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episode 10
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上段社主催の世界ディベート大会でのテーマが、『高齢化社会について』に決まった。
丁度、我が国には高齢化社会の対策として打ち出された老後の楽園『paraíso』がある。
テーマについて考えるにはピッタリの場所であり、日本を世界にアピール出来るチャンスだという名目で政府の許可を得て『paraíso』の本拠地で合宿するという事を、米澤さんが熱心に家族を説得してくれたお陰で、大手を振って堂々と島へ行ける事が決定した。
――勿論、上段社主催のディベート大会というのは架空の大会。
彼女の俺達家族に対する【合宿】に関しての熱弁も全てでまかせだ。
まぁ。政府の正式な許可を貰っていることだけは間違いないが。
洋一郎の父親の耳に入れば、そんな胡散臭い話など、直ぐに嘘だとバレてしまうだろうが、I国やS共和国の空爆や化学兵器問題。
更には、国際テロや国際経済の混乱等、問題が山積みで当分、家に帰る暇もない。
そのお陰で、最大の難関である洋一郎の父の反対にあう事もなく、島へ飛び立てる事となった。
ただし、流石は百瀬家。
「七月末までに夏休み中の課題と塾の問題集。全て終わらせた上、新学期で学年一位を確約する事が約束出来るのでしたら、行っても宜しいわよ」
大病院の娘の貫録たっぷりの上品な笑顔が、その場にいた俺ですら薄ら怖さを感じた程だ。
洋一郎はその条件に不服を言うどころか、そんなの当然だというように二つ返事をし、本日に至る。
雲一つない真っ青な空。
ギラギラと照り付ける太陽の日差しが肌を刺す。
「あぢぃ~……」
片手でTシャツの胸元を掴み、パタパタと前後に揺らして中へ風を送る。
上段社の車が迎えに来るというので、待ち合わせ時刻十分前から、玄関先で必要最低限の荷物を持って今か今かと待っていると、見るからに怪しさ満点な、フルスモークの真っ黒なハイエースが目の前に停車する。
車の音を聞きつけて、家から出て来た母親を見た米澤さんが、助手席のドアを開けて駆け寄る。
「おはようございます。上田さん。この度は、わたくしどもの急なお願いを聞き入れてくださって本当に――」
「あらあらぁ~。米澤さん、そんな畏まった挨拶なんていいのよぉ~。それよりも、このバカ息子がご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いしますねぇ~」
誠実な対応を見せる米澤さんの挨拶を遮って、マイペースに自分の言いたい事を被せる母親に非難めいた目を向けるが、年を重ねても体型を維持している割に、神経だけは図太くなってしまったのか、俺の視線をものともしない。
それどころか、何を思ったのか、俺と目が合った途端に、「あ、お祖父さんに会ったら、宜しく伝えておいてね」なんて軽く言う始末。
まぁ、田舎に住む祖父の家にでも行くように気楽に送り出してくれるのは、ある意味有難い反面、騙しているようで……いや、騙しているんだが……ちょっと心苦しい。
下手くそな笑顔を作り、「わぁーったよ」と、ぶっきらぼうに答えると、ふいに頬に温かな手が添えられた。
「無事に帰って来なさい」
穏やかな口調とは裏腹に、やけにズッシリと背中に圧し掛かる母親の言葉に、俺は返事をするのも忘れ、ただただ母親の目を見返すのが精一杯。
真っ直ぐ射抜くような瞳には薄っすらと涙が浮かび、瞳孔が揺らめいている。
“あぁ――島に行く理由が嘘だって勘付いていたのか……”
たった一つの言動で母親が米澤さんや俺達の嘘を見破っていた事を理解したが、敢えてそれには触れずに、いつも通りそっけなく「単なる合宿だっつーの。無事に帰るに決まってるだろ」と答えて顔を背ける。
申し訳なさそうに頭を下げ、「お子さんのことは私共が責任を持ってお預かりいたします」と、ハッキリと宣言する米澤さんが車へと踵を返したのを見て、俺はその後に続きながら、片手を肘から上げた。
