三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第22話

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 暗闇の中をベールは漂っていた。
 妹であるアナトに気絶させられたのは覚えている。
 だけど此処が何処なのか分からない。
 もしかして夢でも見ているのだろうか、それにしては意識がはっきりしている。
 そんな事を考えていると、暗闇の中に光が差す。
 暗闇は一瞬で白い光に包まれ、光に溢れた世界に変わる。
 いつの間にか漂っているのではなく、足で立っていた。

『ベール・フォン・マスティア。竜騎士アルトリウスの子孫』
「誰!?」

 突如として聞こえてきた謎の声にベールは声を上げる。
 男とも女とも分からない声がベールの名を呼んだ。
 するとベールの正面に人の形をした光が現れた。
 ベールは銃を構えようとするが、異空間から銃を取り出せない事に気付く。

『我はアルトリウスの忘れ形見。お前はアルトリウスの子孫にしてアーシェの娘、ベールに相違ないな』

 光の人はもう一度ベールの名を口にした。今度は母も口にして。
 ベールは戸惑いつつも、怖ず怖ずと頷いてみせる。

『ようやく捉えた。ベールよ、どうか我が願いを聞け。我を目覚めさせ、彼の者の手に託すのだ。竜と人の子が、運命の鍵』
「我……? 貴方は誰なの?」
『我はアルトリウスの忘れ形見。人は我を【竜剣】と呼ぶ』
「【竜剣】!? 目覚めさせって、覚醒の事を言ってるの!? でも覚醒させたらニーズヘッグが……」
『彼の者が運命の鍵ならば、ニーズヘッグなど造作もない。お前はアルトリウスの子孫、その力を継承する者。鍵と力が揃えば、運命は切り拓かれる』
「力……? あ、待って!」

 光の人、【竜剣】は伝えるべき事を伝えたのか、徐々に姿を消していく。
 ベールは手を伸ばすが、自分の手が徐々に透け始めているのに気が付いて目を見開く。

『待っているぞ。我を彼の者の手に――』

 その言葉を最後にベールの前から姿を消し去った。
 ベールもその後すぐに消えていき、意識を取り戻す。
 目を覚ますと、ベールはリーヴィエルに支えられていた。
 不思議と、頭の中がスッキリしており、何を成すべきなのかも理解していた。

「殿下、お目覚めになられましたか」

 ベールは立ち上がり、自分が何処にいるのか確認する。
 まだ塔から離れておらず、走ればすぐに戻れる距離だ。

「……おや?」

 側にいたマーレイがベールを見て不思議な感覚を覚える。紅い瞳でベールを見通し、ハッと何かに気付かされた。

「……殿下?」

 意識を取り戻してから一言も話さないベールを不審に思い、リーヴィエルが顔を覗く。
 ベールは自分の頬を両手で叩いて気合いを入れ、マーレイの前に立つ。

「マーレイさん、此処から私を塔に戻せますよね?」
「殿下何を――っ」

 リーヴィエルも何かに気付いたのだろう、言葉を切ってベールを見つめる。
 マーレイは興味深げにベールを見つめ、先程の問いに答える。

「できるさ。お望みなら、坊やの前に行かせてやれる」
「ならお願いします」
「……やれやれ、アタシの眼でも見抜けなかったモノがあるなんてねぇ……。リーヴィエル、アタシ達も行くよ」
「……どうやらそれ以外に選択肢は無いようですね」

 リーヴィエルは今度こそベールが塔に戻るのを反対しなかった。反対するのに疲れたのか、それとも別の理由ができたのか、諦めたように肩をすくめる。
 マーレイは杖を軽く振るい、空間に穴を開けた。

「お嬢ちゃんが先にお行き」
「ありがとう、マーレイさん」

 ベールは礼を言うと、マーレイが開けた穴へと飛び込んでいった。
 リーヴィエルはその背中を追いかけようとしたが、ふと足を止める。
 そしてマーレイに向き直り、口を開く。

「……先生には何が視えましたか?」

 その問いに、マーレイは少し考えて答える。

「……最初は破滅が来ると思ってた。だけれど、アタシは一つ忘れていたよ」
「それは?」
「破滅の後には希望がある事さ」

 マーレイはニコリと笑う。
 リーヴィエルは少しだけ顔を伏せ、開いた穴から背を向ける。

「おや、行かないのかい?」
「はい。その方が良いと、私の【眼】は視ました。それに、騎士オルガを放ってはおけません。殿下達の事は、先生にお任せします」

 ベールはフワリと空へ浮かび上がると、オルガの下へと飛び去っていく。
 マーレイはそれを見送り、開けた穴を閉じた。

「さて、アタシの出番はもうちょっと後みたいだねぇ……待っているよ、坊や」



    ★



 ベールの血で刻み込まれた魔法陣が強く発光し、【覚醒の間】全体を大きく揺らす。
 激しい揺れが続き、溶岩の海から大地が隆起して床を持ち上げた。
 床はそれに耐えきれず崩壊していき、レギアス達を放り投げた。

