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第二十章
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「とまあ、大体は説明できたと思うんだけど……ほかになにか、質問はあるかな?」
「大丈夫……だと思います」
「俺も、特には……?」
ふと隣に目をやると、逢恋がどこか、つらそうな顔でうなだれていた。
「おい、どうした……?」
「ごめん、なんか……しんどくなってきたかも……」
「……さて、そろそろか」
そう呟くと倉橋は立ち上がり、逢恋の前に立つと、彼女の顔を覗き込むように身を屈めた。
「周郷さんは、自分の記憶を取り戻したいという一心で、この世にしがみついていたようなものなんだ。……全てを思い出した以上、もはや未練はなく、この世に留まる理由もない」
「……は?」
思わず、聞き返してしまった。嫌な予感がする……。
「もって数時間。それを過ぎれば、彼女はこの世から姿を消してしまうだろう。……お別れの時間だ」
「お……わかれ……?」
倉橋の言葉を繰り返すノエルの顔は、血の気を失ってしまっていた。
「そっか……。そういえばアタシ、もう死んじゃってたんだ……」
天井を仰ぎ、逢恋は苦しげにそう呟いた。
最初に幽霊について調べたとき、『成仏』という単語が、真っ先に目に入った。
その頃はまだ、『周郷逢恋』という少女がどんな人間なのかも知らず、そもそも名前すら知らなかった。ただ、イメージしていた幽霊とはまるきり違っていて、やけに明るい奴だなと、その程度にしか思っていなかった。
だから、適当に手伝って未練を解消してやれば、勝手に『成仏』していなくなるだろうと、それくらいはやってあげてもいいだろうと、そう思っていた。
彼女とともに過ごすうち、次第に自分の中で、その存在が大きくなっていくのを感じていた。彼女に惹かれはじめている自分に気付き、彼女と一緒にいたいと、そう思った。彼女が自分自身の記憶と向き合い、必死に前へ進んでいくのを、どうにか支えてやりたいと、そう思った。
その先にある、『成仏』という結末には、気付いたうえで見て見ぬ振りをしていた。自分の記憶を取り戻したい、そんな彼女の想いを、叶えてやりたかったから。
「せっかく全部思い出せたのに……。二人と、仲良くなれたのに……もう……終わっちゃうんだ……」
寂しげに呟いたその言葉が、俺の胸の奥を抉り取った。
「そ、そんなっ……いきなりお別れだなんて……!! な、なんとかならないんですか!?」
ノエルが慌てて立ち上がり、椅子の倒れる音が室内に響いた。
「……難しいね。人の生き死にをどうこうしようってのは、神の領域だから。それに、もしこのまま彼女が幽霊として、この世に留まり続けられたとしても、怪異を寄せつける性質から逃れることはできない。つまり彼女に関わり続ける限り、二人はあらゆる怪異に狙われ、巻き込まれ続けることになる。……二人に迷惑をかけながら、ずっと過ごしていくことなんて、周郷さんも望んじゃいないはずだよ」
倉橋がそう言うと、逢恋は苦しそうに顔をしかめながらも、ゆっくりと頷いた。
――『自然の摂理』だとか、『運命』だとかいう言葉が、頭の中をぐるぐると巡っている。自分自身を納得させるため、冷静であり続けるために、都合のいい理屈を探していた。
「……なんでだよ……! なんでっ、こんな急に……!」
けれども、胸の奥底から突き上げる衝動を、抑えきれなかった。
「未練ならまだあるだろ!! お前っ、舘入ともう一回会わなきゃいけないんじゃないのか!? 会って話してっ、励ましてやらないとだろ!?」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、彼女を責め立てるように声を荒げる。
「まだシリーズ全部観終わってないだろ! ここからっ、面白くなっていくところだってのに……!」
驚きの色を浮かべたまま、彼女は息荒く俺を見上げていた。
「カラオケ、行きたいって言ってただろ……! 他にも……まだまだ全然……! なんにもっ……終わってないだろうが……!!」
どこにも行ってほしくない。その想いは、気付けば俺の頬を伝って落ちていた。
――子供みたいに喚き散らして……こんなみっともない姿、逢恋にだけは、見せたくなかったな。
「……もう、泣かないでよ、かおるん……」
そう呟いた彼女の目元は、光を受けてキラキラと輝いていた。
「ありがと……。アタシのこと、そんなに大事に思ってくれてたんだ……。ふふっ、すっごい嬉しい……」
力無く微笑む彼女の頬を、涙が一筋流れ落ちていく。
「でもね、アタシ……もう二人に迷惑かけたくないから……。アタシのせいで、二人があんな怖い思いするの、もう嫌だから……」
「迷惑なんかじゃねえよ……! あんなの、全然……!」