「んじゃ。母さん、行ってきます」
背後で俺を見送っているだろう母親に向けて小さく手を振った。
丁度、我が国には高齢化社会の対策として打ち出された老後の楽園『paraíso』がある。
テーマについて考えるにはピッタリの場所であり、日本を世界にアピール出来るチャンスだという名目で政府の許可を得て『paraíso』の本拠地で合宿するという事を、米澤さんが熱心に家族を説得してくれたお陰で、大手を振って堂々と島へ行ける事が決定した。
――勿論、上段社主催のディベート大会というのは架空の大会。
彼女の俺達家族に対する【合宿】に関しての熱弁も全てでまかせだ。
まぁ。政府の正式な許可を貰っていることだけは間違いないが。
洋一郎の父親の耳に入れば、そんな胡散臭い話など、直ぐに嘘だとバレてしまうだろうが、I国やS共和国の空爆や化学兵器問題。
更には、国際テロや国際経済の混乱等、問題が山積みで当分、家に帰る暇もない。
そのお陰で、最大の難関である洋一郎の父の反対にあう事もなく、島へ飛び立てる事となった。
ただし、流石は百瀬家。
「七月末までに夏休み中の課題と塾の問題集。全て終わらせた上、新学期で学年一位を確約する事が約束出来るのでしたら、行っても宜しいわよ」
大病院の娘の貫録たっぷりの上品な笑顔が、その場にいた俺ですら薄ら怖さを感じた程だ。
洋一郎はその条件に不服を言うどころか、そんなの当然だというように二つ返事をし、本日に至る。
雲一つない真っ青な空。
ギラギラと照り付ける太陽の日差しが肌を刺す。
「あぢぃ~……」
片手でTシャツの胸元を掴み、パタパタと前後に揺らして中へ風を送る。
上段社の車が迎えに来るというので、待ち合わせ時刻十分前から、玄関先で必要最低限の荷物を持って今か今かと待っていると、見るからに怪しさ満点な、フルスモークの真っ黒なハイエースが目の前に停車する。
車の音を聞きつけて、家から出て来た母親を見た米澤さんが、助手席のドアを開けて駆け寄る。
「おはようございます。上田さん。この度は、わたくしどもの急なお願いを聞き入れてくださって本当に――」
「あらあらぁ~。米澤さん、そんな畏まった挨拶なんていいのよぉ~。それよりも、このバカ息子がご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いしますねぇ~」
誠実な対応を見せる米澤さんの挨拶を遮って、マイペースに自分の言いたい事を被せる母親に非難めいた目を向けるが、年を重ねても体型を維持している割に、神経だけは図太くなってしまったのか、俺の視線をものともしない。
それどころか、何を思ったのか、俺と目が合った途端に、「あ、お祖父さんに会ったら、宜しく伝えておいてね」なんて軽く言う始末。
まぁ、田舎に住む祖父の家にでも行くように気楽に送り出してくれるのは、ある意味有難い反面、騙しているようで……いや、騙しているんだが……ちょっと心苦しい。
下手くそな笑顔を作り、「わぁーったよ」と、ぶっきらぼうに答えると、ふいに頬に温かな手が添えられた。
「無事に帰って来なさい」
穏やかな口調とは裏腹に、やけにズッシリと背中に圧し掛かる母親の言葉に、俺は返事をするのも忘れ、ただただ母親の目を見返すのが精一杯。
真っ直ぐ射抜くような瞳には薄っすらと涙が浮かび、瞳孔が揺らめいている。
“あぁ――島に行く理由が嘘だって勘付いていたのか……”
たった一つの言動で母親が米澤さんや俺達の嘘を見破っていた事を理解したが、敢えてそれには触れずに、いつも通りそっけなく「単なる合宿だっつーの。無事に帰るに決まってるだろ」と答えて顔を背ける。
申し訳なさそうに頭を下げ、「お子さんのことは私共が責任を持ってお預かりいたします」と、ハッキリと宣言する米澤さんが車へと踵を返したのを見て、俺はその後に続きながら、片手を肘から上げた。
「んじゃ。母さん、行ってきます」
背後で俺を見送っているだろう母親に向けて小さく手を振った。
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