伝われ、俺の好き

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
1 / 3

前編

しおりを挟む
 夏。今年も茹だるような暑さが身体にダメージを与えている。
 けれど、高校生の冴木 昌太郎さえき しょうたろうは暑さを感じさせないほど元気に坂道を走っていた。

「あれ、昌太郎!どっか行くのか?」
「ああ、デート!」

 クラスメイトに話しかけられたが、止まっている場合ではない。走りながらそう答えた。
 商店街を抜けたところにある坂道。その先には、この町に住む人なら誰もが知る公園がある。今日のデートの待ち合わせでもある。

 (やっべ、めっちゃドキドキする…!)

 走っているせいなのか、それとも会えることに対する高揚感なのか。ドクドクと小刻みな鼓動が早い。全身に駆け巡っているようだ。

 (今日は絶対、葛城かつきに好きって言うんだ、俺は)

 走りながら心の中で誓いを立てる。というのも、実のところ昌太郎の告白は今までに二回も失敗しているのだ。

 一度目は成り行きだった。高校一年生の秋、遠足で偶然、バスの座席が隣で浮かれていたのだと思う。いつもより近い距離で何気ない会話をしていた。そのとき、葛城がポッキーを一本持って、言った。

『お前も好き?』

 冷静に考えればポッキーが好きかという意味だ。反対にそれ以外の何者でもない。なのに、どうしてもそのときはその好きが葛城のことを好きと問われているように思えた。

『す、好きだよ』

 思わず、口走っていた。すると葛城は手に持っていたポッキーを昌太郎の口に突っ込み、『俺も好き』とにっこり笑った。

 二度目はバレンタインだった。昌太郎の通う高校では、バレンタインだからといって必ず女子から男子にチョコレートを贈らなければならないというルールはなく、むしろ友チョコが流行っていた。昌太郎もその流れに便乗して、葛城にチョコを贈ろうとしていた。

 バレンタイン当日。鞄の中に隠し持ったチョコを渡そうと、放課後、校門の前で葛城を待ち構えていた。
 けれど、現れた葛城の手にはしっかりと可愛らしい紙袋が掲げられていた。葛城はいつも、学生鞄一つしか持って歩かない。だから、それが誰かからもらったチョコなのだと鈍い昌太郎にもすぐにわかった。
 やっぱり朝、渡せばよかったと落ち込み、帰ろうと踵を返したとき、後ろから名前を呼ばれ、振り返った。

『なんだ、まだいたんだ。もう帰ったかと思った』
『…なんか用かよ』

 つい、ぶっきらぼうな返事をしてしまった。ああ、このままじゃチョコを渡す以前に友人としても嫌われてしまう。
 帰ろう。帰ってやけ食いしてやる。思いながらまた踵を返そうとしたとき、腕を引っ張られ、反射的に葛城を見た。

『なんだよ、マジで』
『これ、お前にやるよ。チョコレート。今日、バレンタインだからさ』
『な、んでお前が俺に…?』
『だって、好きだろ?』
 俺が―。

 なんて、聞こえてきそうだった。家に帰って考えればそれが、『チョコが』だったことくらいすぐにわかるのに、恋とは人を盲目にさせるものだ。
 なのに、勘違いして昌太郎も『好きだよ、もちろん!』と、言ってしまっていた。すると葛城は一瞬、呆けたような顔をした後、顔を真っ赤にして『良かった』とほほ笑んだ。

 振り返って見ると、二回の告白は気持ちの準備ができていなかった。けれどあれから数か月。気持ちの準備は整った。
 何度もシュミレーションをして、テスト勉強の内容よりも脳に焼き付いた光景を脳裏に広げる。よし、大丈夫。できるはずだ。

 坂道を抜けるとすぐに公園が見える。周りは住宅街で見晴らしはいい。
 時刻は午後四時四十五分。待ち合わせが五時のため、まだ葛城は来ていないはずだ。と、公園の中央に聳え立つ大きな木に目を配る。

 (え、なんで?)

 大きな木に男性らしき人が一人、立っていたのだ。
 葛城とは高校から知り合って、すぐに仲良くなり、今までも数えきれないほど遊んできた。葛城はほぼ九十パーセントの確率で待ち合わせの時間に遅れて来る。

 (まさかな。葛城の訳がない)

 走ったせいで多少、乱れた息を整えるように深呼吸をした。多少で済むのは昌太郎がサッカー部に入っているおかげだった。
 一歩ずつ、ゆっくりと公園に近づく。一歩歩くたびに、落ち着く呼吸とは正反対に胸がうるさく鳴る。
 本当は今日、葛城より早く来て心の準備をする予定だった。もし、葛城がいたら準備が台無しになる。
 戸惑いながら男性が寄りかかるように立っている木へと近づいた。
 昌太郎の気配を察したのだろう。俯いていた顔を男性が上げた瞬間、目が合う。

「あ、えっと、すみません」
「…いや、こちらこそこんなとこで突っ立ってて迷惑でしたよね」
「いや、全然!俺もちょうどここで友達と待ち合わせしてて!だから、そいつかと思ってしまって」
「奇遇ですね。実は僕も待ち合わせしてるんです」
 男性が柔らかく微笑む。笑った顔が葛城に似ている気がした。

