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episode 9
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張り詰めた弓のような雰囲気に耐えきれずに一つ息を吐くと、米澤さんは突き刺すような視線を大介に向ける。
「代々木君。私にさっき言った事覚えている?」
「ほへ?」
大介の頭の中は、既に米澤さんに弄られたことぐらいしか覚えていないのは、このすっ呆けた間抜ヅラからも良く分かる。
かくいう俺も、わざわざ彼女が確認する程重要な話しを大介がしていただなんてことは、まったくもって思い出せないどころか、思い当たる節すらない。
斜め横に座る俺らのbrain役の洋一郎ですら、ポカンッとしている。
「あら。忘れたの? こんなおっかない事に、平平凡凡な男子高生を巻き込むのかって、怒っていたじゃない。あと……そうそう! 自分の肉親を『paraíso』に収容された人なんてごまんといるのに、その人達全員に協力要請しているのかって息巻いてたわよね?」
あ~。その事か。
話し合いの開始直後、彼女の身の上話しが長くなりそうで、彼女の手の内と肝心の本題が見えず、つい苛々して口を衝いて出た言葉。
大介の本音の部分だ。
そういえば、この件に関しては彼女から未だに説明はない。
「『paraíso』に収容された人の肉親、知人が全て、この計画に疑問を抱いている訳でないわ。むしろ、国民の殆どが、情報操作され、『楽園』と名付けられた島を、老後の希望としている。その事はこの国の平和を保つ一部分の役割を果たしている訳だし、まだ確証も無い話で国内を混乱に陥れようとは思っていないわよ」
「ってことは、協力要請はごく一部の人間にしかしていないって事ですね」
「ごく一部というか、一般人には協力要請なんてしていないわ」
「「「はぁ?」」」
面白いぐらいに俺達三人の声が見事にハモった。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ、オネエサン」
「何よ。その、一昔前に流行った芸人みたいな言い方は」
焦ってどもる大介に対して苦笑するものの、古い芸人扱いされたことすら気にならない勢いで、テンパッた状態の彼はテーブルにバンッと両手をついて身を乗り出す。
想像以上の大きな音と、ティーカップがその震動でガチャリッと音を立てる。
俺達だけでなく、音の元である大介本人も両肩を大きく上げて驚きを示したが、特にカップが倒れたり割れたりしていないことを確認すると直ぐに気を取り直した。
「一般人に協力要請はしていないって、じゃあ、オレ達の所にわざわざやって来たのはどうしてなの?」
俺達だって一般人だ。
だが、米澤さんは、前もって洋一郎に連絡をし、俺達全員に会いに来ている。
その理由は、彼女自身が「協力して欲しい」とハッキリ言ったように、『paraíso』に関しての協力要請。
俺達としても、彼女との利害は一致しているし、お互いが仲間になるというのとはちょっと違うが、ある種の同盟を組むことには賛成している。
けれど、彼女は今、「一般人には協力要請をしない」と明言した。
これでは俺達に言っていることと矛盾している。
俺達の真剣な眼差しを受け、彼女も真摯な態度で答えてくれるかと思いきや、「ほへ?」と、思いっきりアホな声を出したかと思えば、急に大きな声で笑いだした。
「ちょ、ちょっと、あなた達。今までの私の話をちゃんと聞いてたぁ~?」
真面目な話しの途中で爆笑しだす彼女に、怒りを感じるよりも、ただただ唖然としたまま見つめていると、彼女はしばらくして笑い止み、目尻に溜まった涙を指で拭いながら、逆に質問し返してきた。
「あのねぇ。あなた達のどこが一般人なのよ?」
腕組みをし片眉を上げる彼女は俺達同様に座っているというのに、顎をクイッと上げているせいかどうも見下ろされているような錯覚を受ける。
しかも、態度はドエロ……じゃない、ドLだ。
SM嬢の女王様のように、ネットリとした物言いにたじろぎながらも、「いや、どう考えても一般ピーポーでしょ?」と、震える子犬のように答えた大介は天晴れだ。
俺も洋一郎も、こういう雰囲気の女性には免疫が無い。
下手に絡まれても、対応キャパオーバーだ。
よぉしよし。大介よ。このまま米澤嬢の攻撃を俺達の代わりに受けるがいい!
