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六 宇宙への送電
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○新施設の大きい会議室
人がたくさんいる。真世と野島が並んで座っている。
野島「本社へ戻るという選択肢は?」
真世「戻らないで、実験現場の力になりたい……だから地上基部へ行くの」
野島「いよいよ本番環境だね。あ、説明会が始まるよ」
所長が壇上に立つ。
所長「皆さんお待たせしました。いよいよ本番環境に近づいていますね。まずは、地上基部への引越しの前に、地上基部を説明します」
壁に箇条書きが映る。
・地上基部
・目的:宇宙から来るケーブルの受入れ、固定
・ケーブル固定前:宇宙への送電試験
・ケーブル固定後:ケーブル補強(本番環境)
・補強後:宇宙への輸送実験
所長「地上基部の目的は宇宙から来る、長さ十万キロのケーブルを受入れ、固定することです。また、ケーブル固定の前に、宇宙への送電実験を行います。その後、ケーブルを固定し、補強します。今までと違って本番環境での補強となります。補強が終わると、宇宙への輸送実験となります。余談ですが、地上基部を建設する人工島の名前が『ツィオルコフスキー島』と命名されました」
さらに説明は続く。
○ツィオルコフスキー島の船着場
資材を積んだ船が泊まっている。クレーンにより船から資材が運ばれる。
○地上基部の建物
クレーンにより建設されている。
○地上基部の会議室
人がたくさんいる。所長が壇上に立つ。
所長「皆さん、引越しが終わって、いよいよ本番環境での試験です。野島さんに『送電試験』の説明をしてもらいます」
野島が壇上に立つ。
野島「地上基部で、初の大仕事です。皆さん、『送電試験』の内容をしっかり確認して成功させましょう」
壁に箇条書きが映る。
・送電試験
・目的:本番環境で送電施設の不具合を発見する
・場所:地上基部から静止軌道への送電
・地上基部:電力をマイクロ波にして送る
・静止軌道:マイクロ波を受け、電力に戻す
・静止軌道試験後:十万キロ上空でも試験
野島「『送電試験』は地上基部から静止軌道へマイクロ波で送電する試験です。これは多くの段階を踏んで、静止軌道の衛星が大電力を利用できることを確認する試験です。本当に送電したいのは十万キロ上空ですが、その前段階として静止軌道で不具合を発見します」
さらに説明は続く。
○協会本社の会長室
会長と司令官(三十代女性アメリカ人)がソファーに座っている。
司令官「『送電試験』の報告です。衛星搬出が終わりました。次は衛星打上げです」
会長「分かりました。『送電試験』は手ごたえがありますよ」
司令官「ええ。三つの司令室の全体を把握する大事な役割ですから」
会長「打上げ司令室は十分な実績があるので問題ないと思いますが……」
司令官「送電を担当する地上基部の司令室、衛星と全体を担当する総合司令室で何か問題が出るでしょうね」
会長「状況の把握と分析を期待しています」
司令官「成功させますが、問題発生の備えも忘れません」
会長「はい。『送電試験』の成功まで、手順を踏んで進めましょう」
○協会本社の総合司令室
司令官を中心に、数人いる。壁面にロケットの映像が映る。
音声「こちら打上げ司令室。総合司令室の状況はどうですか?」
司令官「こちら総合司令室。問題ありません」
音声「了解。打上げを開始します」
司令官「了解」
壁面の映像がロケットに切り替わる。
音声「リフトオフ」
光と煙を発しながらロケットが上昇していく。カメラはロケットを追う。
音声「ブースター、燃焼終了。ブースター分離」
音声「フェアリング分離」
音声「第一段エンジン燃焼停止。第一段・第二段分離。第二段エンジン燃焼開始」
音声「第二段エンジン燃焼停止。衛星分離。成功おめでとうございます」
司令官「ありがとうございます」
音声「この先、何かトラブルが起きたら、弊社にご相談ください。軌道上の衛星に対する燃料補給、修理、改修サービスで対応可能です」
司令官「ありがとうございます。助かります」
音声「またのご利用をお待ちしております。では……」
壁面の映像が切れる。
○ 一か月後の総合司令室
司令官を中心に、数人いる。
司令官「衛星分離後の一ヶ月に行った作業は三つ」
壁に箇条書きが映る。
・送電試験までの作業
・軌道面を赤道にする
・軌道の高さを静止軌道に上げる
・衛星(送電試験ミッション)を機能させる
