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episode 12
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マーシャラーの誘導によって、三機とも無事にヘリポートへ着陸した。
ローラーが完全に停止するまで機内にて待機した後、機長の合図で降機する。
軽装の俺と洋一郎が先に降り、ヘリポートから少し離れた芝生の上に荷物を降ろし、皆を待つ事にした。
数十メートル間隔で着陸した他の二機からも滑走路帯を強く意識し、コンクリート風景に紛れるようグレーの色調を強くした独特の『都市迷彩』の戦闘服に身を包んだ男が各機二名ずつ降りて来た。
四人共、防弾チョッキに戦闘靴。
それにヘルメットを被っているのは勿論ではあるが、ライフルを肩に下げ、手りゅう弾を含む、その他の弾丸やサバイバルナイフ等も装備していた。
《老人の楽園に完全武装をする意味があるのか?》
彼らの格好を見れば、どんなに呑気者で馬鹿な奴だって、この島に何かが隠されていると勘繰るに決まっている。
しかも俺達は、ある程度確証のある疑惑を抱いてここまでやって来た。
こんなにもただならぬ雰囲気を漂わされては、その確証がますます高まるだけで、どうやってでも事実を暴きたくなってしまう。
俺達を警護する為だとはいえ、俺達は国の要人ではなく、あくまでも一般人。
誰かに命を狙われるような事なんて、あるわきゃない。
それに、島に軍事兵器の研究・開発が行われている施設があることは、外部の人間には漏れてはいない。
だとすれば、他国にこの島が狙われているという可能性はほぼ無いと言っていいだろう。
警護や施設に関係者以外を近づけない為の武装としては、やけに物々しい格好だ。
《やはり、ここで何かが起こっている》
一番最初にヘリから降りた俺と洋一郎は、互いに同じ事を考えていたようで、どちらともなく顔を見合わせ小さく頷いた。
次に俺達の乗っていたヘリを見ると、米澤さん達がヘリから色々な機材を運び出している中、大介がゲージからボンを出し、首輪とリードをつけていた。
先に降りていた俺達の顔を見て、ボンが「オンッ」と元気な声を出して飛び降りようとした時、ボンの視線が何かを捉えた。
俺達の方では無く、僅かに右へと逸らされたボンの視線の先には、ヘリの直ぐ傍で佇んでいたマーシャラー。
彼の顔を真正面で捉えたボンは、瞬時に耳を下げ、鼻に皺を寄せた。
「グルルルゥゥ……ウゥゥー……」
歯をむき出しにしたまま、低く唸り声を上げるボン。
温厚で、余程の事がない限りは怒りを見せず、自分や自分にとって大切な人に危害がありそうな時にだけ威嚇するボンが、警戒心丸出しで背中の毛を逆立てている。
見ようによっては、背後にいる大介を体を呈して守っているようだ。
ボンや大介に襲い掛かるような態度を取っているようにも見えない彼に対し、このように露骨に敵意を表すボンの姿は初めてで、ずっと一緒に過ごしている大介ですらも戸惑っている。
「あー。川上の奴。昔っからワンコに嫌われるよなぁ」
「この間も陸上国防軍の歩哨犬に吠えられたって言ってたしな」
いつの間にか俺の背後に集まっていた戦闘ヘリに乗っていた四人のうちの二人が呑気にその光景を見て会話する内容から、特に珍しい光景ではなく、マーシャラー自体、元々犬に嫌われるタイプらしい。
ボンの首をしっかり抱きしめ、頭を撫でながら「ボン。いい子いい子。あの人は悪い人じゃないからね」と、落ち着かせる大介と、未だに唸り声を上げているボンに大声で呼びかける。
「大介っ! ボーンッ! 早く来いよ!」
俺の声に反応し、耳をピンッと立てて振り向くボンは、再び横目で「気に入らない」とでもいうような表情でマーシャラーを睨むと、大介と共にヘリから飛び降りて来た。
初対面で、自分の飼い犬が嫌悪感を露骨に出し、嫌な思いをさせてしまった彼に対しての罪悪感からであろう。