骨はしっかり拾ってやる。
無表情・無関心に徹した腹の底では、彼女のターゲットが大介に絞られたことにガッツポーズをしているのは俺だけじゃない筈。
「ピーポーって。peopleでしょう?」
クスクス笑いながら、しっかり発音を訂正し、冷静にツッコむことを忘れないのは流石は業界人といったところか。
「偶然とはいえ、仲良し三人組の三人全員が、身内に政府と関係する人がいるなんて、どう考えても一般的ではないでしょう?」
「はぁ? 洋ちゃんとかっつんは分かるけど、オレんちは全く関係ないじゃんかっ」
「なぁに言っているの。製薬業界っていうのは、政界ともかなり深い関係があるのよ」
「え? 嘘!」
両手で両頬を押さえ、大昔の漫画家の巨匠が書いた、法外な額の報酬と引き換えにあらゆる難手術を成功させる、モグリの天才外科医の助手役の少女が驚く時の口癖で「アッチョンプリケ」と言うときのような仕草で叫んだ。
お茶目な大介など眼中に無く、さらりと彼の行動をスルーする米澤さんは、落ち着いた口調で製薬会社と政府との結びつきを説明する。
「嘘言ってどうするのよ。世界的に、毎年毎年新しいウィルスやバクテリアが発見され、新薬の開発、特許争いは熾烈をきわめているでしょう? だから政府は、医療拠点を通じ製薬会社に患者情報を速やかに提供することで、新薬実用化までの時間をできるだけ短くしようとしている訳だしね」
「思い出しましたよ。今、I国がSARSコロナウィルスから更に新型へと進化させたMARSコロナウィルスや超越炭疽菌という新たなるウィルスを誕生させ、世界各国で生物兵器テロを引き起こしている。その新型ウィルスのワクチン開発を政府直々に依頼している製薬会社が明正製薬だった筈」
米澤さんの説明を聞いただけで、何日も何カ月も前にニュースで報道していたであろう情報を的確に自分の頭から抜き出す洋一郎。
コイツの頭ん中をいっぺん覗いてみてぇよ。
一体どういう構造になっているんだか……同じ人間とは思えねぇ。
ある種の尊敬と驚きの入り混じった眼差しを向ければ、大介は、「うわっ! マジかよ。俺、父ちゃんの会社の事、全く知らないや」と騒ぎだし、米澤さんはというと、俺を同く感心したように唸った。
「その話し、二カ月以上も前のことよ? ニュースでも、ほんの僅かな枠でしか取沙汰されていなかったし、ワクチンが完成している訳でもないから、あれから全く、その話題がニュースで流れた事なんて無かった。なのによく思い出した……というよりも、よく知っていたわね」
「毎日、新聞やネットニュースで政治、経済、医療、それと国際関係に関しては全てチェック入れてるんで」
「成程ね」
至って普通の口調で話してはいるが、洋一郎の顔はどこか得意気。
周りから褒められたり、感心されたりすると、直ぐに調子に乗る癖だけを何とかすれば、最高にカッコいい男なんだけど……ソコだけが残念なんだよな。
洋一郎のドヤ顔に失笑するも、その得意満面な顔を驚きのものへと変える爆弾発言を米澤さんが口にした。
「ま、それだけじゃなく、先日、あの島で伝染病が発生したの。今は、一応沈静化しているみたいなんだけれど、再発防止の為に、政府から特効薬の開発の指示を出されたのも明和製薬なの」
「はぁ? なんだって? 島で伝染病って、どういう事だよっ!」
彼女の発言に一番取り乱したのが俺。
『paraíso』計画とは、表向きは高齢化社会問題対策と銘打った、その実態は軍事生物兵器の開発及び、人体実験であり、あの島の中で、それが行われていると話していたところで、まさかの伝染病が流行っていたという発言。
俺達が見た、“人間をゾンビ化させる薬”に副作用があったのか、それとも、施設から薬品が洩れ、普通の生活をしている人々の体内にも薬が浸透してしまったのか。
とにかく、生物兵器絡みのトラブルだと考えてしまうのは当たり前だろう。
死亡者云々は分からないが、それでも多大な被害が出ているだろうことは安易に予測出来る。
しかも政府も報道機関も、島で伝染病が流行しただなんていう事実を発表していない。
明らかに『不都合な事実』を隠蔽しているとしか考えられない。
掴みかかる勢いで彼女に食いつけば、「落ち着いてっ! 今は沈静化してるんだからっ」と、冷静に切り返される。
「いい? 私だって島の現状は分からないわ。ただね、まず言いたいのは、明和製薬が政府に特効薬の作成を依頼されたっていうことは、軍事兵器とは全く関係のない病気だとも考えられるわ」
