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episode 3
2
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自分の部屋のドアノブに手をかけたとき、興奮したように叫ぶ大介の声が聞こえて来た。
「ちょ! スゲェーーー!」
「この映像は……例の紛争の……」
「メディア未発表映像だって!」
「ちょっと待て! これは……」
扉を開けると、案の定、勝手に人のパソコンを起動させて見ていた。
部屋を荒らしてないだけマシだが、この自由すぎるコイツらを何とかして欲しい。
いや。
大介はいつもこんな感じだけれど、洋一郎は父親がキャリア官僚であり、母親も大病院の院長の娘。
育ちもマナーもいい筈なのに、俺んちにくると、結局、大介に流されてしまうのか。
それとも、ここでは素でいられるのかは分らないが、洋一郎までもが自由人になってしまうのは、ある意味問題だ。
そのうち、俺んちを我が物顔で徘徊するんじゃないかって真剣に思う。
それよりも……
俺の椅子に座る洋一郎と、その横の補助椅子に座っている大介は、二人そろって画面にかぶりつくようにして動画を見ている。
そんなにも面白いものが映し出されているのだろうか?
俺が戻って来た事にも気付かず、画面に釘付けだ。
「何勝手に見ているんだ?」
二人の背後に静かに忍び寄り、いきなり声を掛けてやると、肩を震わせて、同時に振り返る。
「あ……すまん」
「だってさぁ、かっつん戻ってくるのおせーし、暇だったんだもん」
いや。
遅くねぇし。
ぶっちゃけ、たった十五分くらい二人で喋ってりゃいいだろ!
頭の中でツッコみながらも、それを言うと、また煩くなりそうだから、俺は話を変えた。
「で? 何見てるんだよ?」
俺は二人の頭の後ろから画面を覗いた。
そこには、どこかの戦争の様子が映し出されていた。
ミサイルが飛び交い、戦車からは砲弾が発射される。
そして画面は切り替わり、上空では多くの戦闘機から光の線が流れ出る。
音は消音にしているのか、それとも、元々この映像には音が入っていないのか、何も聞こえない。
「っ!」
思わず息を飲んだ。
戦争とは無縁の。
平和な日本に住んでいる自分にとっては、まるで、映画かドラマを見ているかのような現実味を帯びない世界。
音は無くとも、目の前で流される迫力のある映像は、それが“現実”なんだと無言で語っていた。
「これは、サウスアラビラ王国とイラカ・イスアラーム共和国との紛争の映像だよ」
洋一郎が、冷静な声でそう言いながら、一旦その映像を停止した。
画面から視線を外し、その横顔を見下ろしながら次の言葉を待つ。
「この映像は、マスメディア未発表映像。いや、政府しか手にしていない映像なんだ」
思わず、俺達はその声に大きく目を見開く。
一体、そんな映像をどこから入手したんだ?
俺達の言いたい事が最初から分かっていたように、淡々と言葉を続ける。
「実は、龍平ジィが『paraiso』に収容された日から、僕もちょっと気になっていてね。それで、色々調べてみたものの、どんな資料を見ても、ネットを駆使して、あらゆる情報を探っても『paraiso』はその名の通り、高齢者にとっての『楽園』。キナ臭い噂も、黒い部分も全く見つからないんだ」
いつも、人が話している最中であっても、矢継ぎ早に質問をして煩く騒ぐ大介も真剣に耳を傾けている。
洋一郎の性格上、自分でとことん調べた結果が『シロ』であれば安心する筈なのに、わざわざ俺んちまで来て、こんな話をするって事は何かを感じたって事か。
「それが、逆に怪しいと思った訳だ」
その後の話を急かすように、俺は洋一郎の気持ちを代弁すると、コクリと小さく頷いた。
「あぁ。どんな立派な政策であろうと、与党と野党の仲は悪い。それに、マスコミだって、アラを探して騒ぎ立てるのが仕事のようなモノ。もし、緘口令が敷かれていたとしても、必ず、どこかで“罅”(ヒビ)が入る筈」
「確かにな。そう考えると、政府が徹底的に隠し通さなければならないような秘密があると考えた方が正しいな」
「ってか、そのパラソルだか、パンチラだかと、この映像と何の関係があるんだよ?」
大介よ……『パライソ』なんだかな。
しかし、その通り。
その計画や施設がいくら怪しいと思ったとしても、それとは全く関係のない、遠く離れた国同士の紛争の極秘情報を入手した理由にはならない。
その理由が知りたくて、ジッと黙っていると、「それは僕にも分らん」と、何ともすっとぼけた答えが返ってきた。
「は?」
「ちょっ! 分らんって! 分らないのに、そんな政府しか手にしてない映像を勝手に見ちゃっていい訳? え? え?」