申し訳なさそうに、こちらに向かって駆けてくる間、突っ立ったまま微動だにしないマーシャラーを何度も気にするようにチラ見を繰り返していた大介と、やはり、どうしても彼の事が気になって仕方がないというように何度も振り返るボンの姿が印象的だった。
その事が気になって、走って俺の足元まで来たボンの目線まで腰を屈め、ハグをしながらリードの先を辿って大介の顔を見上げた。
「大介。何があった?」
洋一郎も俺が感じていた【違和感】を感じ取っていたようで、マネキン人形のように直立不動の男の背中を、眉を顰めて見つめたまま真剣な声を出した。
ピクリと肩を上げ、表情を曇らせる大介の様子から、ボンに威嚇された彼に何かしらの問題があるのは明確。
唇が震え出し、歯をガチガチ鳴らし始めた大介からは、答えが返ってこない代わりに、背後にいた四人の男達がボンに近付き、構い出す。
「よーしよし。いい子だなぁ、このコ」
「お利口さんだ。名前は?」
褒められているのが分かるのか、嬉しそうな表情を見せるボンに、皆、メロメロ。
だが、名前を聞かれたご主人様は、一向に言葉を発しないことを不思議に思った一人が、大介の顔を覗き込む。
「君。どうしたんだい? そんなに怯えて……川上の奴、このコに唸られたせいで腹を立てて、君を睨んだりしたとか?」
大介の両肩に手を置き、心配そうに話しかける男に対し、何度も何度も左右に首を振る彼の視線は、洋一郎と同じく、川上と呼ばれている棒立ちの男に釘づけだ。
俺も首を捻り、二人が見ている方向に目を向けると、何かしら異変を感じ取った四人もまた、同じようにする。
川上さんよりも奥に位置するヘリからは、晴香さんが背中にリュックを背負い、更に、長細い棒のようなものが入った黒いナイロン製の袋を何本か両肩に担いで降り立つ姿。
その手前に、本郷さんやタカシさんが大きなスチール製の箱を二人で持ち、こちらに向かって歩いてくるところ。
川上さんのすぐ傍には、駆け足で近付く副操縦士の姿が確認出来る。
大きく手を振っている副操縦士に対し、先程から全く変わらない姿勢を保つ川上さんの異様さに、俺達だけでなく、傍にいる日本国防軍の精鋭達も気が付いた。
「おい。川上の様子、おかしくないか?」
「あいつ、立ったまま気絶でもしてんのか?」
心配と焦り。
口々に飛び出す彼らの言葉は、仲間の身に起きた異変に対する素直な反応だ。
「おいっ! 矢田! 輸送車の後ろにある白い建物。あそこに担架や救急用品があっただろ? あれを持ってこい!」
「はいっ! 神崎一等空佐!」
四人のうち、一番年長者っぽい人が同じヘリに乗っていた男性に指示を出す。
ビシッと上官に向かって敬礼をした後に、走り出そうとした彼に向かって、先に指示を出した神崎という男性と同階級らしき別の男性が大きな声を上げて止めた。
「っ! 待て矢田っ! そうだっ! そうだぞ……。何で気が付かなかったんだ……。器材庫にも、格納庫にも隊員たちがいる筈だろう? なのに何で川上以外、誰も表に出ていないんだ?」
その場で固まる彼らだけでなく俺達。
これが映画やアニメであれば、きっと効果音はギギギギッと軋むような音であろうと思うくらい、ゆっくりとぎこちない動きで首を動かして、再び川上さんの方を見た。
丁度、副操縦士が川上さんの目の前まで来ていた。
右手を川上さんの左肩にのせ、しかめっ面で彼の顔を覗き込む。
俺達に背を向けたままの川上さんの後頭部が僅かに動いた気がした。
「意識が戻ったのか?」
神崎さんがホッとしたように呟いたが、大介の震えは増す一方。
真正面から彼の顔を見たのは、ここでは大介とボンだけだ。
ボンも、ピクリと耳を立て、皆の視線の先に顔を向けると、体勢を低くし、再び威嚇するような格好になる。
《どういうことだ?》