「確かにそうだよ。克也が心配して声を荒げる必要は無いように思う」
俺と米澤さんのやり取りを見ていた洋一郎が口を挟む。
「もし、軍事関係の研究施設から漏れた薬品や、生物兵器絡みの細菌やウィルスが島にいる人々を冒したとしたら、民間の製薬会社なんかに協力を求めたりせず、秘密裡に全てを処理する筈」
「秘密裡に処理?」
「ああ。一般人には誰にも分からないようにね。それに、自分達が開発したウィルスや薬なんだ。自分達がワクチンや中和剤のような物が作れなくてどうするんだよ」
言われてみれば確かにそうだ。
民間の製薬会社なんかよりも、遥かにエリート揃いの研究所だ。
自分達の不祥事をみすみす民間企業に晒した挙句に、その尻ぬぐいをしてもらうだなんてことは、彼らのプライドが許さないだろう。
だとすれば、彼女の言う通り、軍事兵器とは何ら関係なく、単なる伝染病に過ぎないのかもしれない。
「実際のところ、どんな病気かも私達も掴めていない。でも、ここで重要なのは、政府直々に特効薬の開発依頼を出されたのは明和製薬のみ。しかも、徹底した密約の元でね」
そんな風に予防線を張られてしまえば、これ以上、彼女に対して詰め寄っても新たな情報が出て来る訳ではないと、押し黙るしかない。
ただ、これで俺達三人全員の身内が政府と大なり小なり。何らかの関わり合いがあるというのが決定的になった。
「君もしっかり繋がりのある人間の息子な訳よ」
「みたいっすね」
今の今まで、自分の父親が勤めている会社と政府との関係を全く知らなかった大介にとっては、いきなりそんな事を言われても「はい。そうみたいですね」なんて素直に言える訳もなく、こめかみを掻きながら腑に落ちない様子。
それでも事実は事実なのだから、受け止めるしかないといった感じだ。
「で、米澤さん。僕達が政府と関係のある肉親を持っているから、僕達に協力を要請したっていうのはどういう理由からなんです?」
島で発生した伝染病に関しては、沈静化しているという情報以外、彼女も情報を入手していないと分かった以上、この話しを引き延ばしても意味が無いと判断し、話しの軌道修正を図る質問を投げかける洋一郎。
この抜かりなさは、伊達にディベート大会で何度も優勝しているわけではない。
「私達と共に、島へ連れて行く為よ」
「「「はあぁぁぁっ?」」」
彼女が何の躊躇も、何の前置きもなくサラリと言った一言が、あまりにも衝撃的すぎて、俺達はそれぞれ今日一番の大声が三馬鹿トリオ並みに口を揃えて飛び出した。
「代々木君。私にさっき言った事覚えている?」
「ほへ?」
大介の頭の中は、既に米澤さんに弄られたことぐらいしか覚えていないのは、このすっ呆けた間抜ヅラからも良く分かる。
かくいう俺も、わざわざ彼女が確認する程重要な話しを大介がしていただなんてことは、まったくもって思い出せないどころか、思い当たる節すらない。
斜め横に座る俺らのbrain役の洋一郎ですら、ポカンッとしている。
「あら。忘れたの? こんなおっかない事に、平平凡凡な男子高生を巻き込むのかって、怒っていたじゃない。あと……そうそう! 自分の肉親を『paraíso』に収容された人なんてごまんといるのに、その人達全員に協力要請しているのかって息巻いてたわよね?」
あ~。その事か。
話し合いの開始直後、彼女の身の上話しが長くなりそうで、彼女の手の内と肝心の本題が見えず、つい苛々して口を衝いて出た言葉。
大介の本音の部分だ。
そういえば、この件に関しては彼女から未だに説明はない。
「『paraíso』に収容された人の肉親、知人が全て、この計画に疑問を抱いている訳でないわ。むしろ、国民の殆どが、情報操作され、『楽園』と名付けられた島を、老後の希望としている。その事はこの国の平和を保つ一部分の役割を果たしている訳だし、まだ確証も無い話で国内を混乱に陥れようとは思っていないわよ」
「ってことは、協力要請はごく一部の人間にしかしていないって事ですね」
「ごく一部というか、一般人には協力要請なんてしていないわ」
「「「はぁ?」」」
面白いぐらいに俺達三人の声が見事にハモった。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ、オネエサン」
「何よ。その、一昔前に流行った芸人みたいな言い方は」
焦ってどもる大介に対して苦笑するものの、古い芸人扱いされたことすら気にならない勢いで、テンパッた状態の彼はテーブルにバンッと両手をついて身を乗り出す。
