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第2章 クレア・オルレアン
第十九話 女騎士と守護者
しおりを挟むマーヴェリック家は人間界を守る守護者だ。
魔物が現れるのは、このマーヴェリック邸だけではない。世界各地に実は魔物が現れている。
奇怪な事故や未解決の殺人事件等は、実は魔物絡みなのが多い。
その魔物達は人間界に現れては人間を殺し、知能あるモノは人間界で力をあらゆる手段で高めたり、人間世界で地位を築いて魔物、悪魔の社会を確立させようとしたりと、様々な行動を取る。
守護者達はそんな魔物から人間界を守るべく、組織だって行動して戦っている。
その組織は世界の何処かに本部を設置し、魔物の居場所を突き止めて守護者を派遣する。
先輩はマーヴェリック家代表の守護者として参加し、組織が命令する場所に派遣されて戦っている。ご当主様も、組織の幹部として行動し、組織の力を利用してセラを救い出す方法を探している。
今まで組織の行動には参加していなかったけど、組織での立場を強める為に先輩がマーヴェリック家代表として戦線に立っている。その任務地は本当に世界各地で、先輩は世界の裏側まで飛ばされる。その御陰で先輩が屋敷を空ける日数が長くなり、帰ってきてもすぐに旅立ってしまう。
今回はまだ屋敷に居て、セラの騎士として過ごしている。私の鍛錬にも付き合ってくれるが、基本的に庭で昼寝していたり、何処かで煙草を吸っていたりしている。
まぁ、任務内容はかなり激務なんだろうし危険なものばかりだろうから、屋敷にいる間は休ませてあげたいとは思う。だけど、騎士としての職務中にサボるのはどうなのかしら。
今日も先輩は庭の日当たりの良い場所で寝転がってサボっていた。
「……」
「……何だ?」
「わっ……起きてたんですか?」
先輩はムクリと身体を起こし、先輩の顔を覗き込んでいた私を押し退ける。
「起きたんだよ、お前の熱い視線の所為で」
「だ、誰が熱い視線ですか!?」
「ったく……何か用か?」
「別に……随分と疲れてるようですね」
先輩は煙草に火を付けて吸い始めた。
昨日は気付かなかったけど、先輩の顔に疲れが見える。
窶れていると言うか生気が薄いと言うか、随分と消沈している気がする。
「……外では魔物との戦いが、そんなに厳しいんですか?」
「やれやれ……後輩に疲れを見抜かれるとはな。まぁな……厳しいと言うよりも、休む暇が無い。あっちで魔物を倒したらすぐ別の場所で討伐、終わったらまた別で討伐。それが1日に何度も繰り返されるから、昼寝もできねぇ……」
「そ、そんなに大変なんですか!?」
「守護者の人数は恒久的に足りていない。大昔は大勢居たらしいが、今は戦える程に力がある守護者が少ない。何人かの守護者とは行動したが、殆どが若くて未熟な奴が多い。俺もそう強く言える立場じゃないがな。何より、アイツらときたら個性が強すぎる。協調性が無いというか、唯我独尊と言うか、もう……ハァ……」
先輩が頭を抱えた。あの先輩が私に愚痴を漏らしながら項垂れるなんて、相当疲れているのだろう。
あの先輩が弱っている。マーヴェリック家最強の騎士が、こうまで弱っている。
