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episode 8
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静かに階段を上がり、部屋の前に立つ。
自室の扉をノックするのもおかしな話だが、一応、既に部屋の中にいる三人に対してのマナーかと思い、片手に拳を作り、小さく二回、その甲で扉を叩いた。
「はぁ~い。今、あっけるよーん」
語尾に音符が付いているような返事は、それだけで大介のものだと分かる。
ドタドタと慌ただしい足音と共に、扉がバンッと大きく開けられた。
扉から適度な距離をとっておいて大正解だ。
そうでなけりゃ、帰って来た買い主に、ウレションしそうなほど喜んで飛びついてくるワンコのようなコイツの勢いで、持っているお盆をひっくり返すところだ。
まったく。
いつまでだってもガキンチョだなぁと、小さな溜息を吐いた。
「あ、このお菓子! オレの大好きなヤツじゃんっ。さっすが、陽子さぁん。かっつん、これ、オレが持ってあげるよ」
ひょいと大介が持ち上げたのは、俺が持っているお盆――――
ではなく、お盆の上に載っているお菓子の箱のみ。
両手で頭上に掲げ、「ヤホホーイ」と、小躍りしながら部屋へと戻って行く、緊張感も気遣いもまるっきりゼロな後ろ姿を見て、この先が思いやられると、またまた小さく溜息をつきながら、大介の後に続いて部屋に入った。
「突然お邪魔しちゃった挙句、厚かましく部屋にまで上がらせてもらっちゃって……」
「いいえ。そんなことは気にしないでください」
すまなそうな顔をして謝ろうとする米澤さんの言葉を遮りながら、部屋の真ん中にある小さな丸テーブルに人数分の紅茶を置く。
生憎、俺の部屋にはクッションだの座布団だのいう洒落たものは無いので、女性の米澤さんには悪いが、俺達同様、フローリングの上にマットを敷いただけの床の上に、直に座って貰う。
入り口から向かって一番奥に米澤さん。
彼女を挟むようにして洋一郎と大介を座らせ、自分は彼女の真正面に腰を下ろした。
緊張感の欠片もなく、大介がお菓子の箱を開け、皆に配り終わるのを待ち、俺は口を開いた。
「で。早速ですが米澤さん。あなたが僕達の所に来た理由から説明してくれませんか?」
彼女は小さく息を吐き、「何から話せばいいのかしら……」と、顎に手をやり、小首を傾げる。
いかに簡潔に、且つ、俺達を納得させる為には、どのように話を纏めるべきかを考えているようだ。
既にお菓子を食べ始めている大介の咀嚼音と、「頂きます」と礼儀正しく一言言ってから紅茶を啜る洋一郎から発せられる音だけが、室内に響く。
わずか数秒の沈黙がやけに長く感じられる。
妙な緊張感のせいで、喉の渇きを感じ、紅茶のカップに手を伸ばすと同時に、米澤さんも、「私も頂きますね」と、カップに手を伸ばしコクリと喉を鳴らした。
「そうね。まず、上田くん。私も君と同じで祖母を『paraíso』へ連れて行かれたの」
会った直後にボソリと呟かれた言葉から分かっていたことではあるが、実際に面と向かってしっかりと聞かされると、同じ立場なだけに、その言葉の重みがズシリと伝わってくる。
だが、次の言葉で、彼女が自分以上に辛い想いを胸に抱いているのを知った。
「私、両親を早くに亡くしていてね。祖母だけが唯一の肉親だったから。政府なんかに老後を任せずに、私が最期の時まで面倒を見るつもりだったのよ」
薄らと涙を浮かべる米澤さんの言葉に嘘はないことぐらい分かる。
彼女も俺と同じ。
大切な肉親を、『楽園』という噂だけが先行し、実際のところ、そこが何処にあるのか、その中で何が行われているかなんていうのは分かっていない。
マスコミが流す、『楽園』内部の映像は、確かに、皆、楽し気で生き生きと生活しているように見えるし、街並みを見ても、俺達が住んでいるところと何ら変わりないようにも見える。
だが、家族ですら会いに行く事も、会いに帰ってくる事も許されず、死ぬまで――否、死んでも、その骨すらも家族の元には帰ってこないなんて、おかしすぎる。
そんな所に、大事な肉親を本人達の意志を無視して連行していく政府に対し、懸念と疑惑を持っているのだ。
「私もね。自分の職業、立場を利用して色々調べたの。正直、あまりに非の打ちどころの無い計画と、完璧な情報統制。これが却って怪しくて、疑惑の念を増加させたわ」
彼女の言っている事は、自分が思っていた事と全く同じである。
肯定の意味を込めて頷くと、彼女は僅かに口元を緩めた。
「私は、『paraíso』が本当に楽園で、祖母が幸せに暮らしているのであればそれでいいと思っているの。例え会えなくてもね」
彼女は寂し気な笑みを浮かべ、目を伏せると、そこで一旦、大きく息をつき、覚悟を決めたような力強い眼差しで俺ら三人の顔を見渡した。
「単刀直入に言うわ。あなた達に協力して貰いたいの」
何の脈略もなく放たれた言葉だというのに、その場にいた誰もが驚きを示す事は無い。
むしろ、彼女が俺と同じ立場であり、マスコミ関係者だと聞いた時点で、こちらからも協力を願おうと思っていたのだから、願ったり叶ったりだ。
俺達にとって、彼女と協力関係を結ぶことはメリットが大きい。
だが逆に、彼女は俺達に何を求めているのか。
焦らす訳ではないが、その点をきちんと説明して貰わなければ、こちらも素直に頷くことは出来ない。
