Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 9

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「俺達が島にですか?」
「って、島に連れて行く理由と、政府の関係者と何が関係あるわけ?」
「ちょっと……ちょっと待ってください。流石に僕も貴女の言っている事がイマイチよく理解出来ませんよ」

 たった一つの爆弾音で多くの人間が恐怖に叫び混乱するように、たった一言で頭の中が大混乱に陥った俺達は各々が思い思いの意見を口走る。
 互いが互いの話に耳を傾けることなく、「島には政府の許可がなければ入れませんよ?」「一体、どうやって島に?」「それより、俺達があなた方と一緒に島に行く理由って何なわけぇ?」と、米澤さん一人に対して集中砲火。
 口を挟む隙を与えず、ひっきりなしに喚く俺達に挟まれた彼女は、キョロキョロとあっちにこっちにと視線を忙しなく動かし、口をポカンと開けて呆気にとられていたものの、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
 口を閉じ、キュッと引き締めると、右手の拳を強く握りしめ、テーブルの上に思いっ切り叩きつけた。

 ダンッ!
 ガチャンッ!

 テーブルが大きく揺れ、ティーカップが飛び上がり、ソーサーとぶつかり合う。
 俺達はハッとなって思わず言葉を飲み込み、彼女を凝視する。
 首を右、左、真正面へと素早く動かすと同時に、一人一人の顔をねめつけ、ギリリと奥歯を噛みしめた。

「三人同時に喋るなっ! 人の話は最後まで聞けぇっ!」

 室内に女性とは思えないドスの利いた怒声が響いた。

「か、克也っ! あんた達、一体なにやっ――」
「あ、お母様。大丈夫ですぅ~。ディスカッションが白熱しているだけですからぁ~。うるさくしてすみません」

 階下から、ドタドタと慌てたような足音と共に、母親の焦った声が聞こえれば、すかさず猫撫で声で対応する米澤さん。

「あら、そうだったんですね。それなら……どうぞ、ごゆるりと~」

 まんまと彼女の演技に騙された母親は、暢気な声で返事をする。
 扉で母親の姿は見えないものの、営業用の声を出す為、無意識に造られた笑顔を張りつけたまま固まっていた米澤さんは、ゆっくりと遠ざかる足音を確認すると、スッと表情を失くした。

 いやいや。米澤さん。
 貴女、キャラ変わり過ぎでしょう!
 女心は秋の空とは言うけれど、貴女の場合は何十人格なんだよっていうぐらいの変わり様だよっ!

 俺達に見せた般若の顔を180度変化させて仏の顔になったと思いきや、今度は能面のような表情を見せる彼女にある種の恐怖を感じ、「この人は怒らせてはいけない」と、洋一郎と大介に目配せをすれば、彼らも同じものを感じたようで、瞬き一つで頷きを示した。
 大人しく黙ったまま目線を下げテーブルを見つめる形で硬直したまま、誰が米澤さんに話しを促すか、互いに視線で押し付け合いをしていると、コホンッと一つ咳払いするのが聞こえた。
恐る恐る視線だけを音のする方へ向けると、目を据わらせたキーパーソンが「やっと、こっちを見た」と不気味な笑みを浮かべた。

「大人しくなったことだし、簡単に説明するわね」

 どうやら不気味に見えたのは、彼女の豹変ぶりに驚いた先入観からそう見えただけで、当の本人は俺達が話しを聞く体勢になるのを待っていただけのようだ。

「まず一つ。今回、島に行く表向きの理由は、政府から“『paraíso』施設に関してのイメージアップとなる記事を書いてくれ”という依頼があり、その取材の為よ」

“政府からの依頼”

 そうだった。
 今までだって、新聞やテレビ、一部週刊誌等で、定期的に島に連れて行かれた人々の生活風景や、街並み、施設の一部が取材され、報道されてきた。
 それらは全て、『楽園』という噂を肯定し、希望を抱かせるのに充分なほど、インタビューを受けた人の笑顔や幸せそうなコメント、綺麗に整備され、様々な設備が完備された住居や施設が映し出され、記事にされていた。
 米澤さんも出版社の人間。
 そういった依頼を受けることがあってもおかしくはない。

 特に、今回の島内に起きた伝染病の発症。
 世間一般には知れ渡る事のない情報ではあるが、政府の事だ。
 もし、いつ何時、その件が世間に知れ渡ったとしても、その後で島に上陸した人間が、平和に暮らす人々の姿を報道すれば、却って、“島は政府の完全なる保護の下、伝染病への対策もどこよりも早く、安全である”事が、広く知れ渡り、『paraíso』への期待と安心が増すだろう。
 今回、上段社に政府が依頼したのは、完全な『楽園』アピールだ。
 彼女や撮影部隊が政府から正式に島への通行手形を貰い、正々堂々と正面から島に入れるというのは理解出来た。

 だが、俺達のような出版社と何ら関係のない高校生を、どんな理由で一緒に連れて行けるというのか?
 訝しんでいるのは俺だけでは無い。
 洋一郎も、そして、難しい話は分からない大介も野生の勘が働いているのか、顔をしかめている。

