魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀

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第二章 魔獣戦争

第29話 前哨戦

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 ユーリとシンクが待っている遺跡へ戻ると、何やら様子がおかしかった。
 守り神アスカを筆頭にその一族である狼の群れと動物達が遺跡に群がっていた。

 ペガサスを遺跡へ降ろし、ちょうど外にいたユーリとシンクと合流する。

「兄さん!」
「とと、ねーね」

 ユーリと手を繋いでいたシンクがトコトコと此方に歩み寄り、足下に来たところで抱き上げる。

「ただいまシンク。良い子にしてたか?」
「うん」
「……何かあったのか?」

 俺とララが戻ったことに安堵の表情を浮かべたユーリだが、すぐにその表情を引っ込めて少し険しい表情になる。

「魔獣の復活が……始まったようです」
「っ、遂にか」

 魔獣がとうとう復活するのか……!

 今度はウルガ将軍の時と違って何とか間に合ったようで良かった。聖槍もあれば風神の力もある。それに雷神の力と風の勇者であるユーリの力を合わせれば心強い。

 俺は右手に風神の魔力を集中させ、内にある聖槍を引っ張り出す。

 右手に現れた槍は二叉で、全体的に緑掛かっている。風の魔力が膨大に秘められており、選ばれた担い手が持てば強大な力を振るえるだろう。

「ユーリ、これを」
「これは……兄さんが?」
「俺が持つより風の勇者であるお前が相応しいだろ。使い方もお前のほうがよく知ってる」
「……分かりました」

 聖槍はユーリに渡した。元々、これは風の勇者にしか使えない槍だ。俺に渡されたとしても、風の勇者であるユーリこそが担い手に相応しい。力の引き出し方も俺なんかよりも余っ程慣れているし詳しい。

 聖槍を手にしたユーリはそれを魔力に変えて身体に内包した。

「若造が聖槍を、ねぇ……」

 アスカが俺を見てそう呟く。

「若造、貴様……自分が何をしたのか理解しているのかい?」
「……さぁな。誰に聞いても教えてくれないもんでね」
「ククク……いずれ理解するさ」

 アスカはニヤリと笑った。

 気にはなるが、今はそれよりも魔獣だ。復活が始まったと言うからには、何か影響が出ているのだろう。だからこそこうして聖獣達が集っているはず。

 ユーリに現状がどうなっているのか確認する。

「現在、メーヴィル周辺で怪物が出現しています。それも大群です。グンフィルド女王は全軍を導入して都への侵入を防いでいます」
「何だと? 被害は出てるのか?」
「そこまでの情報はまだ。ただ、このままではいずれ……」

 チラリとアスカを見た。

 アスカはユーリが魔獣を倒すのに必要だと言い、ホルの森から出されるのを嫌がっていた。
 だがユーリは勇者だ。属する国じゃなかったとしても、目の前で人が怪物と戦っていれば駆け付けて助けるのが勇者の役目だ。

 アスカはそれを許してくれるだろうか。いや、許されなかったとしてもユーリは向かわなければならない。

「行くのか、ユーリ?」
「ええ、当然です。まだ魔獣は復活していません。せめて復活するまで、犠牲者は出させませんよ」
「……」
「……何だい、若造?」

 アスカと目が合う。アスカは尊大な態度のまま俺を見下ろす。

「止めないんだな?」
「止めたところでユーリは行くだろう。ただ、魔獣討伐はやり遂げてもらうさ」
「任せてください。それでは兄さん、俺はもう行きます。兄さんはどうしますか?」
「当然、俺達も行くさ」
「では急ぎましょう」

 俺はシンクを前に抱えてペガサスに跨がり、ララを後ろに乗せる。
 ユーリは風を足下に集めてボードのような物を作り、その上に乗るようにして風を操って空を飛んだ

 これからまた大きな戦いが待っている。その戦いでは多くの命が犠牲になるだろう。

 勇者探しの旅が、まさかこんな大事になるとは思ってもみなかった。

 俺達はこれから――魔獣と戦う。




 俺達がメーヴィルに到着した時、都の様子は緊迫した雰囲気を纏っていた。

 城壁には戦士達が投擲機や弩弓、大砲などを用意して配置についており、既に城壁間近に迫ってきている数体の怪物を相手に戦っていた。

 空から見えた怪物達は全て黒い魔力を身から漏れ出している。

 あれが穢れた魔力……既に魔獣によって存在を変えられてしまった怪物達だ。

 俺達は城へと急いだ。先ずは女王に会って状況を確かめなければならない。

 城の庭に降り立ち、城内を知っているユーリの案内で女王がいるであろう謁見の間へと向かう。
 ドアを開けて中に入ると、女王を初めとする女戦士達とアーロンを初めとする男戦士達が睨めっこしている場面に遭遇した。

「あー……間が悪かったか?」
「グリムロック!」
「ルドガー……ん? ユーリもおるではないか!」

 グンフィルド女王は朱いドレスではなく、朱い鎧と動物の毛皮を身に纏っている。

 ユーリに気が付いた女王はニッコリと笑い近付き、そして――。

「こぉんのたわけめがぁ!」
「いたぁっ!?」

 そしてユーリの頭を拳でどついた。
 ユーリは床に沈み、目をグルグルと回した。

「勇者のくせに三年間も姿を消しおって! それでも勇者かァ!?」
「い、いえ……それにつきましては申し訳なく思ってます。ですが事情がありまして……」
「問答無用じゃ! 此度の戦が終われば、貴様にはたんまりと仕事をしてもらうからの!」