司令官「このうち二つは終了しました。しかし、残念ですがミッション機器が機能できていません。不具合現象として試験用受信アンテナ展開の異常信号が確認されています。つまり、アンテナ展開が正常に終了していない可能性が高いのです。この不具合の対応策を検討していただきたい。以上、よろしくお願いします」
○地上基部の所長室
所長が座っている。壁に司令官の映像が映る。
司令官(壁面映像)「試験用受信アンテナ展開の異常信号の件ですが、打上げ業者が無料で軌道上修理を提案してます」
所長「ほかに何か選択肢は?」
司令官「異常信号が間違いで、正常に展開できていると仮定して……」
所長「それでは試験に不具合があった場合、原因の絞込みが面倒になりますよ」
司令官「打上げ業者に修理を依頼しますか?」
所長「ん……宇宙輸送で力を持つ者は強いですね」
司令官「そうですね」
所長「依頼しましょう」
司令官「分かりました」
○協会本社の総合司令室
司令官を中心に、数人いる。打上げ業者による静止軌道上の修理作業が行われている。
(打上げ司令室の)音声「総合司令室。アンテナ展開を行いました。確認できますか?」
司令官「こちら総合司令室。アンテナ展開の正常信号を確認しました」
音声「了解。おめでとうございます」
司令官「おかげさまで、不具合が解消しました。ありがとうございます」
○地上基部の会議室
所長を中心に、百人以上集まっている。
所長「宇宙旅行協会は、総合司令室が中心となって送電試験用静止衛星を打ち上げました。トラブルが発生しましたが、打上げ業者と協力して問題解決に取り組みました。その結果、待ち望んでいた環境、送電試験が始められる環境が提供されました。ここまでは、総合司令室が中心となっていました。これからは、われわれ地上基部が中心となって送電試験に取り組んでいくことを、ここに宣言します」
拍手が起こる。
所長「これからが本番です。みんな、がんばりましょう。ありがとうございました」
拍手が起こる。所長が一礼して去る。拍手がやむ。
真世「送電試験がやっと始められるね」
野島「ああ。これからが本番だ」
○地上基部の司令室
シャフリルが所長に報告する。
シャフリル「不具合概要です。試験電波受信電力に不規則な低下が起きています。原因は何でしょうね」
所長「今はじっくり調査してください。現象や発生条件を調べて地上基部で共有すれば何か手がかりが見つかるでしょう」
シャフリル「分かりました」
○地上基部の休憩室
真世と野島が一つのテーブルに並んで座っている。テーブルにはA4の不具合報告書が十数枚広がっている。真世と野島が一枚づつ拾って見ている。
・不具合報告3001
・現象:試験電波受信電力の不規則な低下
・日時と条件:XX年X月X日より不規則に発生
・場所:静止軌道の試験衛星
・調査:別紙1~3
・原因:
・対応:
真世「発生条件が不規則で、現象が不規則な低下……じゃ……手がかりが……」
野島「不規則と言ってるけど、何らかの規則性があるはずだよ」
真世「何らかのって?」
野島「それが、分からないから不規則に見えるんだよ。まずは、この報告書を吸収する。そして、頭の中で熟成させるんだ」
真世「不規則に見える現象の規則性……」
野島「規則性は必ずあるよ」
真世「んん……」
真世は真剣な表情で紙を見ている。
○池のほとり
池の上に葉っぱがある。葉っぱにカエルが並んでいる。真世はカエルの列の三番目にいる。俳人がカエルに語りかける。
俳人「古池や蛙飛び込む」(先頭のカエルが池に飛び込む)「水の音」
水面に波紋が広がる。やがて波紋が消え鏡のようになる。
俳人「いいですね。では次。古池や蛙飛び込む」(次のカエルが池に飛び込む)「水の音」
水面に波紋が広がる。やがて波紋が消えるが、さざ波が残る。
真世(カエル)「(次、私? どうしよう)」
俳人「風が吹き始めてしまいました。では次。古池や蛙飛び込む……」
次の真世が池に飛び込まない。
俳人「(真世に)飛び込んでよ」
真世「え? 私、カエル?」
俳人「池に映った姿を見てください」
真世は池を覗く。水面にカエルが映っている。
俳人「では次、お願いしますね」
真世「あ、はい」
俳人「古池や蛙飛び込む……」
カエル姿の真世が池に飛び込む。
○池の中
水面が遠ざがっていく。水面の向こうに太陽が揺れて見える。水は透き通っている。真世は太陽を見ている。
真世「(太陽が揺れて見える。水面が揺れているのね)」
やがて太陽の揺れがおさまる。水面がさらに遠ざがっていく。
真世「あ痛っ」
○真世の寝室
真世はベットから落ちている。
○地上基部の休憩室
真世と野島が一つのテーブルに並んで座っている。
真世「きのう、気になる夢を見たの」
