Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 11

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 ジジッジー……

 イヤホンからノイズ音が聞こえた。
 機内の誰かがマイクをオンにした合図だ。
 島を目前とし、何かしら注意事項でもあるのかと姿勢を正し、表情を引き締める。
 今の今までグロッキー気味で虚ろな目をしていた大介も、緊張した面持ちでヘッドセットに手を当てた。

「ジージッジ……。あーあー。きちょぉ~。機長」

 張り詰めた空気の中で耳にしたのは、あまりに間延びした声。
 隣の大介を横目で見ると、「はぁ?」と呆れたように言っているのか、顔を歪めて多くく口を開けている。
 声の主は言わずと知れた本郷さん。
 これから島へ上陸するにあたっての心構えでも言ってくれるのかと思ったが、まったくもって期待外れだった。
 この口調から考えるに、別に大した事ではないだろうと肩の力を抜いて溜息をつく。

 ヘリに乗り込んでから一時間半強。
 気が抜けたせいか、肩や首がカチンコチンに固まっているのがズッシリと重く感じ、コリをほぐそうと首をゆっくりと回す。

 すると、俺や大介とは違い、神妙な面持ちでいる洋一郎の横顔が目に入り、俺はそこで動きを止める。
 丁度その時、機長の「はい。なんでしょう?」という精悍さ溢れる声が鼓膜を震わせた。
 洋一郎は一言も聞き洩らさないよう、両手でヘッドセットの耳に当たっている部分を押さえ背中を丸めるような格好をした。

《そんなに重要な話しが始まるのか?》

 あんなかったるい口調の本郷さんからは、切羽詰まったような緊張感も、大事な話しをする時のような重々しさも全く感じなかったのだが、洋一郎の真剣な顔つきが気になる。
 背もたれに背をつけ、全神経を耳へと集中させた。

「機長さんさぁ~。なんで高度を下げないの?」

 飄々とした物言いの中に、鋭い棘が潜んでいる。
 ハッとなって洋一郎の方を見ると、「そうだ。何故、高度を下げない?」と本郷さんに同意するような鋭い視線を機長に向けていた。

《高度を下げないってどういう――》

「あぁっ!」

 自分の真横にある窓から外の景色を見て、誰にも聞こえやしないが大きな声を上げた。
 既にヘリは、海からの入口である港の上空まで来ていたのだ。
 湾岸伝いに道があり、その奥は多くの緑が生い茂っている。
 森林を抜ければ、飛行場らしきものが見える。
 ということは、海の上を飛んでいる時よりも高度を徐々に下げ、着陸体勢に入っているべきタイミング。
 本郷さんの言葉がここで合点がいった。

「ジージッジ……」

 不快なノイズと微かに呼吸する音だけが聞こえ、機長からの返答がない。
 不自然は無言が続く中でも、ヘリコプターは飛行場に着陸することなく、そのままの高度を保ちながら島の上空を旋回する。
 前後を護衛していたAH-SX2が、二手に分かれて低空飛行に切り替えたのが見えた。

 一体、何を見に行くのだろう?

 安全にここまで送り届ける任務が終わったから、このまま違う場所へ向かうのなら話しは別だが、二機は島全体の様子を偵察するかのように、何度も何度も東へ西へ、北へ南へと行ったり来たりを繰り返している。
 怪訝に思って眺めていると、ようやく機長が口を開いた。

「只今、安全確認を行っておりますので。確認出来次第着陸致します」
「安全が確認? 観光都市でもないこの島になんて、毎日老人を連れて来るっつったって、せいぜい十便から十五便くらいしか飛行機だのヘリだの来ないだろう? それともアレか? 老人達が働いている工場から出来た製品を輸送する為に、何十便も何百便も離着陸してんの?」

 苛立っているというよりも、自分の得たい情報を引き出そうと、わざと煽るような言い方をする本郷さんの言葉で、俺はある事に気が付いた。

 飛行場もそうだが、さっき眼下に見た、こんな小さな島には不必要な程大きな港。
 あそこには一隻どころか、一艘も無かった。
 これが意味する事とは? 
 考えろ! 考えろ!

