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第三章 後継者
第69話 魔王と雷鳴
しおりを挟む私が屋上に辿り着いた時、そこにはあのいけ好かないアーサーとかいう光の勇者と、アーサーに抱えられている見慣れない長い黒髪の男がいた。
センセは? センセは何処だ? アーサーと戦ってるはずじゃ? それにグリゼルは何処に行った? 上に逃げたはずなのに……。
見慣れない黒髪の男がアーサーに肩を貸されて立ち上がり、ゆっくりと顔を上げた。
その顔が見えた時、私の背筋が凍った。
見たことがある――あれは――何処でだったか――?
そうだ、センセの記憶の中で――確かアレは――。
「おと――う――さん?」
そうだ――あの顔は私の父だ。死んだはずの父だ。
え――どうして……? 何で父が目の前にいるんだ……?
『ルドガーには生き続けてもらうよ――父としてね』
あの時、あの部屋でアーサーに言われたことを思い出した。
「うそ――だ――」
嘘だ、嘘だ嘘だ――そんな、そんなはずはない。アレがそんなはずはない。
センセが、センセが負けるはずなんてない。あんなに強いセンセが、あんな男に負けるはずなんてない。
センセは私と契約して誓ったんだ。私の側でずっと守り続けるって。
センセは約束を破らない。だからアレが……アレが……いやだ……違う!
「ハァ――ハァ――!?」
「ララ様!?」
突然呼吸ができなくなり、胸を押さえて蹲る。苦しくて涙がボロボロと流れ出る。
リインが何か言ってくるが何も聞こえない。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
「ララ様! しっかりしてください! 貴方! ララ様に何をしたの!? ルドガーはどこ!?」
「――兄さんなら、此処にいるじゃないか」
アーサーの何処か惚けた声だけは聞こえた。
顔を上げてもう一度、父の顔をした男を見た。
顔付きはどこからどう見ても、センセの記憶で見た父の顔だ。髪の色は違うが、アレは紛うこと無き父だ。
だが来ている服は――センセの物だった。側にセンセの愛剣も落ちており、四肢に装着しているガントレットとレギンスもセンセが身につけていた物だ。
「ぁ――あぁ……!?」
「え……? どういうこと……!?」
そんな――どうして――センセ……!
「さぁ……父さん、兄さん。僕が分かる? アーサーだよ」
「…………ァー……サー……?」
声までも、センセの声じゃなかった。
私は頭の中が真っ白になり、どうにもならない感情が押し寄せてきて涙を流すだけだった。
「そうだよ、アーサーだよ! 帰ってきてくれたんだね、父さん!」
「……」
センセだって父がアーサーの顔を見つめ、不思議そうにそっとその頬を撫でる。
止めろ……止めろ……それ以上私の前でセンセを消すな……!
「……アーサー……『私』の……子……」
「っ――!! そうだよ! 父さん!」
「私は……どうして……?」
「兄さんがね! 兄さんが父さんの為に身体を差し出してくれたんだ! それでね! 僕がね! 闇の魔法を使って父さんを蘇らせたんだ!」
アーサーが、まるで親に褒めてもらいたい子供のようにはしゃいでそう言う。
それを聞いたリインが口を手で押さえて息を呑む。
父――であるだろうその男は首を傾げ、自分の身体を見つめる。手足を見つめ、身体を触り、魔力を手に灯す。
「…………ルドガー……? これは、ルドガーなのか?」
「そうだよ! ルドガー兄さんだよ!」
「そうか……ルドガーの――――良くやってくれた、息子よ」
「――え?」
『っ!?』
父が――アーサーの腹を腕で貫いた。
アーサーは何が起こったのか理解しておらず、首を傾げて貫かれた腹を見る。
そして口から血を吐き出し、困惑した顔で父を見つめる。
「とうさん……ごふっ……なんで……?」
「んん? 不思議なことを言う。私達は――敵同士だろう?」
父がアーサーを放り投げ、アーサーはそのまま意識を失った。腕に滴る血を振り払い、父はニィッと笑みを浮かべる。
「フハハハハハハッ! よもや! よもや蘇るとは! それも愛して愛して止まない息子の身体を意図せずして手に入れるとは!」
「……なんだ、アレは……!?」
アレが……父だと? あんなのが私の父親だというのか!?