野島「どんな夢?」
真世は夢の内容を説明する。
野島「この夢に、不具合を解決する手がかりがあるかも知れないから気になるんだね」
真世「そう。太陽が揺れていたのが印象に残ってて……」
野島「水面が揺れれば光は直進しないよね」
真世「電波も同じとしても、試験用電波は水面を通らないわ」
野島「大気には水面のような明確なフチは無いけど……電波が直進しない原因はあるよ。『大気の揺らぎ』だよ」
真世「つまり、不具合報告書の不規則は……」
野島「『大気の揺らぎ』かもしれない。調べる価値はある」
真世「所長に報告しなきゃ」
真世と野島が部屋を去る。
○地上基部の所長室
所長、真世、野島がソファーに座っている。
野島「(所長に)真世さんと話してて、不具合の原因が『大気の揺らぎ』ではないか、という流れになったので報告に来ました」
所長「『大気の揺らぎ』の影響はパイロット信号で補正されているはずですが、調査の価値はあります」
真世「補正されてるんですか。とりあえず報告に来ちゃったけど、手がかりにならなそうですね」
所長「いえ。不具合と『大気の揺らぎ』の関係は調査して判断しますよ」
真世「分かりました。調査結果の報告を待ちましょう」
翌日。所長、真世、野島がソファーに座っている。
所長「不具合と『大気の揺らぎ』は、関係ありました」
真世「パイロット信号で補正されているのに?」
所長「そうです」
野島「パイロット信号に何か不具合が?」
所長「そうかも知れません。とりあえず、手がかりが見つかったので助かりました。飲み物でも飲んで一息つきましょう」
飲み物が運ばれる。真世は窓際で外を眺めている。
真世「虹がきれい」
野島「虹? ……所長、パイロット信号と試験電波の波長は同じですか?」
所長「違うと?」
野島「虹になります」
所長「なるほど。調べてみましょう。……この件に関して日本から宇宙太陽光発電技術者を迎えたいので、野島さんと真世さんにはいずれ空港に行ってもらいます。よろしくお願いします」
野島・真世「分かりました」
○国際空港の到着出口
真世、野島が目印を掲げて待っている。
真世「遅いわね。大丈夫かしら」
野島「飛行機が遅れてるから仕方ないよ」
二十代の日本人女性が近づいてくる。真世が女性に声をかける。
真世「恵美さんですか?」
恵美「はい」
真世は恵美に抱きつく。
真世「よかった。心配しちゃいました」
恵美「真世さん。遅れてごめんなさい。でも、歓迎してくれて嬉しいわ」
○タクシーの中
野島は助手席、真世と恵美は後部座席に座って揺られている。
野島「本来は協会が解決すべき不具合対応をお願いして申し訳ありません」
恵美「いえ。宇宙太陽光発電の技術を流用してしまったので精度に問題があったかも知れません」
野島「問題点は地上基部に着いてから取り組むとして、マイクロ波送電技術について聞かせてもらえますか?」
恵美はノートを取り出し、『マイクロ波送電技術』の説明を箇条書きにして見せる。
・マイクロ波送電技術
・多くの送信アンテナ(宇宙太陽光発電では億)
・パイロット信号を受信した方向へ送信
・タイミング・位相・振幅制御による方向制御
恵美「多数のアンテナによる絶妙な送信タイミングがカギとなります。このタイミング・位相・振幅制御で送信する方向を制御します」
真世「宇宙太陽光発電では宇宙から地上への送信だけど、今回の送電試験は地上から宇宙への送信、という部分が違うわね」
恵美「そうです」
恵美「(送電が地上なら楽勝、なんて思ってた過去の自分が恥ずかしい)」
真世「恵美さん。元気出して。空き時間に、地上基部を案内してあげるわ。技術者として興味深い施設が沢山あるのよ」
恵美「(元気よく)それは面白そうですね」
○地上基部の会議室
恵美、所長、真世、野島、シャフリルが集まっている。
恵美「調査・検討のから得た方式変更を提案します」
壁に箇条書きが映る。
・揺らぎ補正方式変更
・パイロット信号は廃止
・受信状況による送信制御
・時間(ノウハウの蓄積)が必要
恵美「不具合の原因が分かって、検討した新方式は実績が少ないのでノウハウの蓄積に時間が必要ですが、必ず不具合を解消できると信じています。何か質問はありませんか?」
所長「時間が必要ということですが、目標となる期限を設定できませんか?」
恵美「では、年内で」
所長「(本当かな?)」
所長「分かりました。九月に来た恵美さんを正月には帰っていただけるように目標設定して進めましょう」
○地上基部の司令室
恵美、真世、野島が座っている。壁面に日本人男性が映る。恵美は映像の男性、真世、野島と会話している。
