愛の重さは人知れず

リンドウ(友乃)

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 疑念というのは一度抱いてしまえば深く、そして重く心に圧し掛かる。

 あれからというもの、詩音の一挙手一投足が気になり、正直、気が休まらない。

 もやもや、という感情。初めて抱く感情にそう、名前を付けてくれたのはやはり、藍田だった。
 毎朝、酷い顔をして出社する惣一郎を藍田が心配し、相談に乗ってくれたのだ。

 ある週末の金曜日、仕事帰りに藍田と飲みに行った日のことだった。
 念のため、会社外の改札で待ち合わせをした。
 藍田も惣一郎も、もちろん結婚はしていない。が、人の口に戸は建てられないもので、一度噂が立ってしまえば瞬く間に広がってしまう。

 会社の若い社員がいい例だ。

 惣一郎がもっと若い頃は、男女が二人、出かけるだけで気があるのかとか、好きだ惚れているとか、そういう目で見られていたが、今の時代は少し違う。
 男女が二人で歩いたり飲みに行ったりしていても、それは友人関係としてだと言える場合もある。
 これについては様々な意見があるが、少なくとも会社の若手社員はただの同期としての関係だった。が、もちろん上司の世代は惣一郎たちよりも上の世代。

 世代だからと差別するわけではないが、少なからずそういう見方をしてしまうのは最早、仕方のないこともある。

 結果、会社から飲みに出かけた二人を見た上司の世代が騒いでしまい、仕事がやりにくくなってしまったことがあったのだ。

 念のため、と改札にした待ち合わせ先から、近くの居酒屋へ入った。個室のそこは誰かに見られる心配はない。
 金曜日ともなると居酒屋は混む。器量の良い藍田が予約してくれていたおかげで席にはすんなりと通れた。

 藍田とともにビールを二杯、それからつまめるものを数種類頼んだ。
 すぐに届いたビールを片手にとりあえず乾杯と、グラスを軽くぶつけ合った。

「で、詩音くんの様子がやっぱりおかしかったってことね?」
「まあ、そうなるな」

 粗方、朝の出勤時に話していたものの、改めて話すとダメージは大きい。
 出だしからへこみそうになる気持ちを叱咤するようにビールを煽った。

「でもなあ。詩音くんに限って浮気ではないと思いたいんだよね」
「詩音に限ってって、なんでだ」
「だって詩音くん、そういうの苦手そうだから」
 そう言って藍田が語ったのは、大学時代のこと。

「覚えてる?昔さ、サークルの飲みで集まった時、みんな酔っ払ってて恋愛の話になったの」

 言われ、わずかに思い出せた。あれはたしか、大学三年の頃だ。

 当時、所属していたのはミステリーサークル。きっかけは先輩に誘われたから、だったが思えば恋愛系が好きな詩音が何故、ミステリーサークルに入っていたのかは今でもわからない。
 仲の良かった先輩が就活するからと抜けることになり、みんなで先輩を応援する名目で飲みに行った。

「ミステリーサークルなのにさ、恋愛小説の話になって」
 ミステリーサークルとは、その名の通り、ミステリー好きが集まるサークルだ。活動内容は意外にもアクティブで、長期休暇の際にはミステリー小説の現場に行って撮影もするし、その他には小説を読んで討論したり、レポートをまとめ機関紙として刊行したりもした。
 なのに、あの時は酔っていたせいで恋愛小説の話になった。言い出したのは誰だったか、そこまでは思い出せないものの、流行りの小説が映画化されたことを話した記憶はある。

「その時、みんな、自分の恋愛観語り始めたの、覚えてる?」
「ああ、あったな、そんなこと」
「私ね、その時の詩音くんの言葉がずっと忘れられないんだよね」
「詩音、なんて言ってた?」
「自分は好きになった人とは死ぬまで添い遂げたいです、だって」

 瞬間、大袈裟だ、そんなことあり得ない。そう思い、けれど詩音がそんなことを思っていたことにも驚いた。

 死ぬまで、とはたとえば、惣一郎の年齢で結婚を誓ったとして、日本人の平均寿命が男性で八十一歳、女性で八十七歳だから、単純に計算したところで間を取って五十七年間あるということだ。
 五十七年というと、ゼロ歳から換算しても五十七歳。成人し、社会人になり、もしかしたら更年期なんかにも悩まされ、社会の中ではもうすぐ、その役割を終えようとしている時期かもしれない。

 そう思ってしまうのは惣一郎の両親が早くに離婚してしまっているからだ。が、詩音は違ったのだ。

 当たり前だが、家庭環境は人それぞれだ。夫婦仲が悪い家庭もあれば、そうではない家庭もある。
 添い遂げたいというなら、詩音の家庭環境は良かったのだろう。

 根本的な違い。付き合っていれば見えてくる違い。そんな当たり前にあったことを今、突きつけられた気がして、酔ってもいないのに眩暈がしそうな感覚に襲われた。
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