Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 12

3

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 建物から姿を現したモノたちは、俺達の姿を確認すると、皆一斉に大きく口を開いた。

「グヒャヒャヒャヒャシャァァァッァ」
「アガァァグォギャハァァ」

 猛獣とも野獣ともつかない咆哮を上げて飛び出してきた一、二、三……七人の制服姿の男達。
 見た目こそは『人間』の成りをしているが、髪を振り乱し、手足をバラバラに動かして走ってくる様は、どう見ても普通じゃない。

「何だ、アレは。映画じゃあるまいし、バイオハザードやゾンビって訳じゃぁねえよな……」

 背後には川上さん。
 目の前には被弾した動きの遅い者を含めた八人もの人ならざる者達。
 一体どうすりゃいいんだっ!

「成宮ぁっ! 内海ぃぃっ! 止まれ! 止まるんだぁっ!」

 気が付けば立膝をつき、ライフルを構え迎撃準備をすでに終え、彼らのものであろう名前を叫んで制止を促す。
 矢田さんも、慌てて体の向きを変え、迫りくる元仲間達に背を向けて走り出した。

「矢田ぁぁっ! 輸送車の鍵はどうなっているんだぁ?」
「申し訳ありません! 鍵のある場所に彼らが隠れていたんですっ! 襲い掛かってこられて、それどころじゃありませんでしたぁっ!」

 右目にピープサイト(照準器)を当てたまま声を上げる神崎さんに、理解を求めるよう大声で返事をする。

「チィッ! あいつら、一体どうしちまったんだ」

 引き金に指をかけ、こめかみから汗を流す彼は苦悶の表情を浮かべている。
 いくら獣のような哮けりを上げ、野人のような走りをしていたとしても、神崎さんにとっては、彼らは仲間であり、ハッキリと川上さんのように人への危害を冒したところを見てもいない。
 嘉島と呼ばれた男性に関しては、あのような体で生きている事自体は信じられるが、痛痒を感じていないように動いている事自体が異常であり、神崎さん自身、ここでどう判断を下すかを悩んでいるようだ。
 だが、その判断の遅れが命取りになった。

「うわぁっ」

 足をもつれさせて地面に転がる矢田さん。
 そこに勢いよく走って来た元軍人達がコケてうつ伏せになった彼を上から覆いかぶさるように襲い掛かった。

「うわぁぁぁっ! た、たずげでぐれぇぇっ!」
「矢田ぁぁっ!」

 パンッパンッ

 彼らが化け物なのか、それとも薬か何かで興奮状態なのか分からない状況で、彼らを傷つける事を躊躇った神崎さんは、威嚇射撃をするが、彼らにはライフルの音など耳に入らない。
 目の前にいる『獲物』を一心不乱に食らい付く。

「ぎゃぁぁぁっ! だずげでぇぇぇっ! イダイイダイいだいいだぢぃぃぃ――」
「いやぁぁぁぁっ」
「ウオンッ!」
「駄目だ、ボンッ!」

 まさに阿鼻叫喚とはこの事か。
 川上さんが、大東さんに集中している間に、こっちまで非難してきた米澤さんが金切声を上げたのを、自分達の危機だという合図に捉え、大介を含む俺達を守る為に、あの魑魅魍魎ごとき軍人達に向かって飛び出そうとしたボンを大介が体を抱えて止める。
 いくら熊にすら立ち向かっていく程の強さと身体能力があるとはいえ、相手は得体の知れない化け物。

 グチャッビチャックチャクチャクチャ……
 ハフーッハフーッ

 生きたまま戦利品を荒い息を吐きながらガツガツ食べるハイエナのように、泣き叫ぶ矢田さんの声を心地いいBGM代わりにして食い散らかしている。

 この状況はどこかで――

 パンッパンッパンッ

「……人数が多いな……。仕方ない。皆、伏せるんだっ!」
「え?」
「は?」

 神崎さんとは違う、渋くて雄々しい声が背後から投げかけられる。
 大介や洋一郎が「何だ?」という顔で聞き直そうとしているそばから、二人の頭を押さえつけ大地に伏せさせた。
 当然、抱きかかえられたままのボンも、大介に押しつぶされるようにして伏せた。

