A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

夏生青波(なついあおば)

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年越しの儀

元日(2)

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 室内は再びろうそくの灯りに戻された。
 しばらく遥のようすを見ていた亮太郎が下がるのと入れ替わりで、膳が二つ運ばれてきた。
 長襦袢に手を通し、隆人に肩を抱かれている遥の前には塗りの蓋つき椀と茶碗、箸の載った膳が、隆人の前の茶碗しか載っていない膳が置かれた。
 茶碗の中身は例の甘い茶だった。

 遥は椀を指さした。
「これが『あれ』なのか?」
「ああ」
「で、これ何?」
 警戒している遥を隆人が笑う。
「蓋を取ってみろ」
 遥はひとつ息を吐くと隆人から身を離し正座した。椀に両手を伸ばし、そっと蓋を外す。

 ほわっと湯気が上った。よく知っている香りが広がる。蓋の雫を椀のふちで切ると、遥は蓋を置いた。
「お粥じゃないか。米粒は見えないけど」
 遥は椀を両手で持つ。白濁したそれに米粒はまったく見られないが、香りは粥そのものだ。隆人もうなずく。
「米の部分はすりつぶされているが、粥だ」
 遥は大袈裟にため息をついてみせた。
「俺は何日間も断食したわけじゃないぜ。食べなかったのは昨日一日だ。なのに、これなのか?」
「つべこべ言わずにさっさと食べろ。それをまず空けないことには何も食べさせられない」
 仕方なく遥は椀と箸を持ち、それをすすった。ひたすらどろどろしていて、味がない。塩味すらついていない。

 隆人がなぜか遥をじっと見ている。行儀を注意されるかと思ったが、隆人は無言だ。椀を唇から離した。
「何?」
「とにかくそれを全部食べてしまえ」
「食べると言うより、飲むだよこれは」
 愚痴りながら一気に残りを平らげた。椀と箸を膳に戻すと両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
 隆人が黙って自分の膳から茶碗を取って口を付けた。遥も茶を飲む。苦さと甘さにほっとした。とりあえず腹が温まったが、まったく食べた気がしない。
 隆人に向き直る。
「で、これがどうして『あれ』呼ばわりされる代物なんだ?」
 隆人には粥が出なかった。食断ちしたのは隆人も同じだ。鳳と凰で扱いが異なる理由がわからない。

 隆人が膳に茶碗を戻した。
「昔は大晦日から三が日まで何も食べなかったという話をしたな?」
 うなずくと、うなずき返された。
「あれは実は凰だけだ。しかも鳥籠への閉じこめと食断ちは最悪の場合、師走二十九日から始まる」
「はあ? 何だそれ」
 思わず上げた声に、隆人の顔に苦笑いが浮かぶ。遥の反応を予想していたのだろう。
「凰となった者が必ずしも自分の境遇に納得しているとは限らない。鳳とうまくいかない場合もある。そういう反抗的な凰を従順にさせるため、食事を与えず鳥籠に閉じこめたのが年越しの儀だ」
 無意識に顔が不快さに歪む。それを見た隆人が首を傾げて遥の目を覗く。
「どうする。この先を聞くのはやめておくか?」
「聞くよ、ひととおり」
 いい話でないのは確実だが、曖昧なままにしておくのも気持ちが悪い。
 隆人がため息をついた。どうやら隆人にとってもこの話は愉快とは言いがたいらしい。

「お前は鳳を拒まない従順な凰であるし、いろいろ仕度の必要な身だからかなり自由にこの部屋から出している。だがいにしえの反抗的な凰は本当に鳥籠に閉じこめられたままだった。禊ぎも禊ぎの場へは出さず、鳥籠の外から禊ぎの水を浴びせたらしい」

 思わず鳥肌だった二の腕をさすった。隆人がそんな遥を見てから話を続ける。

「閉じこめられて食べることも許されず、真冬に水を浴びせられて心身ともに痛めつけられていくうち、いかに反抗的な者でも結局は屈服していく。気持ちが屈したのは見ていればわかるものらしいが、そうだとしてもそれが態度に表れなければ食事などは与えない。鳳に従うこと、自らが凰であることを受け入れたと認められるまでは放置され続ける」
「認めるって、あの世話係の評価のことか?」
「いや、あれは分家に対して鳳凰の仲を披露する意味合いのものだ。そうではなく鳳が凰を支配下であるか否かを判定する」
「判定基準は鳳の気分次第なんだな」

 遥は言葉に棘を潜めたが、隆人はそれを受け流す。

「閉じこめが決まった凰には、儀式に入る前にどうすれば鳳に許されるかは世話係などから示唆が与えられる。世話係は決してそれをはっきりは告げてはならない。凰自身が言われたことから類推して、鳳のものである自分を示さなければならない。自ら進んで――というのが不可欠だ」

 上目に隆人を見た。
「その間、鳳は何をしてるんだよ」
「見ているだけだ」
 隆人が静かに答えた。
「さっき俺がしていただろう? そうやって凰が自分に屈するのを待つ。言葉を発しては凰の心を乱すからな。黙って凰の振る舞いを見守る」
「感じ悪う」
「まったくだな」
 隆人の苦い笑いに遥はほっとする。時代が違うとはいえ、過去を恥と思っている隆人は潔い。

 ふっと息を吐いて隆人が再び話しだした。
「とにかく凰は自ら鳳の前に屈することを決めたのなら、鳳に赦しを請い、自分の従順さを信じてもらわなくてはならない。言葉ではなく態度でそれを示すことが重要だ。その上で食事が許されるか否かははっきりと基準が決まっている」
「何?」
 隆人が自嘲したように見えた。

「もし食事をと望むのなら、まず鳳の体から与えられるものを素直に口にすることだ」




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