何か、面白い。いつも隙を見せない先輩が、私の前でこうも項垂れているなんて稀だ。色々大変なんだろうが、この光景を見られてとても幸運だ。
「大変ですねぇ」
「ぜんっっっぜん、そんな事思ってないだろ」
「いいえ? でもそんなに大変なら、任務の数を減らすことは出来ないんですか? ご当主様に相談か何かして……」
「無理だ。俺がマーヴェリック家の力を示さなきゃ、組織内での立場が無い。そうなれば、セラを救う手立てを探す大きな手段が無くなってしまう」
「……だったら、私も――――」
「それは絶対に駄目だ」
先輩は鋭い目付きで私を睨んだ。
先輩は私を絶対に守護者として戦いに参加させようとしない。
私には力があるのに、その力をセラを守ることだけに使わせる。
「言っただろ、お前の力は組織に秘密にしている。知られれば、お前も組織に介入されて、妹達と離れることになるぞ」
「……」
そう、先輩が私を戦いに参加させない理由が、まさにそれだ。
私の力は先輩の退魔の力に相当する希少な力。
同時に、私の力はかなり危険視されている。
先輩の退魔は、その名の通り魔を退治する力であり、魔の天敵だ。
だけど、私の暴食は魔を喰らって己のモノにする。
つまり、敵対する魔物の力を手にしてしまう。
そんな力に、リスクが無いわけがない。
使いすぎれば、己の許容範囲を超えてしまうと、私は魔に呑まれてしまう。
守護者の組織が知ってしまえば、組織の手元で管理するか、処分してしまうだろう。
それを危惧したご当主様と先輩が、私の力を秘密にすることにしたのだ。
先輩の優しさに、私は甘えてしまっている。
私は妹達と離れたくないし、離れるわけにはいかない。
それに、セラを守るべき騎士が必要なのも確かだ。
私がそこに収まり、先輩が代わりに外で戦っていると言っても過言ではない。
先輩には、感謝しかない。本当に、頭が上がらない。
「……ありがとうございます」
「止せよ。お前は17歳と言えど、まだ大人じゃない。こう言う複雑な大人の事情は大人に任せておけば良い」
「……じゃあ、せめてものお礼です。はい!」
「……あん?」
私は先輩の隣に座り、自分の膝を叩いた。
「膝枕、してあげます」
「……はぁ?」
「こんな可愛い可愛い女の子の後輩が、お疲れの先輩にご褒美です」
「ふ~ん……? まぁ、ガキの膝でもあるに越したことは無いな」
「素直に寝れないんですかぁ?」
「ふんぐぅ!?」
先輩の頭を掴んで私の膝へと叩き付けた。
ぐぐぐっ、と頭を押し付け、先輩はやがて素直に頭を預けた。
「どうですか? 私の膝枕」
「……色気がねぇわ。お前の顔がハッキリ見える」
「何処見てるんですかぁ?」
「おい、目を刺そうとするな」
胸が無いって言いたいんですかねぇ? そりゃ、マリナさんとクラウディアさんに比べたら全然無いですよ。ってか、あの二人がおかしいんです。どうしてあんなに大きいのに、あんなに綺麗な形を保てるのよ。
やがて先輩は本当に疲れていたのか、私の膝の上で静かに眠りに着いた。
穏やかに寝息を立て、スヤスヤと眠る。
あ、先輩ってよく見たら睫毛長いんだ……。
私は先輩の前髪を撫で、先輩の存在を感じた。
こんな所、マリナさんに見られたら拙いかな……?