○地上基部の会議室
恵美、所長、真世、野島、シャフリルが集まっている。
所長「方式変更で遅れが出ているそうですが、恵美さん、話を聞かせてもらえますか?」
恵美「はい。正月返上で遅れを取り戻して、責任を果たす考えです」
所長「ん……では、質問を変えます。新方式で不具合解消できそうか?」
恵美「それは問題ありませんが、細かい作業があって時間がかかっています」
所長「その細かい作業ですが、恵美さんの本拠地と地上基部に分かれて作業されているので、恵美さんが活躍しやすい体制を考えました」
恵美「はい」
所長「恵美さんが本拠地に帰っていただいても進められる体制はどうでしょうか?」
恵美「……その方が細かい作業は進めやすいですね」
所長「では、地上基部の作業はシャフリルたちに任せられるように進めましょう」
シャフリル「恵美さん、大丈夫です。任せてください」
所長「『遅れを取り戻せ』……なんて無理な命令しませんよ」
恵美「ありがとうございます」
真世「恵美さん、良かったね」
恵美は真世に笑顔を見せる。
○地上基部の屋上
恵美と真世が大きな「しゃぶしゃぶ鍋」のような建物の、「煙突」のような屋上にいる。二人は煙突の穴に向かって立っている。
真世「宇宙からのびたケーブルがこの穴を通って地球につながるのよ」
恵美「……」
真世「元気ないわね。どうしたの」
恵美「……遅れを取り戻さなくてもいいのかしら?」
真世「あせればあせるほと失敗するわ。じっくり取り組んだほうがうまくいくわよ」
恵美「……分かったわ。帰ってからも、じっくり取り組むわ。ありがとう」
○地上基部の司令室
所長、真世、野島、シャフリルが集まっている。恵美は壁の映像
シャフリル「試験電波受信電力は正常の範囲内です」
所長「よし、不具合解消だ」
恵美(壁面映像)「良かった」
所長「恵美さん。協力してくれてありがとうございます。この先は協会の力でやってみます」
恵美「分りました。成功を祈っています。では……」
壁面映像が消える。
シャフリル「恵美さんがいなくなっても、きっと試験通過できます」
真世「ここまで来たら楽勝ね」
野島「残りの試験も気を引き締めないと」
所長「試験通過なら、次は十万キロ上空で試験です。静止軌道と違って四日に一回しかできません」
シャフリル「はい。準備はできています」
数日後。試験衛星軌道が高さ十万キロになり、送電試験が順調に進んでいる。所長、シャフリル、真世、野島が集まっている。
シャフリル「所長。試験通過です」
所長「お疲れ様でした。ありがとう……と言いたいが、次の『落下ミッション』を簡単に説明してください」
シャフリル「はい。試験衛星の軌道面を白道にしてから、月にぶつかるように軌道の高さを上げます」
所長「OK。そのミッションはシャフリルに任せます。私は所長室で司令官へ報告します」
シャフリル「分りました」
所長が部屋を去る。真世が所長を追って部屋を去る。
○地上基部の廊下
真世が所長を追ってくる。
真世「所長。恵美さんへ報告していいですか?」
所長「感謝の気持ちを丁寧に伝えてくださいね」
真世「分りました」
真世は立ち止まって、携帯電話を取り出し操作している。所長は歩いて去る。
真世「(電話に)宇宙旅行協会の真世です。今、いいですか?」
恵美(電話)「恵美です。手短にお願いします」
真世「高さ十万キロの送電試験も無事通過しました。ありがとうございました」
恵美「よかったですね。知らせてくれてありがとうございます」
真世「用件は以上です。では失礼します」
恵美「では……」
真世は携帯電話をしまい、困った顔をする。野島が通りかかる。
野島「どうかしたの?」
真世「恵美さんに感謝の気持ちを丁寧に伝えたいんだけど、忙しいみたいで……」
野島「ん……それなら笑顔だよ。笑って」
真世は笑顔になる。野島が携帯電話で写真を撮り、操作する。真世の携帯電話に送られた今の写真を二人で見る。
野島「この写真を送ればどう?」
真世「(笑顔で)分かった。送ってみるね」
真世は携帯電話を操作する。
真世「送った」
野島「恵美さんへの連絡はそれでいいと思うよ。それより、試験が終わった衛星の廃棄を確認するまでがミッションだよ。司令室に戻ろう」
真世「分かった」
二人は歩き始める。
真世「あ」
二人は止まる。真世が携帯電話を取り出し、操作する。携帯電話には恵美の笑顔の写真。
○次話へ続く。作者コメント
予定通りに進まない場合、責任追及に走りがちな世の中です。でも、未来を予想することは不可能という大前提が忘れられていませんか? そんな責任追及主義に一石を投じてみました。