「ま……魔王……!」
リインが口にした。
そうだ……あれは魔王だ。あれは父でもセンセでもない。
ただのクソ野郎な魔王だ!
「んん……?」
魔王が私に気が付き、私の顔を見る。
目を凝らし、私の顔を凝視して何かに気付いたように顔が弾けた。
「おやこれは……誰かと思えば我が娘じゃないか。んん? 何か記憶があるぞ……ほほぅ、そうか。お前はルドガーと共に暮らしているのか!」
「……」
身体に力が戻る。杖を握り締める手も強くなる。
静かに立ち上がり、魔王を睨み付けた。
「これは何とも嬉しいことだ。我が愛する義理の息子と、我が実の娘が共に過ごしている。これを何と言ったか……そう、感動的だ!」
「黙れ……センセの身体で、父の顔でそれ以上囀るな」
「おや……これは……敵意? 実の娘もこの私に敵意を向けるか」
魔王が指を鳴らした。
それだけで、私とリインは左右に吹き飛ばされ、手摺りに激突した。
背中から激しい痛みを感じ、空気が肺から全部抜けていく。
今、何をされた? アイツは指を鳴らしただけで魔法を使った気配も無かった。魔力だって練り上げる気配を感じなかった。
私は痛みを堪えながら杖を魔王に向ける。
「……それは何だ?」
パチンッ――また指を鳴らす音が聞こえると、杖がへし折られた。フレイ王子に貰った杖が枝を折るようにして簡単に真っ二つになってしまった。
「私の――魔王の娘がエルフの真似事か? 嘆かわしい」
パチンッ――。
「っ!? ああああああっ!?」
杖を持っていた右手の指が折れた。何か魔法が発動した気配があったが、それは魔王のじゃない。たぶん、私に掛けられている守護の魔法が破られる気配だ。
右手の人差し指が逆に折れ曲がり、内部で出血しているのか青紫色に染まっていく。
「これは教育だ……我が娘への……んん? これは……守護の魔法? 誰がそんなものを……」
「っ……」
守護の魔法は父が掛けたと聞いた。なのにコイツはそれを覚えていない?
やはりこいつは父じゃない、魔王だ。
センセ……センセ……何してるんだ……早く……早く戻ってきてよ……!
「このおおおおおお!」
「っ、止せ! リイン!」
リインが剣を振りかぶって、魔王の背後から斬りかかった。
だが魔王は後ろを見向きもせず、魔力だけで飛び掛かったリインを宙に固定した。
そして振り向き様に腕を一閃すると、リインの身体に無数の裂傷が生まれた。
リインは大量の血を撒き散らし、その場に倒れ込んだ。
「リイン!」
「エルフが……私に楯突くか!」
魔王が足を上げ、リインの頭を踏み抜こうとする。
私はリインに左手を向け、風の魔法を放ってリインを魔王の足下から遠ざけた。
魔王の足は床を踏み砕き、驚いた声を漏らす。
私へと顔を向け、感心したように拍手をしだした。
「無言魔法……流石は私の娘だ。いいぞ、もっと見せてくれ」
パチンと指を鳴らすと、私の折れた指が元通りに治った。杖は直っていないが、癪だがこれで満足に手を動かせる。
私は立ち上がり、魔王に向けて右手を向ける。
「雷の精霊よ来たれ――ヴォル・ド・ハスタズ!」
雷の精霊魔法で雷の槍を精製し、魔王にぶつけようとした。
だが精霊魔法は一向に発動せず、魔力が悪戯に消費されただけだった。
私がそれに驚いていると、魔王は残念そうに首をふり、私に手を向けた。
私の身体は引っ張られ、魔王の下へと引き寄せられる。
魔王は私の首を掴み締め上げる。
「かはっ――!?」
「愚かな……魔王の娘が精霊魔法なんぞ使いおって。お前程度が使役する精霊など、私の前では怯えて出てくるはずもない」
「ぐっ……!?」
「魔王の娘なら娘らしく……受け継がれし力を使え!」
魔王の魔力が私の中に流れてくる。正確にはセンセの魔力なのだろう。
私の中にある魔族の力を刺激し始め、私の身体から黒い魔力が溢れ出し始める。
これは……まずい……! 強制的に力を引き出されている。屋上にはまだリインがいる。このまま力が溢れ続ければリインを殺してしまう!
