Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 18

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「しっかし、すっげぇ~なぁ~。どこもかしこも、最新設備じゃん」
「確かに、凄いわね。まさか、これほどまでとは。ロボットで二十四時間、手入れを怠らない公園や、区内の清掃。これだけ、整った環境は本土でも中々ないわよ」

 高くそびえ立つ、高圧電流が通してある二重の塀に囲まれた、一つの街がすっぽりと収まるくらいの広い敷地内。
 それが『安全地帯』と鶴岡さんが呼んでいる正式名称・NNW2地区。
 他のブロックに居住する島民には、『死を待つ場所』と噂されているらしいが、鶴岡さんの話の通り、死どころか、争いや暴力、様々な騒音などから隔離された、まさに『安全地帯』という名にふさわしい静かで平穏な場所。 
 ストライカーZ装輪装甲車を、敷地内にある軍用車専用駐車場に停めて、政府から定められた滞在場所である宿泊型研修施設まで歩いて移動する。

 殺伐とした風景や緊迫した状況下から、のどかで平和そのものといった場所に来た俺達は、この 環境と同じく、穏やかな気持ちで周辺を観察しながら歩く。
 公園のベンチには、のんびりと腰掛け談笑する老婦人達の姿。
 道路の脇には綺麗に刈り込まれた植え込み。
 真っ白な病院らしき窓は、ところどころ開いており、楽しそうな笑い声や話し声が洩れている。
 ここが、あのような惨事が起きた飛行場と、同じ島の中にある場所とは到底思えない。

 あそこが地獄ならば、ここは天国だ。

 想像以上に和やかな空気が流れるNNW2地区の環境に感心する。

 しかし、ここに入るまでは、厳重なチェックと警備、そして、簡易検査と言われ、ランセット(ワンプッシュで指や耳たぶを傷つける道具)と血液採取用ろ紙を、門と門との間にある検問のようなところで渡され、その場での血液検査、唾液検査、特殊な機械を用いての眼球検査等を受け、結果が出るまで降車することすら許されなかった。
 ここまで厳しいセキュリティを敷いた場所はそうはない。
 皇居や、他国の王室、国の主要施設であっても、ここまでは厳戒態勢をしいているだろうか?
病院や介護施設がメインの区域を隔離するだけの為にしては、異様な光景ではあった。

 けれど、周りを観察していて気が付いた事がある。

 老衰を待つ人、重い病気の人が集まる場所にしては、すれ違う人も、通りを行き来している人も、明るく、幸せそうな顏をしている。
 それだけじゃない。
 スーパーや本屋、映画館などは、ここに居る人達にとっても、必要なものを買ったり、楽しみの一つとしてあってもおかしくはないが、スポーツジムや小さな工場といったものまでが存在していることに引っ掛かりを感じた。

 重患や体力のない老人に必要があるのだろうか?

 俺は、米澤さんや大介達が、観光地にでも遊びに来ているかのように、はしゃいで歩く、その後ろを考え事をしながら、少し間隔を開けてついて行く。

 安全、安心、穏やかさ。
 病院、介護、娯楽に工場。
 閉鎖された空間。
 厳重なチェックと警護によって、入口でふるいに掛けられ、不都合なものは一つも入る事の出来ない場所。

 ここには島民の一部と、政府の許可を得た者だけが入れる――あぁっ! そうか。
 この島を報道してきたマスコミ関係者や、特別な許可を受けた人、それに、政府要人達が、この島で滞在する場所というのが、この『安全地帯』だということを思い出し、合点がいった。
 マスコミ関係者にしても、他の理由で政府の許可を受けて入島した人にしても、この島での行動や、面会出来る島民は政府広報室によって決められ、あらゆる制限の中でのみ許される。
 つまり、この『安全地帯』の中でしか、自由に動き回ることも、撮影することも許されていないのだ。

 そりゃぁ、ここだけを見れば、本土の人間が信じる高齢化社会問題対策としての『paraíso』計画は、それこそ『楽園』であり、多くの人が望む老後が送れると思うだろう。
 桃源郷を信じて疑わない本土の人間がいる場所に、他の区域に住む島民が押しかけ、いらぬことを話したり、不利益な情報を伝えたりしないよう、『安全地帯』だけは、外部と完全に遮断しているというわけだ。
 勿論、政府要人も滞在する場所なのだから、彼らに何かがあっても困るからという理由もあるのだろうが。
 そう考えたら、慈愛と優しさに満ちた老人達の顏も、閑静で住み心地のよさそうな環境も、全てが人工的に造られた、しらじらしいものに見えて来る。

 空を見上げると、真っ白な入道雲と真っ青な空。
 ジリジリと身を焦がす太陽の日差しに痛みを感じるが、それでも自然の厳しさと美しさに心奪われる。

 造られた喜び。
 造られた美しさ。
 造られた充実感。

 その全てが虚しくて、視界に映るものから色が消えていく。
 自分が実際に目にした楽園の真実。
 簡単に中に入ることも、逆に、外に出る事も出来きない、政府や世間が理想とする世界のミニチュアのようなNNW2地区は、『安全地帯』というよりも、まるで鳥籠だなと思った。
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