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episode 8
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緊張感が高まる中、俺達の不躾な視線を受け止めた米澤さんは、こちらの気持ちを察したらしく、ゆっくりと口を開いた。
「『paraíso』計画の秘密を暴く。それには、私一人の力では到底出来るものではないわ。かといって、メディア関係だけでなく、あらゆるところに政府の息がかかっている。協力を頼める人間がいるどころか、皆、『paraíso』には一切関わろうとしない。どこで誰が監視しているのかも分からないから、下手な動きをしようものなら、すぐに潰されるのが関の山」
彼女の話に、あの五月蠅い大介ですら口を挟まず、神妙な面持ちで聞いている。
『自分一人では無理』だと言う彼女の話は、言い換えれば、たかだか高校生風情が、気合いと行動力だけでどうにかできる問題では無いのだと、突きつけられている気がした。
相手は『政府』
要するに『国家』だ。
よくよく考えなくても、俺達はとんでもないものを相手にしようといているのだ。
知らず知らずのうちに拳に力が入り、じわりと額に汗が滲む。
「そ~んなおっかない事に、こ~んな平平凡凡な男子高生を巻き込もうっていう訳?」
重々しい空気を断ち切るかのように、お菓子を口いっぱいにいれたまま、間延びした声を上げるのは、やはりKY(空気破り)代表・代々木大介。
「っつかさぁ~。オネエサン。オレ、アッタマ悪いからさ。まどろっこしいことは抜きにして、もう、ちゃっちゃと本題に入って貰ってもいい?」
「おいっ! 大介、失礼だろっ」
「洋ちゃんも言ってたじゃん。このオネエサン、オレ達の事を調査したんでしょ? 普通さぁ、単なる高校生を出版社が勝手に調査するとか有り得なくね?」
お調子者でムードメーカー的な大介にしては珍しく、洋一郎の制止も聞かずに突っかかる。
「確かに、かっつんのジィちゃんはパライソだか何だかに連れて行かれちまったけど。そんな人間、日本全国にどんだけいるんだよって話。その人達全員に協力要請してるっつーわけ?」
なるほど。
大介が苛立っている理由は、協力して欲しいと言っておきながら、彼女が俺達の情報をどこまで仕入れ、何をさせたいのか具体的な話をせず、彼女自身の考えや苦悩。
そして、相手がどれだけ強大な力を持っているかという話が長くなりそうだからだな。
俺は、既にある程度、彼女からの電話で今回の話しの内容を聞いている洋一郎に視線をやると、仕方がないなというような表情で溜息を吐く。
「この間、僕が政府機密情報システムに侵入しただろ?」
「え? まさか、もうバレちゃったの?」
即座に反応する大介を一睨みする洋一郎は、「政府にバレていたら、とっくに僕達は消されてるよ」と、拗ねたように口を尖らせたものの、直ぐに話を元に戻す。
「バレたというべきか。上段社の社長さんの知り合いにシステムセキュリティを管理している人がいるみたいでね。正規ルートでの閲覧だっていうのに、おかしな細工を施してあるのに気が付いたらしくって」
「え? それってさぁ。洋ちゃんがバレないようにした細工が、むしろ仇になったっていう――」
「大介は五月蠅いよ」
ミスターパーフェクト。
完璧主義者である洋一郎の痛恨のミスに、ツッコみも茶化しも許されない。
絶対零度の眼差しを向けられたじろぐ大介。
二人のやり取りに、ずっと固い表情だった米澤さんも、ようやく小さな笑みを漏らした。
「そうよね。代々木君の言う通りだわ。ごめんなさいね。脅かすような事や私事ばかり話してちゃ、時間がいくらあっても足りないわね」
喉の調子を整えるかのように、「ん、んっ」と咳払いすると、姿勢を正した。
「私が三人を調査したのは、今、話にあったように、うちの社長の知り合いから、政府のシステムに侵入し、『paraíso』の情報を得た人物がいるという情報を得たからなの」
「その知り合いのセキュリティ管理者は、何故、政府に報告せずに、社長さんにだけそんな話をしたんです?」
普通に考えてみて、政府機密情報を守る人物ともあろう人が、得体の知れない何者かによって機密を知られたとなれば、即座に上に報告するのが義務の筈。
不思議に思って尋ねると、これまたおかしそうに笑い出す彼女。
「それが、私にもよくわからないのだけれど」
困ったような顔で前置きをしてから、管理者について知っていることを話し出した。