冷静沈着、用意周到。
そんなイメージが纏わりつく男からの予想もしなかった答えに、思わず素っ頓狂な声を上げる。
だが、洋一郎は慌てる訳でも無く、落ち着いた表情で背もたれにゆっくりと体重をかけ腕組みをして俺達の顔を交互に見た。
「ただ。僕は、“あくまでも” 『paraiso』計画の機密事項を知りたくて、機会をずっと狙っていたんだ」
はっきりとした口調でそう言い切った。
きっと、コイツは……
「親父さんのパソコンからデータを?」
俺が思った事を口にすると、スッと自分の胸ポケットから何かを取り出した。
「USBメモリ?」
「あぁ。うちの父親は官僚と言えど、外務省だしね。『paraiso』に関しての情報はある程度は持っていたとしても、細かい所までは持っていないと思う。いや。それ以前に、国家機密のような情報は家にだって持ち帰る事は出来ない……それは、克也も分かっているだろう?」
確かに。
それどころか、俺の兄貴なんざ、情報を持ち出すどころか、本人自体が研究所から出る事すら出来ない状態だ。
「父も、今の不安定な世界情勢に関して仕事が立て込んでいるらしく、相変わらず中々自宅に帰って来られないようなんだが、先週、一日だけ帰ってきたんだよ。その時、ちょっと……な?」
そう言うと、洋一郎は俺らに“言わなくても分かるだろ?”と言うかのように、目配せしてきた。
『あ~……コイツはまた……危ない事を……』
俺がそう思ったのと同時に大介が叫んだ。
「あーーー! 洋ちゃん! また、ハッキングしたの?」
「「シィィィ~!」」
慌てて、二人でその口を手で押さえる。
「お前! デカい声でそんな事言うなよ!」
「全く……大介。人聞きの悪い事は言わないでくれるか? “ハッキング”ではなく、父から“ちょっと”拝借したパスワードとIDを使って、“ちょっと”だけ、政府機密情報システムの中を覗かせて貰っただけだ」
「それって、バレたら、お前の親父の立場が危なくなるんじゃねぇか?」
「あぁ。だから、そうならないように、前もって準備はしておいたんだよ」
「準備?」
「詳しい事は話せないが、ま、要するに。俺は、父のIDとパスワードでシステムにきちんとしたルートで入ったが、実際には、他の“誰”かが、システムに入って、情報を見た事になるように、ちょっとした細工をしておいたんだよ」
「はぁ?」
「いやぁ……ま、その細工のせいで、これから、政府のシステムにINすると、INした本人の形跡が残る訳ではなく、ID・パスワードを所有している人間のうち、アットランダムにプログラムが選出した人が閲覧履歴に残るようになってしまったから……。多分、近いうちにシステムの修正が入って、セキュリティが強化されてしまうだろうけどな」
淡々と、至って普通に話しているが、話している内容は【犯罪】である。
俺らが固まったままでいると、洋一郎が俺達を安心させるように小さく笑った。
「そんなに心配するなよ。大丈夫。まず、政府の人間やシステム管理の人間も、今回の件は、ただのシステム障害くらいにしか思わない。なんせ、無理矢理システムに侵入した訳じゃないからね」
「でも、もしも……」
「“もし”があったとしても、PCは俺のも、僕の父のも使っていないし、匿名通信システムのTorを使ってIPアドレスに対しても隠蔽工作してある。海外サーバー乗っ取って、遠隔操作でどこぞの誰だか分らない人間のPCからシステムに入った事になっているから、ここまで手は伸びて来ないよ」
しかし……それでも、相手は“国家”。
いくら洋一郎が頭脳明晰で、PCに強いとは言え、そんな甘っちょろいもんじゃない筈。
「大丈夫だよ。僕も馬鹿じゃない。保険は他にもかけてある。
俺らの不安げな様子を見て、真顔でそう告げると、安心させるかのようにニヤリと笑った。
洋一郎がこの顔をする時は、絶対の自信がある時。
今回は、洋一郎のその自信を信じる事にした。
俺らが納得したのを感じ取ったのか、続きを話し出した。
「それでだ。話を元に戻すが、その機密情報の中に例の計画のファイルも存在していた」
ゴクリと生唾を飲み込み、真剣に耳を傾ける。
「機密情報にもレベルがあってな。1~5段階まであるんだが、1~3までは、通常レベルとして、システムに入れる者は誰でも閲覧出来るんだ」
真剣な口調に、ピリリとした空気が流れる。
「けれど、4と5は、軍事機密や医療関係、そして経済面での政策や研究、実験等、未発表の物であり、絶対に漏れてはいけない情報……『paraiso』に関しては、正直、高齢化社会の対策案であり、既に実施している政策なのだから、間違いなく、通常レベルに区分される筈なんだ」