「アハハハハッ! これで【竜剣】は覚醒した! 後はあの小僧を――」

 覚醒に至らせた喜びで高らかに笑っていたファタは、突如として感じた強大な魔力に表情を引き攣らせる。咄嗟に後ろを振り返り、それが何か分からないまま本能に従って槍を突き出す。
 その槍からは確かに肉を貫き骨を断った感触が伝わった。
 だが貫いたソレは、その程度ではどうする事もできないモノだった。

「――!!」
「きさま――」
「グルゥァアッ!」

 人間の眼ではなくドラゴンの眼をしたレギアスが、ファタの顔面を殴り付ける。
 顔の骨が砕ける音が鳴り、ファタは吹き飛ばされ隆起した大地に激突した。

「かはっ――!?」
「ウルァアアア!」

 レギアスはファタに向けて右手を向ける。尋常ではない量の魔力がレギアスに集束していき、背中に魔力で形成された巨大な翼が展開される。そしてレギアスの全身を深紫の魔力が包み込み、レギアスは小さなドラゴンと化した。
 ファタに向けた右手から特大の魔力が放たれ、ファタを呑み込んでは大爆発を起こした。
 レギアスは心臓を貫いている槍を抜き取り、その槍をへし折った。

「レギアス!」
「っ!」

 レギアスの耳にアナトの声が届く。
 アナトは崩壊していく床の残骸に、血塗れのベールを抱えながらしがみ付いていた。
 レギアスは翼を羽ばたかせ、アナトとベールの下へ飛翔する。
 二人を掴まえて魔力で包み込むと、レギアスはそのまま真っ直ぐ上を目指して飛び上がる。

「マーレイ!!」

 レギアスが叫ぶと、上空に穴が空いた。その穴へレギアスは飛び込み、崩壊していく【覚醒の間】から塔の外へ脱出した。
 塔から脱出したレギアスはアナトとベールを抱えたまま塔から離れ、下にいたマーレイの近くに着地して二人を下ろした。

「姉さん!!」

 アナトが血だらけのベールを抱え起こし、傷の具合を見る。腹に大きな穴が空いており、どう見ても致命傷だった。血は止めどなく流れており、ベールの意識も無かった。
 だがまだ生きてはいた。呼吸はかなり浅く、心臓の鼓動も殆ど止まっていたが、まだ命の灯火は残っている。

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 アナトはベールの治癒魔法を施すが、最早手遅れだ。
 アナトも、頭ではそれを理解していた。涙がボロボロと流れ出し、今にも壊れそうな顔になる。

 その時、レギアスがアナトを押し退けてベールに手を翳した。
 レギアスの魔力がベールに注がれていき、見る見る内に傷が塞がっていく。ベールの顔色も生気を取り戻し、呼吸と鼓動も正常に戻っていく。

「――ゴホッ! ゴホッ!」
「姉さん!」

 意識は取り戻していないが、ベールは息を吹き返した。
 アナトはベールの手を握り締め、姉の鼓動と温もりをしっかりと手に感じる。

「……ヒーリングフォースとは、魔法泣かせな事をするじゃないかい」

 マーレイが治癒されたベールを見てそう言う。

 アナトはハッと思い出してレギアスへ顔を向ける。
 先程までのレギアスは明らかに異常だった。ドラゴンの翼を生やした姿は初めて見たが、似たような状態をミハイル島で見た。
 即ちレギアスはドラゴンの力に呑まれて暴走しているのではないかと、アナトは考えた。
 だが呼び声に応えた事もそうだが、ベールに対して治癒魔法を施した。
 ならば今回は理性がはっきりとしているのではないだろうか。

 アナトの思った通り、レギアスは意識をはっきりとさせていた。
 魔力は溢れ、翼を背負っている状態ではあるが、今の彼からは暴走の危険性を感じられない。

「レギアス……大丈夫なのか?」
「……マーレイ、二人を頼む」

 レギアスはアナトの問い掛けに答えず背を向けた。
 再び飛び立とうとしたところを、マーレイは止める。

「お待ち。坊や……これからどうする気だい?」
「……【竜剣】は覚醒した。まだあの【魔女】が生きてる。ニーズヘッグの復活を止める」
「……そうかい。あの子は……助かりそうにないかねぇ……?」
「……その【眼】には何が写ってる?」
「さてね……分かる未来もあれば分からない未来もあるさ」
「だったら祈ってろ。俺はただ、報いを受けさせるだけだ」

 レギアスは翼を広げ、塔へと凄まじい速度で飛んでいく。そのまま塔に激突し、強引に中へと姿を消した。

「何だ……レギアスの身に何が起こってる? お前は、何か……何か分かってるのか?」

 アナトはマーレイに訊いた。
 今のレギアスが普通でないのは明らかだ。国王が施した封印も機能していないように見える。
 もしかしらたレギアスはドラゴンになりかけているのではと、アナトは焦慮した。
 だからアナトはこの場で唯一、何かを知っていそうなマーレイに訊いたのだ。

「坊やは……そうだねぇ……アタシから言える事は一つだけさね」

 ――祈りな。



    ★



 塔の内部に再び侵入したレギアスは、今まで以上に魔力を吐き出し続けていた。
 内部を支配する空間の歪みを魔力で強引に断ち切りながら、【竜剣】の気配がする方向へと飛び続ける。

 ――くそ……思ってたよりキツい……!