「その政府機密情報システムに侵入した人物はきちんと正規ルートを通っているのだから、政府関係者だと疑うところは全く無い。ということは、セキュリティもシステム自体にも何ら問題も無いのだから職務上、報告する義務が無いっていうのが彼の言い分」
確かに。
通り一遍の作業しかしていない管理者であったら、何の疑問も抱かず、そのまま問題ないものとして上に報告するだろう。
けれど彼は、何も問題ない筈だというのに、ある事を見つけてしまった――――
「ただ、さっき代々木君が言ったように、コンピューターシステムにかなり精通していなければ出来ないくらい精巧な細工が施されていたが為に、セキュリティ管理者は、侵入した人物に興味を持ってしまって……」
大介とのやり取りを見ていた米澤さんは、洋一郎の機嫌を損ねないよう、上手に彼の頭脳を褒めながらも、そこが災いしたのだと暗に含めた。
俺は、彼女の言わんとすることが分かり、つい口を挟む。
「別に調べなくてもいいのに、個人的な興味だけで調べたってことですか」
「そういう訳。個人の興味だけで調べた事をいちいち報告する程、政府に対して忠誠心がある訳でもない。むしろ、私達と同じで『paraíso』計画に反感を抱いていて、計画をぶっ潰してくれるような人間だったら協力したいと思って、犯人探しをしたらしいわ」
「で、そこから洋一郎へと繋がったって訳ですね」
彼女の話に割り込むようにして、自分の予想を口にすれば、その通りだと大きく頷く。
「禍を転じて福と為す。怪我の功名。塞翁が馬」
澄ました顔で小難しい言葉を並べる洋一郎の顔はどこか得意気だ。
それが何だか気に食わなくて、つい、「運が良かっただけだろ」とポツリと漏らせば、フンッと鼻を鳴らした。
「世の中には、予期せぬ事態なんていくらでもあるんだよ。僕の運が強いから、こうやって、同じ志を持つ人に出会えたわけだし」
ああいえばこう。
頭の回転が無駄にいい奴に、口で喧嘩を売っても負けるだけだ。
手前勝手な理屈とはいえ、あながち間違った事は言っていないだけに、大事に至らなかったミスで、これ以上、洋一郎を弄るのは時間の無駄だ。
「確かにな」
洋一郎の言い分に納得してやれば、満足気に口端を上げる。
賢い癖に、たまに子供じみたところがあるのが、玉に瑕であり、人間らしいところでもあるから憎めないんだよな。
俺達のやり取りを失笑しつつも、温かい目で見守っていてくれた米澤さんに、「すみません。話しが脱線しまくっちゃって」と頭を下げ、気になっている部分を口にした。
「その人は、洋一郎本人ではなく、なんでまた、米澤さんとこの社長さんに、この事を話したんですか?」
「そこが私にも分からないのよね」
あっけらかんとした米澤さんの態度に、俺達三人の、「は?」という間抜けな声がハモッた。
「いえね。正直、何故、その人が社長に話したのかは聞いていないのよ。社長は社長で、知り合いからの情報だとしか言わないし……」
ポカンとアホ面を晒している三馬鹿トリオな俺達に対し、眉間を寄せ目尻を下げる彼女は、「誤魔化す訳ではないけれど」という前振りをしてから、社長について詳しい説明をしだした。
彼女にとってだけでなく、俺達にとっても『彼』が重要なキーパーソンだということなのだろう。
素直に彼女の説明に耳を傾けた。
「社長の名前は、高瀬 守。彼の過去はよくは知らないけど、噂では、表にも裏にも、相当顔の効く人だっていうんだから、大体想像はつくわよね?」
まだ社会にも出ていない世間知らずな青臭い高校生であっても、彼女が言っている意味くらい分かる。
裏社会と言って、真っ先に思いつくのが暴力団。
暴力団といえど、抗争や暴力行為ばかりしているわけではないし、大きな収入源として薬物売買や違法賭博・風俗経営をしているものの、そればかりでもない。
頭脳派の構成員も多く、安定した収益を上げる為に、芸能界やマスコミだけでなく、土木や建築、IT企業、多くの産業に進出し、関わり合いを持っているのは周知の事実。
上段社の裏に……いや、上段社自体が、そういった世界に携わっていた人が設立した会社だとしても何ら不思議ではない。
しかし。
だからといって、自分達が世間の闇にどっぷり浸かった世界の人とこれから関わり合いになるだけでなく、協力し合うかといったら、出来れば、遠慮したいというのが本音である。
斜め横に座る洋一郎の表情を見れば、コイツだって俺と同じ考えなのだろう。
顔を強張らせ、下唇を噛みしめ目線を下に落としている。
米澤さんと協力するというのは、彼女の雇用主でる高瀬とも手を組むということ。
政治家の親を持つコイツは、俺なんかよりも、人との付き合いは慎重にならなければならない。