「ウソ……。かおるんだって、足震えてたじゃん……。なのに、アタシがもっと怖がってるから……頑張ってくれてたんでしょ……? それと一緒だよ……」
無数の牙が襲いかかるあの瞬間、彼女の前に立つことができたのは、自分の身を差し出してでも彼女を守りたいと思ったからだ。それと同じで彼女は、自分が消えてなくなることで、俺たちを守ろうとしている。
――返す言葉が何も見つからず、崩れ落ちるように、床に膝をついた。
「……僕は陰陽師として、周郷さんを正しい場所へと導く義務がある。……安らかに眠れる場所に、ね。これはそのための道具だ。さ、手を出して」
倉橋が取り出した紙切れを、逢恋は震える手で受けとった。
「……ね、最後に、一個だけ……。お別れは、笑ってバイバイがいいな、って……」
振り絞るように呟いた彼女の、精一杯の笑顔が、どんどん滲んでいってしまう。
「だからさ、かおるん……。ちょっとだけでいいからさ……。笑ってほしいなって……」
大切な人が目の前から消えてなくなってしまうというのに、どうやって笑えばいいんだ。俺はそんなに器用な人間じゃない。そんな無茶なこと、言わないでくれよ――。
「……あはっ、いいじゃん、その調子……!」
けれどもそれが、彼女の最後の望みだというのなら、俺はなんとしてでも、叶えてやりたかった。
無理やり作った、見るに堪えないはずのぐしゃぐしゃな笑顔。それでも、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「かおるん、ありがと……。アタシ、かおるんと会えてほんとによかった……!」
堪えきれず、うなだれたまま彼女の声を聞いていた。
「のえるんも……アタシなんかと仲良くしてくれて、ありがとね……! のえるんがずっと……優しくしてくれてたから……アタシ、ずっと楽しかったよ……!」
背後からは、ノエルのしゃくりあげるような泣き声が聞こえてくる。
「二人とも、アタシと友達になってくれて、ありがとう……」
絞り出すような逢恋の声に紛れ、倉橋が呪文のようなものを唱えるのが聞こえた。すると彼女の体が、淡い光に包まれはじめる。
「あいるん!! やだよぉ!!」
「逢恋……!!」
俺たちが名前を呼ぶと、彼女は唇を噛み締めながら、涙をひとつこぼした。
必死に涙をこらえるように眉を寄せたまま、それでも彼女は、震える口元で微笑みを作った。
「――っ……! じゃあね、ばいばい……!」
その言葉を最後に、彼女の体は眩いほどの光に包まれ――その光がかき消えるとともに、逢恋はどこにもいなくなってしまっていた。
「大丈夫……だと思います」
「俺も、特には……?」
ふと隣に目をやると、逢恋がどこか、つらそうな顔でうなだれていた。
「おい、どうした……?」
「ごめん、なんか……しんどくなってきたかも……」
「……さて、そろそろか」
そう呟くと倉橋は立ち上がり、逢恋の前に立つと、彼女の顔を覗き込むように身を屈めた。
「周郷さんは、自分の記憶を取り戻したいという一心で、この世にしがみついていたようなものなんだ。……全てを思い出した以上、もはや未練はなく、この世に留まる理由もない」
「……は?」
思わず、聞き返してしまった。嫌な予感がする……。
「もって数時間。それを過ぎれば、彼女はこの世から姿を消してしまうだろう。……お別れの時間だ」
「お……わかれ……?」
倉橋の言葉を繰り返すノエルの顔は、血の気を失ってしまっていた。
「そっか……。そういえばアタシ、もう死んじゃってたんだ……」
天井を仰ぎ、逢恋は苦しげにそう呟いた。
最初に幽霊について調べたとき、『成仏』という単語が、真っ先に目に入った。
その頃はまだ、『周郷逢恋』という少女がどんな人間なのかも知らず、そもそも名前すら知らなかった。ただ、イメージしていた幽霊とはまるきり違っていて、やけに明るい奴だなと、その程度にしか思っていなかった。
だから、適当に手伝って未練を解消してやれば、勝手に『成仏』していなくなるだろうと、それくらいはやってあげてもいいだろうと、そう思っていた。
彼女とともに過ごすうち、次第に自分の中で、その存在が大きくなっていくのを感じていた。彼女に惹かれはじめている自分に気付き、彼女と一緒にいたいと、そう思った。彼女が自分自身の記憶と向き合い、必死に前へ進んでいくのを、どうにか支えてやりたいと、そう思った。
その先にある、『成仏』という結末には、気付いたうえで見て見ぬ振りをしていた。自分の記憶を取り戻したい、そんな彼女の想いを、叶えてやりたかったから。
「せっかく全部思い出せたのに……。二人と、仲良くなれたのに……もう……終わっちゃうんだ……」
寂しげに呟いたその言葉が、俺の胸の奥を抉り取った。
「そ、そんなっ……いきなりお別れだなんて……!! な、なんとかならないんですか!?」
ノエルが慌てて立ち上がり、椅子の倒れる音が室内に響いた。
