A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

夏生青波(なついあおば)

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夏鎮めの儀

2.本邸

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 遥が車で本邸へ移動したのは、七月二十九日のことだった。

「夏鎮めって結局輪くぐりさんと同じ時期?」

 同じ車に乗っている桜木の一同から、クエスチョンマークが浮かんだ気がした。

「輪くぐりさんとは、どのような行事でございますか?」
「神社の参道に茅で作った輪が立てられて、それをくぐって拝殿にお参りするんだ。病気を治してもらうように願ったりするらしい。俺もあちこち引っ越ししていたからよくわからないけどさ。新暦の六月末にやるところと、旧暦の七月末にやるところがあったしな」

 隣に座る俊介が感心した顔をしている。助手席でスマートフォンを操作していた湊が肩越しに言った。

夏越しなごしはらえというようですね。自身の汚れや災厄を祓う行事だそうです」
「へぇ。ま、結局、子どもにとってはただのお祭りだけどな」
「確かに」

 微笑って頷く俊介に遥は訊ねた。

「夏鎮めの儀ってのはどういうの?」
「主には水不足が起きないよう、お願いする儀式です」

 俊介が、噛み砕くように教えてくれた。

「このあたりは標高はありますが、山に囲まれて盆地になっております。ですから、雨が降らないと気温が上がって農作物の被害が一気に広がります。逆に降りすぎても川の氾濫が起きます。
 適度な雨をお恵みくださいとお願いしなくてはならないのでございます」
「昔に被害とかあったのか?」
「雨不足の被害ならば昔から最近まで大小記録が残っております。
 江戸時代の記録では雨が降らずに大飢饉となり、鳳凰様への信仰が足りないからだとして、御証の凰様が犠牲になられたとか」
「うえっ」

 遥は顔をしかめた。

「責められるのはいつも凰だけじゃん」
「そうとも限りません」

 俊介が淡々と答える。

「御印の凰様がいらっしゃるときには、鳳様の方が生け贄になったことがあったと聞き及んでおりますし、あるいはお二方ともその身を捧げられたこともあったともうかがったことがございます」

 遥は両の二の腕をさすった。

「どっちにしても物騒だなぁ」

 俊介が小さく頭を下げた。

「そうならぬよう、鳳様凰様仲むつまじく、御心を鳳凰様に捧げてくださいませ」

 遥は首をひねった。

「鳳凰様? 鳳様じゃなくて?」
「はい、鳳である隆人様ではなく、信仰の対象としての鳳凰様です」

 重ねて問う。

「前からそれ、使い分けしていた?」

 今度は俊介が首をかしげた。

「していたと存じますが……」
「そうか。ややこしいんだな」

 遥は口の中で「ほうさま、ほうおうさま」と繰り返してみる。どうもしっくりこない。



「本邸が見えて参りましたよ」

 湊が言った。
 遥は顔を上げた。
 駐車場の入り口には、遥の乗るこの車を待っているであろう樺沢の車番がいる。その人物に屋敷の主らしく会釈する心の準備をした。



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