから、状況を説明してくれない」
 真世「OK」
   野島が作業の様子の撮影を始める。
 真世「ここは、マタラム共和国の実験施設です。天気は悪くなってきました。雨が降りそうです」
 野島「雨が降ってきたら、屋内に移動しよう」
 真世「あ……」
 野島「え?」
 真世「降ってきた」
   二人は間口の広い入口から屋内に移動する。雲はますます黒くなっている。
 真世、野島「あ!」
   空が一瞬、光る。その後、ゴロゴロと音がする。女性の声が放送される。
 放送「屋内に避難してください。急いで、屋内に避難してください」
 真世「実験は延期ね。……あら、まだ撮ってるの?」
 野島「実験が延期になる様子を、記録するのさ」
 真世「人々が屋内に避難しています。雨がますます強くなっています」
   空が一瞬、光る。
 真世「また光りました」
   ゴロゴロと音がする。
 真世「光ってから音がする時間が短くなっています。避難が終わったようです。屋外には誰もいません」
 野島「もう、何も動きがないな」
 真世「でも、動きがないことを記録」
   話の途中で大音響とともに、ケーブルが激しく光る。補強車両は燃えている。ケーブルは、なくなっている。
 野島「ビックリしたあ。落雷だ」
 真世「今の、撮れてる?」
 野島「ああ。ずっと撮ってるよ」
 真世「やったぁ! このままずっと撮って、所長に報告しましょう」
 野島「そうだね」
   しばらくして雷雲が去る。野島は人々が大混乱の中、補強車両を撤去する様子を撮っている。

○実験施設の所長室
   所長は座って電話している。野島は立っている。電話が終わったので、野島は所長に話しかける。
 野島「報告します。落雷事故の瞬間を含むビデオを撮影しました。詳細はメールで報告したので見てください」
   所長はパソコンを操作し始める。
 所長「メール? えーと……これか。分かった、見ておくよ、ありがとう」

○実験施設のオフィス
   真世と野島は並んで座っている。それぞれの机の前にデスクトップパソコンがある。
 野島「『レーザー誘雷』という技術があるらしい。送電線を雷から守るために開発されたとか」
   真世は野島の画面をのぞきこむ。
 真世「どれ? あ、誘うカミナリね」
 野島「レーザーで稲妻の通り道を作るのか」
 真世「どこで研究してるのかしら。……大阪の研究所ね」
 野島「所長に報告しよう」
 真世「大阪に行って、相談しないと進まないわ。所長に許可をもらいましょ」
 野島「分かった。一緒に行こう、大阪に」

○関西国際空港の滑走路
   飛行機が着陸する。

○大阪の研究所
   真世と野島がレーザー技術者の{麗香|れい|か}(二十代女性)に落雷事故の経緯を説明して、雷対応の相談をする。
 麗香「そういった用件でしたら、わたくしどもに協力させてください。この技術を社会の役に立てたいのです」
 真世「ありがとうございます。それでは、実験施設内で受け入れる準備をします」
   麗香が野島に話しかける。
 麗香「あの……。この後、実験施設に戻るのですよね」
 野島「はい。そうですよ」
 麗香「よければ、。雷対応の調査をしたいので」
 野島「(麗香の片手を両手で握って)ありがとう。一緒に行って調査しましょう」

○実験施設のヘリポート
   ヘリコプターが着陸する。所長が迎えに来ている。ヘリから真世、 野島、麗香が降りる。所長が歩いて来て、麗香に話しかける。
 所長「わざわざ遠くからありがとうございます。この実験施設の所長です」
   所長は麗香と握手する。
 麗香「はじめまして。雷制御技術で力になりたい、麗香といいます。よろしくお願いします」

○実験施設の会議室
   真世、野島、麗香がいる。
 麗香「これから、雷対策を説明します」
   壁に箇条書きが映る。

・雷対策
 ・雷監視(雷雲も監視)
 ・レーザー:プラズマを作るエネルギー源
 ・特殊な鏡:プラズマを作る場所を制御
 ・誘雷塔:雷を落とす場所
 ・雲放電の対策:大阪で研究

 麗香「まず、雷の発生を予測するために、放電と雲の温度を監視します。雷雲が近づいてきたら、レーザーと特殊な鏡でプラズマの道を作って、雷を誘雷塔に落とします。このようにして誘雷塔以外の被害を防ぎます。何か質問はありませんか?」
 真世「雲放電って何ですか?」
 麗香「雲放電は雲の中や雲と雲との間などで起こる放電です。地上に落ちない雷と思ってください」
 真世「分かりました」
   野島が携帯電話に出る。
 野島「……はい、分かりました」
   野島は携帯電話をしまう。
 野島「(真世に)一緒に行く用事が入った」
 真世「(麗香に)ちょっと、行ってきます」
   野島、真世は部屋を去る。

