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4.幸せな気持ち
(5)※
しおりを挟むスマホからプリンターに直接画像データを転送し、印刷する。プリントしたものを書棚に立てかけてあった大きなコルクボードの隅にピンで留めた。そのコルクボードを持って寝室へ戻った。
「何だ、それは?」
怪訝そうな泰徳の前で、澄人はコルクボードをピクチャーレールのフックに掛けた。
「これは……」
泰徳が言葉をなくし、コルクボードの上に貼られたものに見入っている。
そこに貼ったのは小学校から澄人が撮りためてきた泰徳の笑顔だった。緊急連絡用に携帯電話の所持を認められていた澄人は、折々に泰徳の写真を撮ってきた。時には泰徳が澄人の写真を撮ることもあった。二人で肩を組んだ写真、造形教室での模型作品を得意げに示している泰徳、珠算の一級満点合格の賞状を広げている泰徳、中等部や高等部での学園祭で撮った二人の写真、大学での実習記録や、作業経過記録の写真、卒業制作展での泰徳、たったいま撮ったばかりの模型を見て喜んでいる泰徳。泰徳の笑顔で埋めてある。そして中央に、泰徳語った理想の家を澄人が設計した図面。
見入っていた泰徳が肩越しに澄人を見た。
「この設計図にはあの模型に入っていない部屋があるな。この一階の部屋は何だ」
やはり見つかった。泰徳が気づかないわけがない。澄人はゆっくりと呼吸をしてから、口を開いた。
「わたくしの部屋です。泰徳様がどこにお住まいになっても、わたくしはついて参ります。そのための部屋を加えました」
「澄人……」
驚いたような泰徳に名をつぶやかれて、澄人は自分を抑えられなくなった。泰徳の前に跪いて両手をつき、主を見あげる。
「泰徳様は壁を幸せになるもので埋めろとおっしゃいました。わたくしは自分が幸せになるもの、好きなものを考えました。料理は好きです。でも、それは泰徳様に食べていただくためでした。家事も人並みにこなします。泰徳様にご不便がないようお世話するのがお役目ですから。泰徳様はそんなわたくしに笑いかけてくださいます。ありがとうと言ってくださいます。その喜びが何ものにも代えがたい、私の幸せなのです」
澄人は喘ぐように息をして、言葉を続けた。
「身分違いはわかっております。ですが、わたくしが好きなのは泰徳様です」
逆光で泰徳の表情はよくわからない。
「ご無礼をお許しください」
立ちあがった澄人は泰徳の胸に縋り、その目を見つめた。
「どうかこれからもお側に置いてください。どうかお仕えさせてください。お願いいたします」
泰徳の体が震えていた。ゆっくりと温かな腕が、澄人の体に回される。泰徳の苦しげな顔が近づき、唇が触れあった。ついばむような口づけを繰り返しながら澄人はベッドに腰を掛け、それを泰徳が追ってくる。背を倒し、唇を開けば泰徳の肉厚な舌が入りこんできた。それに自らの舌を絡め、流れ込んでくる唾液を飲み込む。泰徳に口蓋をくすぐられ、歯列を撫でられ、ベッドの上で腰を揺らめかした。熱が下腹に集まってくる。擦れあう泰徳もまた欲情しはじめている。澄人は泰徳の下で自ら着ているシャツのボタンをはずし、前を開いていった。耳に首筋に泰徳の舌が這い、熱い指先が胸をたどるたび、ぞくぞくと背筋を刺激が走りぬける。
「あ、ああっ、や、すのり、さ、ま……」
震える手でシャツの裾を引きだし、上半身を灯りの下にさらした。
びくんと泰徳の体が揺れ、愛撫が止まった。熱い手が体から離れる。
澄人は潤む目で泰徳を見あげた。泰徳が澄人の左脇腹を凝視したまま動かない。澄人の中に不安が込みあげてくる。
「泰徳様?」
声を掛けた瞬間、泰徳が苦しげに顔を顰めた。
「俺にはお前を愛する資格がない」
呻くような声に澄人は身をこわばらせた。なぜそんなことを言うのかわからない。泰徳が大きく喘いだ。
「俺はあのとき、お前を誘拐犯に渡した。その罪は消えない」
澄人ははっとして、泰徳が見つめていた脇腹を手で押さえる。触れるのは大きな手術痕だ。
「お前はもう、俺から自由になれ」
そう苦しげに言った泰徳が逃げるように寝室を出ていく。そして、玄関のドアが閉まる音が響いた。
澄人の全身から力が抜けた。ベッドから起きあがることができない。
一生仕えたいと願い、縋った澄人に泰徳は、自由になれ――自分から離れろと言った。その言葉が頭の中で繰りかえされる。裂かれたように胸が痛い。澄人にとってあまりに残酷な泰徳の言葉だった。
目が熱くなり視界がにじんだ。涙はすぐに眦から伝いおちていく。両手で顔を覆い、歯を食いしばった。それでも嗚咽が喉を突きあげ、溢れようとする。
あの事件では澄人も泰徳も正しく対応したのだ。それを泰徳が自らの罪と言うなど、あってはならない。
これは分不相応の望みを口にしてしまった澄人への罰か。澄人の存在は泰徳にとって負担だったのか。
ついに堰を切ったように、澄人は声をあげて泣きだした。泰徳に拒絶された絶望に耐えきれずに。
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