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episode 8
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ニッコリとした笑顔の裏に、黒さを垣間見せる米澤さんは、視線の先にいる嫌そうな顔をした迷える子羊ならぬ、戸惑う子犬に対してターゲット・ロック・オン!
目を輝かせながら、マシンガントークを炸裂させる。
「代々木 大介。チンチョウ……ちょっと。君達が変な想像するから、私まで噛んじゃったじゃないっ。あははは」
間違いなく、わざとですね。はい。
キャラが迷走中の米澤さんではあるけれど、多分、こっちが素なのだろう。
サバサバしてざっくばらんな性格。
女の色気ムンムンだったり、変にお堅い人よりは話しやすくていいけれど、この人、絶対、俺達みたいな純粋な男子高校生をからかってニヤニヤするタイプ――――俺らの母親世代に流行ったと言われる、オヤジギャル(死語)の匂いがする。
自分が彼女の注目から離れた時点で、生贄となった親友を、まるで他人事のように見つめて、冷静に話しを聞く洋一郎と目が合えば、「次はお前の番だぞ」と、声を出さずに口だけを動かしてニヤリと笑いやがる。
チッと小さく舌打ちをし、どこまで俺達の情報を知っているのかだけでなく、自分の番に向けての心構えをするつもりで彼女の話に耳を傾けた。
「身長は168cmと、背が高い訳ではないけれど、運動神経は抜群で、どこの部にも所属していないのに、何故か、あらゆる大会でその名を轟かせている。小学校三年生の時には、あの有名な男性アイドルグループばかりを輩出しているジョニーズ事務所にスカウトもされてるわよね……それに……」
ここまでは普通だ。
ちょっと調べれば、すぐに分かるくらいの情報だ。
だが、しかし。
彼女の目がキラリと光る。
これは――ここからが――ヤバイ。
「この可愛い顔立ちのせいか、私服の時だと女の子に間違われるケースも少なくなく。つい先月も、中年男性から痴漢にあったとか。あとは、ゴリマッチョ系の先輩からも、熱烈な――」
ほらきた。
目の前で嬉々とした表情で話す女性と、「わー」だの「やめてぇ」だの、顔を真っ赤にして彼女の口を手で塞ごうとしている子ザルとを交互に見て、思わずため息が漏れた。
「で、ここからが肝心。代々木 善市。元々は北海道出身で知里家の次男。獣医を目指して北山大学に入学したものの、そこで嫁である和子と出会い、交際へ発展。和子との将来を考え、夢よりも安定収入を選び、明和製薬株式会社に入社。結婚と同時に和子の実家・代々木家の婿養子となる。現在、セルフメディケーション臨床開発部所属」
スラスラと一言もつっかえることなく言い切った彼女の話の内容は、大介ですら知らない事実まで含まれていた。
「えぇ? オヤジ、獣医目指してたの?」
目をパチクリさせながら、初めて知ったといった表情で声を上げる大介に、「そうみたいよ?」と、得意気に鼻を鳴らす。
「ただ、今更獣医に方向転換するには、既に時間も経ちすぎているし。明正製薬の中でも重要なポストに就いているから、その夢は潰えてしまったみたいだけどね」
彼女の言う通り。
大介の父親は製薬会社で、栄養ドリンクやサプリメントの開発チームでチーム長を務めている。
「きっと、北海道の大自然の中で育ったお父様は、本当に動物が好きなのね。だから、獣医になれなくとも、動物と接していたい。だから、君の家には沢山の動物が飼われているんでしょう?」
彼女の言葉にハッと息を飲む。
大介の家の庭には、真っ白な毛並の秋田犬が一匹いる。
その名も梵天丸。
通称、ボン。
戦国武将の幼名でもある名前に負けず劣らず、賢く、力強い犬である。
大型犬なので、その存在感は半端ない。