俺達三人は押し黙ったまま、互いに顔を見合わせた後、腹の内を探るように視線を彼女へ向けた。
自室の扉をノックするのもおかしな話だが、一応、既に部屋の中にいる三人に対してのマナーかと思い、片手に拳を作り、小さく二回、その甲で扉を叩いた。
「はぁ~い。今、あっけるよーん」
語尾に音符が付いているような返事は、それだけで大介のものだと分かる。
ドタドタと慌ただしい足音と共に、扉がバンッと大きく開けられた。
扉から適度な距離をとっておいて大正解だ。
そうでなけりゃ、帰って来た買い主に、ウレションしそうなほど喜んで飛びついてくるワンコのようなコイツの勢いで、持っているお盆をひっくり返すところだ。
まったく。
いつまでだってもガキンチョだなぁと、小さな溜息を吐いた。
「あ、このお菓子! オレの大好きなヤツじゃんっ。さっすが、陽子さぁん。かっつん、これ、オレが持ってあげるよ」
ひょいと大介が持ち上げたのは、俺が持っているお盆――――
ではなく、お盆の上に載っているお菓子の箱のみ。
両手で頭上に掲げ、「ヤホホーイ」と、小躍りしながら部屋へと戻って行く、緊張感も気遣いもまるっきりゼロな後ろ姿を見て、この先が思いやられると、またまた小さく溜息をつきながら、大介の後に続いて部屋に入った。
「突然お邪魔しちゃった挙句、厚かましく部屋にまで上がらせてもらっちゃって……」
「いいえ。そんなことは気にしないでください」
すまなそうな顔をして謝ろうとする米澤さんの言葉を遮りながら、部屋の真ん中にある小さな丸テーブルに人数分の紅茶を置く。
生憎、俺の部屋にはクッションだの座布団だのいう洒落たものは無いので、女性の米澤さんには悪いが、俺達同様、フローリングの上にマットを敷いただけの床の上に、直に座って貰う。
入り口から向かって一番奥に米澤さん。
彼女を挟むようにして洋一郎と大介を座らせ、自分は彼女の真正面に腰を下ろした。
緊張感の欠片もなく、大介がお菓子の箱を開け、皆に配り終わるのを待ち、俺は口を開いた。
「で。早速ですが米澤さん。あなたが僕達の所に来た理由から説明してくれませんか?」
彼女は小さく息を吐き、「何から話せばいいのかしら……」と、顎に手をやり、小首を傾げる。
いかに簡潔に、且つ、俺達を納得させる為には、どのように話を纏めるべきかを考えているようだ。
既にお菓子を食べ始めている大介の咀嚼音と、「頂きます」と礼儀正しく一言言ってから紅茶を啜る洋一郎から発せられる音だけが、室内に響く。
わずか数秒の沈黙がやけに長く感じられる。
妙な緊張感のせいで、喉の渇きを感じ、紅茶のカップに手を伸ばすと同時に、米澤さんも、「私も頂きますね」と、カップに手を伸ばしコクリと喉を鳴らした。
「そうね。まず、上田くん。私も君と同じで祖母を『paraíso』へ連れて行かれたの」
会った直後にボソリと呟かれた言葉から分かっていたことではあるが、実際に面と向かってしっかりと聞かされると、同じ立場なだけに、その言葉の重みがズシリと伝わってくる。
だが、次の言葉で、彼女が自分以上に辛い想いを胸に抱いているのを知った。
「私、両親を早くに亡くしていてね。祖母だけが唯一の肉親だったから。政府なんかに老後を任せずに、私が最期の時まで面倒を見るつもりだったのよ」
薄らと涙を浮かべる米澤さんの言葉に嘘はないことぐらい分かる。
彼女も俺と同じ。
大切な肉親を、『楽園』という噂だけが先行し、実際のところ、そこが何処にあるのか、その中で何が行われているかなんていうのは分かっていない。
マスコミが流す、『楽園』内部の映像は、確かに、皆、楽し気で生き生きと生活しているように見えるし、街並みを見ても、俺達が住んでいるところと何ら変わりないようにも見える。
だが、家族ですら会いに行く事も、会いに帰ってくる事も許されず、死ぬまで――否、死んでも、その骨すらも家族の元には帰ってこないなんて、おかしすぎる。
そんな所に、大事な肉親を本人達の意志を無視して連行していく政府に対し、懸念と疑惑を持っているのだ。
「私もね。自分の職業、立場を利用して色々調べたの。正直、あまりに非の打ちどころの無い計画と、完璧な情報統制。これが却って怪しくて、疑惑の念を増加させたわ」
彼女の言っている事は、自分が思っていた事と全く同じである。
肯定の意味を込めて頷くと、彼女は僅かに口元を緩めた。
「私は、『paraíso』が本当に楽園で、祖母が幸せに暮らしているのであればそれでいいと思っているの。例え会えなくてもね」
彼女は寂し気な笑みを浮かべ、目を伏せると、そこで一旦、大きく息をつき、覚悟を決めたような力強い眼差しで俺ら三人の顔を見渡した。
「単刀直入に言うわ。あなた達に協力して貰いたいの」
何の脈略もなく放たれた言葉だというのに、その場にいた誰もが驚きを示す事は無い。
むしろ、彼女が俺と同じ立場であり、マスコミ関係者だと聞いた時点で、こちらからも協力を願おうと思っていたのだから、願ったり叶ったりだ。
俺達にとって、彼女と協力関係を結ぶことはメリットが大きい。
だが逆に、彼女は俺達に何を求めているのか。
焦らす訳ではないが、その点をきちんと説明して貰わなければ、こちらも素直に頷くことは出来ない。
俺達三人は押し黙ったまま、互いに顔を見合わせた後、腹の内を探るように視線を彼女へ向けた。
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