私はできうる限りの力を以て魔族の力を体内に抑え込もうとした。
だが魔王の力に簡単にこじ開けられ、力の放出が止められない。
「何を抗う? その力はお前をお前たらしめる物だ。拒んではいけない」
「ち――ちが――! 私――は……!」
「さぁ、見せてくれ。お前に受け継がれた力を……む?」
私の首を掴んでいた手が離され、私は床に落ちる。手を離されたことで力への刺激が無くなり、その隙に私は魔族の力を全力で抑え込んだ。
いったい何が起きた? 何で突然手を離した?
苦しく咳き込みながら顔を上げると、魔王は驚いた顔をして己の手を見つめていた。
「……ルドガー……私に抗うか」
「っ、せ、センセ……!」
魔王の手が動き出し、己の腹に穴を空けた。血が私にかかるが、構わず魔王は腹の中で手を動かす。
「ぬぅ……!? おのれ、ルドガー! 私を二度も殺す気か!?」
「センセ……センセ! センセ! 負けるな!」
私はセンセに呼びかける。
今、私にできるのはそれだけだ。センセに呼びかけてセンセの意志を強くさせる。
魔王に抗っているセンセは腹の中から何かを引き抜き、それを握り潰した。
白い……骨のようなものだった。
「ルドガー!」
「――れの――!」
魔王の口からセンセの声が聞こえた。
「――俺の――ララに――! 手ぇ出したなぁああああああああああ!」
「ぐぬぅ!? 私の娘だ! 正当なる私の後継者だ!」
「テメェのじゃねぇえええ! ヴェルスレクス、俺の親父のだあああああ!!」
センセが手を伸ばし、ナハトを引き寄せた。剣身を握り、腹に切っ先を向けた。
「っ!? センセダメ!」
「俺のララの前で父親面すんじゃねぇええええええええ!!」
センセはナハトを己の腹に突き刺し、剣身が背中から貫き出た。
「ぐおおおおおおお!?」
「俺の身体から出ていけ! 今すぐに!」
「ぐぬぅ……!? 覚えておけルドガー……! 後継者は娘だけじゃない。お前も私の後継者だ。寧ろお前こそが――――ぁぁっぁぁああああああ――!!」
センセの身体から黒い魔力が噴き出し、塵となって空へと消えていった。
魔力が抜けていった先で待っていたのは、元の姿に戻ったセンセだった。
センセはナハトに貫かれたまま意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「センセ!?」
センセを抱き起こし身体を揺する。ナハトが貫かれたままで傷が塞がらず、血がドバドバと流れ出て床を血の池に変えていく。ナハトを抜こうにも重くて私の力では抜けず、魔法で抜こうとしてもナハトの特性で魔法が掻き消されていく。
霊薬で傷を塞ごうとしても、やはりナハトが邪魔をして治せない。
それにリインも早く手当てをしなければマズい。リインも血を大量に流している。
私が動揺で混乱していると、背後に誰かが立った。
「兄さん……何で……」
アーサーだった。
腹に穴を空けた状態で、剣を握り締めて私の背後に立っている。
「何で……何で……また父さんを殺したんだぁ!?」
アーサーが剣を振り上げた。
私はセンセを庇うようにセンセを抱き締め、襲い来る痛みに覚悟した。
だが――。
ゴォォォォッ!
雷鳴が轟き、アーサーを吹き飛ばした。
顔を上げると、そこに立っていたのは紫電を身体からバチバチと吐き出しているゴリラ女だった。
「え、えりしあ……?」
「ね、姉さん……?」
ゴリラ女……エリシアはカタナを抜いてアーサーを睨み付ける。
「アンタ――いったい何やってんのよ――!?」
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