俺達と会う前に、各家を見て回って来たとしたら、ボンの姿を目にしているのは当然だ。
だが、一度も会ったこともなければ何の縁も所縁もない彼女を、大介の母親が家に上げる訳はない。
それにも関わらず、彼女は「犬を飼っているわよね」ではなく、「沢山の動物が飼われている」と断定したのだ。
事実、代々木家の庭にはボンしか居ないものの、家の中にはウサギもいれば、モモンガやミミズクもいる。
善市さんの作った特別室は暗室になっており、特殊な爬虫類や熱帯魚を趣味で飼育している。
このことは代々木家の友人知人の中でも、ごく一部の人間にしか知られていない部分である。
「他にも知っているってことと言ったら、代々木君も、お父様の血筋のせいかしら。動物ではないけれど、昆虫に関してはかなりマニアックよね?」
俺達に更なる緊張感が走る。
この女は、一体どこまで知っているのか怖い。
生唾を飲み込み、押し黙ったままでいると、俺達が自分に対して畏怖の念を抱いているのを感じ取ったのか、静まり返った空気を一気に跳ね返すかのように、おちょくるような声を出した。
「ま、いっくら昆虫マニアとはいえども、全国学力テストの成績は~……」
「わーっ! ちょっ。やめっ! やめてってばっ」
大慌ててで彼女に飛び掛かり、自分の手で彼女の口を必死になって押さえる大介のあまりの必死さに、俺も洋一郎も大笑い。
「つか、お前の成績なんて、下から数えた方が早いってことは、周知の事実だから、調べなくったって、すぐに分かるさ」
「ちょ。かっつん、それは酷いっ」
「いやいや。大体、テストに出そうなところを教えても、間違えるようなヤツだからな。お前は。世の中のテストにマイナスが無かっただけ、儲けもんだぞ」
「なっ! 洋ちゃん、期末テストの事、まだ根に持って――」
パンッパンッ
柏手を打つような渇いた音が部屋中に反響する。
音の元を辿れば、右頬の横に両手を重ね合わせたまま薄ら笑顔の米澤さん。
彼女は口元にニンマリとした笑みを浮かべ、三日月形に細めた目を俺に向けていた。
目を輝かせながら、マシンガントークを炸裂させる。
「代々木 大介。チンチョウ……ちょっと。君達が変な想像するから、私まで噛んじゃったじゃないっ。あははは」
間違いなく、わざとですね。はい。
キャラが迷走中の米澤さんではあるけれど、多分、こっちが素なのだろう。
サバサバしてざっくばらんな性格。
女の色気ムンムンだったり、変にお堅い人よりは話しやすくていいけれど、この人、絶対、俺達みたいな純粋な男子高校生をからかってニヤニヤするタイプ――――俺らの母親世代に流行ったと言われる、オヤジギャル(死語)の匂いがする。
自分が彼女の注目から離れた時点で、生贄となった親友を、まるで他人事のように見つめて、冷静に話しを聞く洋一郎と目が合えば、「次はお前の番だぞ」と、声を出さずに口だけを動かしてニヤリと笑いやがる。
チッと小さく舌打ちをし、どこまで俺達の情報を知っているのかだけでなく、自分の番に向けての心構えをするつもりで彼女の話に耳を傾けた。
「身長は168cmと、背が高い訳ではないけれど、運動神経は抜群で、どこの部にも所属していないのに、何故か、あらゆる大会でその名を轟かせている。小学校三年生の時には、あの有名な男性アイドルグループばかりを輩出しているジョニーズ事務所にスカウトもされてるわよね……それに……」
ここまでは普通だ。
ちょっと調べれば、すぐに分かるくらいの情報だ。
だが、しかし。
彼女の目がキラリと光る。
これは――ここからが――ヤバイ。
「この可愛い顔立ちのせいか、私服の時だと女の子に間違われるケースも少なくなく。つい先月も、中年男性から痴漢にあったとか。あとは、ゴリマッチョ系の先輩からも、熱烈な――」
ほらきた。
