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episode 4
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映像が終わってから、どのくらい時間が経ったのだろうか?
パソコンの画面には、スクリーンセーバーとして設定した時計が、中央部分で秒針と連動したデジタル数字が動き、色を失くした俺の心の代わりに、カラフルな色合いを絶えず変化させていた。
この場にいる全員が、言葉を発する事も、動く事も出来ずにいた。
それ程、さっきの映像は三人にとって脳天を撃ち抜かれるくらいのものであったのだ。
「……なぁ……」
焦点の合わない目をしたまま、大介が力なく声出した。
「最後のって……」
ギギギギィッと、軋んだ音でも鳴りそうにぎこちなく振り向き、不安と恐怖が入り混じったような、何とも言えない表情で俺の顔を見た。
あぁ。
俺も信じたくはない。
だが……あれは……
「間違いなく、じいちゃんだった。」
ハッキリとした口調でそう言うと、ギュッと唇を引き締めた。
そうしないと、あまりの出来事に、自分の頭の中の整理がつかず、思わず叫び出してしまいそうな衝動に駆られるからだ。
なんで、『paraíso』に収容され、静かで穏やかな生活を送っている筈のじっちゃんが、戦地にいるんだ?
なんで、あんなモノを撮影しているんだ?
それよりも……
あの“兵士”達は、一体、何者……
いや……
一体なんなんだ?
頭の中に、クエスチョンマークばかりが飛び交い、膨張し、パンクしそうになる。
そして、何度撃たれても、どんなに肉体がボロボロになろうとも、這い上がり続ける“兵士”の姿が瞼どころか、脳に焼き付いて離れない。
あれは、どう見たって……
「死んでいたよな?」
さっきから一言も声を発しなかった、洋一郎が、まるで自分の考えが伝わったかのように、突然聞いてきた。
強い眼差しで、俺らを見る、洋一郎。
冗談や誤魔化しで、茶化す事なんて出来ないくらいの真剣な顔に、小さく首を縦に振る。
「あぁ」
「あれで死なない人なんていないよ……」
頭の中で、さっきの惨たらしい映像が、フラッシュバックし、眩暈がしそうになる。
「……ゾンビ……」
「「……は?……」」
思わず耳を疑った。
理知的でリアリストな洋一郎の口から発せられた、その言葉は、あまりに現実味のないものだった。
「洋ちゃん、何言ってんだよ! 冗談言ってる場合じゃ……」
「冗談なんかじゃぁない!」
大介の言葉を遮り、声を荒げた。
ハァハァと息を整え、落ち着きを取り戻すと、いつもの静かな口調で、「過去に某国で、薬物中毒から人格が崩壊し、凶暴化した事件があるんだが、その時、その凶暴化した人間は何をしたと思う?」と言った。
「ナイフで近くにいた人間を滅多刺し……とか?」
恐る恐る大介が言うと、左右に首を振り、「友人の顔面にかぶりついたのさ」と、ひどく冷たい口調で答えた。
「ひっ!」
大介は、思わず想像してしまったのだろう。
小さな悲鳴を上げた。
「勿論、友人は抵抗したが、男は薬の効果なのか、力も異常に強く、逃げる事も叫ぶ事も出来なかった。生きながら顔面を半分以上喰われた所で、ようやく近くを通りかかった人間が通報したのか、警察がやって来て、男は射殺されたらしい」
まるで台本でも読んでいるかのように、流暢に話すコイツの頭の中は、勉強だけでなく、世界のニュースまで細かく記憶しているのであろうか?
「まぁ、顔面を喰われた男は生きていたし、その男が同じように人を襲うっていう事も無かったんだが……他にも、同じ系統のクスリを使った女性が、自分の赤ちゃんを殺し、脳を食い散らかした例や、他の国でも、突然、狂ったように人に襲い掛かった例もあるんだ」
「でも、それはゾンビじゃなく、ただ薬物中毒で凶暴化しただけだろ?」
俺は、洋一郎の話を聞いて、率直な意見を言い放った。
ビビリな大介は、情けない顔をしながら、俺達二人の顔を交互に見ていると、洋一郎は小さく小首を振った。
「確かに、これらの事件は単なる薬物中毒者の凶事だとしか思えない。だがな……」
洋一郎は、言葉をそこで切り、俺の顔をしっかり見据えた。
「この事件があった場所が問題なんだ」
真剣な表情で勿体ぶるような言い方をするコイツに、少し苛立ちを覚えたものの、その先の言葉が気になる。
「一体、どういう事だ?」
先を続けるように促す。
すると、神妙な顔をしながら、静かに。
それでいて、ハッキリとした口調で言った。
「……その事件が起こった場所というのが……軍事的細菌兵器を研究している研究所周辺だったんだ」
この言葉が、本当か嘘かは別として。
それが意味する事。
即ち。
人間の凶暴性を露わにし、人が人を襲う狂気溢れる事件は、実は、軍事的な実験として、使われていたのではないか?
