Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 12

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 一瞬、目の端に映った「何か」に戸惑う俺は、「え?」と間抜けな声を漏らした。

 何だ今のは?
 まだ化け物がいるっていうのか?

 慌てて確認する間もなく、銃声が俺の思考を遮った。
 白菜を錐でぶっ刺したような、パシッという乾いた音と同時に半熟トマトをぶっ潰して中身が飛び散ったような音がした。
 間違いなく、命中した。
 俺以外の皆の目がソレに注目している。

「あが――ぐぉおがぎぇ――うぎぇがぁ――」

 何とも形容のしようがない、頭蓋ゴツを爪で引っ掻くような不快な悲鳴。
 誰もが顔を顰め、耳を押さえる中でも、タカシさんだけは、顔半分を失ったにも関わらず、動きを止め、空に向かって気味の悪い絶叫をし続ける大東モドキは、もうあと十数歩という距離まで来ていた。
 それだけ至近距離とはいえど、タカシさんは慎重である。

 息の根を止めるまでは安心出来ないと言わんばかりに、彼はむやみに手負いの獣に近付く事はせず、その十数歩離れた場所から残り半分の頭にライフルの照準器を覗き、照準をしっかりと合わせていた。
 内耳にある蝸牛を狂わせるような叫び声が、彼にとっても酷く不愉快のようだ。
 眉間に深い皺が寄せ、いつまでも止まない断末魔に終止符を打つべく、彼は躊躇う事なく引き金を引いた。

 火花のような音をさせて撃ち出される銃弾。
 ドンッと鈍い音がしたような気がしたが、それと同時に弾け飛んだ顔の方が衝撃的であった。
 足元に飛び散った赤やピンクの破片。
 その上に崩れ落ちるようにして、大東モドキはその場に倒れた。
 後方で今まで堪えに堪え、我慢の限界に達した何名かのえずく声。
 雨の日の鉄棒の臭いに例えようもない生臭さ。
 それに混じって、複数の人間の吐しゃ物の臭いが混じって、爽やかな風が吹くたびに、鼻腔をツンとしたものが刺激する。

 俺は視覚的なものよりも、嗅覚的なものに弱いんだな……なんて自己分析をしたが、どうやら、それは俺だけじゃないらしい。
 洋一郎も、この惨状に耐えられなくなり嘔吐した大介の背をさすりながらも、ハンカチで鼻と口元を押さえ、目には涙を溜めている。
 軍人であっても、武器を所有していない鶴岡さんは、自分の任務遂行を最優先に考え、目的地まで俺達を安全に連れて行く事のみに専念し、身を挺して爆風から俺達を守ったり、米澤さんや松山さんのケアをしていたので、凄惨な光景は目にしなかったものの、流石に臭いだけは防げる事が出来ず、顔を顰め、生唾を何度も飲み込んでいた。

 ここで平然とした顔をしているのは、やはり、タカシさんと、俺や洋一郎と同じように、事の成り行きを静観していた本郷さんのみ。
 戦場への派遣があったかどうかは分からないが、もし、あったとしても、パイロットとして任務を遂行して来たであろう二人は、実際にこんなに間近で人の死を――
 自分達の仲間の死体を見た事など無い彼らは、命の危機を脱し、緊張の糸が切れたせいか、途端に吐き気を催したらしく、青白い顔をし、額に脂汗を滲ませながらも、なんとかそれを堪えていた。

「とりあえず、ここに居た化け物は退治出来たみたいだが、またいつ湧いて出て来るか分からない。さっさと輸送車で移動しよう」

 完全に私物化したライフルを肩に引っ提げたタカシさんが、輸送車の鍵が保管されている建物へと足を向ける。

「わ、私も一緒に……」

 かなりの精神的ダメージを負い、憔悴しきった表情を見せる荒川さんが、片手で口を押さえ、もう片方の手にライフル銃を抱えてタカシさんの前に歩み寄った。
 仲間同士では自分の事を「俺」と言っていたのに、混乱した状況下であっても、外部の人間に対しては「私」と自分の呼称を変えているのを聞けば、彼の頭は多少パニックになっていたとしても、きちんとした判断力は残っている証拠。

「ぬるま湯に浸かっていたいたとはいえ、貴方も一応は軍人の端くれって事ですか」

 フッと口元を緩ませた彼の表情は、決して荒川さんを小馬鹿にしたわけではなく、むしろ、彼のとった行動を認めているようだった。

「私もっ!」

 挙手して名乗り出る神崎さんに、「ちょっと待った」と声が掛かる。
 声の主は本郷さん。
 彼の手には、なぜか鈍い光を放つ黒い小さな物体が握られていた。

「ベレッタM96だとっ?」

 神崎さんの視線が、ソレを見つめたまま固まる。

「そそ。世界で今、一番信頼性が高い自動拳銃。あんたら警察じゃないんだから、堅い事言わずに、今はまず、この飛行場から逃げる事に集中しようぜ?」

 相変わらず、飄々とした態度を取る本郷さんだが、彼の目は笑っていない。
 睨みを利かせた眼光は、獰猛な猛獣を思わせるほど威圧的であり、否定することを許さないと無言の圧力をかけている。

「うぐ……ううむ」

 圧倒的なオーラに蹴落とされ、二の句が告げられずにいる神崎さんに、本郷さんが近付いた。

「たかが鍵を探して、輸送車をここまで回すのに、生き残った軍人さん三人のうち、武器を所有している二人が同時にここを離れてどうするよ? ここに居る“一般人”を護衛し、最初の目的地まで安全に連れて行くのが、あんたらの役目だろ?」

”違うわけ?”と、小さく小首を傾げる。
 本郷さんの言っていることは、まったくもって正論だ。
 武器も持っている人間全員が、俺達を置いて鍵を探しにいっている間に、再び化け物がここに現れたら、間違いなく助からないだろう。
 例え、本郷さんの手に拳銃があるとはいえ、他のメンバーは丸腰。
 相手は尋常じゃない力を持ち、頭を破壊しきらない限り、その動きを止めることはないのだから。

「そうだな。俺……いや、私はここに残って、皆を守る義務がある」

 本来ならば、自分か、もしくは荒川さんがこの場を指揮し、全員を無事に目的地へと送り届ける筈が、予想だにしていなかった出来事で自分自身が取り乱し、“一般人”だと思っていた人間に主導権を握られたのだから、悔しさが込み上げているのだろう。
 下唇を噛みしめながらも、本郷さんの案を受け入れた。
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