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年越しの儀
大晦(3)
しおりを挟む苦笑いを浮かべた隆人の手が遥のうなじへ滑り込んだ。目を見つめられる。
「今日、お前はずっと鳥籠の中だ。俺は鳥籠の外。本来凰は鳥籠から一歩も出られないが、お前の場合はセックス前の処置のために鳥籠の外へ何度か出るだろう。それ以外にもトイレに行きたいときは出してやる。安心しろ」
鳥籠というのがあの最奥の広間にある座敷牢のことだとすぐには思い出せなかった。隆人の訝しげな視線を浴びてやっと理解した。
「その中で、何をしていればいいんだ?」
「何もしない。性的に触れあうなどもっての外だ。許されるのは、ただ互いを見ているだけだ」
「見つめ合っているだけ?」
きょとんとした遥に隆人が苦笑する。
「別に見つめていたくなければ、天井でも襖でも障子でも、好きなところを眺めていればいい。俺はもともと定めに従わないろくでなしの当主だったので、本を持ち込んで読んでいた」
「そんなことが許されるのか?」
隆人が肩をすくめた。
「定めを決めるのは、加賀谷本家の当主だ。分家の定めを変えるには分家衆に諮る必要があるが、分家には一部しか公開していない本家の定めなど、俺の気持ち次第でどうにでもなる」
遥は思わず顔をしかめそうになる。そんな遥に気づいているらしい隆人が、なだめるように遥の背を軽くたたく。
「実際に変えるとなればそれなりの手順を踏む必要があるから、俺はしたことはないがな。ただ皆が当主は定めを変え得ると知っているから、あまりに外れたことをしでかすのでなければ黙認されていた」
それでも何となく腑に落ちない。急に隆人が口調を変えた。
「それに前の凰は俺の母親だぞ。見つめる気にはとてもならない。儀式のたびに立ち入る部屋を見て一日過ごすのもかなりの苦行だ」
とても納得できる理由だった。
隆人が遥を離して立ち上がった。風呂の湯が大きく揺れて、遥の体もその波に揺られた。
「今日は潔斎の日だから物も食べない。触れあわない。ただ見つめることだけが許されている。この禁を破った鳳凰は新しい年での強運が約束されない」
遥も立ち上がる。
「鳳凰と言うことは、両方ともに罰が下ると言うことか?」
「そうだ。だから鳳と凰が仲むつまじければむつまじいほど、禊ぎの後は一緒にいない方がいいと言われている」
温まっただけで浴室を出て行く隆人の背を遥は見つめる。今の隆人の言い分では、一緒に風呂に入った二人は鳳凰としては、仲がいいというわけではないということだろうか。
かなり隆人に対して慣れ、態度も軟化していると考えていた遥は何だかおもしろくない。抱きついてやろうかと、その背中を狙う。
隆人が低い声で言った。
「俺に抱きつこうなどと考えるなよ」
ぎくりとする。
「そんなこと、しない」
「そうか?」
隆人は遥に対して背を向けたまま、自ら取ったバスタオルで体を拭きはじめる。
「お前はへそ曲がりだから、やるなと言われたことをしたがると思っていたが?」
見透かされていた。羞恥に熱くなった体を急いで取ったタオルで包む。
その間も隆人は自分の体を拭きながら淡々と話を続ける。
「俺はお前が俺の目の届かないところにやりたくないから一緒に風呂に入ったが、碧にも紫にもやめてくれと嘆かれた」
何だか遥が考えていたのとは話が違う。
振り向いた隆人は不愉快そうだった。
「あの二人は裸のお前と一緒にいたら、絶対俺が手を出すと思いこんでいる。まるで俺に自制心のかけらもないかのような言いぐさだった」
遥は唖然として隆人のすっかり勃ちあがっているものを見ていた。
「どこを見ているんだ」
隆人の言葉にうろたえ、慌てて首を振る。
「え? あ、何でもない」
「顔が赤くなっている」
隆人に顎を捕まれそうになって、退く。
「逃げるな」
「触るなってあんたが言ったじゃないか」
「抱きつくなと言ったんだ。それに俺が触るのは問題ない」
二の腕を捕まれて遥は叫んだ。
「俺の方に問題があるんだ!」
振りほどこうとしたはずみでタオルが落ちた。
体を隠しようがなくなった。いつの間にか兆していた欲望が丸見えになる。
隆人の視線から逃れるように、遥は顔を背ける。
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