とりあえず、俺は米澤さんが知り得る全ての話を聞いた後で、今後どうするかを決めようと思った。
「『paraíso』計画の秘密を暴く。それには、私一人の力では到底出来るものではないわ。かといって、メディア関係だけでなく、あらゆるところに政府の息がかかっている。協力を頼める人間がいるどころか、皆、『paraíso』には一切関わろうとしない。どこで誰が監視しているのかも分からないから、下手な動きをしようものなら、すぐに潰されるのが関の山」
彼女の話に、あの五月蠅い大介ですら口を挟まず、神妙な面持ちで聞いている。
『自分一人では無理』だと言う彼女の話は、言い換えれば、たかだか高校生風情が、気合いと行動力だけでどうにかできる問題では無いのだと、突きつけられている気がした。
相手は『政府』
要するに『国家』だ。
よくよく考えなくても、俺達はとんでもないものを相手にしようといているのだ。
知らず知らずのうちに拳に力が入り、じわりと額に汗が滲む。
「そ~んなおっかない事に、こ~んな平平凡凡な男子高生を巻き込もうっていう訳?」
重々しい空気を断ち切るかのように、お菓子を口いっぱいにいれたまま、間延びした声を上げるのは、やはりKY(空気破り)代表・代々木大介。
「っつかさぁ~。オネエサン。オレ、アッタマ悪いからさ。まどろっこしいことは抜きにして、もう、ちゃっちゃと本題に入って貰ってもいい?」
「おいっ! 大介、失礼だろっ」
「洋ちゃんも言ってたじゃん。このオネエサン、オレ達の事を調査したんでしょ? 普通さぁ、単なる高校生を出版社が勝手に調査するとか有り得なくね?」
お調子者でムードメーカー的な大介にしては珍しく、洋一郎の制止も聞かずに突っかかる。
「確かに、かっつんのジィちゃんはパライソだか何だかに連れて行かれちまったけど。そんな人間、日本全国にどんだけいるんだよって話。その人達全員に協力要請してるっつーわけ?」
なるほど。
大介が苛立っている理由は、協力して欲しいと言っておきながら、彼女が俺達の情報をどこまで仕入れ、何をさせたいのか具体的な話をせず、彼女自身の考えや苦悩。
そして、相手がどれだけ強大な力を持っているかという話が長くなりそうだからだな。
俺は、既にある程度、彼女からの電話で今回の話しの内容を聞いている洋一郎に視線をやると、仕方がないなというような表情で溜息を吐く。
「この間、僕が政府機密情報システムに侵入しただろ?」
「え? まさか、もうバレちゃったの?」
即座に反応する大介を一睨みする洋一郎は、「政府にバレていたら、とっくに僕達は消されてるよ」と、拗ねたように口を尖らせたものの、直ぐに話を元に戻す。
「バレたというべきか。上段社の社長さんの知り合いにシステムセキュリティを管理している人がいるみたいでね。正規ルートでの閲覧だっていうのに、おかしな細工を施してあるのに気が付いたらしくって」
「え? それってさぁ。洋ちゃんがバレないようにした細工が、むしろ仇になったっていう――」
「大介は五月蠅いよ」
ミスターパーフェクト。
完璧主義者である洋一郎の痛恨のミスに、ツッコみも茶化しも許されない。
絶対零度の眼差しを向けられたじろぐ大介。
二人のやり取りに、ずっと固い表情だった米澤さんも、ようやく小さな笑みを漏らした。
「そうよね。代々木君の言う通りだわ。ごめんなさいね。脅かすような事や私事ばかり話してちゃ、時間がいくらあっても足りないわね」
喉の調子を整えるかのように、「ん、んっ」と咳払いすると、姿勢を正した。
「私が三人を調査したのは、今、話にあったように、うちの社長の知り合いから、政府のシステムに侵入し、『paraíso』の情報を得た人物がいるという情報を得たからなの」
「その知り合いのセキュリティ管理者は、何故、政府に報告せずに、社長さんにだけそんな話をしたんです?」
普通に考えてみて、政府機密情報を守る人物ともあろう人が、得体の知れない何者かによって機密を知られたとなれば、即座に上に報告するのが義務の筈。
不思議に思って尋ねると、これまたおかしそうに笑い出す彼女。
「それが、私にもよくわからないのだけれど」
困ったような顔で前置きをしてから、管理者について知っていることを話し出した。
「その政府機密情報システムに侵入した人物はきちんと正規ルートを通っているのだから、政府関係者だと疑うところは全く無い。ということは、セキュリティもシステム自体にも何ら問題も無いのだから職務上、報告する義務が無いっていうのが彼の言い分」
確かに。