 重大な何かが隠されているように思うのだが、考えようと頭を働かせるよりも先に、聴覚から直接脳へと伝達された情報が、その思考に上書きしてしまう。

「もし、そんな何十便も離着陸のある飛行場なら、当然、管制塔も管制官もいるよねぇ? だとしたら、管制官から着陸許可が出ればいいだけのこと。逆に管制官がいなくて、航空管制運航情報官だけがいるんなら、情報官が「Runway is Clear」という「情報」を発信すれば、機長の判断でいつでも着陸できる筈だ」

 彼の言いたい事はきっとこうだ。

『管制官、もしくは、情報官からの許可なり情報さへあれば、いつでも着陸出来るのに、「許可がまだ出ていない」のではなく「安全確認をしている」と答えたのは何故なんだ』

 そう言いたかったに違いない。
 洋一郎はいつの間にか、視線を機長から窓の外に戻し、ブツブツと何かを呟き、そして、右手で太腿の上で円や線を描いたりしている。
 機長や戦闘ヘリの行動も謎だが、コイツの頭の中も凡人の俺には何が詰まって何を考えているのか謎だらけだ。
 洋一郎が瞬きもせずに集中している時は、一度に色々な情報を取り入れている時であり、今はちょっかいをかける時ではないと判断した俺は、耳から入って来る情報に集中することにした。

「さっきから何度も機内と外部と無線を切り替えているみたいだけど、今、下で何が起こっているんだよ?」

 のらりくらりと本郷さんの質問を受け流していた機長に対し、とうとう痺れを切らした本郷さんがストレートに問いかけた。

「っ!」

 わずかに息を飲んだような気配を感じたものの、機長は口を閉じたままなのか、それとも外部と無線連絡をしているのか分からないが、こうやって斜め後ろから機長の動きを探るように見れば、確かに何かスイッチを入れては口を動かしているのだが、こちらにはその会話が聞こえない。
 飛行機やヘリコプターの離着陸に必要な確認や動作なんんて俺には全く分からないが、目的地である島の上空をかれこれニ十分は旋回し続けているのはおかしい。

 そもそも、ヘリコプターというものは総飛行時間はどのくらいまで燃料がもつんだ?
 一般的なヘリコプターの平均最長飛行時間って二、三時間じゃなかったっけ?
 軍用ヘリは違うのかもしれないが、給油の為にも着陸すべきなんじゃ……

 俺が気が付いたって事は、多分、本郷さんや洋一郎、それに他の皆だって気が付いている可能性が高い。

 なのに何で、皆、こんなにも冷静でいられるんだ?
 燃料がなければ墜落してしまうじゃないかっ!

 ジワリを額に汗が滲み出て、鼓動が早くなりだした丁度その時、窓の外で「ついてこいっ!」とでもいうように、迷彩柄のごっついボディが一機、俺達を乗せたヘリを先導するかのように現れ、徐々に下降していく。
 パッと真横の窓の窓に目をやれば、斜め後ろに、俺達を見守るようにして程よい間隔を保ったまま飛行するもう一機が目に入って来た。

《彼らは給油の為に? それとも彼らも島に用があるのか?》

 目を見張ったまま、思考を張り巡らせようとした俺の耳に、皆が待ち望みつつも、どこかで不安と恐怖を感じていたアナウンスが告げられた。

「お待たせいたしました。安全確認が取れましたので、これより着陸体勢に入ります」

 遂に機長は、わざわざAH-SX2が島全体をくまなく偵察し、何を確認していたのかを答える事なく、ただ、着陸案内だけを業務的に伝えただけで、それ以降、本郷さんも食って掛かるような真似はしなかった。
 視界の先に広い緑に囲まれた中にしっかりと舗装され、管制塔や平屋建ての建物が立つ飛行場が見えて来た。

「凄く長い滑走路だな……」

 飛行機が離陸するのに、どれだけの長さが必要なのかは知らないが、国民の終の棲家となる場所に、ここまで大きな飛行場が必要なのだろうかという疑問が湧き上がったのだが、地上が近付くにつれて妙な胸騒ぎが増せば増すほど、頭の中からその疑問は消え去っていった。
 今まで自分達が調べ、辿り着いた答えと深く結び付き、後にこの事が、俺達の命だけでなく、日本国民――世界にまで影響を及ぼす可能性があるなんてことまでは、ここにいる誰もが考えつくことは無かった。

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