Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 22

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 今、一番怪しい人間である日野浦さんと一緒にいるのは本郷さんと洋一郎。
 日野浦さんが誘い込んだ研究所というのが、罠なのか、それとも本当に『paraíso』の本拠地なのかは、こんなところでグダグダ悩む前に直接本人達に聞けばいいこと。
 そこから、日野浦さんが一体何を考えているのか見えてくるだろうし、洋一郎の見解だって聞ける。
 無線機をお互いに持つことに決めたことが、ここで役に立つのだ。

「鶴岡さんっ! 無線っ! 無線連絡しましょう!」

 いきなり大声を上げた俺を、きょとんとした顏で見つめる皆。
 その中でも、大介と米澤さんの顏がやけに近い。
 二人とも顏を俺に向けている今も、頬と頬がくっつきそうだが、体勢から察するに、ついさっきまで顏と顏を突き合わせていたのがわかる。

「あ、あれ? 俺、二人のラブシーン邪魔した?」

 わざとすっ呆けたような台詞を吐いてやった。
 顏を真っ赤にさせている二人は、「「は?」」と、間抜な声を出し、互いに正面を向いて向き合うと、あと数センチで唇と唇が重なり合うくらいに接近していた。

「うわぁっ」
「きゃぁっ」

 仰け反るようにして離れる二人。
 どうも寄生虫談義がヒートアップしていた様子。
 米澤さんは、ウィルス感染説を支持していたけれど、結局、どうなったんだ?
 自分の思考に入り込んでいて、彼らの話が一切、耳に入って来ていなかった俺は、とりあえず聞いてみた。

「で、米澤さん。飛行場にいた感染者の件は、納得がいきました?」
「ええ。わざわざ政府や日野浦さんが嘘の情報を流す理由は分からないけれど、代々木君の熱心な寄生虫講義のお陰で、ウィルス感染者ではなくて寄生虫感染者だっていうことで、とりあえずのところは納得しておくわ」

 腑に落ちない点があるせいか、浮かない顏はしているものの、「まったく。昆虫マニアとは聞いていたけど、まさか、寄生虫にまで詳しいとは驚きだわ」と、大介に対しての評価は上々のようだ。

「ええ。それは俺も同感ですよ。さっき、部屋で大介に、『日野浦さんは嘘をついてる。あれはウィルス感染なんかじゃない。寄生虫だよ』と説明を受けた時には、正直、俺も冗談かと思いましたもん」

 彼女の言う通り。
 俺も、大介が俺を部屋に引き留めてまで「日野浦さんは嘘をついている。ウィルス感染なんかじゃない」と言いだした時は初めは冗談かと思った。

 飛行場での事件。

 あの時は皆がパニックになり、冷静ではいられなかった。
 だから日野浦さんの『ウィルス感染者』説を疑う者はいなかったし、むしろ、前もって仕入れていた情報にも、島で伝染病が発症していたと聞いていたので、すんなりと信じ込んでしまった。
 けれど、あんな状況下に置かれていても、大介の中では、日野浦さんの発言に引っ掛かりを感じていたらしい。
 気持ちが落ち着けば落ち着くほど、頭の中を支配していく言葉。

『生きている限り動き続け、生きている限り凶暴化は止まらない』
『傷口に、少しでも感染者の体液が入れば、あっという間にあちらの仲間入りですけどね』

 この二つの言葉。
 俺達にしてみりゃ、脅威のウィルスだとしか思わないし、それがウィルス感染者についての説明としてはおかしいとも思わない。

 だが、大介は違った。

 普段、お馬鹿キャラで注意力散漫な彼は、自分の興味のあることや関心事には、時に恐ろしいほどの集中力と記憶力を発揮する。
 恐ろしくもおぞましい現場を、色々な意味でインパクトがありすぎたからこそ、震えながらも、しっかりと網膜に焼き付けていた。
 感染者として、小岐須さんを喰い殺したマーシャラーの川上さん。
 彼は大東さんにライフルで撃たれ、頭部の殆どを失って絶命したにも関わらず、再び立ち上がり、今度は大東さんを襲ったのだが、その時は、『喰う』のではなく、覆いかぶさるようにして、大東さんの顔面に自分の顔面を押し付けた。
 川上さんの中にある『何か』を、大東さんに移すかのように。
 その後、川上さんは絶命し、大東さんは感染者となった。
 それだけではない。
 手榴弾の餌食となった感染者兵士達の中で、更に変化を遂げ化け物になった者もいた。