次話の主題「静止軌道の主権」を皆さんに考えて欲しくてこの作品を書きました。
人がたくさんいる。真世と野島が並んで座っている。
野島「本社へ戻るという選択肢は?」
真世「戻らないで、実験現場の力になりたい……だから地上基部へ行くの」
野島「いよいよ本番環境だね。あ、説明会が始まるよ」
所長が壇上に立つ。
所長「皆さんお待たせしました。いよいよ本番環境に近づいていますね。まずは、地上基部への引越しの前に、地上基部を説明します」
壁に箇条書きが映る。
・地上基部
・目的:宇宙から来るケーブルの受入れ、固定
・ケーブル固定前:宇宙への送電試験
・ケーブル固定後:ケーブル補強(本番環境)
・補強後:宇宙への輸送実験
所長「地上基部の目的は宇宙から来る、長さ十万キロのケーブルを受入れ、固定することです。また、ケーブル固定の前に、宇宙への送電実験を行います。その後、ケーブルを固定し、補強します。今までと違って本番環境での補強となります。補強が終わると、宇宙への輸送実験となります。余談ですが、地上基部を建設する人工島の名前が『ツィオルコフスキー島』と命名されました」
さらに説明は続く。
○ツィオルコフスキー島の船着場
資材を積んだ船が泊まっている。クレーンにより船から資材が運ばれる。
○地上基部の建物
クレーンにより建設されている。
○地上基部の会議室
人がたくさんいる。所長が壇上に立つ。
所長「皆さん、引越しが終わって、いよいよ本番環境での試験です。野島さんに『送電試験』の説明をしてもらいます」
野島が壇上に立つ。
野島「地上基部で、初の大仕事です。皆さん、『送電試験』の内容をしっかり確認して成功させましょう」
壁に箇条書きが映る。
・送電試験
・目的:本番環境で送電施設の不具合を発見する
・場所:地上基部から静止軌道への送電
・地上基部:電力をマイクロ波にして送る
・静止軌道:マイクロ波を受け、電力に戻す
・静止軌道試験後:十万キロ上空でも試験
野島「『送電試験』は地上基部から静止軌道へマイクロ波で送電する試験です。これは多くの段階を踏んで、静止軌道の衛星が大電力を利用できることを確認する試験です。本当に送電したいのは十万キロ上空ですが、その前段階として静止軌道で不具合を発見します」
さらに説明は続く。
○協会本社の会長室
会長と司令官(三十代女性アメリカ人)がソファーに座っている。
司令官「『送電試験』の報告です。衛星搬出が終わりました。次は衛星打上げです」
会長「分かりました。『送電試験』は手ごたえがありますよ」
司令官「ええ。三つの司令室の全体を把握する大事な役割ですから」
会長「打上げ司令室は十分な実績があるので問題ないと思いますが……」
司令官「送電を担当する地上基部の司令室、衛星と全体を担当する総合司令室で何か問題が出るでしょうね」
会長「状況の把握と分析を期待しています」
司令官「成功させますが、問題発生の備えも忘れません」
会長「はい。『送電試験』の成功まで、手順を踏んで進めましょう」
○協会本社の総合司令室
司令官を中心に、数人いる。壁面にロケットの映像が映る。
音声「こちら打上げ司令室。総合司令室の状況はどうですか?」
司令官「こちら総合司令室。問題ありません」
音声「了解。打上げを開始します」
司令官「了解」
壁面の映像がロケットに切り替わる。
音声「リフトオフ」
光と煙を発しながらロケットが上昇していく。カメラはロケットを追う。
音声「ブースター、燃焼終了。ブースター分離」
音声「フェアリング分離」
音声「第一段エンジン燃焼停止。第一段・第二段分離。第二段エンジン燃焼開始」
音声「第二段エンジン燃焼停止。衛星分離。成功おめでとうございます」
司令官「ありがとうございます」
音声「この先、何かトラブルが起きたら、弊社にご相談ください。軌道上の衛星に対する燃料補給、修理、改修サービスで対応可能です」
司令官「ありがとうございます。助かります」
音声「またのご利用をお待ちしております。では……」
壁面の映像が切れる。
○ 一か月後の総合司令室
司令官を中心に、数人いる。
司令官「衛星分離後の一ヶ月に行った作業は三つ」
壁に箇条書きが映る。
・送電試験までの作業
・軌道面を赤道にする
・軌道の高さを静止軌道に上げる
・衛星(送電試験ミッション)を機能させる
司令官「このうち二つは終了しました。しかし、残念ですがミッション機器が機能できていません。不具合現象として試験用受信アンテナ展開の異常信号が確認されています。つまり、アンテナ展開が正常に終了していない可能性が高いのです。この不具合の対応策を検討していただきたい。以上、よろしくお願いします」
