Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 7

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「ただいま」
「陽子さん、こんちゃーっす!」
「こんにちは」

 玄関のドアを開け、奥のキッチンで夕食の準備をしている俺の母親に一斉に声を掛ければ、「おかえりなさーい!」と、弾んだ声を出し、パタパタとスリッパを鳴らしながら出迎えに来てくれる。

「いらっしゃい……って、あら?」

 明るいトーンでにこやかに挨拶をした母が、俺達の後ろにいる人物に気が付き、『誰かしら?』といった雰囲気で小首を傾げた。

「はじめまして。米澤と申します」

 キャリアウーマンっぽく姿勢を正し、丁寧にお辞儀をする。
 それから、肩にかけたショルダーバッグの中から名刺入れを取り出し、そこから一枚抜き取ると、両手で持ち直し母に差し出した。

「まぁ……ご丁寧に。すみません」

 エプロンで手を拭きながら、慌てて差し出されたソレを受け取ったのを確認すると、穏やかな笑顔を向ける。

「実はわたくし。出版社に勤務しているのですが、今度、世界情勢や経済について、今後どのようにしていくべきか、自分達はどのように携わっていきたいかという事を、これからの将来を担う学生達で、互いの意見や考えを討論する、所謂ディベート大会を企画しているんです」

 母親に対し、嘘や誤魔化しを言うのは心苦しいものの、本当の事が言えない今は、彼女が前以て考えていたのであろう滑らかなトークにほっと胸を撫で下ろす。

「まぁ。それは素敵な企画ですわねぇ」

 完全に、その言葉を信じた母は、目を輝かせながら相槌を打つ。

「しかも、今回のこの企画。日本人同士で討論するのではなく、海外の学生と討論する事で、互いの国を少しでも理解する事と、お互いに刺激し合う事で、少しでも何かを得て、成長する事を目的としたいんです」

 全く架空の企画を、まことしやかに力説する米澤さんの姿に、うちの母ときたら少しも疑う事なく、「それは素晴らしいわっ」「是非、その企画を成功させてくださいね」と、うんうん頷いている。
 元々、素直で単純な人だけど、ここまで初対面の人の話を鵜呑みにされちゃうと、オレオレ詐欺とか、なんちゃら詐欺とかに引っかかったりしないか心配になっちまう。
 まぁ、今回に関して言えば、疑り深くて、すぐに怪しむようなタイプであれば、それこそ面倒な事になっていただろうから、そんな母親の性格には感謝するけど。

「まあまあ。こんな所で立ち話も何ですし。上がってお茶でも……」
「母さん」
「え?」
「盛り上がっているとこ悪いんだけど、俺の部屋で打ち合わせすっから」

 自分の息子が、空手以外の事で何かしら大きな大会に出場し、しかも、主催者である出版社の人間自らが自宅まで足を運んできたという快挙に心躍らせる母親が、自分も話に交わろうとして、リビングに通そうとするのをやんわり制す。
 案の定、不満そうな顔をして「お母さんだって、克也達がどんな事をするのか聞きたいわ」と言って口を尖らせる。
 拗ねる母親を見て、流石は大人な米澤さん。
 さりげなく助け舟を出してくれた。

「お母様の事を信頼していない訳ではありませんが、まだ企画の段階でして。開催するか否かはこれからのプレゼンや参加を受けてくれる学生の方々の人数にもよります。各国の学生へ、参加を依頼していますので、国交問題も関わってきます。そのような点から、まだ私達もバタバタと参加を了解してくださった方々への挨拶と説明回りが手一杯な状態でして」

 真剣な口調で、いかにもそれらしい“嘘”の現状報告をする。
 それから少し考えるような素振りをした後、言いにくそうに口を開いた。

「ただ、こういった企画というのは、すぐに他社に盗まれ、こちらがこうやって苦労して築き上げたものを、ゴッソリ持っていかれるっていう事が多々あるんです。ですから、会社の規定で、実際に参加してくださる方々以外には、詳細を話すどころか、聞かれる事すら絶対にしてはいけない事になっているんです」

 申し訳なさそうに眉を下げる彼女の姿を見て、慌て出す母。

「や、えっと。ごめんなさい。いえ、いいのよいいのよ。気にしないで。そうよね、まだ、大きく宣伝したり、開催が決定している訳じゃないですものね。そうよ、企画の段階ですもんね。も~……私ったら、ついつい浮かれちゃって」

 両手の平を米澤さんに見せて、胸の前で何度も振りながら、あわあわと変な弁解をしながら引き下がる。

「じゃ、じゃぁ、克也。紅茶でも入れるから、お茶菓子と一緒に持って行って頂戴。洋ちゃんと大ちゃんは、克也の部屋に米澤さんを案内して待っててくれるかしら?」
「はい。陽子さん」
「オッケー!」

 二人は勝手知ったる我が家とばかりに、米澤さんを連れて、さっさと二階に上がって行く。
 うちの母も、もう少し息子のプライベート空間に、部屋の主が不在でも、遠慮なく人を通すのを止めて欲しいものだ。
 まぁ、あいつらの事を俺同様に、他人と思っていないっていうことなんだから、嬉しくもあるんだけどさ。

「あんた、お兄ちゃんと違って、脳ミソ筋肉の空手バカだとばかり思ってたけど、案外、そうでもなかったのねぇ~」

 いやいや。母よ。
 兄貴や洋一郎ほどではないが、俺だって、そこそこ成績がいいんですけどね。
 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、「まぁね」と、母が用意してくれた紅茶を茶菓子と共に、お盆に載せる。
 ここで下手に反論しようものなら、話が長くなって仕方がない。
 兄貴がどーだの、洋一郎がどーだの。
 比較対象が違い過ぎるっつーの。

「紅茶、サンキュ」

 胸の中で悪態をつきながら、笑顔を見せ、「サンキュじゃなくて、ありがとうございますでしょ~」と、小言の多い母の元を後にした。

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