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episode 12
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鋭利な刃物で切り裂かれたバスケットボールのような皮を、ベロンベロンと後頭部にひっつけたまま、血液と体液、そして肉片の入り混じったものを滴り落としている化け物。
奴の頭は、真横から見ると、耳から後ろの『中身』がほぼ無く、仮面だけがズタボロのゴムを引っ付け、首の上に載せられているようなもの。
それでも尚、ヤツは目の前の『獲物』を『喰いたい』という衝動だけに突き動かされ、前足代わりのいびつな両腕を踏ん張って体を支えたかと思うと、中身を飛び散らせるのもいとわず、頭を大きく振り体全体を丸めた。
全身の力を使って、タカシさんの喉元まで一気に飛びつくつもりだ。
タカシさんが背を向け、全速力でダッシュしたところで、とっくに準備万端に体勢を整えてある化け物の方が有利なのは明らか。
最悪なことに、そこまでの様子を陰から静かに眺めているだけであった生物が、その姿を日の下へと曝け出した。
そいつは矢田さんの放った手榴弾の餌食となり、左半身の機能を失った元軍人。
名前は確か――そうだ。
神崎さんが掠れた声で漏らしたのは、「嘉島」さんだ。
あの時は、片足でケンケンをするようにしか歩くことが出来なかったと記憶している。
今、もとは嘉島さんであったモノ、即ち嘉島モドキが出て来ても、その鈍い動きからは容易に逃げられるし、逆に、簡単に倒せるとも思ったのだが、そうは問屋が卸さない。
嘉島モドキまでもが、タカシさんに今にも飛び掛かろうとしている化け物の真似をして、四つん這いになっていたのだ。
しかも、失った左足は別として、皮膚は裂け、肉やオレンジ色をした脂肪を傷口の合間から見せているだけでなく、白い物が生々しい肉の間から覗かせているズタボロになった左腕は、腕としての機能を全て損壊していたように見えたが、今ではしっかりと前足として大地を踏みしめている。
赤く長いモノを顔面の中央より少し下から垂らしていたが、ピッタリとその顔を荒川さんに向けると、結構な重さすら感じさせるソレを、左右に振り上げ、自身の頬や額、頭を撫でるように擦りつけだした。
《あれは……舌だ》
異様に長い舌で、舌なめずりする嘉島モドキは、ようやく自分にも食事にありつくチャンスが来たとばかりに下卑た笑みを浮かべているように見えた。
コイツがあんな場所にコソコソ身を潜めていたのは、獲物達が分散し、自分でも仕留められる機会を虎視眈々と狙っていたからだったんだ。
後ろ足一本無いことなど、コイツらにとってはどうでもいいらしく、一体どんな身体構造を形成しているのか、思いもよらぬ速さでタカシさんと荒川さんの方へと犬のように駆けだした。
軽い金属的な衝撃音と同時に、荒川さんの持つライフルが火を放つ。
それが引き金となり、四足の化け物は、その血生臭い熊のような体をタカシさんに向けて飛ばした。
咄嗟に横に避けながら、ライフルの引き金を引く。
どてっ腹に命中するも、動きを止めるまでには至らず、手負いの獣と化した異形のモノは、装甲車のように、その重量感ある体を激しく転がし、タカシさんへ体当たりをかます。
その間にも、荒川さんが連続で鋭い発砲を繰り返すが、嘉島モドキはこの短時間で肩の関節や右股関節を変形……いいや、変化させたらしく、足が数本奪われた蜘蛛のような格好で、上体を低くし、前後左右カサカサと気味の悪い動きを繰り返し、銃弾を上手くかわす。
「クソッ」
いつでも飄々とした態度で掴みどころのない本郷さんも、仲間の命の危険とあっては、居ても立っても居られないと、今からでは到底間に合わないのは分かっているというのに、彼らしくもなく無謀にも飛び出した。
空に向かって放たれる威嚇射撃。
蹴り上げる度に立ち上がる砂埃。
本郷さんの怒声が衝撃波のように辺り一面に広がる。
それでも、ゾンビと言うには、あまりにおぞましい姿をしたモンスターには、何の効果も示さない。
ヤツらの耳はとっくにぶっ壊れていたのだから。
関心があるものと言えば、目の前にある生き生きとした食事だけ。
タカシさんが体勢を立て直し、荒川さんの撃つ弾が嘉島モドキのどこか一部でもかすめるような、僅かな隙すら与えなかった。
神崎さんも、彼らの援護に向かおうと、無意識に足を踏み出そうとしていたが、本郷さんに先を越され、ここに残された一般人である俺達を置いては行けないと咄嗟に判断し、深く息をついて、再び銃を構え、警護の構えをとった。
離れた所で繰り広げられている二対二の攻防。
巨漢に吹っ飛ばされ、地べたにゴロゴロと転がるタカシさんに上から襲い掛かるやたらと大きな牙らしきものを、うまくかわしながら、わざと体を左右に大きく転がす。
このままでは、そのうち彼の喉に化け物の大きな口が喰らいつくのも時間の問題。
荒川さんとサシの勝負をしている嘉島モドキと言えば、不気味に手足を働かせ、時に胴体部分を上下に動かす姿は、大昔の怪談に出て来る土蜘蛛という妖怪のようで、すばしっこい動作で弾丸を避けつつ、着々と足早に後退してる荒川さんとの距離を詰めている。
