Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 12

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 今目にしている状況が一体何なのか。
 頭の中で整理がつかずに混乱する。

「なんだ? 何が起こった?」

 注視していた場所とは異なる場所からの攻撃。
 こういうのをゲリラ攻撃というのかどうかは分からないが、意表を突かれたのは間違いない。
 二人が怯んだところで、その投げられた肉塊のあった場所で地面の奥底から這い上がってくるような呻きを上げる異形の影が現れた。

「あ、れは……」

 そうだ。
 なんで思い出さなかったのか。
 皆も、何で気付かなかったんだよ。

 焦りと不安、それに緊張といった別々の感情がそれぞれの表情に表れる。

 視線の先はただ一つ。
 頭部はそのままで、不揃いに引き千切られた手足で四つん這いの格好をした真っ赤に濡れたモンスター。
 犬や狼が遠吠えをするように、頭部を反らし、顎を上げると、飛行場の敷地全体に轟くように哮りたつ。
 それは仲間の無残な骸を見て号哭しているというよりも、明らかに興奮し、獲物を恫喝する意味での鳴き声であった。

「うわぁぁっ」
「いやぁぁっ」

 恐怖のあまりに吐き気が途絶え、背を丸め、身を小さくさせる大介が悲鳴をあげると同時に、米澤さんが半狂乱になって暴れ出した。
 震える大介の背中を洋一郎が撫でて落ち着かせる。
 正気を失い、手足をバタつかせて奇声を上げ続ける米倉さんを、晴香さんと鶴岡さんの二人がかりで押さえつけ、耳元で「大丈夫。大丈夫」と囁き、精神が壊れないよう支え続けた。

 そんな中、本郷さんと神崎さんは、俺達の盾になるよう、化け物に向かって武器を構えた。

 そういえば、さっきまで大介や米澤さんと同じく、えづいていた松山さんは――って、おいおい。
 あれから一度も声も気配も感じさせなくなっていた彼は、本郷さんとタカシさんが運んできた大きなケースを背にして白目を剥いていた。

《こんな時に気絶するなんて……》

 心の中で呆れたように呟いたが、こんな状況だからこそ気絶する方が当たり前だとも言える。
 あんな化け物が何度も何度も襲い掛かってくるのなら、いくら、全員がかりで闘ったとしても、武器を持たない者から一人一人狙われ、喰われてしまうだろう。
 それなら気絶しているうちに、殺られるか、助かるか――

《何も知らないうちに終わっている方が幸せだな》

 小さく息を吐き、気を取り直す。
 長々しく響いていた雄叫びがピタリと止まる。

「来るぞっ!」

 ピリリとした空気が走った。
 肉体的には壊れまくっているというのに、かえってそれが、醜悪な化け物をより一層不気味で凶悪なものに感じさせる。

 あんな姿でこれからアイツはどう攻撃してくるというのだろう?
 四肢が全て、中途半端な位置から吹っ飛ばされているんだぞ?

 そんな考えとは裏腹に、元は人間であったあの化け物から滲み出る、怒りでも憎悪でもない、『飢えた獣』が意地でも獲物に喰らいつこうとする気迫じみたオーラがビリビリと伝わり、俺達に恐怖という感情を植え付けていく。
 ヤツは背を丸めたかと思ったら、突然、手首の無い左手と、肘から下を失った右手を前足のようにして大地を蹴った。
 不揃いな手足を四足として使うには無理があると誰しもが思っていた。

 しかし、あの化け物はやはり普通ではない。
 全身をバネのようにし、手と足は背を丸めると同時に内側に入れ、背を伸ばすと同時に外側に伸ばす。
 大地に四足と化した不完全な手足を着けるのは、弾性力の大きさを高めるためだけに使っているのだろう。
 ドンッドンッと大地に響くような重低音がする。

 こんなにも離れた場所で傍観している俺達ですら、あの異形のモノが歯をむき出しにして巨大なゴムマリの如く襲い来る姿を見れば、肝を冷やして身じろぎすら出来ないでいるというのに、たった数メートルしか離れていない、目と鼻の先にいるタカシさんは、冷静であった。
 吠えたけているうちから、獣の眉間に照準を合わせていた彼は、何故、その場で撃たなかったのかと言えば、これは俺の予想に過ぎないが、頭を全損させない限りは何度でも襲い掛かって来るのを見越しての判断なのだと思う。

 少しでも離れた場所から撃つ方が、いざという時、二の手、三の手を加えられるという安心感はある。
 だが、ライフルの射程距離範囲内に於いて、遠ければ遠い程、貫通力は増すが、破壊力においては、至近距離の方が絶大だ。
 これはよくネットなんかでアップされている、近距離で撃たれたり、ライフル銃で自殺を図った人のグロ画像なんか見れば一目瞭然の事。
 歳差運動で弾創が拡がり、弾が体内に入った時よりも、通過し、貫通した部分の方が破壊が大きくなる。
 例え、盲貫銃創(体内に弾が留まる傷)となったとしても、大きな穴が開いて致命傷となるのだから、少しでも頭部が残っている限り、動く事を止めない化け物を倒すには、至近距離から銃弾を撃ち込み、頭部を木っ端みじんにするしかないのだ。

 一発で仕留められるギリギリのラインまでヤツが来るのを待つタカシさんを見れば、自分の予想で間違いないと確信した。
 血なのか涎なのかも分からない体液を口から垂れ流し、奇声をあげて迫りくるグロテスクな獣。
 闘牛のような荒々しさに怯むことなく、彼はライフルを構えたまま、ジッと狙いを定める。
 チャンスは一回こっきり。

 5,4,3,2……
 ドクン、ドクンッ――

 心臓の鼓動がカウントを数えた。
 やけに甲高く響く銃声。
 眉間のど真ん中に命中し、破裂音など無いのに、後頭部が、スイカを勢いよく割った時のように大きな穴をパックリと開け、そこから赤黒い液体と、半固形物のようなドロリとしたものが飛び散った。
 誰しもが、そこで思ったであろう。

『仕留めたっ!』と。

 現に、銃を構えたままではあるが、斜め後ろから見る本郷さんの頬も微かに緩んだ気がしたし、その横で同じく小銃を構えていた神崎さんに至っては、小さく「ヨッシャッ!」とガッツポーズをキメているくらいだ。
 目に希望の光を輝かせた洋一郎だって、顔には出さないが、胸の中で密かに万歳三唱していることぐらい、長年の付き合いだから分かる。
 皆がタカシさんの渾身の一撃に、勝利を見出し、表情が緩み、内から湧き出て来る喜びが声となって表に出ようとする、まさに、その時。
 時間にしてみれば、視覚や聴覚で受けた刺激が脳へ到達し、その脳が命令し、頬を動かし、口を開かせ、声を出させるまでの一秒あるかないか。
 化け物が打たれた衝撃で頭を仰け反らせ、僅かに体が浮いた、たったその間だけに与えられた高揚感は、次の瞬間、一気に奈落の底へと落とされた。

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