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春から梅雨
翌る朝(4)
しおりを挟む隆人が顔をしかめた。
「まずかったな」
「何?」
遥はバスルームの床にへたり込んだまま、隆人を見上げた。降りかかるシャワーと湯気で隆人の顔は見えない。
「今日の墓参りでは坂道を歩いてもらわなくてはならない。加賀谷の墓とお前のお父上の墓、両方を回る。それなりの距離だ」
遥は口をとがらせる。
「そんなの聞いてない」
「言わなかったからな。まさかお前が本当に――」
隆人の言葉が途切れた。だが聞かなくてもわかる。
『本当に凰になるとは思わなかった』
続く言葉はこんなものだろう。証立てを拒否するか、証立てそのものに失敗するか。いずれにせよ、遥が正式な凰になることは諦めていたのだ、隆人は。
「とうてい長い距離は歩けないからな」
「上り坂にすぐ音を上げるのだろうな」
想像しただけでうんざりする。
「単なる墓参りじゃなかったのか。ちったぁ加減しろよ」
「喜んでねだった奴が何を言う」
否定できずに遥は唇を引き結んだ。確かに最後はいろいろ口走っていた気がする。
「口答えしないこともあるのか」
意外そうな隆人の言い回しにかちんと来た。
「知ってたのに拒否しないあんたが悪い。責任取れ」
突然隆人がしゃがんだ。顎を捕まれ、目をのぞかれる。鼓動が異常に速くなった。
(俺は、間違ったことは言ってない)
その割にびくびくしている自分が情けない。
「わかってる。無理はさせない」
言葉とともに軽く口づけをされた。すぐに顎は開放され、隆人はまた立ちあがる。
どきどきしていた。そして何だかとても腹が立った。自分にも隆人にもだ。
隆人が先にバスルームを出ていった。ひとりになってのろのろと体を洗う。
用があると知っていたのに隆人は遥を止めてくれなかった。遥はそんな隆人を責めた。だがその一方で、満足のいくまでセックスしなかったら、むくれたであろう自分を想像できる。
あまりに勝手な自分自身が恥ずかしい。
あれほどまでに隆人とのセックスを嫌っていたのに、この変わりようは何だ? 自ら選んだにしても、百八十度の方向転換だ。
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