『死んでも尚も動き続けている』
『感染者の体液が体内に入るだけで感染するのであれば、喰われた挙句に手榴弾で木っ端微塵にされた矢田さんはまだしも、ただ、喰われただけの小岐須さんであれば、感染者として復活してもおかしくない』

 考えれば考えるほどに矛盾点が浮かんできた時、『人間』として死んでも、何かが『体』だけを利用しているとは考えられないと思ったらしい。

 そこで閃いたのが『寄生虫』

 ハリガネムシやレウコクロリディウムといった寄生虫は、宿主の脳神経を支配し、コントロールすることで有名だが、それは『生きている』宿主を自分の都合のいいようにコントロールするだけ。
 しかし、今回の感染者の場合は『死んでも何かしらの目的を持って動いている』ように見えた大介は、ブードゥー・ワスプという寄生虫を思い出したのだと言う。
 ブードゥー・ワスプは、イモムシに何十個もの卵を産み付け、その体内で孵化した幼虫は、イモムシを生きたまま貪り喰うだけでなく、何十匹もの幼虫に食べられたイモムシは中身がカスッカスで死んだも同然。
 にも関わらず、イモムシから出てサナギになったブードゥー・ワスプを狙って近付く昆虫がいると、中身が空っぽなはずのイモムシが機敏に反応し激しく追い払うらしい。
 要するに、ブードゥー・ワスプは、サナギから成虫になるまでの間。
 一番無防備で襲われやすい時期を、ゾンビ化させたイモムシに用心棒をさせているそうだ。
 大介の話は物凄く興味深いものではあったが、それだけではまだ納得できない部分もあった。

 虫と人間。
 脳の造りがより複雑なのは人間だ。
 虫を支配することが出来ても人間は無理だろうとツッコミを入れたのだが、それも大介は簡単に論破した。

 トキソプラズマ症候群。

 ヒトを含む、全ての恒温動物に寄生するトキソプラズマは、最終宿主がネコ。
 これは、有性生殖(ヒトを含む動物全般の生殖のように二体の異なる親トキソプラズマから半分ずつ遺伝子情報をもらって一つの新しい原虫を誕生させること)を行う為の、オーシスト(有性生殖分裂体)を起こすことが出来る場所が、ネコの腸管だけしかないという特殊な理由から。
 その為、ネズミがトキソプラズマに感染すると、ネコを怖がらなくなり、ネコに仕留められるような行動を起こすのだという。
 それどころか、人間が感染すると、健康な人であれば風邪のような症状くらいで済む場合もあるが、脳炎や色々な障害を引き起こすこともあるだけでなく、人格の変化をもたらしたり、何故か猫をやたらと可愛がる傾向があるという研究結果も出ているらしい。
 自分達の身近なところでも、寄生虫に脳神経を支配されている動物や人間がいるのかもしれないという事実を延々と説明され、俺は大介の意見も一理あるなと思った。

『死んでも動いていた』

 この事を説明出来るのは、ウィルスよりも寄生虫。
 すなわち、『人』としての脳は死んでいても、それを動かす別の生物が、脳を乗っ取っていれば、理論上、骸と化した体が動くというのもおかしくはない。
 性格や行動も、元々の人間のものではなく、乗っ取ったモノの性格や行動が反映されるのだから凶暴化したって変な話しではない。