「でも、そうじゃなかったって事?」
「あぁ。そのファイルを開こうと思っても、ロックが掛かっていた。しかも、ロックだけじゃない。特殊なセキュリティも掛かっているようで、下手に手を出したら、それこそ、こっちの立場がヤバくなる。それぐらい厳重に管理されていたんだ」
「って事は……」
「レベル5。最高ランクの機密って訳だね?」
大介の言葉に、洋一郎は目で肯定した。
「じゃぁ、そのUSBメモリからパソコンに取り込んだ、この映像は何にも関係ない機密情報って事か?」
俺は停止しているパソコンの画面を指差して言った。
洋一郎は首を横に振ると、手に持ったUSBメモリを俺の目の前に翳した。
「いいや。あの計画の内容や記録……真実が書きこまれたファイルは入手どころか、見る事も触れる事さえ出来なかった。でもな……他に何か手がかりになりそうなファイルを探している時に、丁度タイミングよく新規情報が入ってきたんだ」
その情報こそが、話の核心部分だと言わんばかりに言葉を強めた。
「新規情報って……もしかしてだけど……」
大介が恐る恐る尋ねると、洋一郎は姿勢を正しながら、フンっと鼻を鳴らした。
「勿論……『paraiso』に関してだ」
一瞬にして俺と大介の間に緊張した空気が走る。
だが、話を続けるコイツの顔に小さな笑みが浮かぶ。
「しかも、その情報はラッキーな事に“仕分け作業”がまだされていなかった」
「仕分け?」
「要するに、まだ上層部が確認していなくて、保管するかゴミ箱行きか、それとも、どうするのかまだ決定されていないファイルって事だ。だから簡単にそのファイルを開く事が出来た」
「それで?」
「そこには、動画ファイルと、文書ファイルが入っていたんだが、ゆっくり見ている間に、そのファイルが上層部の人間や管理者にチェックされ、いきなり見えなくなる事もある。僕は、まずは自分で全てを確認するよりも、このファイルの保存が先だと思って……」
「USBメモリに保存したって訳か」
「あぁ。あまり、長居するのも危険だから、保存した後、直ぐにシステムから退出したけどな」
「でも、その後、洋ちゃんがファイルを確認してくれれば良かったんじゃない?」
確かに。
普段の洋一郎だったら、そうしていただろう。
不思議に思って、その顔を見るとハァーーッと、大きく息をついた。
「僕だって先に調べたかったさ。でも、調べようとした途端、父に呼ばれて。その後、久しぶりの家族での食事会。それから、家庭教師や、塾の予習やら何やら……日々の忙しさに追われ、今日に至る訳だ」
成程。
本人の言う通り、洋一郎は普段から、今後の進路や将来の為に忙しい日々を送っている。
彼の言葉に納得し、洋一郎ならば、中途半端なことなどせずに、ファイルの内容までとっくに確認しているだろうと、一瞬でも甘えた考えをした事を恥じた。
その様子を見て、洋一郎はニヤリと笑った。
「ま、それよりも。これを一番最初に見なきゃいけないのは、僕ではなく、実際に身内を収容された克也。お前だと思ったしな」
コイツはこういう奴。
今の俺の表情を見て、気を遣わせないように配慮の出来る奴。
「ま、確かに、洋ちゃんが忙しいっていう理由だけで、そんな“怪しい”情報を見ない訳がないもんね」
ニシシと笑う大介も同じ。
不器用な俺の気持ちの変化を敏感に感じて、フォローをしてくれる。
本当に信頼出来る奴らだ。
「で、本題だ」
強張った声を出す洋一郎の、どことなく緊張感を孕んだような雰囲気に、俺と大介は姿勢を正した。
ゴクリと生唾を飲み込み、彼の次の行動を待つ。
俺達の態度を見て、洋一郎は「今からが重要だ」と言わんばかりに、静かに頷いた。
俺は、正直。
なんだか見てはいけないような。
見たらいけないような。
そんな気がしていた。
「ちょ! スゲェーーー!」
「この映像は……例の紛争の……」
「メディア未発表映像だって!」
「ちょっと待て! これは……」
扉を開けると、案の定、勝手に人のパソコンを起動させて見ていた。
部屋を荒らしてないだけマシだが、この自由すぎるコイツらを何とかして欲しい。
いや。
大介はいつもこんな感じだけれど、洋一郎は父親がキャリア官僚であり、母親も大病院の院長の娘。
育ちもマナーもいい筈なのに、俺んちにくると、結局、大介に流されてしまうのか。
それとも、ここでは素でいられるのかは分らないが、洋一郎までもが自由人になってしまうのは、ある意味問題だ。
そのうち、俺んちを我が物顔で徘徊するんじゃないかって真剣に思う。
それよりも……
俺の椅子に座る洋一郎と、その横の補助椅子に座っている大介は、二人そろって画面にかぶりつくようにして動画を見ている。
そんなにも面白いものが映し出されているのだろうか?