でも、ちょっとだけ……先輩を独り占め。
そんな時間があってもいいよね。
「……」
先輩の首筋に目が行く。
ゴクリと喉が鳴る。
先輩が無防備に、私の膝の上にいる。
今なら――――先輩に――――。
「っ……!?」
気が付くと、私は先輩の首筋に顔を近付けて牙を突き立てかけていた。
鼓動がウルサい。息も荒い。
私は自分で自分を殴った。
いけない、危なかった。
もう少しで先輩の血肉を喰らっていた。
悪魔の本能だ。それが表に出かかっていた。
先輩達は無意識にその本能を抑えられている。だけど私は暴食の力の所為で、その抑制が効き難い。クラウディアさんから特製の薬を貰ったり、魔物を暴食で喰らって本能を抑えているけど、ここ数日は魔物が来なかった。それに加えて、先輩がこうも近くにいるから、思わず理性が飛びかけた。あとでクラウディアさんに言って、薬を貰おう。
私は怖かった。この力がセラと妹達に向けられないか、時折不安に感じる。
でも大丈夫。大丈夫だ。私には先輩がいる。先輩が私を止めてくれる。
だって約束してくれたから。私が力に呑まれたら、先輩が助けてくれるって。
「……」
私には、先輩が必要なんだ。
夕方、私達は荷物を纏めた先輩の前に集まっていた。
急遽、先輩に召集命令が出され、エードリアン執事長が迎えに来たのだ。
手紙ではなく、執事長が直々に迎えに来ると言うことは、余程重要なモノらしい。
「悪いな、お嬢。また暫く留守にする」
「ううん、いいの。それより、無理しないでね」
「ああ。また終わったらすぐに帰ってくるよ」
「……」
セラは先輩と別れのハグをした。
口にはしないが、セラは先輩とご当主様が外で戦っていることを、とても心配している。
外での戦いがどれ程のモノなのか、正直分からない。
だけど、命懸けなのは此処と変わりない。
手の届かないところ、目の届かないところで、二人に何かあったらと、怖がっている。
だけど、セラ・マーヴェリックとして、彼女は強く振るまい、いつもこの屋敷で帰ってくるのを待っている。
自分に出来るのは、祈って待つだけなのだと、いつの日か泣いていたのを見た。
「あの……ヴァルト様」
マリナさんが先輩に声を掛けた。
マリナさんは私達が魔物と戦っていることを知らない。
ご当主様の下で騎士の勤めを果たしていると思っている。
「……悪い。一緒に出かける話だが……ちょっと延びてしまう」
「いえ、私の事なんて構いません。それより、これを……」
マリナさんは先輩にある物を渡した。
それはマリナさんが毎日あの秘密の休憩場所で編んでいたマフラーだ。
「これは……?」
「もうすぐ冬ですから。皆に渡そうと思って編みました」
「……君が、俺に……?」
「はい。間に合って良かったです」
「……」
先輩はマフラーとマリナさんを見つめ、マフラーを首に巻いた。
今はまだマフラーが必要ではないが、実に温かそうだ。
先輩は初めて、マリナさんに向かって笑みを向けた。
いつも遠慮がちな表情しか見せなかったが、今回は心の底から嬉しそうな笑みを見せた。
「ありがとう。大切にする」
「……はい。お気を付けて、いってらっしゃいませ」
マリナさんも頬を紅くして笑った。
マリナさん、良かったね。
「クレア」
「は、はい!」
突然、先輩に名前を呼ばれて思わず大きな声を出してしまった。
「……皆を頼むぞ」
「……はい! 任せてください!」
「ふっ……じゃ、行こうか、爺さん」
「ウム。ではお嬢様、行って参ります」
先輩と執事長は屋敷を後にした。
先輩に、あんな顔をされて頼まれたら、張り切っちゃうじゃない。
私は皆と別れて自室に戻った。
「ん?」
自室のベッドに、細長い包みが置かれていた。
包みの側に、書き置きのメモがあった。
『先輩から後輩へ。膝枕の礼。もうちょい大人になったら相手してやる』
「……」
私はすぐさま包みを開いた。
包みの中からは、紅い鞘に収められた剣が出てきた。
その剣を持つと、私の中にある魔力が洗練されるのを感じた。
これは、私専用に鍛えられた魔剣だ。
先輩が、私の為に用意してくれた剣だ。
「――――やったぁぁぁあ! 先輩! ありがとうぅ!!」
「姉さん、どうしたの?」
「お姉ちゃんの大声、外まで響いてるよ?」
「ステラ! ミリア! 見て! 先輩からのプレゼントよ! 嬉しいぃぃぃぃ!!」
先輩ありがとう! 先輩が帰るこの場所、絶対に私が守るから! セラを守るから!
だから早く帰ってきてね! マリナさんとのデートだってあるんだからね!
嗚呼、神様! 今日という日をありがとう!
その晩、私は剣を抱きながら眠った。
マーヴェリック家の平和を願いながら。
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