想像以上の大きな音と、ティーカップがその震動でガチャリッと音を立てる。
俺達だけでなく、音の元である大介本人も両肩を大きく上げて驚きを示したが、特にカップが倒れたり割れたりしていないことを確認すると直ぐに気を取り直した。
「一般人に協力要請はしていないって、じゃあ、オレ達の所にわざわざやって来たのはどうしてなの?」
俺達だって一般人だ。
だが、米澤さんは、前もって洋一郎に連絡をし、俺達全員に会いに来ている。
その理由は、彼女自身が「協力して欲しい」とハッキリ言ったように、『paraíso』に関しての協力要請。
俺達としても、彼女との利害は一致しているし、お互いが仲間になるというのとはちょっと違うが、ある種の同盟を組むことには賛成している。
けれど、彼女は今、「一般人には協力要請をしない」と明言した。
これでは俺達に言っていることと矛盾している。
俺達の真剣な眼差しを受け、彼女も真摯な態度で答えてくれるかと思いきや、「ほへ?」と、思いっきりアホな声を出したかと思えば、急に大きな声で笑いだした。
「ちょ、ちょっと、あなた達。今までの私の話をちゃんと聞いてたぁ~?」
真面目な話しの途中で爆笑しだす彼女に、怒りを感じるよりも、ただただ唖然としたまま見つめていると、彼女はしばらくして笑い止み、目尻に溜まった涙を指で拭いながら、逆に質問し返してきた。
「あのねぇ。あなた達のどこが一般人なのよ?」
腕組みをし片眉を上げる彼女は俺達同様に座っているというのに、顎をクイッと上げているせいかどうも見下ろされているような錯覚を受ける。
しかも、態度はドエロ……じゃない、ドLだ。
SM嬢の女王様のように、ネットリとした物言いにたじろぎながらも、「いや、どう考えても一般ピーポーでしょ?」と、震える子犬のように答えた大介は天晴れだ。
俺も洋一郎も、こういう雰囲気の女性には免疫が無い。
下手に絡まれても、対応キャパオーバーだ。
よぉしよし。大介よ。このまま米澤嬢の攻撃を俺達の代わりに受けるがいい!
骨はしっかり拾ってやる。
無表情・無関心に徹した腹の底では、彼女のターゲットが大介に絞られたことにガッツポーズをしているのは俺だけじゃない筈。
「ピーポーって。peopleでしょう?」
クスクス笑いながら、しっかり発音を訂正し、冷静にツッコむことを忘れないのは流石は業界人といったところか。
「偶然とはいえ、仲良し三人組の三人全員が、身内に政府と関係する人がいるなんて、どう考えても一般的ではないでしょう?」
「はぁ? 洋ちゃんとかっつんは分かるけど、オレんちは全く関係ないじゃんかっ」
「なぁに言っているの。製薬業界っていうのは、政界ともかなり深い関係があるのよ」
「え? 嘘!」
両手で両頬を押さえ、大昔の漫画家の巨匠が書いた、法外な額の報酬と引き換えにあらゆる難手術を成功させる、モグリの天才外科医の助手役の少女が驚く時の口癖で「アッチョンプリケ」と言うときのような仕草で叫んだ。
お茶目な大介など眼中に無く、さらりと彼の行動をスルーする米澤さんは、落ち着いた口調で製薬会社と政府との結びつきを説明する。
「嘘言ってどうするのよ。世界的に、毎年毎年新しいウィルスやバクテリアが発見され、新薬の開発、特許争いは熾烈をきわめているでしょう? だから政府は、医療拠点を通じ製薬会社に患者情報を速やかに提供することで、新薬実用化までの時間をできるだけ短くしようとしている訳だしね」
「思い出しましたよ。今、I国がSARSコロナウィルスから更に新型へと進化させたMARSコロナウィルスや超越炭疽菌という新たなるウィルスを誕生させ、世界各国で生物兵器テロを引き起こしている。その新型ウィルスのワクチン開発を政府直々に依頼している製薬会社が明正製薬だった筈」
米澤さんの説明を聞いただけで、何日も何カ月も前にニュースで報道していたであろう情報を的確に自分の頭から抜き出す洋一郎。
コイツの頭ん中をいっぺん覗いてみてぇよ。
一体どういう構造になっているんだか……同じ人間とは思えねぇ。
ある種の尊敬と驚きの入り混じった眼差しを向ければ、大介は、「うわっ! マジかよ。俺、父ちゃんの会社の事、全く知らないや」と騒ぎだし、米澤さんはというと、俺を同く感心したように唸った。
「その話し、二カ月以上も前のことよ? ニュースでも、ほんの僅かな枠でしか取沙汰されていなかったし、ワクチンが完成している訳でもないから、あれから全く、その話題がニュースで流れた事なんて無かった。なのによく思い出した……というよりも、よく知っていたわね」