 女王はズカズカと元いた場所に戻り、椅子にドカリと座り込む。
 ユーリの腕を引っ張って立たせ、俺達も会議の輪に加わる。

「で? 貴様が戻ったからには何が起こっているのか説明できるのだろうな?」
「はい、陛下。魔獣です。ラファートの予言書に記された魔獣が復活します」

 魔獣、とユーリの口から出た途端、戦士達が騒然とする。

 当然だ。神話の中でしか名前を聞かない最悪の怪物。それが振り撒く禍とくれば、それは魔族との戦争並みの被害が予想される。

 それに事はこの国だけに留まらない。この国が破れてしまえば被害は世界的規模へと拡大する。言ってしまえば、この戦いは世界の命運を懸けたものになるのだ。

 彼らがただの怪物退治だと思っていたのは、そんな大きな戦いへと変わった。

「魔獣……それは真か?」
「はい。ラファートの予言書にはそう書かれています。ホルの森の守り神も、聖獣達も魔獣の復活に備えています」
「……そうか、魔獣か。貴様が森に籠もっていたのも、それが理由か?」
「はい。魔獣について調べ、戦いの準備をしてきました」
「なら策はあるのだろうな?」

 ユーリは頷いた。そして両手に聖槍フレスヴェルグを出現させて女王達に見せる。

「魔獣を倒す為の武器は此処にあります。予言では魔獣はホルの森を最初に燃やすと読まれていました。であれば、ホルの森を魔獣との最初にして最後の決戦場所にします。その為の準備も済ませております」
「うむ……じゃが先ずは目の前の怪物らだ。アーロン!」
「はっ」

 アーロンは椅子から立ち上がり、女王の前に跪く。

「全軍を率いて怪物の掃討に当たれ。指揮は全て貴様に任せる」
「仰せのままに。陛下は如何されます?」
「決まっておろう」

 女王も立ち上がり、ギラギラした笑みを見せる。

「妾も出るぞ!」
「ハァ……言っても止まらないでしょうな」

 アーロンは溜息を吐いて立ち上がる。

 何だろう、アーロンから苦労人の気配が漂っている気がする。

 女王という立場からしてあまり前線に出てほしくないだろうが、それでも女王が戦場に赴くのなら頼もしいことこの上ない。

「者共! 久方ぶりの戦じゃ! 怪物を一番多く殺した者には褒美を与えようぞ!」
『オォー!』

 戦士達は叫び、各自の持ち場へと向かっていった。
 アーロンは部下に指示を出して行かせ、俺達の前で立ち止まる。

「グリムロック、ユーリ、お前らも来るんだろう?」
「ああ、勿論だ」
「勇者として力添えしますよ」
「……そうか。なら、俺達にも獲物は残しておいてくれよ。この戦で功績を挙げにゃ、男共の立つ瀬が無いからな」
「……男なら獲物を奪ってみせろよ」
「へっ、上等だ」

 俺とアーロンは拳をぶつけ合い、アーロンは謁見の間から出て行った。

 俺達も戦いに出ようと謁見の間から出ようとしたが、そこに女王から待ったをかけられた。
 正確には、俺達ではなくユーリを引き止めた。

「ユーリよ、お前は少し残れ」
「……はい。兄さん、先に行ってください」
「分かった。ララ、シンク、行くぞ」

 俺達はユーリと女王を残して謁見の間から出る。預けていたルート達を返してもらい、跨がって戦いが行われている城壁へと向かう。

 余談ではあるが、もう一頭の馬にはフィンという名前を付けた。

 ルートにはララを、フィンには俺とシンクが乗り街中を移動する。

 街中では民達が戦士達の助けになろうと、物資を運んだり食事を作っていたりしている。
 随分と頼もしい民達で、城壁の向こう側には怪物達が押し迫っているのに怖がっている様子を見せていない。子供や老人は避難場所に身を寄せているのか、流石に姿は見当たらない。

 彼らの為にも、怪物を、魔獣を倒さなければならない。

 城壁に辿り着き、貨車に乗り込んで城壁の上部に到着する。
 城壁の上では戦士達が大砲と弩弓で迫り来る怪物達を迎撃している。上から外を見れば、先程よりも怪物の数はドッと増えており、地平線を埋め尽くそうとしていた。

 怪物達が迫ってきている場所は切り拓かれた場所で、一番奥の森の中から洪水のように現れている。こんなに大量の怪物達がいったい何処から現れているのか皆目見当も付かない。

「……あれが魔獣に穢された怪物の成れの果てか」

 怪物達は黒い魔力に身を侵され、黒い影のような姿に赤い目だけが光っている。

 ざっと見ただけで怪物の種類は三種類。獣型と異形型、そして巨人型だ。

 獣型はウォルフのような見た目をしており、異形型は複数の昆虫が合体したような姿だ。
 そして巨人型は数は少ないが一番小さな個体でも五メートルぐらいはある。
 巨人とは何度か戦ったことがあるが、馬鹿力とタフさが厄介だった。あの巨人もその特性を持っているんだろうか。

「センセ……」
「……大丈夫だ。お前はシンクと一緒に城壁の中に隠れてるんだ」
「私も戦える!」
「分かってる。だけど試練で魔力を消耗してるだろ? だから回復を待ちながらシンクを守れ」
「……分かった。じゃあ、これだけでも持って行って」

 ララは肩から掛けていた鞄から霊薬の入ったアンプルを取り出して渡してきた。
 その霊薬を受け取り、ララとシンクを城壁の中に向かわせる。

 城壁からもう一度怪物達を見下ろしていると、ユーリが風に乗って現れた。

「来たか」
「……いよいよですね、兄さん」
「ああ……腕は鈍ってないよな?」
「兄さんこそ。勝負でもします? どっちが怪物を多く倒せるか」
「上等」

 俺とユーリは風を起こして城壁から怪物達に向かって飛び出した。


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