俺が戻って来た事にも気付かず、画面に釘付けだ。
「何勝手に見ているんだ?」
二人の背後に静かに忍び寄り、いきなり声を掛けてやると、肩を震わせて、同時に振り返る。
「あ……すまん」
「だってさぁ、かっつん戻ってくるのおせーし、暇だったんだもん」
いや。
遅くねぇし。
ぶっちゃけ、たった十五分くらい二人で喋ってりゃいいだろ!
頭の中でツッコみながらも、それを言うと、また煩くなりそうだから、俺は話を変えた。
「で? 何見てるんだよ?」
俺は二人の頭の後ろから画面を覗いた。
そこには、どこかの戦争の様子が映し出されていた。
ミサイルが飛び交い、戦車からは砲弾が発射される。
そして画面は切り替わり、上空では多くの戦闘機から光の線が流れ出る。
音は消音にしているのか、それとも、元々この映像には音が入っていないのか、何も聞こえない。
「っ!」
思わず息を飲んだ。
戦争とは無縁の。
平和な日本に住んでいる自分にとっては、まるで、映画かドラマを見ているかのような現実味を帯びない世界。
音は無くとも、目の前で流される迫力のある映像は、それが“現実”なんだと無言で語っていた。
「これは、サウスアラビラ王国とイラカ・イスアラーム共和国との紛争の映像だよ」
洋一郎が、冷静な声でそう言いながら、一旦その映像を停止した。
画面から視線を外し、その横顔を見下ろしながら次の言葉を待つ。
「この映像は、マスメディア未発表映像。いや、政府しか手にしていない映像なんだ」
思わず、俺達はその声に大きく目を見開く。
一体、そんな映像をどこから入手したんだ?
俺達の言いたい事が最初から分かっていたように、淡々と言葉を続ける。
「実は、龍平ジィが『paraiso』に収容された日から、僕もちょっと気になっていてね。それで、色々調べてみたものの、どんな資料を見ても、ネットを駆使して、あらゆる情報を探っても『paraiso』はその名の通り、高齢者にとっての『楽園』。キナ臭い噂も、黒い部分も全く見つからないんだ」
いつも、人が話している最中であっても、矢継ぎ早に質問をして煩く騒ぐ大介も真剣に耳を傾けている。
洋一郎の性格上、自分でとことん調べた結果が『シロ』であれば安心する筈なのに、わざわざ俺んちまで来て、こんな話をするって事は何かを感じたって事か。
「それが、逆に怪しいと思った訳だ」
その後の話を急かすように、俺は洋一郎の気持ちを代弁すると、コクリと小さく頷いた。
「あぁ。どんな立派な政策であろうと、与党と野党の仲は悪い。それに、マスコミだって、アラを探して騒ぎ立てるのが仕事のようなモノ。もし、緘口令が敷かれていたとしても、必ず、どこかで“罅”(ヒビ)が入る筈」
「確かにな。そう考えると、政府が徹底的に隠し通さなければならないような秘密があると考えた方が正しいな」
「ってか、そのパラソルだか、パンチラだかと、この映像と何の関係があるんだよ?」
大介よ……『パライソ』なんだかな。
しかし、その通り。
その計画や施設がいくら怪しいと思ったとしても、それとは全く関係のない、遠く離れた国同士の紛争の極秘情報を入手した理由にはならない。
その理由が知りたくて、ジッと黙っていると、「それは僕にも分らん」と、何ともすっとぼけた答えが返ってきた。
「は?」
「ちょっ! 分らんって! 分らないのに、そんな政府しか手にしてない映像を勝手に見ちゃっていい訳? え? え?」
冷静沈着、用意周到。
そんなイメージが纏わりつく男からの予想もしなかった答えに、思わず素っ頓狂な声を上げる。
だが、洋一郎は慌てる訳でも無く、落ち着いた表情で背もたれにゆっくりと体重をかけ腕組みをして俺達の顔を交互に見た。
「ただ。僕は、“あくまでも” 『paraiso』計画の機密事項を知りたくて、機会をずっと狙っていたんだ」
はっきりとした口調でそう言い切った。
きっと、コイツは……
「親父さんのパソコンからデータを?」
俺が思った事を口にすると、スッと自分の胸ポケットから何かを取り出した。