「毎日、新聞やネットニュースで政治、経済、医療、それと国際関係に関しては全てチェック入れてるんで」
「成程ね」
至って普通の口調で話してはいるが、洋一郎の顔はどこか得意気。
周りから褒められたり、感心されたりすると、直ぐに調子に乗る癖だけを何とかすれば、最高にカッコいい男なんだけど……ソコだけが残念なんだよな。
洋一郎のドヤ顔に失笑するも、その得意満面な顔を驚きのものへと変える爆弾発言を米澤さんが口にした。
「ま、それだけじゃなく、先日、あの島で伝染病が発生したの。今は、一応沈静化しているみたいなんだけれど、再発防止の為に、政府から特効薬の開発の指示を出されたのも明和製薬なの」
「はぁ? なんだって? 島で伝染病って、どういう事だよっ!」
彼女の発言に一番取り乱したのが俺。
『paraíso』計画とは、表向きは高齢化社会問題対策と銘打った、その実態は軍事生物兵器の開発及び、人体実験であり、あの島の中で、それが行われていると話していたところで、まさかの伝染病が流行っていたという発言。
俺達が見た、“人間をゾンビ化させる薬”に副作用があったのか、それとも、施設から薬品が洩れ、普通の生活をしている人々の体内にも薬が浸透してしまったのか。
とにかく、生物兵器絡みのトラブルだと考えてしまうのは当たり前だろう。
死亡者云々は分からないが、それでも多大な被害が出ているだろうことは安易に予測出来る。
しかも政府も報道機関も、島で伝染病が流行しただなんていう事実を発表していない。
明らかに『不都合な事実』を隠蔽しているとしか考えられない。
掴みかかる勢いで彼女に食いつけば、「落ち着いてっ! 今は沈静化してるんだからっ」と、冷静に切り返される。
「いい? 私だって島の現状は分からないわ。ただね、まず言いたいのは、明和製薬が政府に特効薬の作成を依頼されたっていうことは、軍事兵器とは全く関係のない病気だとも考えられるわ」
「確かにそうだよ。克也が心配して声を荒げる必要は無いように思う」
俺と米澤さんのやり取りを見ていた洋一郎が口を挟む。
「もし、軍事関係の研究施設から漏れた薬品や、生物兵器絡みの細菌やウィルスが島にいる人々を冒したとしたら、民間の製薬会社なんかに協力を求めたりせず、秘密裡に全てを処理する筈」
「秘密裡に処理?」
「ああ。一般人には誰にも分からないようにね。それに、自分達が開発したウィルスや薬なんだ。自分達がワクチンや中和剤のような物が作れなくてどうするんだよ」
言われてみれば確かにそうだ。
民間の製薬会社なんかよりも、遥かにエリート揃いの研究所だ。
自分達の不祥事をみすみす民間企業に晒した挙句に、その尻ぬぐいをしてもらうだなんてことは、彼らのプライドが許さないだろう。
だとすれば、彼女の言う通り、軍事兵器とは何ら関係なく、単なる伝染病に過ぎないのかもしれない。
「実際のところ、どんな病気かも私達も掴めていない。でも、ここで重要なのは、政府直々に特効薬の開発依頼を出されたのは明和製薬のみ。しかも、徹底した密約の元でね」
そんな風に予防線を張られてしまえば、これ以上、彼女に対して詰め寄っても新たな情報が出て来る訳ではないと、押し黙るしかない。
ただ、これで俺達三人全員の身内が政府と大なり小なり。何らかの関わり合いがあるというのが決定的になった。
「君もしっかり繋がりのある人間の息子な訳よ」
「みたいっすね」
今の今まで、自分の父親が勤めている会社と政府との関係を全く知らなかった大介にとっては、いきなりそんな事を言われても「はい。そうみたいですね」なんて素直に言える訳もなく、こめかみを掻きながら腑に落ちない様子。
それでも事実は事実なのだから、受け止めるしかないといった感じだ。
「で、米澤さん。僕達が政府と関係のある肉親を持っているから、僕達に協力を要請したっていうのはどういう理由からなんです?」
島で発生した伝染病に関しては、沈静化しているという情報以外、彼女も情報を入手していないと分かった以上、この話しを引き延ばしても意味が無いと判断し、話しの軌道修正を図る質問を投げかける洋一郎。
この抜かりなさは、伊達にディベート大会で何度も優勝しているわけではない。
「私達と共に、島へ連れて行く為よ」
「「「はあぁぁぁっ?」」」
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