俺達は全員ワケありの最強従者 ~マーヴェリック家は本日も平和です~

八魔刀

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第1章 ヴァルト・クライン

第四話 マーヴェリック家の騎士と執事

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 マーヴェリック家には執事がいる。
 年齢は60歳。黒髪に白髪が混じったオールバック姿の男性。身長も高く、背筋もピンと伸び、60歳にしては洗練された肉体を有している。

 彼の名はエードリアン・エドマンズ。マーヴェリック家に代々仕える一族であり、エードリアンは一族の中でも一番の実力者と言われている。お嬢の前では温厚な祖父という感じだが、俺達従者の前ではそれはもう恐ろしい人であり、もの凄く厳しい。

 かく言う俺も、此処で働き始めた当初は爺さんの厳しさに毎晩枕を涙で濡らしたもんだ。
 エードリアンの前では執事長と呼んでいるが、執事長がいない所では俺は爺さんと呼んでいる。バレたら絶対に肉体言語で説教を受けることになる。

 爺さんはお嬢の執事だが、本来はボス専属の執事である。ボスの命令でお嬢を守っているが、定期的にマーヴェリック邸を空けてボスの下へと戻る。

 俺と爺さんが顔を合わせるのは、朝食の時と魔物を倒した後の報告の時ぐらいだ。
 しかし、今日は何故か爺さんと爺さんの執務室で二人だけの時間を過ごしている。
 俺は内心冷や汗でダラダラ、表情も冷や汗でダラダラ、まともに爺さんの顔を見ることができない。

 それは何故か。爺さんからもの凄いプレッシャーを感じているからだ。
 俺は椅子ではなく、執務室の床で正座している。
 爺さんはデスクに座って色々な書類整理をしている。淡々と書類をチェックしていき、俺を全く見ようともしない。しかし怒りを向けられているのは確かだ。
 俺は何をしでかしたのだろうか。心当たりが多すぎて逆に分からない。

「ンンッ……」

「ヒッ……!?」

 爺さんが咳払いをして俺は肩をビクつかせる。
 一気に汗の量が増えた気がした。

「ヴァルト、どうして此処で正座しているのか、理解しているのかね?」

 低い声音が俺の心を恐怖で震わせる。
 傭兵時代に散々怖い目に遭っているはずなのだが、爺さんの怖さにはどうしても耐性が付かない。
 俺はとにかく、爺さんの問いに答えなければいけないと思い、必死に言葉を捻り出す。

「あー……サボり?」

「そうだ。分かっているじゃないか。なのに、何故直せない? それとも、直さないのかね?」

 爺さんの眼光が俺を射貫く。
 俺は益々小さくなってしまう。

「貴様の実力は理解している。特に、貴様の戦闘能力はな」

「あ、ありがとうございます」

「だが、それ以外の貴様は怠惰が過ぎる。貴様にはマーヴェリック家の従者としての誇りは無いのか?」

「い、いやお嬢の騎士として誇りはあるさ! ボスにだって恩がある!」

「だったら何故貴様は勤務中に庭で寝ていた?」

「だって良い天気じゃないか!」

 俺の頬が切れた。何か頬を掠めた気がしたが、それはおそらく爺さんによる目に見えない速度で繰り出された手刀だろう。俺と爺さんはデスクを隔てて距離があるはずだが、爺さんには関係ない。

「貴様……どうやら徹底的に矯正が必要なようだな」

 ガタリ、と爺さんは立ち上がる。
 瞬間、俺は死を覚悟した。だが此処で俺は死にたくない。
 俺は恐怖を断ち切り、執務室から飛び出して逃げた。脇目も振らず、ただ爺さんから逃げて生き延びるために脚を動かす。
 この広大な敷地の何所か、そうだ森へ逃げよう。彼処なら暫くの間は隠れられる。

 俺はチラリと後ろを振り向いた。爺さんが追ってきていないか確かめるためだ。

「――」

 爺さんの怒りに染まった顔が、すぐ側にあった。

「うおわああああ!?」

 俺は情けない叫び声を上げながら、全力で逃げる。
 おそらくこの声は屋敷中に響いただろう。

 怖い怖い怖い怖い。

 俺は思わず『力』を使ってしまいそうになりながら、しかし何とか自制した。
 だが俺の全力疾走に、爺さんはピタリと後ろにくっ付いて追いかけてくる。
 爺さんは鋭い手刀を繰り出し、俺は必死に何度も避ける。
 爺さんの手刀は硬い鉄ですら容易に貫き斬り落とす。
 そんな物騒なモノを部下に向かって放つとか、ほんとどうかしている。