「USBメモリ?」
「あぁ。うちの父親は官僚と言えど、外務省だしね。『paraiso』に関しての情報はある程度は持っていたとしても、細かい所までは持っていないと思う。いや。それ以前に、国家機密のような情報は家にだって持ち帰る事は出来ない……それは、克也も分かっているだろう?」
確かに。
それどころか、俺の兄貴なんざ、情報を持ち出すどころか、本人自体が研究所から出る事すら出来ない状態だ。
「父も、今の不安定な世界情勢に関して仕事が立て込んでいるらしく、相変わらず中々自宅に帰って来られないようなんだが、先週、一日だけ帰ってきたんだよ。その時、ちょっと……な?」
そう言うと、洋一郎は俺らに“言わなくても分かるだろ?”と言うかのように、目配せしてきた。
『あ~……コイツはまた……危ない事を……』
俺がそう思ったのと同時に大介が叫んだ。
「あーーー! 洋ちゃん! また、ハッキングしたの?」
「「シィィィ~!」」
慌てて、二人でその口を手で押さえる。
「お前! デカい声でそんな事言うなよ!」
「全く……大介。人聞きの悪い事は言わないでくれるか? “ハッキング”ではなく、父から“ちょっと”拝借したパスワードとIDを使って、“ちょっと”だけ、政府機密情報システムの中を覗かせて貰っただけだ」
「それって、バレたら、お前の親父の立場が危なくなるんじゃねぇか?」
「あぁ。だから、そうならないように、前もって準備はしておいたんだよ」
「準備?」
「詳しい事は話せないが、ま、要するに。俺は、父のIDとパスワードでシステムにきちんとしたルートで入ったが、実際には、他の“誰”かが、システムに入って、情報を見た事になるように、ちょっとした細工をしておいたんだよ」
「はぁ?」
「いやぁ……ま、その細工のせいで、これから、政府のシステムにINすると、INした本人の形跡が残る訳ではなく、ID・パスワードを所有している人間のうち、アットランダムにプログラムが選出した人が閲覧履歴に残るようになってしまったから……。多分、近いうちにシステムの修正が入って、セキュリティが強化されてしまうだろうけどな」
淡々と、至って普通に話しているが、話している内容は【犯罪】である。
俺らが固まったままでいると、洋一郎が俺達を安心させるように小さく笑った。
「そんなに心配するなよ。大丈夫。まず、政府の人間やシステム管理の人間も、今回の件は、ただのシステム障害くらいにしか思わない。なんせ、無理矢理システムに侵入した訳じゃないからね」
「でも、もしも……」
「“もし”があったとしても、PCは俺のも、僕の父のも使っていないし、匿名通信システムのTorを使ってIPアドレスに対しても隠蔽工作してある。海外サーバー乗っ取って、遠隔操作でどこぞの誰だか分らない人間のPCからシステムに入った事になっているから、ここまで手は伸びて来ないよ」
しかし……それでも、相手は“国家”。
いくら洋一郎が頭脳明晰で、PCに強いとは言え、そんな甘っちょろいもんじゃない筈。
「大丈夫だよ。僕も馬鹿じゃない。保険は他にもかけてある。
俺らの不安げな様子を見て、真顔でそう告げると、安心させるかのようにニヤリと笑った。
洋一郎がこの顔をする時は、絶対の自信がある時。
今回は、洋一郎のその自信を信じる事にした。
俺らが納得したのを感じ取ったのか、続きを話し出した。
「それでだ。話を元に戻すが、その機密情報の中に例の計画のファイルも存在していた」
ゴクリと生唾を飲み込み、真剣に耳を傾ける。
「機密情報にもレベルがあってな。1~5段階まであるんだが、1~3までは、通常レベルとして、システムに入れる者は誰でも閲覧出来るんだ」
真剣な口調に、ピリリとした空気が流れる。
「けれど、4と5は、軍事機密や医療関係、そして経済面での政策や研究、実験等、未発表の物であり、絶対に漏れてはいけない情報……『paraiso』に関しては、正直、高齢化社会の対策案であり、既に実施している政策なのだから、間違いなく、通常レベルに区分される筈なんだ」