白目を剥いて立ったまま気絶していたのだとか、体調が悪いのを我慢し、切羽詰まったような雰囲気を醸し出していたのが、彼を取り巻く空気を気味が悪いものへと変え、その異変を敏感に察知したから、大介とボンが過剰反応していた訳ではなさそうだ。
むしろ、川上さん自体が、ここにいる人間にとって『危険』だと、彼らの態度が警告している。
「まずいな」
《まずいっ》
俺の心の声と洋一郎の声が同時に放たれた時、この広い飛行場に劈くような悲鳴が駆け巡った。
誰もが目を見開き、その場から動けなくなる。
既に、川上さんの横を通り過ぎ、俺達の近くまで荷物を運んでいた本郷さんやタカシさんが後ろを振り向くと同時に手に持った重いケースを落とし、鈍い響きを大地に与えるが、彼らも呆然と立ち尽くしたまま動けずにいた。
相当危ない橋を渡って来た本郷さんやタカシさんまでもが、こんなにも驚愕するという事は相当『常軌を逸した』状況が目の前で行われている証拠。
ヘリから降りて歩き出していた晴香さんは、背中と肩に担いだ荷物の重さで前屈みになっていた為、視線が斜め下前方を向いていたのだが、丁度、川上さんの顔を真正面で捉えられる位置で足を止めてしまった。
ガランッガチャンッ
「ま、じ……か?」
目を疑う光景に、両腕の力が抜けてダラリと垂らす彼女の肩から棒状の荷物が滑り落ちる。
呆然と佇む彼女の力なき声はここまで到達しないが、その口の動きから安易に彼女の台詞を読み取れた。
グチャグチャグチャ……
「あがががががががぁぁぁぁ」
ブチブチッブチィィィィッ――――
「ヒュァッ――」
奇妙な悲鳴と、生肉を食い千切る音が響き耳を塞ぐが、生理的嫌悪感を煽る音は、その僅かな隙間をすり抜けて鼓膜にザラザラとした舌で舐めるような刺激を与えた。
いや。
正確に言えば、鼓膜は刺激されてはいないのかもしてない。
ただ、視覚で感じたものが脳内で音に変換され、肌を虫が這うような不快感を与え、粟立たせる。
喉仏に食らい付き、人間の顎とはこんなにも強靭なものであったのかと思わされるほど、勢いよく副操縦士の首を噛みちぎったせいで、気管が破れ、悲痛な叫びは空気が洩れるような間抜けな音と共に、声になる前に消えてしまった。
ローラーが完全に停止するまで機内にて待機した後、機長の合図で降機する。
軽装の俺と洋一郎が先に降り、ヘリポートから少し離れた芝生の上に荷物を降ろし、皆を待つ事にした。
数十メートル間隔で着陸した他の二機からも滑走路帯を強く意識し、コンクリート風景に紛れるようグレーの色調を強くした独特の『都市迷彩』の戦闘服に身を包んだ男が各機二名ずつ降りて来た。
四人共、防弾チョッキに戦闘靴。
それにヘルメットを被っているのは勿論ではあるが、ライフルを肩に下げ、手りゅう弾を含む、その他の弾丸やサバイバルナイフ等も装備していた。
《老人の楽園に完全武装をする意味があるのか?》
彼らの格好を見れば、どんなに呑気者で馬鹿な奴だって、この島に何かが隠されていると勘繰るに決まっている。
しかも俺達は、ある程度確証のある疑惑を抱いてここまでやって来た。
こんなにもただならぬ雰囲気を漂わされては、その確証がますます高まるだけで、どうやってでも事実を暴きたくなってしまう。
俺達を警護する為だとはいえ、俺達は国の要人ではなく、あくまでも一般人。
誰かに命を狙われるような事なんて、あるわきゃない。
それに、島に軍事兵器の研究・開発が行われている施設があることは、外部の人間には漏れてはいない。
だとすれば、他国にこの島が狙われているという可能性はほぼ無いと言っていいだろう。
警護や施設に関係者以外を近づけない為の武装としては、やけに物々しい格好だ。
《やはり、ここで何かが起こっている》
一番最初にヘリから降りた俺と洋一郎は、互いに同じ事を考えていたようで、どちらともなく顔を見合わせ小さく頷いた。
次に俺達の乗っていたヘリを見ると、米澤さん達がヘリから色々な機材を運び出している中、大介がゲージからボンを出し、首輪とリードをつけていた。