○地上基部の所長室
所長が座っている。壁に司令官の映像が映る。
司令官(壁面映像)「試験用受信アンテナ展開の異常信号の件ですが、打上げ業者が無料で軌道上修理を提案してます」
所長「ほかに何か選択肢は?」
司令官「異常信号が間違いで、正常に展開できていると仮定して……」
所長「それでは試験に不具合があった場合、原因の絞込みが面倒になりますよ」
司令官「打上げ業者に修理を依頼しますか?」
所長「ん……宇宙輸送で力を持つ者は強いですね」
司令官「そうですね」
所長「依頼しましょう」
司令官「分かりました」
○協会本社の総合司令室
司令官を中心に、数人いる。打上げ業者による静止軌道上の修理作業が行われている。
(打上げ司令室の)音声「総合司令室。アンテナ展開を行いました。確認できますか?」
司令官「こちら総合司令室。アンテナ展開の正常信号を確認しました」
音声「了解。おめでとうございます」
司令官「おかげさまで、不具合が解消しました。ありがとうございます」
○地上基部の会議室
所長を中心に、百人以上集まっている。
所長「宇宙旅行協会は、総合司令室が中心となって送電試験用静止衛星を打ち上げました。トラブルが発生しましたが、打上げ業者と協力して問題解決に取り組みました。その結果、待ち望んでいた環境、送電試験が始められる環境が提供されました。ここまでは、総合司令室が中心となっていました。これからは、われわれ地上基部が中心となって送電試験に取り組んでいくことを、ここに宣言します」
拍手が起こる。
所長「これからが本番です。みんな、がんばりましょう。ありがとうございました」
拍手が起こる。所長が一礼して去る。拍手がやむ。
真世「送電試験がやっと始められるね」
野島「ああ。これからが本番だ」
○地上基部の司令室
シャフリルが所長に報告する。
シャフリル「不具合概要です。試験電波受信電力に不規則な低下が起きています。原因は何でしょうね」
所長「今はじっくり調査してください。現象や発生条件を調べて地上基部で共有すれば何か手がかりが見つかるでしょう」
シャフリル「分かりました」
○地上基部の休憩室
真世と野島が一つのテーブルに並んで座っている。テーブルにはA4の不具合報告書が十数枚広がっている。真世と野島が一枚づつ拾って見ている。
・不具合報告3001
・現象:試験電波受信電力の不規則な低下
・日時と条件:XX年X月X日より不規則に発生
・場所:静止軌道の試験衛星
・調査:別紙1~3
・原因:
・対応:
真世「発生条件が不規則で、現象が不規則な低下……じゃ……手がかりが……」
野島「不規則と言ってるけど、何らかの規則性があるはずだよ」
真世「何らかのって?」
野島「それが、分からないから不規則に見えるんだよ。まずは、この報告書を吸収する。そして、頭の中で熟成させるんだ」
真世「不規則に見える現象の規則性……」
野島「規則性は必ずあるよ」
真世「んん……」
真世は真剣な表情で紙を見ている。
○池のほとり
池の上に葉っぱがある。葉っぱにカエルが並んでいる。真世はカエルの列の三番目にいる。俳人がカエルに語りかける。
俳人「古池や蛙飛び込む」(先頭のカエルが池に飛び込む)「水の音」
水面に波紋が広がる。やがて波紋が消え鏡のようになる。
俳人「いいですね。では次。古池や蛙飛び込む」(次のカエルが池に飛び込む)「水の音」
水面に波紋が広がる。やがて波紋が消えるが、さざ波が残る。
真世(カエル)「(次、私? どうしよう)」
俳人「風が吹き始めてしまいました。では次。古池や蛙飛び込む……」
次の真世が池に飛び込まない。
俳人「(真世に)飛び込んでよ」
真世「え? 私、カエル?」
俳人「池に映った姿を見てください」
真世は池を覗く。水面にカエルが映っている。
俳人「では次、お願いしますね」
真世「あ、はい」
俳人「古池や蛙飛び込む……」
カエル姿の真世が池に飛び込む。
○池の中
水面が遠ざがっていく。水面の向こうに太陽が揺れて見える。水は透き通っている。真世は太陽を見ている。
真世「(太陽が揺れて見える。水面が揺れているのね)」
やがて太陽の揺れがおさまる。水面がさらに遠ざがっていく。
真世「あ痛っ」
○真世の寝室
真世はベットから落ちている。
○地上基部の休憩室
真世と野島が一つのテーブルに並んで座っている。
真世「きのう、気になる夢を見たの」
野島「どんな夢?」
真世は夢の内容を説明する。
野島「この夢に、不具合を解決する手がかりがあるかも知れないから気になるんだね」
真世「そう。太陽が揺れていたのが印象に残ってて……」