そして、それが表沙汰になってしまったが為に、『薬物中毒』の人間が起こした物だと、わざと、マスメディアを使って、カモフラージュの為に広めたのではないのか?
更には……そこから、細菌兵器の実験は進み、人間を、単なる“凶暴化”する薬ではなく、何かしらの作用により、死んでも尚、何かしらの目的によって、生きた人間を襲う“ゾンビ”へと変える薬を開発したのではないか?
あの映像から察するに、その薬を日本政府が実験的に使ったのではないか?
しかも。
上層部だけが知り得る機密事項として。
そう洋一郎は言いたいのだと俺は理解した。
勿論。
これが、世間一般に広まったら、それこそ、軍事問題や社会問題どころか、人権問題……いや。
人としての尊厳に関わる問題として、世界中から非難される事である。
そう考えると、確かに、常軌を逸した、あの光景を説明する内容としては、合点がいく。
だが。
しかし、だ。
それが、何故『paraíso』と関係があるんだ?
そして……何故、あそこに。
あの紛争地域に、“じいちゃん”がいるんだ??
まさか……
俺は怯えた顔をした大介と、酷く冷静な洋一郎の。
その、あまりに対照的な二人の顔を、焦りにも似た、妙な胸騒ぎを感じながら見つめた。
「じいちゃん……実験に関わっているのか?」
口内に渇きを覚えながら、掠れた声を出した。
いや……しかし。
じいちゃんは、国防軍に勤務していた訳でも、軍事関係に携わった事も無い。
定年までは大手ゼネコン勤務の単なるサラリーマンだった筈。
人と違うところと言えば、狩猟免許を取得し、猟銃や罠を使って、猟友会の人達と狩猟を楽しみ、射撃訓練をする事。
そして、あの年で、未だに空手の鍛錬も忘れず、最高師範ですら、唸るほどの腕前だと言う事ぐらいだ。
いくら武道に長けているとはいえ、いきなり戦場に行って役に立つものなのか?
国家機密レベルの実験に携われるものなのか?
全ての鍵は
『paraíso』
そうだ!
あの施設に収容されたら、出来得る就労の義務はあれど、それ以外では『楽園』のような老後が約束されている筈。
じいちゃんに課せられた就労という物が、この『実験』を撮影するという事なのか?
そんな……場所が場所だけに……
危険すぎるだろ!
俺は、額から流れる汗を感じながらも、二人がいる事も忘れ、ブツブツと独り言を呟きながら、無い頭をフル回転させていた。
パソコンの画面には、スクリーンセーバーとして設定した時計が、中央部分で秒針と連動したデジタル数字が動き、色を失くした俺の心の代わりに、カラフルな色合いを絶えず変化させていた。
この場にいる全員が、言葉を発する事も、動く事も出来ずにいた。
それ程、さっきの映像は三人にとって脳天を撃ち抜かれるくらいのものであったのだ。
「……なぁ……」
焦点の合わない目をしたまま、大介が力なく声出した。
「最後のって……」
ギギギギィッと、軋んだ音でも鳴りそうにぎこちなく振り向き、不安と恐怖が入り混じったような、何とも言えない表情で俺の顔を見た。
あぁ。
俺も信じたくはない。
だが……あれは……
「間違いなく、じいちゃんだった。」
ハッキリとした口調でそう言うと、ギュッと唇を引き締めた。
そうしないと、あまりの出来事に、自分の頭の中の整理がつかず、思わず叫び出してしまいそうな衝動に駆られるからだ。
なんで、『paraíso』に収容され、静かで穏やかな生活を送っている筈のじっちゃんが、戦地にいるんだ?
なんで、あんなモノを撮影しているんだ?
それよりも……
あの“兵士”達は、一体、何者……
いや……
一体なんなんだ?