通り一遍の作業しかしていない管理者であったら、何の疑問も抱かず、そのまま問題ないものとして上に報告するだろう。
けれど彼は、何も問題ない筈だというのに、ある事を見つけてしまった――――
「ただ、さっき代々木君が言ったように、コンピューターシステムにかなり精通していなければ出来ないくらい精巧な細工が施されていたが為に、セキュリティ管理者は、侵入した人物に興味を持ってしまって……」
大介とのやり取りを見ていた米澤さんは、洋一郎の機嫌を損ねないよう、上手に彼の頭脳を褒めながらも、そこが災いしたのだと暗に含めた。
俺は、彼女の言わんとすることが分かり、つい口を挟む。
「別に調べなくてもいいのに、個人的な興味だけで調べたってことですか」
「そういう訳。個人の興味だけで調べた事をいちいち報告する程、政府に対して忠誠心がある訳でもない。むしろ、私達と同じで『paraíso』計画に反感を抱いていて、計画をぶっ潰してくれるような人間だったら協力したいと思って、犯人探しをしたらしいわ」
「で、そこから洋一郎へと繋がったって訳ですね」
彼女の話に割り込むようにして、自分の予想を口にすれば、その通りだと大きく頷く。
「禍を転じて福と為す。怪我の功名。塞翁が馬」
澄ました顔で小難しい言葉を並べる洋一郎の顔はどこか得意気だ。
それが何だか気に食わなくて、つい、「運が良かっただけだろ」とポツリと漏らせば、フンッと鼻を鳴らした。
「世の中には、予期せぬ事態なんていくらでもあるんだよ。僕の運が強いから、こうやって、同じ志を持つ人に出会えたわけだし」
ああいえばこう。
頭の回転が無駄にいい奴に、口で喧嘩を売っても負けるだけだ。
手前勝手な理屈とはいえ、あながち間違った事は言っていないだけに、大事に至らなかったミスで、これ以上、洋一郎を弄るのは時間の無駄だ。
「確かにな」
洋一郎の言い分に納得してやれば、満足気に口端を上げる。
賢い癖に、たまに子供じみたところがあるのが、玉に瑕であり、人間らしいところでもあるから憎めないんだよな。
俺達のやり取りを失笑しつつも、温かい目で見守っていてくれた米澤さんに、「すみません。話しが脱線しまくっちゃって」と頭を下げ、気になっている部分を口にした。
「その人は、洋一郎本人ではなく、なんでまた、米澤さんとこの社長さんに、この事を話したんですか?」
「そこが私にも分からないのよね」
あっけらかんとした米澤さんの態度に、俺達三人の、「は?」という間抜けな声がハモッた。
「いえね。正直、何故、その人が社長に話したのかは聞いていないのよ。社長は社長で、知り合いからの情報だとしか言わないし……」
ポカンとアホ面を晒している三馬鹿トリオな俺達に対し、眉間を寄せ目尻を下げる彼女は、「誤魔化す訳ではないけれど」という前振りをしてから、社長について詳しい説明をしだした。
彼女にとってだけでなく、俺達にとっても『彼』が重要なキーパーソンだということなのだろう。
素直に彼女の説明に耳を傾けた。
「社長の名前は、高瀬 守。彼の過去はよくは知らないけど、噂では、表にも裏にも、相当顔の効く人だっていうんだから、大体想像はつくわよね?」
まだ社会にも出ていない世間知らずな青臭い高校生であっても、彼女が言っている意味くらい分かる。
裏社会と言って、真っ先に思いつくのが暴力団。
暴力団といえど、抗争や暴力行為ばかりしているわけではないし、大きな収入源として薬物売買や違法賭博・風俗経営をしているものの、そればかりでもない。
頭脳派の構成員も多く、安定した収益を上げる為に、芸能界やマスコミだけでなく、土木や建築、IT企業、多くの産業に進出し、関わり合いを持っているのは周知の事実。
上段社の裏に……いや、上段社自体が、そういった世界に携わっていた人が設立した会社だとしても何ら不思議ではない。
しかし。
だからといって、自分達が世間の闇にどっぷり浸かった世界の人とこれから関わり合いになるだけでなく、協力し合うかといったら、出来れば、遠慮したいというのが本音である。
斜め横に座る洋一郎の表情を見れば、コイツだって俺と同じ考えなのだろう。
顔を強張らせ、下唇を噛みしめ目線を下に落としている。
米澤さんと協力するというのは、彼女の雇用主でる高瀬とも手を組むということ。
政治家の親を持つコイツは、俺なんかよりも、人との付き合いは慎重にならなければならない。
とりあえず、俺は米澤さんが知り得る全ての話を聞いた後で、今後どうするかを決めようと思った。
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