 そのまま立ち尽くしているのもと、近くにあるベンチに座る。男性はどうやら昌太郎より年上のようで、リネン素材のジャケットがよく似合っている。

 (葛城も大人になったらこの人みたいになるのかな)

 そんなことをつい、妄想してしまう。すると、男性が「これ、使う?」とハンカチを渡してくれた。

「なんで俺に?」
「汗、すごいから。走って来た?」
 言われ、首筋を触ってみるとたしかに手に汗をしっかりと感じるほどには濡れている。

「すいません、ありがとうございます」
 初対面の相手からハンカチを借りるのは常識に欠けるのかもしれない。そう思いながらも、断ってしまうのも失礼かもしれないと結局、受け取った。

「約束に遅れそうだったってわけでもないよね」
「ああ、はい。ただ、早く着いておきたかっただけです」
「もしかして、告白でもする予定だったり?」

 意地悪な顔で微笑まれ、ドキリとした。

「ああ~…わかります?」
「そうだね。早めに来るってことは、それしかないような気もするからね」
「そうなんです。実は今日、花火大会の後に告白しようと思ってて」
「今日だよね、花火。いいね、思い出に残りそう」
「成功すれば、ですけど」
「成功すると思う?告白」

 問われ、どうだろうと考える。

「俺、正直、付き合えるとか思ってなくて」
「へえ、どうして?」
「お兄さんにだから言いますけど、相手、男なんです。もちろん、付き合えるなら嬉しいけど、でも俺、多分、ちゃんと好きだよって言いたいだけなんです。なんか、好きなのに好きって言わないの、俺的にはフェアじゃない気してて」
 初対面、会って数分の人。なのに、すらすらと言葉が出てくる。

「そっか。じゃあ、好きって言えるといいね」
「はい!」

 なんだか応援してくれているようで嬉しくなる。嬉しさのあまり笑顔で男性の方を見ると、男性が「ちょっと待って」と昌太郎の顔を見つめて言った。

「どうかしましたか?」
「うん、多分、走って来たからかな?せっかくセットした髪が乱れちゃってる」
 そう言って昌太郎の髪に男性の手が触れようとしたときだった。

「昌太郎!」

 焦ったように名前を呼ばれ、声のする方を見る。

「葛城?」
 公園の入り口から走ってくる葛城が見えた。思わず、食い入るように見る。というのも、葛城は普段、美術部で本人曰く、運動音痴なうえに身体を動かすことが嫌いだという。
「ごめん、待たせた」
 その言葉にふと、時計を見る。時刻は四時五十五分。普段より早いし、珍しく遅刻をしていない。

「いや、全然?待ってる間、お兄さんが話し相手してくれたから」
 と、男性の方を見る。男性も「そうだね、僕も楽しかったよ」と笑いながら言った。

「…行くぞ、祭り」

 腕を引っ張られ、ぶっきらぼうに葛城が言う。

「あ、うん。お兄さん、いろいろありがとうございました!」
 立ち上がりながら慌ててそう言うと、男性はニコニコして手をひらひらと優雅に振ってくれた。
 引っ張れるまま、しばらく葛城の歩調に合わせて歩く。葛城は身長百八十センチ、昌太郎は百七十八センチ。差は二センチしかないため、たとえ葛城が歩調を速めたとしても難なくついては行ける。
 が、昌太郎は不思議に思って仕方ない。葛城という男は普段、クールではあるが礼儀はしっかり弁えている。必ず、先輩が全員帰ってから部室の鍵を閉めるし、廊下ですれ違えばしっかり目を見て挨拶をする。

 (いつもの葛城なら、お兄さんに挨拶くらいするのに)

 しかも、やはり歩調が速い。運動が苦手な葛城の歩調は普段からゆっくりだ。何かがおかしいと、昌太郎は「なあ、葛城」と声を掛けた。

「なんかあった?なんかさ、変じゃね?」
「変じゃない、大丈夫だよ」
 それより、と葛城が前を向いたまま言う。

「花火まで時間あるし、出店でなんか買う?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

【8話完結】勇者召喚の魔法使いに選ばれた俺は、勇者が嫌い。

キノア9g
BL
勇者召喚の犠牲となった家族—— 魔法使いだった両親を失い、憎しみに染まった少年は、人を疑いながら生きてきた。 そんな彼が、魔法使いとして勇者召喚の儀に参加させられることになる。 召喚の儀——それは、多くの魔法使いの命を消費する狂気の儀式。 瀕死になりながら迎えた召喚の瞬間、現れたのは——スーツ姿の日本人だった。 勇者を嫌わなければならない。 それなのに、彼の孤独に共感し、手を差し伸べてしまう。 許されない関係。揺れる想い。 憎しみと運命の狭間で、二人は何を選ぶのか——。 「だけど俺は勇者が嫌いだ。嫌いでなければならない。」 運命に翻弄される勇者と魔法使いの、切ない恋の物語。 全8話。2025/07/28加筆修正済み。

姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった

近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。 それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。 初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

処理中です...