 レギアスは魔力に蝕まれる感覚に歯を食いしばる。
 ベールが【竜剣】に刺されて血塗れになった時、レギアスは精神世界で裏レギアスと対話したのだ。

『あの女を助ける力が欲しいか?』
『助けられるのか!?』
『俺達の魔力なら人間の傷を癒やすことぐらい容易い。だがその為には……分かるな?』

 それは裏レギアスから持ち掛けられた契約だ。
 即ち、ドラゴンとしての覚醒が近付く事を意味している。
 それがどれだけ危険な事なのか、表のレギアスは理解していた。
 今日友人だった者達が、明日には敵になっているかもしれない。
 人間として生きる事は叶わなくなるかもしれない。
 だがそれでもレギアスは頷いた。

 そんなくだらない事よりも、ベールが大事だと。

『持って行けよ。ただし、ベールを助けてあの【魔女】を殺せる分だ』
『良い答えだ』

 そうしてレギアスは裏レギアスの封印を少しだけ解き、ドラゴンの力を更に引き出したのだ。
 その御陰でベールの命を救え、今こうして【魔女】を殺しに迎えている。
 このまま事が済んでも、王都に帰れば危険因子として処刑されるかもしれないと、今更ながら考えたが些細な事だと切り捨てた。

 やがてレギアスは【竜剣】の反応が強くする場所を見付け、そこに目掛けて突撃を仕掛けた。
 空間と壁を破って辿り着いたのは、これまた広い空間だった。
 周りの壁や地面は肉のようなモノでできており、血でも通っているのか脈打っている。
 そしてその空間の中央には巨大な心臓が佇んでいた。
 一目でその心臓がニーズヘッグの心臓だと分かり、強く鼓動を発している事から復活が間近に迫っているのだと理解する。

 翼を折り畳み、心臓へと歩み寄る。
 直後、横から黒い一閃が襲い掛かり、レギアスはアナトから借りたままのガンブレイドで受け止める。

「っ、ファタ!」
「アハハハハッ!」

 ファタが【竜剣】を手に持ち、振り下ろしていた。
 【竜剣】は血のような赤いラインを剣身に走らせ、黒い魔力を滾らせている。
 レギアスはガンブレイドで【竜剣】を弾き飛ばし、ファタに斬りかかる。
 だがファタは蜃気楼のように姿を掻き消して攻撃を避け、心臓の前に姿を現した。

「遂に【竜剣】が覚醒した! 後はこの心臓に貴様を捧げ、【竜剣】で命を注ぎ込めば貴様はニーズヘッグとなり、妾の下僕となる!」
「そいつに俺を? 嫌だね気持ち悪い。それよりさっさとクレイセリアを返してもらおう」
「この娘をか? 良いぞ? 元々、妾が復活した暁には捨てる予定だったからのぉ。じゃが……」

 ファタは【竜剣】から魔力を受け取り、姿を変えた。
 甘栗色の髪は黒く染まり、額からは二本の角が生え、着ていた衣服は燃え落ちて露わになった肌は黒い鱗で覆われていた。唯一人間の肌をしているのは胸元から臍の下辺りまでだ。それ以外は鱗で覆われ、四肢はドラゴンのモノになっていた。瞳は紅いままだが、眼球自体は黒くなっていた。

「今やあの娘の精神は既に妾が消した」
「なに……?」

 ファタは口をニヤリと裂く。

「この期に及んでお前を殺したくないと、ほざきよる。妾の慈悲で活かしておいたというのに、何を勘違いしたのか妾に刃向かったのじゃ。だから殺した。もう貴様が知るアレはこの世におらん」

 直後、ファタの頬を魔力の斬撃が掠める。心臓に斬撃が命中するも、強力な障壁に阻まれた。
 レギアスは振り下ろしたガンブレイドで肩をトントンと叩き、吹っ切れたような顔を浮かべる。

「そうかい……なら遠慮無くてめぇをぶった斬れるってわけだ」

 ファタは掠めた頬から流れ出る血を手で拭う。
 傷はもう存在していなかった。

「人間風情が……いくらドラゴンの力を引き出そうとも、所詮は穢れた血。完全な力には抗えぬぞ!」

 ファタは【竜剣】を掲げ、黒い魔力を呼び越す。
 レギアスは翼を広げ、ガンブレイドを構えて魔力を開放した。

「今ぶっ叩いて起こしてやるぜ、先輩」

 黒と紫が激突した。




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