○実験施設の所長室のドアの外
   真世はドアをノックして中に入る。

○実験施設の所長室
   所長室の中の打ち合わせスペースに所長、野島とシャフリルが座っている。
 所長「真世さんも座ってください。みなさん、これから雷対策の打ち合わせをします。では、話してください」
 シャフリル「レーザー誘雷は実績が少なすぎます。落雷が少ない場所を調べて引越してはどうでしょうか?」
 所長「この意見に対して、何かありますか?」
 真世「これから実績を上げればよいのでは? 雷が少ないと、レーザー誘雷の実験になりませんよ」
 シャフリル「一つの新技術に頼りすぎるのは危険ですね」
 真世「麗香さんは『技術を社会の役に立てたい』といって、来てくれたんですよ……」
 所長「そこなんですけど……野島さん。レーザー誘雷は役に立ちそうですか?」
 野島「今の段階では、分からないです」
 真世「え! (野島の片手を両手で握って)こんなことして、『一緒に行って調査しましょう』って言ってませんでしたか?」
 野島「(『役に立てたい』と『役に立つ』は違う、と言いたいが)」
 所長「……分かりました。感情移入を排除するため二つの報告書を作ってください。報告書の結論は『レーザー誘雷は雷対策の役に立つ』と『引越しは雷対策の役に立つ』です」
 野島「『レーザー誘雷』と『引越し』の両方を調べろ、ってことですね」
 所長「そうです。シャフリルチームと真世チームで合計四つの報告書を作ってもらいます」
 シャフリル「私もですか?」
 所長「はい」
 シャフリル「分かりました」
 所長「資料はお互いに融通しあって、協力して報告書を作ってください。シャフリル、真世さん、友好を深める握手をしてください」
   シャフリルと真世は所長の前で握手をしてほほえむ。

○実験施設のオフィス
   真世とシャフリルがとなりに座ってパソコンを操作している。
 真世「今、資料を送りました」
 シャフリル「来ました、ありがとうございます。こっちの資料はあと三分でできます」
 真世「ちょっと、席はずしますね」
 シャフリル「はい」
   真世は席を去る。麗香を連れて戻ってくる。麗香はシャフリルに笑顔で話しかける。
 麗香「『レーザー誘雷』で分からないことがあったら気軽に聞いてくださいね」
 シャフリル「(笑顔で)あ、はい、ありがとうございます」

○実験施設の会議室
   真世、野島、シャフリルほか一名がいる。
 シャフリル「これから、『航空路と実験施設』を航空管制官の方に説明してもらいます」
   壁に箇条書きが映る。

・航空路と実験施設
 ・航空機の敵:乱気流、雷、霧、低い雲→気象情報
 ・場所:出発空港、目的空港、代替空港、航空路
 ・航空路と実験施設:競合→政治的利害調整

 航空管制官「航空機を飛ばすために気象情報を調べることは、戦う前に敵を調べることです。出発空港が悪条件の場合、飛ばないという選択肢がありますが、目的空港が悪条件の場合でも降りないわけにはいきません。なので、別の空港に降りる想定もします。そういった状況なので実験施設は航空機から見て、選択肢を減らす迷惑施設です。そこで、政治的利害調整が必要となります。まあ、空港も迷惑施設として政治的利害調整によって建設されたので実験施設も建設可能だと思いますよ。蓄積された気象情報も実験施設に役立ててください」
 シャフリル「貴重なお話、ありがとうございました」
   航空管制官が部屋を去る。
 シャフリル「実験施設の引越しは、航空路も考えないと……ってことです」
 真世「はい、分かりました」

○実験施設の所長室
   所長ひとりが机のデスクトップパソコンに向かっている。画面には『引越しは雷対策の役に立つ』の報告書。
 所長「(シャフリルは明らかに『引越し』派。被害を最小限にするために『引越し』は避けられない)」
   所長はノートパソコンに向き直る。画面には『レーザー誘雷は雷対策の役に立つ』の報告書。
 所長「(真世さんは明らかに『レーザー誘雷』派。この技術が完成したら雷対策の役に立つ。この分類なら私は『引越し』派だが表向きには無派閥に見せてきた……。野島さんが『レーザー誘雷』派とすると、二対二……いや、多数決じゃないんだ)」
   所長は席を立って部屋の中を歩きまわる。
 所長「(引越し先は雷が少ない……『レーザー誘雷』の完成度を上げるには雷が不可欠……)」
   ノックの音がする。
 所長「どうぞ」
   ドアが開き、女性の職員がグラスに入った飲み物を持って部屋に入る。
 職員「失礼します」
   ソファーテーブルにトレーを置く。トレーにはグラスの他にミルク、レモンがのっている。
 職員「アイスティーです」
 所長「ありがとう」
   職員が部屋を去る。
 所長「(もし、『レーザー誘雷』を優先するなら……『引越し』を後回しにするしか……)」
   所長はアイスティーにミルク、レモンを入れる。
 所長「あ!」
   アイスティーの中でミルクが固まっている。所長はグラスのなかを観察する。
 所長「(ミルクとレモンは両立しない……『引越し』と『レーザー誘雷』も両立しないと考えるべきか……)」
   所長はアイスティーを飲む。
 所長「(舌触りも、味もいまいち……どちらかを選ぶべきか……)」
   所長は受話器を取る。
 所長「飲み物を下げてくれないか」
   所長は受話器を置く。ノックの音がする。
 所長「どうぞ」
   ドアが開き、職員がトレーを持って部屋に入る。トレーには空のグラスがのっている。職員が空のグラスを飲みかけのグラスの隣に置く。空になったトレーをテーブルに置き、二つのグラスがのったトレーを空のトレーに重ねる。その様子を観察している所長が職員に声をかける。
 所長「ちょっと待って」
 職員「は?」
   職員は動きを止める。
 所長「(グラスが二つあればミルクティーもレモンティーも飲める……そりゃ当たり前……)」
 所長「もう、下げていいよ」
 職員「はい」
   職員は二つのグラスがのったトレーを持って部屋を去る。所長は席について二つのパソコンを操作する。