頭の中に、クエスチョンマークばかりが飛び交い、膨張し、パンクしそうになる。
そして、何度撃たれても、どんなに肉体がボロボロになろうとも、這い上がり続ける“兵士”の姿が瞼どころか、脳に焼き付いて離れない。
あれは、どう見たって……
「死んでいたよな?」
さっきから一言も声を発しなかった、洋一郎が、まるで自分の考えが伝わったかのように、突然聞いてきた。
強い眼差しで、俺らを見る、洋一郎。
冗談や誤魔化しで、茶化す事なんて出来ないくらいの真剣な顔に、小さく首を縦に振る。
「あぁ」
「あれで死なない人なんていないよ……」
頭の中で、さっきの惨たらしい映像が、フラッシュバックし、眩暈がしそうになる。
「……ゾンビ……」
「「……は?……」」
思わず耳を疑った。
理知的でリアリストな洋一郎の口から発せられた、その言葉は、あまりに現実味のないものだった。
「洋ちゃん、何言ってんだよ! 冗談言ってる場合じゃ……」
「冗談なんかじゃぁない!」
大介の言葉を遮り、声を荒げた。
ハァハァと息を整え、落ち着きを取り戻すと、いつもの静かな口調で、「過去に某国で、薬物中毒から人格が崩壊し、凶暴化した事件があるんだが、その時、その凶暴化した人間は何をしたと思う?」と言った。
「ナイフで近くにいた人間を滅多刺し……とか?」
恐る恐る大介が言うと、左右に首を振り、「友人の顔面にかぶりついたのさ」と、ひどく冷たい口調で答えた。
「ひっ!」
大介は、思わず想像してしまったのだろう。
小さな悲鳴を上げた。
「勿論、友人は抵抗したが、男は薬の効果なのか、力も異常に強く、逃げる事も叫ぶ事も出来なかった。生きながら顔面を半分以上喰われた所で、ようやく近くを通りかかった人間が通報したのか、警察がやって来て、男は射殺されたらしい」
まるで台本でも読んでいるかのように、流暢に話すコイツの頭の中は、勉強だけでなく、世界のニュースまで細かく記憶しているのであろうか?
「まぁ、顔面を喰われた男は生きていたし、その男が同じように人を襲うっていう事も無かったんだが……他にも、同じ系統のクスリを使った女性が、自分の赤ちゃんを殺し、脳を食い散らかした例や、他の国でも、突然、狂ったように人に襲い掛かった例もあるんだ」
「でも、それはゾンビじゃなく、ただ薬物中毒で凶暴化しただけだろ?」
俺は、洋一郎の話を聞いて、率直な意見を言い放った。
ビビリな大介は、情けない顔をしながら、俺達二人の顔を交互に見ていると、洋一郎は小さく小首を振った。
「確かに、これらの事件は単なる薬物中毒者の凶事だとしか思えない。だがな……」
洋一郎は、言葉をそこで切り、俺の顔をしっかり見据えた。
「この事件があった場所が問題なんだ」
真剣な表情で勿体ぶるような言い方をするコイツに、少し苛立ちを覚えたものの、その先の言葉が気になる。
「一体、どういう事だ?」
先を続けるように促す。
すると、神妙な顔をしながら、静かに。
それでいて、ハッキリとした口調で言った。
「……その事件が起こった場所というのが……軍事的細菌兵器を研究している研究所周辺だったんだ」
この言葉が、本当か嘘かは別として。
それが意味する事。
即ち。
人間の凶暴性を露わにし、人が人を襲う狂気溢れる事件は、実は、軍事的な実験として、使われていたのではないか?
そして、それが表沙汰になってしまったが為に、『薬物中毒』の人間が起こした物だと、わざと、マスメディアを使って、カモフラージュの為に広めたのではないのか?
更には……そこから、細菌兵器の実験は進み、人間を、単なる“凶暴化”する薬ではなく、何かしらの作用により、死んでも尚、何かしらの目的によって、生きた人間を襲う“ゾンビ”へと変える薬を開発したのではないか?
あの映像から察するに、その薬を日本政府が実験的に使ったのではないか?
しかも。
上層部だけが知り得る機密事項として。
そう洋一郎は言いたいのだと俺は理解した。
勿論。
これが、世間一般に広まったら、それこそ、軍事問題や社会問題どころか、人権問題……いや。
人としての尊厳に関わる問題として、世界中から非難される事である。
そう考えると、確かに、常軌を逸した、あの光景を説明する内容としては、合点がいく。
だが。
しかし、だ。
それが、何故『paraíso』と関係があるんだ?
そして……何故、あそこに。
あの紛争地域に、“じいちゃん”がいるんだ??
まさか……
俺は怯えた顔をした大介と、酷く冷静な洋一郎の。
その、あまりに対照的な二人の顔を、焦りにも似た、妙な胸騒ぎを感じながら見つめた。
「じいちゃん……実験に関わっているのか?」
口内に渇きを覚えながら、掠れた声を出した。
いや……しかし。
じいちゃんは、国防軍に勤務していた訳でも、軍事関係に携わった事も無い。
定年までは大手ゼネコン勤務の単なるサラリーマンだった筈。
人と違うところと言えば、狩猟免許を取得し、猟銃や罠を使って、猟友会の人達と狩猟を楽しみ、射撃訓練をする事。
そして、あの年で、未だに空手の鍛錬も忘れず、最高師範ですら、唸るほどの腕前だと言う事ぐらいだ。
いくら武道に長けているとはいえ、いきなり戦場に行って役に立つものなのか?
国家機密レベルの実験に携われるものなのか?
全ての鍵は
『paraíso』
そうだ!
あの施設に収容されたら、出来得る就労の義務はあれど、それ以外では『楽園』のような老後が約束されている筈。
じいちゃんに課せられた就労という物が、この『実験』を撮影するという事なのか?
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