先に降りていた俺達の顔を見て、ボンが「オンッ」と元気な声を出して飛び降りようとした時、ボンの視線が何かを捉えた。
俺達の方では無く、僅かに右へと逸らされたボンの視線の先には、ヘリの直ぐ傍で佇んでいたマーシャラー。
彼の顔を真正面で捉えたボンは、瞬時に耳を下げ、鼻に皺を寄せた。
「グルルルゥゥ……ウゥゥー……」
歯をむき出しにしたまま、低く唸り声を上げるボン。
温厚で、余程の事がない限りは怒りを見せず、自分や自分にとって大切な人に危害がありそうな時にだけ威嚇するボンが、警戒心丸出しで背中の毛を逆立てている。
見ようによっては、背後にいる大介を体を呈して守っているようだ。
ボンや大介に襲い掛かるような態度を取っているようにも見えない彼に対し、このように露骨に敵意を表すボンの姿は初めてで、ずっと一緒に過ごしている大介ですらも戸惑っている。
「あー。川上の奴。昔っからワンコに嫌われるよなぁ」
「この間も陸上国防軍の歩哨犬に吠えられたって言ってたしな」
いつの間にか俺の背後に集まっていた戦闘ヘリに乗っていた四人のうちの二人が呑気にその光景を見て会話する内容から、特に珍しい光景ではなく、マーシャラー自体、元々犬に嫌われるタイプらしい。
ボンの首をしっかり抱きしめ、頭を撫でながら「ボン。いい子いい子。あの人は悪い人じゃないからね」と、落ち着かせる大介と、未だに唸り声を上げているボンに大声で呼びかける。
「大介っ! ボーンッ! 早く来いよ!」
俺の声に反応し、耳をピンッと立てて振り向くボンは、再び横目で「気に入らない」とでもいうような表情でマーシャラーを睨むと、大介と共にヘリから飛び降りて来た。
初対面で、自分の飼い犬が嫌悪感を露骨に出し、嫌な思いをさせてしまった彼に対しての罪悪感からであろう。
申し訳なさそうに、こちらに向かって駆けてくる間、突っ立ったまま微動だにしないマーシャラーを何度も気にするようにチラ見を繰り返していた大介と、やはり、どうしても彼の事が気になって仕方がないというように何度も振り返るボンの姿が印象的だった。
その事が気になって、走って俺の足元まで来たボンの目線まで腰を屈め、ハグをしながらリードの先を辿って大介の顔を見上げた。
「大介。何があった?」
洋一郎も俺が感じていた【違和感】を感じ取っていたようで、マネキン人形のように直立不動の男の背中を、眉を顰めて見つめたまま真剣な声を出した。
ピクリと肩を上げ、表情を曇らせる大介の様子から、ボンに威嚇された彼に何かしらの問題があるのは明確。
唇が震え出し、歯をガチガチ鳴らし始めた大介からは、答えが返ってこない代わりに、背後にいた四人の男達がボンに近付き、構い出す。
「よーしよし。いい子だなぁ、このコ」
「お利口さんだ。名前は?」
褒められているのが分かるのか、嬉しそうな表情を見せるボンに、皆、メロメロ。
だが、名前を聞かれたご主人様は、一向に言葉を発しないことを不思議に思った一人が、大介の顔を覗き込む。
「君。どうしたんだい? そんなに怯えて……川上の奴、このコに唸られたせいで腹を立てて、君を睨んだりしたとか?」
大介の両肩に手を置き、心配そうに話しかける男に対し、何度も何度も左右に首を振る彼の視線は、洋一郎と同じく、川上と呼ばれている棒立ちの男に釘づけだ。
俺も首を捻り、二人が見ている方向に目を向けると、何かしら異変を感じ取った四人もまた、同じようにする。
川上さんよりも奥に位置するヘリからは、晴香さんが背中にリュックを背負い、更に、長細い棒のようなものが入った黒いナイロン製の袋を何本か両肩に担いで降り立つ姿。
その手前に、本郷さんやタカシさんが大きなスチール製の箱を二人で持ち、こちらに向かって歩いてくるところ。
川上さんのすぐ傍には、駆け足で近付く副操縦士の姿が確認出来る。
大きく手を振っている副操縦士に対し、先程から全く変わらない姿勢を保つ川上さんの異様さに、俺達だけでなく、傍にいる日本国防軍の精鋭達も気が付いた。
