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第2章 竜剣編
エピローグ
しおりを挟む黙示の塔が崩壊して早一週間が経過した。
あの後、レギアス達は王都から駆け付けてきた援軍によって救出された。
実は列車を警護していた騎士達は負傷しているものの、死者は出ていなかった。
最初にオルガが駆け付けた時、列車は破壊されていたのだが、騎士達は生き延びていた。
騎士達の証言によれば、確かにクレイセリアから攻撃を受けたが、列車を破壊されただけだった。騎士達の負傷は破壊の際に生じた爆発や、クレイセリアが去っていた後に現れたデーマンによるものが殆どだった。
どうやらあの時、クレイセリアは無意識に騎士達を傷付けないようにしていたようで、その後にファタに完全に身体を支配されたそうだ。殺したと思っていたのは錯覚だったらしい。
だが裏切りは裏切りであり、クレイセリアは騎士達に拘束され投獄されている。
本来であれば即座に極刑だったのだが、マーレイの口添えもあり一先ず投獄されて判決を待っている状態である。
それからレギアスも意識を失っている状態で王都に搬送されるが、そのまま厳重な結界が張られた牢へと投獄された。
理由としてはレギアスがドラゴンの力を急激に高めた為の処置であり、レギアスに危険性があるかどうかを判断する為だ。
レギアスの事を知る国王直属の特殊部隊によって検診と観察が行われ、レギアスが現在どっち側に属しているのかを確かめられた。
イル国王自らも立ち会い、ドラゴンの力を抑制している封印もできる限り再度施した。
だが肉体をドラゴンへと近付けた事により、封印はあまり効力を成していない。強いて挙げるなら、乱れに乱れた魔力の流れを整えただけに収まっている。
結局、レギアスの意識もしっかりとしており、理性的であることから問題無しと判断されて解放されている。
そして【竜剣】だが、現在は国王に預けてある。
それは別に国王が欲したわけでなく、【竜剣】の研究をする為である。長らく黙示の塔に隠されており、今まで手を出さなかったモノが手元に現れたとなれば、ドラゴンと戦う為の研究材料としては最高の一品だ。
それに、レギアスは空間魔法を使えず、他の者達のように異空間へ物を収納できない。身の丈以上ある【竜剣】を常に持ち歩くわけにもいかず、ちょうど保管するのに丁度良かったのだ。
【竜剣】を使っての戦闘訓練はそれまでお預けである。
それでレギアスは今、王都の中央病院に足を運んでいた。
此処は王族が利用している病院であり、ベールは今此処に入院している。
ファタによって【竜剣】に刺されたベールはレギアスのヒーリングフォースによって一命を取り留めたが、数日前までは意識を取り戻さなかった。
現在は目を覚まし、体調の経過観察と検査の為に入院を続けている。
レギアスは本当ならばベールが目を覚ましたその日に会いに行きたかったが、その時はまだ特別な牢屋で過ごしていた。
アナト達は既にベールと顔を合わせており、今日やっとレギアスの面会が許されたのだ。
ベールがいる病室の前には警備の騎士が二人立っており、レギアスは面会の許可証を見せる。
いざ扉を開けようとして、動きを止める。そして廊下の窓に反射する自分の姿を見て身嗜みを整え始める。警備の騎士達はその様を視てクスリと笑う。
今は私服で、少しだけ気合いが入っているように見えるのには、とある事情がある。
身嗜みのチェックが終わり、今度こそ扉を開けた。
扉は自動で横にスライドして開き、レギアスは中に入った。
「……」
病室は大部屋で、ベッドが一つしかなく、王族が使うからかある程度豪華な装飾が施されていた。
そのベッドの上で、菫色の入院服を着ているベールが窓の外を眺めていた。
レギアスが最後に見たベールの姿は血塗れで意識を失っている姿だった。
だからこそ、こうして起きている姿を見てレギアスは思わず涙ぐむ。
「……? あ、レギアス!? ちょっと、来てるなら声を掛けてよ!」
「……ああ、悪い」
入院姿が恥ずかしいのか、ちょっと身体を隠すような仕草をするベール。
レギアスはベッドの側に椅子を運び、ベールの隣に座る。
「貴方、もう大丈夫なの? アナトから聞いたけど、ボロボロだったって……」
「それを言うなら、俺よりお前だ。何処も悪くないのか?」
自分の事よりも他人の事を心配するベールに苦笑しながら、レギアス気になる事を訊く。
あの時のヒーリングフォースはドラゴンの力が流れ込んできた際に知り得た力だった。ベールを助けたい一心で使ったが、万が一後遺症みたいなのがあったらどうしよと気が気でなかったのだ。
ベールは心配するレギアスを見て笑う。
「大丈夫よ。寧ろ魔力が強くなってるみたいで頗る調子が良いわ」
「――そうか! それは、良かった……!」
それを聞いてレギアスはホッと胸を撫で下ろす。張り詰めていた気が緩まり、肩から脱力するレギアスにベールは嬉しそうにする。
「なぁに? そんなに心配してくれたの?」
「当たり前だ、馬鹿」
「あ、馬鹿って言った。ひどーい」
ベールはクスクス笑う。
その笑顔をまた見られる事ができて本当に良かったと、レギアスは心から思う。