「何渋い顔しているのよ。あ、もしかして、取材で島に行くのなら、俺達なんか連れて行ける訳ないだろって思ってるの?」

 俺らの疑問を簡単に打ち消すかのような明るい声。
 彼女の“あんた達、何いらぬ心配しちゃってんの?”的なあっけらかんとした態度と物言いに面食らう。

「今まで報道されてきたものって、政府要人やマスコミの人間だけが島へ行って取材をしたものばかりなのよ」
「はい。それは知っていますよ」

 流石は洋一郎。
 ニュースや新聞を日々、網羅しているだけはある。

「だから、国民の殆どが幸せな老後を信じていても、一部では、私やあなた達のように、この報道に疑惑の念を抱く人も少なくないの。こんな美味しい話、絶対に裏があるってね」
「それと俺らと何の関係が?」

 俺の問い掛けに、彼女はニヤリと口端の片方を上げた。

「今回は、何の先入観もない高校生の目から見た、島の様子や『paraíso』施設に対しての生の声っていうのを中継し、記事にするの。これは、島や施設、この計画自体の安全性、利便性、そして、必要性だけでなく、国民に対し、島に連れて行かれた人が幸せに暮らしているというアピールと、老後へと期待を高め、そんな素晴らしいシステムを創り上げた政府の支持率アップを図ろうという意図があるワケ」
「それで俺達を?」
「ええ。一般の高校生って言っても、政府としては、本当に何も知らない、何も関係のない一般人を使うのを歓迎しないの」

 彼女はテレビのクイズバラエティ番組を例に挙げた。
 お笑い芸人が実は物凄い知識人で、問題をどんどん回答し、インテリアナウンサーを押しのけ優勝したりするのも、最初から台本があって、入念な打ち合わせの上で組み立てられたデキレース。
 それをお茶の間の視聴者は、信じちゃう人もいれば、ヤラせだと分かり切っていても楽しんでいる。
 映画だって、一般エキストラを募集している癖に、その殆どは売れない劇団員やタレント。
 報道だって、決して自由ではない。
 各国それぞれの政権や政府、大統領等の都合のいいように作られる。
 その為には、色々な【仕込み】と【仕掛け】がしっかりと施されているのだと説明した。

「だからね、政府としても、きちんと自分達の望む通りの言動をしてくれる人間じゃなきゃダメなの。それと、本当に何も知らない一般人では口が軽いし、責任感も無い。遊び気分で島に来られちゃマズイ……」
「だから、身内が政府と関わっていて、ある程度、状況を把握出来ている高校生が必要だったって事ですか」
「ビンゴッ!」

 話しの途中で結論を述べた洋一郎に向かって、指を鳴らして銃の形にし、打ち出すような仕草で指差した。

「政府と関係している人間が身内にいるという事は、ある意味、人質をとっているも同然。自分の言動次第で、身内がどんな処罰を受けるか分からないのだから、言われた通りのことをするしかない。興味本位で身勝手な行動も出来なければ、本土に戻ってから、周りに島のことを下手に喋る事も出来ない」
「それだけじゃありませんよね?」
「ふふふ……頭のいい子はこれだから困るわね」

 含んだような笑みを漏らしながら、ちっとも困っているような顔をせずに言う。

「洋ちゃん、どういうこと?」

 大介が聞くのも無理はない。
 俺だって、彼女が俺達を選んだ理由は、今までの話で理解出来た。
 だが、その他にまだ何があるんだって言うんだ?
 大介と同じく、俺も二人の顔を交互に見つめる。
 少し怒りを含んだ目をした洋一郎と、その視線を受けても、シレっとした態度でいる米澤さん。
 二人の間でしばらく沈黙が流れ、何も分かっていない俺と大介にとっては、何とも居心地の悪い空気が流れる。
 そんな空気を一瞬で断ち切ったのが、洋一郎の方だった。

「この人は、もしもの時には、逆に俺達を人質か盾にして、何かしらの強硬手段に出るつもりなんだよ」
「は?」
「えぇっ? オレ達を?」

 予想だにしていない答えに、声が裏返る。

「オレんち、そんな金持ち一家じゃないよ? 人質にされたって、身代金なんて微々たるものだよ?」

 テンパリすぎておかしな言動を口走る大介に、冷静に「ソレ。人質じゃなくて誘拐の場合な」と、ツッコみを入れる洋一郎。
 訳も分からず、ただ、今の言葉が信じられずに言葉を発する事が出来ない俺。
 目を見開いたまま、米澤さんの顔を穴が開くほどガン見すれば、彼女は肩を竦めてこう言った。

「百瀬くんの言う通り。外交官の息子に、軍事機密研究所のチーム長の弟。政府をズブズブの関係の明和製薬の主要メンバーの息子の三人が私達の手中にあれば、いざという時、私達の重要なコマになるでしょ?」

 悪びれる様子もなく、平然と言ってのける彼女の。
 今にも泣きそうな表情を見れば、自分を利用とした人間に対して、腹の底から込み上げて来る怒りですら、消火させざるをえない。
 彼女達だって、同じ立場である俺を利用したくはないのだ。
 だが、自分の祖母を助ける為。
 自分の目で確かめた挙句に、この計画そのものが、彼女や俺達が予想したものであった時に、どんな手段を使っても、施設や島だけでなく、『paraíso』計画そのものを壊滅させる為に強硬措置を取るのは当たり前だ。
 それが、どんな犠牲を払ったとしても、今後の日本の未来の為には心を鬼にするほかは無いのだと、彼女の瞳が訴えていた。
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