こちらは、追いつかれるか、それとも弾が無くなった時点で喰われるか、微妙な感じだ。
俺達の間に凄まじい緊張感が走った。
奴の頭は、真横から見ると、耳から後ろの『中身』がほぼ無く、仮面だけがズタボロのゴムを引っ付け、首の上に載せられているようなもの。
それでも尚、ヤツは目の前の『獲物』を『喰いたい』という衝動だけに突き動かされ、前足代わりのいびつな両腕を踏ん張って体を支えたかと思うと、中身を飛び散らせるのもいとわず、頭を大きく振り体全体を丸めた。
全身の力を使って、タカシさんの喉元まで一気に飛びつくつもりだ。
タカシさんが背を向け、全速力でダッシュしたところで、とっくに準備万端に体勢を整えてある化け物の方が有利なのは明らか。
最悪なことに、そこまでの様子を陰から静かに眺めているだけであった生物が、その姿を日の下へと曝け出した。
そいつは矢田さんの放った手榴弾の餌食となり、左半身の機能を失った元軍人。
名前は確か――そうだ。
神崎さんが掠れた声で漏らしたのは、「嘉島」さんだ。
あの時は、片足でケンケンをするようにしか歩くことが出来なかったと記憶している。
今、もとは嘉島さんであったモノ、即ち嘉島モドキが出て来ても、その鈍い動きからは容易に逃げられるし、逆に、簡単に倒せるとも思ったのだが、そうは問屋が卸さない。
嘉島モドキまでもが、タカシさんに今にも飛び掛かろうとしている化け物の真似をして、四つん這いになっていたのだ。
しかも、失った左足は別として、皮膚は裂け、肉やオレンジ色をした脂肪を傷口の合間から見せているだけでなく、白い物が生々しい肉の間から覗かせているズタボロになった左腕は、腕としての機能を全て損壊していたように見えたが、今ではしっかりと前足として大地を踏みしめている。
赤く長いモノを顔面の中央より少し下から垂らしていたが、ピッタリとその顔を荒川さんに向けると、結構な重さすら感じさせるソレを、左右に振り上げ、自身の頬や額、頭を撫でるように擦りつけだした。
《あれは……舌だ》
異様に長い舌で、舌なめずりする嘉島モドキは、ようやく自分にも食事にありつくチャンスが来たとばかりに下卑た笑みを浮かべているように見えた。
コイツがあんな場所にコソコソ身を潜めていたのは、獲物達が分散し、自分でも仕留められる機会を虎視眈々と狙っていたからだったんだ。
後ろ足一本無いことなど、コイツらにとってはどうでもいいらしく、一体どんな身体構造を形成しているのか、思いもよらぬ速さでタカシさんと荒川さんの方へと犬のように駆けだした。
軽い金属的な衝撃音と同時に、荒川さんの持つライフルが火を放つ。
それが引き金となり、四足の化け物は、その血生臭い熊のような体をタカシさんに向けて飛ばした。
咄嗟に横に避けながら、ライフルの引き金を引く。
どてっ腹に命中するも、動きを止めるまでには至らず、手負いの獣と化した異形のモノは、装甲車のように、その重量感ある体を激しく転がし、タカシさんへ体当たりをかます。
その間にも、荒川さんが連続で鋭い発砲を繰り返すが、嘉島モドキはこの短時間で肩の関節や右股関節を変形……いいや、変化させたらしく、足が数本奪われた蜘蛛のような格好で、上体を低くし、前後左右カサカサと気味の悪い動きを繰り返し、銃弾を上手くかわす。
「クソッ」
いつでも飄々とした態度で掴みどころのない本郷さんも、仲間の命の危険とあっては、居ても立っても居られないと、今からでは到底間に合わないのは分かっているというのに、彼らしくもなく無謀にも飛び出した。
空に向かって放たれる威嚇射撃。
蹴り上げる度に立ち上がる砂埃。
本郷さんの怒声が衝撃波のように辺り一面に広がる。
それでも、ゾンビと言うには、あまりにおぞましい姿をしたモンスターには、何の効果も示さない。
ヤツらの耳はとっくにぶっ壊れていたのだから。
関心があるものと言えば、目の前にある生き生きとした食事だけ。
タカシさんが体勢を立て直し、荒川さんの撃つ弾が嘉島モドキのどこか一部でもかすめるような、僅かな隙すら与えなかった。
神崎さんも、彼らの援護に向かおうと、無意識に足を踏み出そうとしていたが、本郷さんに先を越され、ここに残された一般人である俺達を置いては行けないと咄嗟に判断し、深く息をついて、再び銃を構え、警護の構えをとった。
離れた所で繰り広げられている二対二の攻防。
巨漢に吹っ飛ばされ、地べたにゴロゴロと転がるタカシさんに上から襲い掛かるやたらと大きな牙らしきものを、うまくかわしながら、わざと体を左右に大きく転がす。
このままでは、そのうち彼の喉に化け物の大きな口が喰らいつくのも時間の問題。
荒川さんとサシの勝負をしている嘉島モドキと言えば、不気味に手足を働かせ、時に胴体部分を上下に動かす姿は、大昔の怪談に出て来る土蜘蛛という妖怪のようで、すばしっこい動作で弾丸を避けつつ、着々と足早に後退してる荒川さんとの距離を詰めている。
こちらは、追いつかれるか、それとも弾が無くなった時点で喰われるか、微妙な感じだ。
俺達の間に凄まじい緊張感が走った。
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