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幕間――夏から秋へ

桜木兄弟

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 夏鎮めの儀が終わり、遥が東京について数日、桜木俊介がまたしばらくの暇乞いに現れた。
 エアコンが効いて快適な遥のマンションのリビングルームである。遥は上座に座り、俊介たち世話係は立っている。

「いやだ」
 遥は言った。俊介の顔が曇る。それを見て溜飲を下げた。
「冗談だよ。お前の役目がいつも隆人にとって大切なのはわかってる。しっかり果たしてくれ」
「ありがとう存じます」
 ほっとしたようすの俊介の言葉は、それで終わらなかった。俊介は斜め後ろにいる弟の湊を示した。
「わたくしが東京にいない間、隆人様の御用を、この湊が承ることもあるかと存じます。湊は遥様の御世話係なれど、桜木本家の者。ご不便をおかけするやもしれませんが、なにとぞご寛恕ください」
 湊が深く頭を下げた。その表情はいつになく暗い。
 遥は大袈裟に「おいおい」と言った。
「俊介に続いて、湊まで取り上げるのか。勘弁してくれ」
 則之が進み出た。
「本家が手薄な分は、我ら分家が補います。なにとぞご容赦ください」
「容赦も何も、基本お前たちは隆人の配下だから、隆人が配置を決めるのは仕方ないのはわかってる。俺の許しを請う必要はないよ」
 そこで遥はにやっと笑った。
「からかいがてらの愚痴はこぼすかもしれないけどな」
 場の雰囲気がほぐれた。

 遥は俊介に目を戻した。
「俊介、次はいつ戻る?」
 俊介が真剣な顔で考え込んだ。
「二ヵ月ほどを予定しております」
「二ヵ月!?」
 遥は驚いて反問した。
「その間ずっと修行か? 他の者ならいざ知らず、俊介なら絶対修行漬けだよな。体壊さないか?」
「壊れない心身を作るための修行でございます」
 しみじみと遥は言った。
「俊介は立派だよ。重責を背負いながら務めを果たしているんだから」
「恐れ多いお言葉、恐悦の極みにございます」
「ただ、もう少しいろいろ柔らかくてもいいかな。例えば言葉遣いとか」
 俊介がほんの少し頬を染め、口元をほころばした。
 その瞬間、どきりとした。妙に色気のある表情を俊介が浮かべたのだ。

(こんな顔もするのか)

 新鮮な驚きだった。

「それでは遥様」
 俊介がいつもの顔に戻った。
「御前を離れることお許しください。行って参ります」
「あ、ああ。がんばれ」
 遥は立ち上がって、俊介に近づくとその肩に手を置いた。何だかこわばっている気がした。
「二ヵ月後に、またな」
 そう言って手を引くと、俊介が深く頭を下げてリビングを出て行った。



 遥は寝室に入ってひとりになり、俊介のことを考えた。

 湊に俊介の体型のことを聞いたら、最近一緒に風呂に入ろうとしないからわからないという返事だった。それまでは、誰かが風呂に浸かっているとき、他の誰かがシャワーを浴びたりしていたのだが、俊介はそれを嫌がるという。
 それどころか着替えも「家族」の前でしたがらなかったそうだ。他の者が起きるより早く起きて着替え、他の者が寝てから着替える――そんな感じだったらしい。

 あの任務で体に怪我をしたという話は聞いていない。他人に見せられない何かをつけられたのか。たとえば、刺青のような。
 自分がそんな目に遭ったせいか、体を見せないようにしていると聞くと、どうしてもその方向に想像が行ってしまう。

 とりあえずは一ヵ月で俊介は無事に戻ってきた。
 今、遥が気にしているのはそれだけではない。最近湊が沈んだ顔を見せるのも不思議だった。
 前は同い年ということで馬鹿馬鹿しい話なども気楽にしたが、近頃はどうもからかいにくい。恐らく、俊介のことと無縁ではないのだろう。

 二ヵ月後に俊介がどんなようすで帰ってくるのか。
 遥は隆人を問いただすのをそこまで保留することにした。


――夏から秋へ 桜木兄弟 了――


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