○実験施設の会議室
   所長、シャフリル、真世、野島がいる。
 所長「これから、『雷対策の結論』を説明します」
   壁に箇条書きが映る。

・雷対策の結論
 ・『引越し』と『レーザー誘雷』の両立
 ・新施設:補強車両の組立てと実験(シャフリル、真世、所長)
 ・旧施設:レーザー誘雷による雷対策(麗香、野島)
 ・低軌道試験:先送り

 所長「『引越し』、『レーザー誘雷』、ともに捨てがたいので両方採用しました。現在の実験施設を旧施設とし、引っ越し先を新施設とします。新施設では補強車両の組立と実験を行います。麗香さんと野島さんは旧施設に残ってレーザー誘雷による雷対策をお願いします。低軌道試験は緊急度が低いので先送りとします。何か質問はありませんか?」
 真世「私は……補強車両ってことですよね」
 所長「はい」
 真世「ん……レーザー誘雷をやりたいのですが……」
 所長「補強車両の方が能力の有効利用に」
 シャフリル「大丈夫です。真世さんが立会わなくても、補強車両はやっていけます」
 所長「(シャフリルの考えは『重要部分は一時的な人物に頼らない』。真世さんとシャフリルが協力しあう関係にはもう少し時間が……)」
 所長「分かりました。真世さんはレーザー誘雷の見通しがつくまで旧施設に残ってもいいです。が、連絡を密にしてください。シャフリルも真世さんとの連絡を密にしてください。いいですね」
 シャフリル、真世「はい」

○新施設のクレーン
   船から資材がクレーンで運ばれる。

○旧施設のクレーン
   船から資材がクレーンで運ばれる。

○旧施設で建設中の誘雷塔
   誘雷塔内にあるクレーンで資材を持ち上げられ、組立てられる。

○旧施設のオフィス
   麗香、野島、真世のほかにもたくさんの人がいる。麗香が野島に話しかける。
 麗香「準備ができたので、雷監視装置を稼動します。よろしいですか?」
 野島「はい。お願いします」
   麗香が目の前の雷監視用パソコンを操作する。
 麗香「稼動しました。これからは二十四時間休みなく雷を監視します」
 野島「分かりました。よろしくお願いします」

○旧施設の屋外
   雷監視装置稼動から数週間がたっている。雲が厚くなり、空が暗くなってくる。

○旧施設のオフィス
   真世、野島、麗香のほかにもたくさんの人がいる。雷監視用パソコンから警報音が鳴る。
 監視員A「麗香さん、雷雲がこっちに向かっています」
   雷監視用パソコンに真世、野島、麗香を含む数人が集まってくる。
 麗香「私は見守っていますから、二人の監視員で対応してくださいね」
 監視員B「分かりました。……焦点制御起動確認」
 監視員A「焦点制御起動確認」
 監視員B「レーザー起動確認」
 監視員A「レーザー起動確認」
 監視員B「放電確認」
 監視員A「放電確認」
 監視員B「ターゲット追尾開始」
 監視員A「ターゲット追尾開始」
   麗香は周りの人に話しかける。
 麗香「そろそろ、始まりますよ」
   数秒後、大音響が響く。
 監視員B「誘雷成功」
 監視員A「誘雷成功」
 麗香「実験は成功しました。ケーブルは無事です」
   拍手が起こる。
 麗香「ありがとうございます。雷雲が去るまで、もう少し見守りましょう」
   しばらくして、雷雲が去ったため警報が解除される。野島も雷監視用パソコンのそばに来る。
 麗香「一回目の実験は成功しました。このあと、実績を積み重ねて実用に備えます」
 真世「実験成功、おめでとうございます。遠くから来てもらって助かりました」
 野島「麗香さん、ありがとうございます。これで次の段階へ進むことができます」
   真世は携帯電話を取り出す。
 真世「所長からメッセージです。えーと……『実験成功、おめでとうございます』だそうです」
   真世の携帯電話の表示は『件名:早く新施設へ来て』。



○次話へ続く。作者コメント
 登場人物、例えば「シャフリル」という名前を悩んで付けてます。こんなイメージの人が歴史上にいないかな? って探して命名しました。「真世」「野島」も別の観点で命名しました。
 次話では存在感の薄い空気を水に例えています。
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

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