A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

夏生青波(なついあおば)

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年越しの儀

大晦(15)

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『絶対に言い忘れることのないよう、覚えておいてください』

 諒に何度も念を押された言葉。もういいと音を上げるほど暗唱させられた言葉。
 それを言うのは今なのだ。

「す、べては、鳳様の仰せのままに」
 初めの言葉が出て来ると、後はすらすらと口を突いた。
「鳳様のお喜びが我が喜び。鳳様とともにありてこそ、鳳凰の和合なりてこそ、我が身のこの世に送り出されし本意果たされましょう。我と我が身は変わりなく尊き御身に捧げ奉ります」
 隆人が愛おしげ目を細めた。
めぐし我が凰。そなたとともにあるは我が無上の喜びぞ。いざともにまいれ」
 立つよう促された。握られている手が熱い。

 達夫と世話係に送られて鳳凰の間を出る。そこにろうそくを掲げ持つ袴姿の湊がいた。
 後から来ることになっていた湊、喜之、洋も無事に到着していたのだ。
 湊が恭しく鳳凰に頭を下げると、前に立ってろうそくの灯火で導くように歩き出した。


 無数のろうそくが屋敷の中に光の道を造っている。
 途中で待っていた喜之が湊と同じように遥たちに頭を下げ、湊の横に並んで歩き出した。
 さらに光の道をたどると、そこは禊ぎの場へ続く戸口だった。湊と喜之が戸口の両側に分かれて膝をつく。その間を隆人に手を握られたまま通り抜け、外へ出る。
 戸口の向こうもろうそくがずっと続いていた。
 幻想的な光景に体が震えているのがわかる。
 滝に近づくとろうそくの列は途絶えた。その代わりか木々の枝に、提灯を小振りにしたような灯りがいくつも掛けられていた。まるで光の花のようだった。


 大晦の宵の禊ぎは、すがすがしかった明の禊ぎとも、夏に行った宵の禊ぎともまったく違った。
 寒いのは間違いないのに、それがあまり気にならない。
 先にまとった一式を脱ぎ落とした隆人の手で、丁寧に長着、長襦袢、足袋を脱がされた。再び隆人に手をしっかりと握られ、導かれて、暗い水の中に身を沈める。
 さすがにその冷たさに喘いでしまったが、朝ほど辛くはなかった。
「よくできたな」
 耳元に熱くささやかれた。それだけで、身も心も悦びに震える。

 冷たい水の中、遥はいつも隆人と同様に自らの体を撫でる。いつもなら隆人の手でそれをされるが、今夜は大晦。特別の禊ぎだ。定めのとおり自らの手で全身をさすった。
 吐く息が白く水面の上を滑っていくのがおぼろげに見える。そのまま視線を空へ移すと、真の闇の中にきらきらと瞬く無数の星が黒々とした枝の向こうからのぞいていた。
 澄んだ空気の中で一糸まとわぬ体を流れる水にさらす――これにより一族全体の汚れを鳳、凰ともに流すのだ。

「そろそろいいぞ」
 気がつくと側に来ていた隆人に耳打ちされた。そろって禊ぎの場から岸へ戻った。

 寒くて体が震えるのに、幸せな気持ちだった。
 隆人にじかに単衣を肩にかけてもらって、隆人が単衣をまとうのを見つめる。ただそれだけのことなのに、とても満たされている。
 また灯火の道を隆人に手を握られて屋敷へ戻る。
 暗い禊ぎの場から見る屋敷は闇の中に浮かび上がるように輝いて見えた。心が震えるほど美しい。すべてが夢の中のできごとのように感じられていた。


 風呂は言い渡されていたように別々だった。
 湯に浸かっていると現実に帰ってきたという気がする。特に股間で欲望をあらわにしているそれは、紛れもなく現実だ。こんな状態の遥が隆人とともにあったら簡単にのぼりつめるだろう。
 禊ぎをしてきたのに、欲に昂っている自分がおかしい。本来なら肉欲も汚れのひとつではないか。
 改めて加賀谷の風習の独特さを思いつつ、ほっと息を吐いた。


 風呂から上がると湊と喜之が待っていた。
 体を拭くのはバスタオルではなく、何枚もの白い浴衣だ。それを着せかけては水滴を吸い取って脱がせ、また次の乾いた浴衣を掛けてくれる。その繰り返しで体の雫をぬぐってくれた。
 喜之が畳紙を開くと光沢のある白絹の長襦袢が現れた。それに見入っていた遥に湊が少し言いにくそうに声をかけてきた。
「凰様」
 振りかえった遥は湊が捧げ持つ折敷おしきに苦笑いを浮かべた。
「鳳様より、これをおつけするようにと申しつかりました」
 折敷に載っていたのは、小さなベルトだ。
 自分でやると告げてそれを取ると、湊が露骨にほっとしたのがわかった。
 金具部分を外し、既に勃ちあがり始めているペニスの根本に回すと金具を留めなおす。伸縮する材質がほんの少し食いこむ。以前これを隆人に無理矢理つけられ、ひどい目にあったのを思い出す。だが今夜は必要そうだ。隆人に触れたくて触れられなかった今、隆人と顔を合わせただけで動揺するだろう。

 長襦袢を着せられた。その上から飛びかう鳳凰の織りだされた純白の単衣を着せ付けられる。動くと生地が擦れ合って、鋭い音を立てる。帯もいつもよりさらに丁寧に結ばれた。
 どうせ脱がされるのにと思い、かっと体が熱くなり、あのベルトが食いこんできた。恥ずかしさを散らすため必死に深呼吸した。


 喜之が戸の向こうに声をかける。
「凰様のお仕度調いましてございます」
 戸が外から引き開けられ、則之が平伏していた。
「お迎えに参上いたしました」
「うん。みんな、ありがとう」
 短く皆に礼を言う。湊と喜之が恐縮したようすで頭を下げた。
 そして遥は、則之の先導で鳳凰の間に戻った。




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