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「では……上田 龍平(うえだ りゅうへい)さん。参りましょうか」
「えぇ。宜しくお願いします」
「お義父さん!」
「じっちゃん!」
「今までありがとう。一緒に暮らせて、わしは幸せだった」
「うちは、父さんくらい養え……」
「これは、政府によって決められた事ですから。」
父の声は、目の前にいる男の言葉によって遮られた。
黒いスーツに黒いネクタイ。
これで、黒いサングラスなんてかけていなければ、「喪服」を着ているかのような、縁起の悪い服装をした男が玄関口に立っている。
サングラス越しでも、その無表情さが分かる上に、声のトーンもまったく抑揚が感じられない。
まるで、ロボットと話しているかのような、なんの心も感じさせない男。
それが“政府”からの使いの者への印象である。
祖父は、今日、七十歳の誕生日を迎えた。
誕生日と言えば、我が家は朝からお祭り騒ぎのように明るく、活気に満ちた声に溢れるのだが、今日だけは違った。
今日は祖父が我が家から居なくなる日。
『paraíso』に収容される日なのだから。
お通夜のように暗く沈んだ雰囲気の中で、静かに閉る玄関の扉。
「じいちゃんっ!」
慌てて飛び出すが、玄関の前には黒塗りの車に、先程の男同様、黒いスーツに黒いネクタイ。
そして、黒いサングラスをかけた男達が3人、祖父を護衛しているとも、連行しようとしているようにも、どちらとも取れる雰囲気で取り囲み、車の中へと誘導している所であった。
近所の人達も、この状況を窓から見ているのが分かる。
俺は思わず、もう一度呼んだ。
「じいちゃぁん!」
黒服たちは何の反応も示さなかったが、祖父だけはこちらに顔を向けた。
「心配はいらん。元気でな」
穏やかな口調でそう言うと同時に、黒服の男達に車へと押し込められた。
ただ見送る事しか出来ない自分に腹を立てながら、玄関のドアの前で両拳を握りしめ、仁王立ちしていると、先程、玄関先まで来ていた男と目が合った。
「誰も例外は認められない。これは“政府”が決めた事だ。お前も大人になれ。」
冷静すぎるほど落ち着いた声で警告すると、男は助手席に乗り込み、そのまま車は走り去っていった。
俺は言い知れぬ不安を覚えながら、その車の姿が見えなくなるまで、ただ、その場に立ち尽くしていた。
家の中に戻ると、父も母も、いつものような明るさはなく、誰よりも饒舌な母にいたっては、気持ちの悪いほど静かであった。
「……『paraíso』って……『楽園』なんだろ?」
無言で並べられていく食事の用意。
難しい顔をして椅子に座る父。
そして、寂しげな母の様子に居心地の悪さを感じ、思わず口に出した言葉がこれだった。
案の定、父の顔には更に眉間に深い皺が寄る。
「確かに、マスコミも政府が公にしている内容でも、そう言っているな……」
「じゃぁ……じいちゃん。これから会えないけど、大丈夫だよな?」
大きく溜息を吐く父。
「そうあって欲しい……」
心の奥底から出すかのような声でそう言うと、その日の朝食は、それから誰一人として声を発する事もなく、まるで通夜のような状態で、黙々と食事を終えた。
マスコミが流す、『paraíso』の内部やそこで生活している人達へのインタビュー。
政府の公式ホームページにも、公的紙面にも、説明や写真が掲載されており、日本国民には“幸せな”老後が保障されているという、国民へのアピールが大体的に行われている。
多くの国民は、この政策に希望を得、そして歓喜し、政府の支持率はうなぎ上りとなった。
しかし、実際、そこに入所し生活した人は死ぬまで出られないのだから、その実情を知る者は世間一般にはいない。
だからこそ父も母も。
そして俺も。
どこかしら、この『paraíso』に関して疑問や不安を感じていた。
「えぇ。宜しくお願いします」
「お義父さん!」
「じっちゃん!」
「今までありがとう。一緒に暮らせて、わしは幸せだった」
「うちは、父さんくらい養え……」
「これは、政府によって決められた事ですから。」
父の声は、目の前にいる男の言葉によって遮られた。
黒いスーツに黒いネクタイ。
これで、黒いサングラスなんてかけていなければ、「喪服」を着ているかのような、縁起の悪い服装をした男が玄関口に立っている。
サングラス越しでも、その無表情さが分かる上に、声のトーンもまったく抑揚が感じられない。
まるで、ロボットと話しているかのような、なんの心も感じさせない男。
それが“政府”からの使いの者への印象である。
祖父は、今日、七十歳の誕生日を迎えた。
誕生日と言えば、我が家は朝からお祭り騒ぎのように明るく、活気に満ちた声に溢れるのだが、今日だけは違った。
今日は祖父が我が家から居なくなる日。
『paraíso』に収容される日なのだから。
お通夜のように暗く沈んだ雰囲気の中で、静かに閉る玄関の扉。
「じいちゃんっ!」
慌てて飛び出すが、玄関の前には黒塗りの車に、先程の男同様、黒いスーツに黒いネクタイ。
そして、黒いサングラスをかけた男達が3人、祖父を護衛しているとも、連行しようとしているようにも、どちらとも取れる雰囲気で取り囲み、車の中へと誘導している所であった。
近所の人達も、この状況を窓から見ているのが分かる。
俺は思わず、もう一度呼んだ。
「じいちゃぁん!」
黒服たちは何の反応も示さなかったが、祖父だけはこちらに顔を向けた。
「心配はいらん。元気でな」
穏やかな口調でそう言うと同時に、黒服の男達に車へと押し込められた。
ただ見送る事しか出来ない自分に腹を立てながら、玄関のドアの前で両拳を握りしめ、仁王立ちしていると、先程、玄関先まで来ていた男と目が合った。
「誰も例外は認められない。これは“政府”が決めた事だ。お前も大人になれ。」
冷静すぎるほど落ち着いた声で警告すると、男は助手席に乗り込み、そのまま車は走り去っていった。
俺は言い知れぬ不安を覚えながら、その車の姿が見えなくなるまで、ただ、その場に立ち尽くしていた。
家の中に戻ると、父も母も、いつものような明るさはなく、誰よりも饒舌な母にいたっては、気持ちの悪いほど静かであった。
「……『paraíso』って……『楽園』なんだろ?」
無言で並べられていく食事の用意。
難しい顔をして椅子に座る父。
そして、寂しげな母の様子に居心地の悪さを感じ、思わず口に出した言葉がこれだった。
案の定、父の顔には更に眉間に深い皺が寄る。
「確かに、マスコミも政府が公にしている内容でも、そう言っているな……」
「じゃぁ……じいちゃん。これから会えないけど、大丈夫だよな?」
大きく溜息を吐く父。
「そうあって欲しい……」
心の奥底から出すかのような声でそう言うと、その日の朝食は、それから誰一人として声を発する事もなく、まるで通夜のような状態で、黙々と食事を終えた。
マスコミが流す、『paraíso』の内部やそこで生活している人達へのインタビュー。
政府の公式ホームページにも、公的紙面にも、説明や写真が掲載されており、日本国民には“幸せな”老後が保障されているという、国民へのアピールが大体的に行われている。
多くの国民は、この政策に希望を得、そして歓喜し、政府の支持率はうなぎ上りとなった。
しかし、実際、そこに入所し生活した人は死ぬまで出られないのだから、その実情を知る者は世間一般にはいない。
だからこそ父も母も。
そして俺も。
どこかしら、この『paraíso』に関して疑問や不安を感じていた。
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