「逃げるな小童。貴様は一度、この私の手で殺してやる」

「いや殺すなぁ!」

「あまり暴れるなよ。お屋敷に傷を付けかねんからな」

「俺の命は屋敷以下ですか!?」

「無論だ」

 無情だ。爺さんに人の心は無いのか。無いのだろう。というか、あったらこんな事にはなっていない。
 俺は空いている窓から飛び降りて、外へと逃げた。
 爺さんも飛び降りて俺を追ってくる。
 俺は一目散に森を目指して逃げた。

 森に辿り着き、俺は縦横無尽に動き回って木の上に隠れる。気配を押し殺し、俺を追って森に入ってきた爺さんから見つからないようにする。
 爺さんは一度立ち止まり、俺の気配を探ろうとしている。
 俺の気配消しが何所まで爺さんに通用するのか分からないが、少しでも生き残る為に必死で気配を殺す。

「小童が……まだまだ荒いわ!」

 爺さんが俺のいる木に向かって蹴りを放った。
 その蹴りから風圧が発生し、俺はその風圧に飛ばされて木から落ちた。

「うおおおお!?」

 俺は何とか体勢を整えて着地したが、俺の前に爺さんが立ち塞がる。
 爺さんは全身から覇気を吐き出し、拳をボキボキと固める。

「その程度でこの私から隠れたつもりか? 嘗められたものだな」

「チッ……!」

 俺は腰から愛剣を抜いた。
 爺さんは眉を顰めた後、まるで面白い物を見たような表情を浮かべる。

「ほぅ……剣を抜くか。よろしい、これで漸く説教の時間に入れる」

「何時までも俺を餓鬼扱いしてんじゃねぇよ、爺さん!」

「あん?」

「何時までも私めを子供扱いしないでくださいまし、エードリアン執事長!」

 いかん! 爺さんに睨まれただけで、恐怖のあまり精神が屈服しかかってるぅ!

 これではいかないと、俺の闘争心を奮え立たせる。
 今日こそ爺さんに勝って、正々堂々と俺のサボりを認めさせてやる。

「行くぞぉぉぉお!」

「来い、小童!」

 俺は爺さんに正面から突撃する。剣を振り上げ、爺さんに向けて全力で振り下ろす。
 常人なら絶対に避けられない俺の剣撃。だが爺さんはそれを半身ずらして容易く避ける。
 そして振り下ろした俺の剣を踏み付け、俺は剣を振り下ろした状態のまま停止してしまう。
 俺は恐怖に染まった顔で、爺さんの顔を恐る恐る見上げる。
 爺さんはニィっと不敵に笑って見せた。

「生まれ変わって出直せ」

 爺さんは俺の顎に強烈なアッパーを喰らわせた。

 ズウンッ、メキィ、ボガンッ!

 そんな分けのわからない音が俺の顎から聞こえた。
 俺はそのまま空へと吹っ飛び、お星様となるのだった。



「……」

「……」

「……なぁ」

「……なに?」

 お星様になった後の記憶は無く、気が付いたら折檻部屋に逆さ吊りにされていた。
 呆れた表情で俺を見下ろすマリナによって解放された俺は、その後の業務を何とか終わらせた。
 その足で一服のためにいつもの場所に向かうと、既にマリナがいて煙草を吸っていた。
 毎度毎度、煙草を吸うためにメイド服から私服に着替えているが、面倒ではないのだろうか。
 俺はいつものようにマリナの隣で煙草を吸い始めた。
 煙草を味わっていると、マリナが話しかけてきた。

「毎度毎度、そんな目に遭いながら何で馬鹿な真似をすんだよ?」

「……さぁ? 性分なんじゃね?」

「成る程、馬鹿なんだな」

「っるせ。ま、強いて言うなら、昔の俺が真面目過ぎたから、その反動でこうなってんじゃねぇの。お前だって、昔と今じゃ違うだろ?」

「……昔は忘れた。今の私はマーヴェリック家従者のマリナだ」

 マリナは憂いの表情を見せる。
 此処に居る奴らの過去は決して明るいモノではない。
 勿論、俺の過去も決して明るいモノではない。よくある話かもしれないが、所謂、忌まわしい過去と言うものだ。
 爺さんだけに関しては、俺達と事情が違うから別だが。
 ボスに拾われ、マーヴェリック家の従者になったからには、新しい命として今を過ごしている。

「悪い。野暮なことを訊いたな」

「……別に。お嬢様に面倒はかけるなよ。お前、お嬢様に気に入られてるんだからな」

「…………嫉妬か?」

「死ぬか? よし死のう」

 マリナの鋼糸が俺の首に巻き付いた。
 俺は両手を挙げて許しを請うた。

「はぁ……お前と一緒にいると馬鹿が移りそうだ」

 マリナは煙草を吸い終わると、その場から立ち去った。
 俺はその背中を見送り、最後の一服を済ませる。

「ふぅ~……そんな馬鹿ができる程、ここは平和なんだよ」

 俺は立ち上がり、夕暮れに染まる朱い空を見上げた。
 マーヴェリック家は今日も平和だったな。



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