「でも、寄生虫だって考えたら、辻褄が合ったでしょ?」

 米澤さんとの会話に、得意気な顏をして割り込んできた大介は、すぐに顏を曇らせた。

「この世界には未発見の生物がまだまだ沢山いる。オレとしては新種の寄生虫かもって思ったんだけど……。まさか、生物兵器に寄生虫を使うとはねぇ」

 珍しくシリアスな雰囲気を漂わせる大介に、米澤さんもうんうんと頷いている。

「確かにな。まさか、兄貴がブラジルで発見した生物を使って、こんな危険なものを作っているだなんて、俺だって信じられない。でも、大介の話と手帳の内容とを照らし合わせると、話しの辻褄も、感染者の行動もピッタリと合う。あとは何故、政府と日野浦さんが、『嘘』をついたか。ここだけが米澤さんは納得がいっていないわけですよね?」

 なるべく穏やかな口調で問いかければ、「そうね」と、短い答えが返って来た。
 この部屋にいる全員が、次に俺が発する言葉に関心を寄せているのを肌で感じる。
 彼女の疑問。
 それに対する答えを俺が持っているのではないかという期待感が、皆の熱い視線からひしひしと感じる。
 正直、俺の推測は中途半端で曖昧な部分が多いが、自分なりに導き出した答えを皆に伝えた。

「だから無線ってことね。かっちゃん、冴えてるぅ~」

 ヒュゥ~と口笛を吹いて、肩をバシバシ叩く晴香さんは、思い立ったら即行動と言う『タイプ。
 席を立つと、すぐに鶴岡さんの腕を取り、「ほら、無線機持って来てよ」と立ち上がらせた。

「そうだね。互いの安否確認も含めて連絡してみよう」

 無線機は、三階の寝泊まりする部屋に置きっぱなしのようで、鶴岡さんが取りに行こうとするのを、松山さんが引き留めた。

「こうなると思って、じゃじゃーん。用意してありますよ」

 椅子の下に置いていた大きな黒いバッグから、無線機を取り出し机の上に置いた。

「あら! まっつん、たまには気が利くじゃない」
「松山、やるわね」
「おいっ! 一応、取材時の機材関係チェックは欠かしたことないぞ。だから、こういう場面でも必要だろうなぁと気が付くのは当然のことだ」
「うわ。生意気ぃ」

 ちょっと褒められると、得意満面で偉そうなことを言ってしまうらしい松山さんは、速攻で貶された。
 いい事しても、いじられる松山さんは、ある意味、愛されキャラだ。

「あははっ! なんか松山さん見てると、オレ、親近感湧きますっ」

 あぁ。
 ここにも似たようなキャラがいたか。
 漫才でいうボケ担当のいじられキャラという立ち位置の二人の間に、年齢を超えた、新たなる友情が芽生え始めている間にも、着々と無線機に個人コードを入力し、指紋認証を終えて起動させる鶴岡さん。

 ソフトウェア無線機と言えば、何通りもの通信網に対応できる無線というイメージなのだが、今、鶴岡さんが操作しているものは、島専用の同じ機種同士じゃないと通信出来ないようになっているらしい。
 これは勿論、外部に秘密が漏れるのを警戒しているからこその措置。
 では何故、司令塔でもある陸海空軍合同軍事司令部ともつながらないようにしてあるのかと言えば、基本的に島内の無線機は全て、司令部側からは簡単に傍受できるようになっている。

 しかし、どうしても個々の部隊で、司令部にも秘密裡に行う作戦の場合にのみ使用出来る特殊な無線機も各部隊に数個だけ用意してあり、それを鶴岡さんは器材庫から選んできたようだ。
 これなら他の通信網とは遮断されているので、本郷さん達が持つ無線機の個体識別番号を入力して、互いの無線機間だけしか送受信できないように出来るので、国防軍や研究所の無線機にこちらの会話を傍受されることはないので安心だ。
 タブレット式のこの無線は、GPS機能や、話したい相手だけを選べるようになっており、無線連絡だけではなく、メールや画像の送信まで出来るらしい。

「ちなみに、GPS機能を働かせなくても、地図に印や絵を描いて送信すれば、自分の位置情報を相手に伝える事も出来るし、暗号を打って送信することも出来る。このタブレット式ソフトウェア無線機は本当に優れものなんだよ」