「……外の様子はどう?」
「外……? ああ……俺もまだ出たばっかりでアナト達より詳しいわけじゃない」
「そう……。黙示の塔が崩壊して、そこにあった領域が消えたって聞いたけど」
「らしいな」
ベールの言う通り、黙示の塔が崩壊したその日の内に展開されていた領域が消え去ったのだ。
領域が広がって呑まれてしまった場所は勿論のこと、元々黙示の塔があった場所の領域も消え、人類は領土を暫くぶりに取り戻したのだ。
黙示の塔があった場所も、大凡千年ぶりに太陽の下に晒されたのだ。王都の学者達は大騒ぎとなり、早速調査遠征を行っている。
「公には竜騎士であるリーヴィエルが取り戻したと発表して、俺の事は隠してるようだ」
「それも聞いたわ。その御陰で彼女の有休申請は却下されたとか」
「有名人は辛いな。彼方此方に引っ張りだこで、牢獄にいても殺気を感じたよ」
「彼女には面倒をかけたわ。今回は私も我が儘が過ぎたし……」
ベールは今回の行動を反省しているようだ。
だが元はと言えば己が事の発端だとレギアスは思っているが、それを言っても互いの意見は変わらないと判断して敢えて何も言わなかった。
レギアスは膝の上で手を組み、ベールもレギアスから目をそらす。
気不味い空気が流れる中、ベールがクレイセリアの事を訊く。
「彼女……クレイセリアはどうなってるの?」
「え、ああ……俺とマーレイが国王に口添えして、今はまだ投獄されたままだ。ファタとニーズヘッグを倒せたのは、クレイセリアの功績もある」
「……母親を、直接でないにしろ死に追いやったのよね」
「……」
「――あ、違うの。レギアスを責めてるんじゃないのよ。ごめんなさい……」
「いや、謝る事じゃない。クレイセリアにそうさせたのは事実だ。それに……って違う、こんな話をしたいんじゃない」
そこでレギアスは此処に来たもう一つの理由へと話題を持って行く。
咳払いを一つし、佇まいを直してから口を開く。
「ベール、その……あの夜の事だ」
「夜……あっ……」
ベールはレギアスが何の話をしようとしているのか分かり、サッと目をそらす。
レギアスが話そうとしている事、それは黙示の塔へ出発する前夜の事だ。
ベールのもう一つの夢、王女としてではなく、ただ一人の女の子として過ごす夢だ。
あの日はレギアスが自分にその資格は無いと言って拒絶してしまい、その後もレギアスはベールを避ける態度を見せてしまっていた。
「あれは、その……何でも無いの。忘れて――」
「いいや、聞いてくれ」
ベールが話を終わらそうとしたが、レギアスはベールの肩に手を置いて顔を自分に向けさせた。一旦手を退け、レギアスは話し始める。
「あの日、俺はお前の気持ちを……無視しようとした」
「……」
「でもそれは……お前の事を何とも想ってないからじゃない」
「え……?」
一呼吸置き、レギアスは語る。
「俺は……知っての通り半分人間じゃない。ドラゴンって言う人間の敵の血が流れてる。客観的に見て、俺はまだ危険な存在だ。その血がいつか、お前に牙を向けるかもしれない。そう考えると、いつかはお前の側から離れないといけないかもしれない」
「それは違うわ! 貴方がそんな人じゃないって、私は知ってるもの!」
ベールのその気持ちに、レギアスは胸に温もりを感じた。
だがそれはベールの事実であって、世界の事実ではない。
レギアスはそれをよく客観視できていた。
「ありがとう。だが世界はそれを認めてくれる程、まだ優しくない。だから俺は相応しくない……そう思ってたんだ」
「……思ってた?」
レギアスは思い出す。
ベールがファタに貫かれたあの光景を。
「お前が【竜剣】に貫かれた時、あの時俺はお前を失ったと思った。お前が死んだと一瞬でも思ってしまった」
「だけど貴方が助けてくれたじゃない」
「ああ……ああ、そうだ助けた。だけどその時分かったんだ……俺は……」
その先の言葉を、レギアスは紡げなかった。
これを言ってしまえば、もう後には引けなくなる。
その覚悟が己にあるのか、今一度胸の内で問うた。
その時、ベールがレギアスの手に自分の手を重ねた。
ハッと顔を上げると、ベールはレギアスの言葉を待っていた。
それで、レギアスの覚悟は決まった。
「俺は……お前を失いたくない。お前の側から離れる事なんて考えたくない。俺はお前と一緒に居たい。だから、だからベール……」
「うん……」
レギアスはベールの手を握る。
「好きだ、ベール。お前が好きだ、愛してる。今は許されないだろう。だけど必ず、世界に俺を認めさせる。だから……俺と結婚を前提に付き合ってくださぃ」
最後の方は小さく萎んで上手く声に出せなかった。
今鏡を見たらレギアスの顔は真っ赤になっているだろう。
死闘に挑む時よりも緊張している、ブルブルと身体の彼方此方が震えている。
レギアスはベールの返事を待った。
長い長い沈黙、もしかしたら実際は短かったのかもしれない。
いや、ひょっとすると実はまだ一秒も経っていないのかもしれない。
そして、答えは出る――。
「――はい」
ベールはとびっきりの笑顔で、そう答えたのだった。
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