「おい。川上の様子、おかしくないか?」
「あいつ、立ったまま気絶でもしてんのか?」
心配と焦り。
口々に飛び出す彼らの言葉は、仲間の身に起きた異変に対する素直な反応だ。
「おいっ! 矢田! 輸送車の後ろにある白い建物。あそこに担架や救急用品があっただろ? あれを持ってこい!」
「はいっ! 神崎一等空佐!」
四人のうち、一番年長者っぽい人が同じヘリに乗っていた男性に指示を出す。
ビシッと上官に向かって敬礼をした後に、走り出そうとした彼に向かって、先に指示を出した神崎という男性と同階級らしき別の男性が大きな声を上げて止めた。
「っ! 待て矢田っ! そうだっ! そうだぞ……。何で気が付かなかったんだ……。器材庫にも、格納庫にも隊員たちがいる筈だろう? なのに何で川上以外、誰も表に出ていないんだ?」
その場で固まる彼らだけでなく俺達。
これが映画やアニメであれば、きっと効果音はギギギギッと軋むような音であろうと思うくらい、ゆっくりとぎこちない動きで首を動かして、再び川上さんの方を見た。
丁度、副操縦士が川上さんの目の前まで来ていた。
右手を川上さんの左肩にのせ、しかめっ面で彼の顔を覗き込む。
俺達に背を向けたままの川上さんの後頭部が僅かに動いた気がした。
「意識が戻ったのか?」
神崎さんがホッとしたように呟いたが、大介の震えは増す一方。
真正面から彼の顔を見たのは、ここでは大介とボンだけだ。
ボンも、ピクリと耳を立て、皆の視線の先に顔を向けると、体勢を低くし、再び威嚇するような格好になる。
《どういうことだ?》
白目を剥いて立ったまま気絶していたのだとか、体調が悪いのを我慢し、切羽詰まったような雰囲気を醸し出していたのが、彼を取り巻く空気を気味が悪いものへと変え、その異変を敏感に察知したから、大介とボンが過剰反応していた訳ではなさそうだ。
むしろ、川上さん自体が、ここにいる人間にとって『危険』だと、彼らの態度が警告している。
「まずいな」
《まずいっ》
俺の心の声と洋一郎の声が同時に放たれた時、この広い飛行場に劈くような悲鳴が駆け巡った。
誰もが目を見開き、その場から動けなくなる。
既に、川上さんの横を通り過ぎ、俺達の近くまで荷物を運んでいた本郷さんやタカシさんが後ろを振り向くと同時に手に持った重いケースを落とし、鈍い響きを大地に与えるが、彼らも呆然と立ち尽くしたまま動けずにいた。
相当危ない橋を渡って来た本郷さんやタカシさんまでもが、こんなにも驚愕するという事は相当『常軌を逸した』状況が目の前で行われている証拠。
ヘリから降りて歩き出していた晴香さんは、背中と肩に担いだ荷物の重さで前屈みになっていた為、視線が斜め下前方を向いていたのだが、丁度、川上さんの顔を真正面で捉えられる位置で足を止めてしまった。
ガランッガチャンッ
「ま、じ……か?」
目を疑う光景に、両腕の力が抜けてダラリと垂らす彼女の肩から棒状の荷物が滑り落ちる。
呆然と佇む彼女の力なき声はここまで到達しないが、その口の動きから安易に彼女の台詞を読み取れた。
グチャグチャグチャ……
「あがががががががぁぁぁぁ」
ブチブチッブチィィィィッ――――
「ヒュァッ――」
奇妙な悲鳴と、生肉を食い千切る音が響き耳を塞ぐが、生理的嫌悪感を煽る音は、その僅かな隙間をすり抜けて鼓膜にザラザラとした舌で舐めるような刺激を与えた。
いや。
正確に言えば、鼓膜は刺激されてはいないのかもしてない。
ただ、視覚で感じたものが脳内で音に変換され、肌を虫が這うような不快感を与え、粟立たせる。
喉仏に食らい付き、人間の顎とはこんなにも強靭なものであったのかと思わされるほど、勢いよく副操縦士の首を噛みちぎったせいで、気管が破れ、悲痛な叫びは空気が洩れるような間抜けな音と共に、声になる前に消えてしまった。
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