 興味津々で覗き込んでいた俺に、丁寧に説明をしてくれていた鶴岡さんだが、タブレット画面に表示されているメールのアイコンバッヂを見て、「あれ? メールだ」と呟きながら、アイコンをタップした。
 文章ではなく、画像だけを送信してきたらしく、画面一杯に島の地図が映し出されたと同時に鶴岡さんの表情が険しくなった。

「ここは……研究所じゃない」

 喉から絞り出すような声が彼の口からこぼれた。
 途端に忙しなくタブレットの操作を始め、時に声を荒げるが、何の反応もない。
 内臓スピーカーからは、ただ耳触りな雑音はたまに聞こえるものの、それは、無線として繋がっている事を示しているだけ。
 相手からの声も、周囲の手掛かりが分かるような音は一切聞こえてこない。
 メールを打っても、返事は来ない。

「やはり。日野浦さんは、本郷さん達を騙したってことですか?」

 感情を抑え、声を低くして鶴岡さんの耳元でこっそりと問い掛けたはずなのに、彼を中心として集まっていた皆の耳にはしっかりと聞こえてしまったらしい。
 鋭い視線が俺に集まり、一瞬で空気が張り詰める。
 俺が口に出さなくても、皆、同じ考えが頭を過っていたからこその反応だ。
 そんな中、手にした機械の画面を見つめたまま、思い詰めたような顔をしている鶴岡さんから、晴香さんがタブレットを取り上げた。

「ふ……ん。GPSは起動させていないわね。この地図を見ると印があるのはSSE3地区。あそこは確か、コンクリートがうってある広場があるだけじゃなかった?」

 画面に映し出されている地図に示された赤い点を指差して、鶴岡さんに同意を求める。
 表情を固くしたまま、「ええ」と、力なく答える彼の様子を見て、更に不安と緊張感が増すが、誰よりも早くその返事に反応したのは晴香さんであった。

「ま。動こうにも、もう既に日は暮れている。自分達の居場所を示したわけじゃなく、他に何か意味があるのかもしれない。連絡が取れないんじゃ、ここでは確認のしようがないし、どうにもならないわ。一旦、頭冷やそう」

 この部屋にいる全員に話しているようで、その言葉はピンポイントで俺に向かって放たれているのが分かる。
 感情が先走り、熱くなり過ぎてしまうところがある俺は、彼女がそう言い出さなければ、すぐにでも洋一郎を助けに行こうと騒ぎ立てたかもしれないし、一人で暴走し、この部屋を飛び出したかもしれない。
 気持ちを落ち着けるようにという意味合いで背中を軽く叩く彼女の手のひらは、シャツ越しでも温かく感じた。

「この安全地帯から出たら、また化け物と遭遇するかもしれない。明日の朝も連絡が取れないようなら、万全の準備をして、調査に行きましょう。今出来ることは、しっかり寝て体力温存することね」

 少しも迷うことなくサラリと放たれた彼女の言葉はまさに正論。
 ここから皆で意見を出し合い、一通り話し合ったとしても、晴香さんが今言った結論と同じものになるだろう。
 ならば、わざわざ時間と真剣をすり減らして、今から話し合う必要はない。
 自分の意見に皆が同意したのを感じ取った晴香さんは、「もしかしたら連絡が入るかもしれないし。肌身離さず持ってて」と、タブレット無線を鶴岡さんに返し、両手を頭の上で組んで大きく伸びをした。
 小気味よい関節の音が響く。
 音を聞くだけでも気持ちがよさそうだ。

 スッキリした顏で、「じゃ。お先~」と、手を振って部屋を出ていく晴香さん。
 彼女の後姿を見送って、俺達はとりあえず、明日の行動予定を大まかに決めてそれぞれの部屋へと戻った。

 島に到着した初日から、色々なことがあり過ぎた。
 中々眠れない夜を過ごしているのは俺だけではなく、大介も同じ。
 寝息に変わらない二人の呼吸音の中に、暢気に眠るボンのいびきが混じり、少しだけ気持ちが和んだ。

《無事でいてくれ》

 俺も大介も互いにあまり言葉を交わさずとも、今夜願うことはただ一つ。
 その思いを胸に抱き、いつの間にか眠りに落ちて行った。
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