野島「水面が揺れれば光は直進しないよね」
真世「電波も同じとしても、試験用電波は水面を通らないわ」
野島「大気には水面のような明確なフチは無いけど……電波が直進しない原因はあるよ。『大気の揺らぎ』だよ」
真世「つまり、不具合報告書の不規則は……」
野島「『大気の揺らぎ』かもしれない。調べる価値はある」
真世「所長に報告しなきゃ」
真世と野島が部屋を去る。
○地上基部の所長室
所長、真世、野島がソファーに座っている。
野島「(所長に)真世さんと話してて、不具合の原因が『大気の揺らぎ』ではないか、という流れになったので報告に来ました」
所長「『大気の揺らぎ』の影響はパイロット信号で補正されているはずですが、調査の価値はあります」
真世「補正されてるんですか。とりあえず報告に来ちゃったけど、手がかりにならなそうですね」
所長「いえ。不具合と『大気の揺らぎ』の関係は調査して判断しますよ」
真世「分かりました。調査結果の報告を待ちましょう」
翌日。所長、真世、野島がソファーに座っている。
所長「不具合と『大気の揺らぎ』は、関係ありました」
真世「パイロット信号で補正されているのに?」
所長「そうです」
野島「パイロット信号に何か不具合が?」
所長「そうかも知れません。とりあえず、手がかりが見つかったので助かりました。飲み物でも飲んで一息つきましょう」
飲み物が運ばれる。真世は窓際で外を眺めている。
真世「虹がきれい」
野島「虹? ……所長、パイロット信号と試験電波の波長は同じですか?」
所長「違うと?」
野島「虹になります」
所長「なるほど。調べてみましょう。……この件に関して日本から宇宙太陽光発電技術者を迎えたいので、野島さんと真世さんにはいずれ空港に行ってもらいます。よろしくお願いします」
野島・真世「分かりました」
○国際空港の到着出口
真世、野島が目印を掲げて待っている。
真世「遅いわね。大丈夫かしら」
野島「飛行機が遅れてるから仕方ないよ」
二十代の日本人女性が近づいてくる。真世が女性に声をかける。
真世「恵美さんですか?」
恵美「はい」
真世は恵美に抱きつく。
真世「よかった。心配しちゃいました」
恵美「真世さん。遅れてごめんなさい。でも、歓迎してくれて嬉しいわ」
○タクシーの中
野島は助手席、真世と恵美は後部座席に座って揺られている。
野島「本来は協会が解決すべき不具合対応をお願いして申し訳ありません」
恵美「いえ。宇宙太陽光発電の技術を流用してしまったので精度に問題があったかも知れません」
野島「問題点は地上基部に着いてから取り組むとして、マイクロ波送電技術について聞かせてもらえますか?」
恵美はノートを取り出し、『マイクロ波送電技術』の説明を箇条書きにして見せる。
・マイクロ波送電技術
・多くの送信アンテナ(宇宙太陽光発電では億)
・パイロット信号を受信した方向へ送信
・タイミング・位相・振幅制御による方向制御
恵美「多数のアンテナによる絶妙な送信タイミングがカギとなります。このタイミング・位相・振幅制御で送信する方向を制御します」
真世「宇宙太陽光発電では宇宙から地上への送信だけど、今回の送電試験は地上から宇宙への送信、という部分が違うわね」
恵美「そうです」
恵美「(送電が地上なら楽勝、なんて思ってた過去の自分が恥ずかしい)」
真世「恵美さん。元気出して。空き時間に、地上基部を案内してあげるわ。技術者として興味深い施設が沢山あるのよ」
恵美「(元気よく)それは面白そうですね」
○地上基部の会議室
恵美、所長、真世、野島、シャフリルが集まっている。
恵美「調査・検討のから得た方式変更を提案します」
壁に箇条書きが映る。
・揺らぎ補正方式変更
・パイロット信号は廃止
・受信状況による送信制御
・時間(ノウハウの蓄積)が必要
恵美「不具合の原因が分かって、検討した新方式は実績が少ないのでノウハウの蓄積に時間が必要ですが、必ず不具合を解消できると信じています。何か質問はありませんか?」
所長「時間が必要ということですが、目標となる期限を設定できませんか?」
恵美「では、年内で」
所長「(本当かな?)」
所長「分かりました。九月に来た恵美さんを正月には帰っていただけるように目標設定して進めましょう」
○地上基部の司令室
恵美、真世、野島が座っている。壁面に日本人男性が映る。恵美は映像の男性、真世、野島と会話している。
○地上基部の会議室
恵美、所長、真世、野島、シャフリルが集まっている。
所長「方式変更で遅れが出ているそうですが、恵美さん、話を聞かせてもらえますか?」