目の前で嬉々とした表情で話す女性と、「わー」だの「やめてぇ」だの、顔を真っ赤にして彼女の口を手で塞ごうとしている子ザルとを交互に見て、思わずため息が漏れた。
「で、ここからが肝心。代々木 善市。元々は北海道出身で知里家の次男。獣医を目指して北山大学に入学したものの、そこで嫁である和子と出会い、交際へ発展。和子との将来を考え、夢よりも安定収入を選び、明和製薬株式会社に入社。結婚と同時に和子の実家・代々木家の婿養子となる。現在、セルフメディケーション臨床開発部所属」
スラスラと一言もつっかえることなく言い切った彼女の話の内容は、大介ですら知らない事実まで含まれていた。
「えぇ? オヤジ、獣医目指してたの?」
目をパチクリさせながら、初めて知ったといった表情で声を上げる大介に、「そうみたいよ?」と、得意気に鼻を鳴らす。
「ただ、今更獣医に方向転換するには、既に時間も経ちすぎているし。明正製薬の中でも重要なポストに就いているから、その夢は潰えてしまったみたいだけどね」
彼女の言う通り。
大介の父親は製薬会社で、栄養ドリンクやサプリメントの開発チームでチーム長を務めている。
「きっと、北海道の大自然の中で育ったお父様は、本当に動物が好きなのね。だから、獣医になれなくとも、動物と接していたい。だから、君の家には沢山の動物が飼われているんでしょう?」
彼女の言葉にハッと息を飲む。
大介の家の庭には、真っ白な毛並の秋田犬が一匹いる。
その名も梵天丸。
通称、ボン。
戦国武将の幼名でもある名前に負けず劣らず、賢く、力強い犬である。
大型犬なので、その存在感は半端ない。
俺達と会う前に、各家を見て回って来たとしたら、ボンの姿を目にしているのは当然だ。
だが、一度も会ったこともなければ何の縁も所縁もない彼女を、大介の母親が家に上げる訳はない。
それにも関わらず、彼女は「犬を飼っているわよね」ではなく、「沢山の動物が飼われている」と断定したのだ。
事実、代々木家の庭にはボンしか居ないものの、家の中にはウサギもいれば、モモンガやミミズクもいる。
善市さんの作った特別室は暗室になっており、特殊な爬虫類や熱帯魚を趣味で飼育している。
このことは代々木家の友人知人の中でも、ごく一部の人間にしか知られていない部分である。
「他にも知っているってことと言ったら、代々木君も、お父様の血筋のせいかしら。動物ではないけれど、昆虫に関してはかなりマニアックよね?」
俺達に更なる緊張感が走る。
この女は、一体どこまで知っているのか怖い。
生唾を飲み込み、押し黙ったままでいると、俺達が自分に対して畏怖の念を抱いているのを感じ取ったのか、静まり返った空気を一気に跳ね返すかのように、おちょくるような声を出した。
「ま、いっくら昆虫マニアとはいえども、全国学力テストの成績は~……」
「わーっ! ちょっ。やめっ! やめてってばっ」
大慌ててで彼女に飛び掛かり、自分の手で彼女の口を必死になって押さえる大介のあまりの必死さに、俺も洋一郎も大笑い。
「つか、お前の成績なんて、下から数えた方が早いってことは、周知の事実だから、調べなくったって、すぐに分かるさ」
「ちょ。かっつん、それは酷いっ」
「いやいや。大体、テストに出そうなところを教えても、間違えるようなヤツだからな。お前は。世の中のテストにマイナスが無かっただけ、儲けもんだぞ」
「なっ! 洋ちゃん、期末テストの事、まだ根に持って――」
パンッパンッ
柏手を打つような渇いた音が部屋中に反響する。
音の元を辿れば、右頬の横に両手を重ね合わせたまま薄ら笑顔の米澤さん。
彼女は口元にニンマリとした笑みを浮かべ、三日月形に細めた目を俺に向けていた。
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