 次の瞬間。
 ピンッと軽い金属音のすぐあとで、空気が裂ける音がした。

 ドゴォォンッ

 先程よりも大きな爆音に目を閉じれば、爆風が髪は頬を撫でる。
 真っ青な青空の下。
 嫌な水音と、弾力のある物体が血に落ちる音がした。
 確認するまでもなく、彼らに流れていた液体と、彼らの体を形成していた破片が飛び散った音だ。

 薄目を開けて回りをキョロキョロと、黒目だけを動かして様子を見る。
 頭を抱える者、女性を庇うようにして覆いかぶさっている者。
 それぞれ皆、大地に伏せている。
 いち早く起き上がったのは、日本国防軍の生き残った三人ではなく、タカシさんであり、サッと神崎さんの体の横に置かれたライフルを取り上げた。

「喰われた方はオートマチックだったのに、あんたのはローリング・ブロックタイプか」

 構造や使い勝手を確認するように、両手でしっかりとライフルを持って細かく見ている。

「貴様っ! 何をするつもりだっ!」

 日本国防軍の装備は全て、国民の税金買ったものであり、有事にはそれが国民を守り、隊員の生死を左右する武器となる。
 従って、一般人に奪われ、犯罪はもとより、遊び半分に使用される事はあってはならない事であるし、勿論、銃刀法違反にだってなる。
 もし、ここでタカシさんがライフルを使ってしまったとしたら、タカシさんだけでなく、所有者である神崎さん自身の管理の杜撰さを指摘され、責任を追及されることとなる。
 神崎さんは、慌てふためき、顔を真っ赤にさせて立ち上がり、タカシさんに詰め寄った。

「返せっ!」

 ライフルを奪還しようとするも、日々の鍛錬を積み、屈強な肉体を作っている筈の軍人よりも、タカシさんの方が体格が良く、しかも、反応が早い。
 両手で握り締めたライフルに手を掛けようとするも「邪魔」と、冷たく言い放ち、銃床で払いのける。

「き、貴様っ! こんな事をしていいと……」
「あっちのバケモンが来るぞ」

 彼がライフルの銃口を向けた先には、さっきまで大東さんに襲い掛かっていた川上さんが壊れた人形のように大地に横たわっていた。
 その隣には、彼の血を浴び、彼の脳や血肉を顔中に押し付けられ、無理矢理口や鼻からその血肉を味わされたであろう大東さんが首を傾け、ポカンと口を開けたまま、肩の力を抜いてダランとした格好で突っ立っていた。

「なんだ! 大東! 無事だったのか!」

 既に殺されたと思っていた仲間が血まみれになりながらも生きている姿を見て、喜びの声を上げて立ち上がる荒川さん。

「あれはバケモンの方じゃない。一緒にここまで来て襲われた仲間の方だ! いい加減な事を言いやがって」

 一瞬、気を逸らされたものの、すぐにまたタカシさんに詰め寄るが、「ほんと、これだから実戦経験のない奴は……」と、車の中での無駄に爽やかで、それでいて弄られキャラな彼とは思えない冷酷な目で神崎さんを睨みつけた。

「うっ」

 あまりの迫力に声を詰まらせる神崎さんに向かって、「コードネーム・インデ。リクエストナンバー・9999。こう言えば、あんたも一応幹部なんだから分かるよね?」と、暗号めいた言葉を放った。

「なっ!」
「まさかっ……そんな……」

 威勢よく怒鳴り散らしていた神崎さんだけでなく、すぐ傍にいてたまたまタカシさんの言葉を耳にした荒川さんまでもが驚愕し、固まった。
 その目はまるで、信じられないものでも見ているかのように、大きく見開いていた。
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