恵美「はい。正月返上で遅れを取り戻して、責任を果たす考えです」
所長「ん……では、質問を変えます。新方式で不具合解消できそうか?」
恵美「それは問題ありませんが、細かい作業があって時間がかかっています」
所長「その細かい作業ですが、恵美さんの本拠地と地上基部に分かれて作業されているので、恵美さんが活躍しやすい体制を考えました」
恵美「はい」
所長「恵美さんが本拠地に帰っていただいても進められる体制はどうでしょうか?」
恵美「……その方が細かい作業は進めやすいですね」
所長「では、地上基部の作業はシャフリルたちに任せられるように進めましょう」
シャフリル「恵美さん、大丈夫です。任せてください」
所長「『遅れを取り戻せ』……なんて無理な命令しませんよ」
恵美「ありがとうございます」
真世「恵美さん、良かったね」
恵美は真世に笑顔を見せる。
○地上基部の屋上
恵美と真世が大きな「しゃぶしゃぶ鍋」のような建物の、「煙突」のような屋上にいる。二人は煙突の穴に向かって立っている。
真世「宇宙からのびたケーブルがこの穴を通って地球につながるのよ」
恵美「……」
真世「元気ないわね。どうしたの」
恵美「……遅れを取り戻さなくてもいいのかしら?」
真世「あせればあせるほと失敗するわ。じっくり取り組んだほうがうまくいくわよ」
恵美「……分かったわ。帰ってからも、じっくり取り組むわ。ありがとう」
○地上基部の司令室
所長、真世、野島、シャフリルが集まっている。恵美は壁の映像
シャフリル「試験電波受信電力は正常の範囲内です」
所長「よし、不具合解消だ」
恵美(壁面映像)「良かった」
所長「恵美さん。協力してくれてありがとうございます。この先は協会の力でやってみます」
恵美「分りました。成功を祈っています。では……」
壁面映像が消える。
シャフリル「恵美さんがいなくなっても、きっと試験通過できます」
真世「ここまで来たら楽勝ね」
野島「残りの試験も気を引き締めないと」
所長「試験通過なら、次は十万キロ上空で試験です。静止軌道と違って四日に一回しかできません」
シャフリル「はい。準備はできています」
数日後。試験衛星軌道が高さ十万キロになり、送電試験が順調に進んでいる。所長、シャフリル、真世、野島が集まっている。
シャフリル「所長。試験通過です」
所長「お疲れ様でした。ありがとう……と言いたいが、次の『落下ミッション』を簡単に説明してください」
シャフリル「はい。試験衛星の軌道面を白道にしてから、月にぶつかるように軌道の高さを上げます」
所長「OK。そのミッションはシャフリルに任せます。私は所長室で司令官へ報告します」
シャフリル「分りました」
所長が部屋を去る。真世が所長を追って部屋を去る。
○地上基部の廊下
真世が所長を追ってくる。
真世「所長。恵美さんへ報告していいですか?」
所長「感謝の気持ちを丁寧に伝えてくださいね」
真世「分りました」
真世は立ち止まって、携帯電話を取り出し操作している。所長は歩いて去る。
真世「(電話に)宇宙旅行協会の真世です。今、いいですか?」
恵美(電話)「恵美です。手短にお願いします」
真世「高さ十万キロの送電試験も無事通過しました。ありがとうございました」
恵美「よかったですね。知らせてくれてありがとうございます」
真世「用件は以上です。では失礼します」
恵美「では……」
真世は携帯電話をしまい、困った顔をする。野島が通りかかる。
野島「どうかしたの?」
真世「恵美さんに感謝の気持ちを丁寧に伝えたいんだけど、忙しいみたいで……」
野島「ん……それなら笑顔だよ。笑って」
真世は笑顔になる。野島が携帯電話で写真を撮り、操作する。真世の携帯電話に送られた今の写真を二人で見る。
野島「この写真を送ればどう?」
真世「(笑顔で)分かった。送ってみるね」
真世は携帯電話を操作する。
真世「送った」
野島「恵美さんへの連絡はそれでいいと思うよ。それより、試験が終わった衛星の廃棄を確認するまでがミッションだよ。司令室に戻ろう」
真世「分かった」
二人は歩き始める。
真世「あ」
二人は止まる。真世が携帯電話を取り出し、操作する。携帯電話には恵美の笑顔の写真。
○次話へ続く。作者コメント
予定通りに進まない場合、責任追及に走りがちな世の中です。でも、未来を予想することは不可能という大前提が忘れられていませんか? そんな責任追及主義に一石を投じてみました。
次話の主題「静止軌道の主権」を皆さんに考えて欲しくてこの作品を書きました。
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