「……難しいね。人の生き死にをどうこうしようってのは、神の領域だから。それに、もしこのまま彼女が幽霊として、この世に留まり続けられたとしても、怪異を寄せつける性質から逃れることはできない。つまり彼女に関わり続ける限り、二人はあらゆる怪異に狙われ、巻き込まれ続けることになる。……二人に迷惑をかけながら、ずっと過ごしていくことなんて、周郷さんも望んじゃいないはずだよ」
倉橋がそう言うと、逢恋は苦しそうに顔をしかめながらも、ゆっくりと頷いた。
――『自然の摂理』だとか、『運命』だとかいう言葉が、頭の中をぐるぐると巡っている。自分自身を納得させるため、冷静であり続けるために、都合のいい理屈を探していた。
「……なんでだよ……! なんでっ、こんな急に……!」
けれども、胸の奥底から突き上げる衝動を、抑えきれなかった。
「未練ならまだあるだろ!! お前っ、舘入ともう一回会わなきゃいけないんじゃないのか!? 会って話してっ、励ましてやらないとだろ!?」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、彼女を責め立てるように声を荒げる。
「まだシリーズ全部観終わってないだろ! ここからっ、面白くなっていくところだってのに……!」
驚きの色を浮かべたまま、彼女は息荒く俺を見上げていた。
「カラオケ、行きたいって言ってただろ……! 他にも……まだまだ全然……! なんにもっ……終わってないだろうが……!!」
どこにも行ってほしくない。その想いは、気付けば俺の頬を伝って落ちていた。
――子供みたいに喚き散らして……こんなみっともない姿、逢恋にだけは、見せたくなかったな。
「……もう、泣かないでよ、かおるん……」
そう呟いた彼女の目元は、光を受けてキラキラと輝いていた。
「ありがと……。アタシのこと、そんなに大事に思ってくれてたんだ……。ふふっ、すっごい嬉しい……」
力無く微笑む彼女の頬を、涙が一筋流れ落ちていく。
「でもね、アタシ……もう二人に迷惑かけたくないから……。アタシのせいで、二人があんな怖い思いするの、もう嫌だから……」
「迷惑なんかじゃねえよ……! あんなの、全然……!」
「ウソ……。かおるんだって、足震えてたじゃん……。なのに、アタシがもっと怖がってるから……頑張ってくれてたんでしょ……? それと一緒だよ……」
無数の牙が襲いかかるあの瞬間、彼女の前に立つことができたのは、自分の身を差し出してでも彼女を守りたいと思ったからだ。それと同じで彼女は、自分が消えてなくなることで、俺たちを守ろうとしている。
――返す言葉が何も見つからず、崩れ落ちるように、床に膝をついた。
「……僕は陰陽師として、周郷さんを正しい場所へと導く義務がある。……安らかに眠れる場所に、ね。これはそのための道具だ。さ、手を出して」
倉橋が取り出した紙切れを、逢恋は震える手で受けとった。
「……ね、最後に、一個だけ……。お別れは、笑ってバイバイがいいな、って……」
振り絞るように呟いた彼女の、精一杯の笑顔が、どんどん滲んでいってしまう。
「だからさ、かおるん……。ちょっとだけでいいからさ……。笑ってほしいなって……」
大切な人が目の前から消えてなくなってしまうというのに、どうやって笑えばいいんだ。俺はそんなに器用な人間じゃない。そんな無茶なこと、言わないでくれよ――。
「……あはっ、いいじゃん、その調子……!」
けれどもそれが、彼女の最後の望みだというのなら、俺はなんとしてでも、叶えてやりたかった。
無理やり作った、見るに堪えないはずのぐしゃぐしゃな笑顔。それでも、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「かおるん、ありがと……。アタシ、かおるんと会えてほんとによかった……!」
堪えきれず、うなだれたまま彼女の声を聞いていた。
「のえるんも……アタシなんかと仲良くしてくれて、ありがとね……! のえるんがずっと……優しくしてくれてたから……アタシ、ずっと楽しかったよ……!」
背後からは、ノエルのしゃくりあげるような泣き声が聞こえてくる。
「二人とも、アタシと友達になってくれて、ありがとう……」
絞り出すような逢恋の声に紛れ、倉橋が呪文のようなものを唱えるのが聞こえた。すると彼女の体が、淡い光に包まれはじめる。
「あいるん!! やだよぉ!!」
「逢恋……!!」
俺たちが名前を呼ぶと、彼女は唇を噛み締めながら、涙をひとつこぼした。
必死に涙をこらえるように眉を寄せたまま、それでも彼女は、震える口元で微笑みを作った。
「――っ……! じゃあね、ばいばい……!」
その言葉を最後に、彼女の体は眩いほどの光に包まれ――その光がかき消えるとともに、逢恋はどこにもいなくなってしまっていた。
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