「でも、そうじゃなかったって事?」
「あぁ。そのファイルを開こうと思っても、ロックが掛かっていた。しかも、ロックだけじゃない。特殊なセキュリティも掛かっているようで、下手に手を出したら、それこそ、こっちの立場がヤバくなる。それぐらい厳重に管理されていたんだ」
「って事は……」
「レベル5。最高ランクの機密って訳だね?」
大介の言葉に、洋一郎は目で肯定した。
「じゃぁ、そのUSBメモリからパソコンに取り込んだ、この映像は何にも関係ない機密情報って事か?」
俺は停止しているパソコンの画面を指差して言った。
洋一郎は首を横に振ると、手に持ったUSBメモリを俺の目の前に翳した。
「いいや。あの計画の内容や記録……真実が書きこまれたファイルは入手どころか、見る事も触れる事さえ出来なかった。でもな……他に何か手がかりになりそうなファイルを探している時に、丁度タイミングよく新規情報が入ってきたんだ」
その情報こそが、話の核心部分だと言わんばかりに言葉を強めた。
「新規情報って……もしかしてだけど……」
大介が恐る恐る尋ねると、洋一郎は姿勢を正しながら、フンっと鼻を鳴らした。
「勿論……『paraiso』に関してだ」
一瞬にして俺と大介の間に緊張した空気が走る。
だが、話を続けるコイツの顔に小さな笑みが浮かぶ。
「しかも、その情報はラッキーな事に“仕分け作業”がまだされていなかった」
「仕分け?」
「要するに、まだ上層部が確認していなくて、保管するかゴミ箱行きか、それとも、どうするのかまだ決定されていないファイルって事だ。だから簡単にそのファイルを開く事が出来た」
「それで?」
「そこには、動画ファイルと、文書ファイルが入っていたんだが、ゆっくり見ている間に、そのファイルが上層部の人間や管理者にチェックされ、いきなり見えなくなる事もある。僕は、まずは自分で全てを確認するよりも、このファイルの保存が先だと思って……」
「USBメモリに保存したって訳か」
「あぁ。あまり、長居するのも危険だから、保存した後、直ぐにシステムから退出したけどな」
「でも、その後、洋ちゃんがファイルを確認してくれれば良かったんじゃない?」
確かに。
普段の洋一郎だったら、そうしていただろう。
不思議に思って、その顔を見るとハァーーッと、大きく息をついた。
「僕だって先に調べたかったさ。でも、調べようとした途端、父に呼ばれて。その後、久しぶりの家族での食事会。それから、家庭教師や、塾の予習やら何やら……日々の忙しさに追われ、今日に至る訳だ」
成程。
本人の言う通り、洋一郎は普段から、今後の進路や将来の為に忙しい日々を送っている。
彼の言葉に納得し、洋一郎ならば、中途半端なことなどせずに、ファイルの内容までとっくに確認しているだろうと、一瞬でも甘えた考えをした事を恥じた。
その様子を見て、洋一郎はニヤリと笑った。
「ま、それよりも。これを一番最初に見なきゃいけないのは、僕ではなく、実際に身内を収容された克也。お前だと思ったしな」
コイツはこういう奴。
今の俺の表情を見て、気を遣わせないように配慮の出来る奴。
「ま、確かに、洋ちゃんが忙しいっていう理由だけで、そんな“怪しい”情報を見ない訳がないもんね」
ニシシと笑う大介も同じ。
不器用な俺の気持ちの変化を敏感に感じて、フォローをしてくれる。
本当に信頼出来る奴らだ。
「で、本題だ」
強張った声を出す洋一郎の、どことなく緊張感を孕んだような雰囲気に、俺と大介は姿勢を正した。
ゴクリと生唾を飲み込み、彼の次の行動を待つ。
俺達の態度を見て、洋一郎は「今からが重要だ」と言わんばかりに、静かに頷いた。
俺は、正直。
なんだか見てはいけないような。
見たらいけないような。
そんな気がしていた。
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