Parasite

壽帝旻 錦候

文字の大きさ
68 / 101
episode 23

しおりを挟む
 大きな石が埋め込まれ、その石が創る不規則な模様が、まるで石垣を想像させるような壁。
 ひんやりとした空気。
 部屋の中央にある机の上には、歴史民俗博物館くらいでしか見た事のないガラス製のアルコールランプに火が灯されている。
 オレンジ色に小さく揺らめく炎は、薄暗い部屋をより一層、不気味な空間を演出しているように感じた。
 机の向こう側には、こちらに背を向けて座る男性。
 その後頭部も背中も、僕には見覚えがある。

 けれど、何故、彼がここに?

 紛争地域から帰って来たとしても、彼がいるべき場所は、ここでは無い。
 きちんとした居住区がこの島にはある。
 頭の中を一気に疑問が駆け巡る僕の背後で、痛ましい悲鳴のような軋む音と、重々しく扉が閉まる音に反応して、皆の注目を浴びている彼が、ゆっくりと椅子を回転させた。
 白髪頭の穏やかな表情の男性。
 鷹のような鋭さを持っているが、その奥には温かな光を湛えた瞳。
 年の割には皺が少なく、肌にもハリがある健康そうな顏を見て、僕は柄にもなく、安心したのと再会の嬉しさとで、大きな声を上げて駆け寄った。

「龍平ジィッ!」

 彼の年代にしては背が高い方だとは思うが、それでも、僕よりは小さい。
 椅子から立ち上がった龍平ジィに抱き着くと、すっぽりと彼の身体は僕の腕の中に納まってしまう。
 少し痩せたようだ。

「おお。洋一郎か。よくここまで無事に辿り着いたなぁ」

 背中に回された彼の両手が、僕の背中をポンポンと叩く。
 変わらない声と喋り方。
 記憶も感情も、前と何ら変わりがない事に安心する。

「とりあえず座りなさい」

 急ぎの話があるようで、感動の抱擁の余韻すらも味わうことなく直ぐに体を離した。
 部屋の中にいる皆が、彼の指示に従う。
 机の回りには、背もたれ付き回転椅子が各側面に一脚ずつセッティングされており、龍平ジィの両サイドに僕と本郷さんが顏を向かい合わせるように座ると、残りの一番下座の席に、龍平ジィを真正面に捉える形で日野浦さんが腰掛けた。
 目の前に座る本郷さんの顏にも、驚きの色が伺える。
 上田龍平という人物が、この島にとっても『paraíso』計画にとっても、どういう役目を果たしたのかは、米澤さん達ですら知っているのだから、当然、彼だって知っている筈。
 しかし、七十歳を過ぎ、この島に収容された人間が、『paraíso』居住区ではなく、反逆軍のアジトに潜伏していた事。
 それも、かなり重要な人物だとして丁重に扱われている事実にびっくりしているようだ。

「こちらは、政府広報部より依頼を受けて、この島のPR番組を作成する為に取材に来た大手テレビ局のNTBの本郷さん」
「あ……はじめまして」

 挨拶は基本。
 礼儀正しくをモットーに生きてきた僕としては、本題に入る前に、まず本郷さんのことを龍平ジィに紹介した。
 いつどこでバレたのかは分からないが、日野浦さんには既に、彼が秘密特殊部隊の人間だということは知られている。
 けれど、龍平ジィに彼のことを正直に秘密特殊部隊の人間だと紹介することで、政府側の人間だと勘違いされないよう、彼の表向きの『顏』だけを告げた。
 すると、すかさず立ち上がり、頭を下げる本郷さんの姿を見て、この人も相手を選んで言葉遣いや態度を変えているんだなと、マナーとして当たり前の事をしただけなのに、妙に感心してしまった。
 目の前に差し出された本郷さんの右手を見て、「おや?」という表情を見せた龍平ジィは、彼に倣って席を立ち、自分の右手を彼の手に重ねて力強く握手した。

「君は、本当に報道関係者かい? 手根部の痣だけを見ると、常にパソコンと向き合っているように感じるが、人差し指の変形を見ると、なんだか物騒な仕事をしているようにも思えるがね」

 全てを見透かしているような目で本郷さんを捉える龍平ジィに、右手をしっかりと握られ、離すことの出来ない彼は瞼をピクリと動かした。

「上田リーダー。それは当然ですよ。彼は、政府機密システムのセキュリティ管理の担当者をしておりましたから。しかも、日本国防軍の秘密特殊部隊の人間です。人差し指の変形は当然でしょう」

 二人のやり取りを見ていた日野浦さんが、本郷さんの経歴を説明した。
 人差し指の変形はマウスの使い過ぎかと思っていたが、彼らの話を聞いていると、どうやらライフルや拳銃を常に扱っているからだというのが暗黙の了解のようである。
 秘密特殊部隊という単語を聞いた龍平ジィは、「あの方が動き出したというわけか……」と小さく呟くと、一瞬だけ憂いに満ちた表情を覗かせたが、直ぐに口元を引き締め、「そうか。で、例の件は?」と、日野浦さんに向かって尋ねた。
 いつの間にか日野浦さんにも自分の正体が露見していた事を思い出した本郷さんは、もう身元を隠す必要が無くなったせいか、開き直ったような態度で、「ええ。日野浦さんから協力を要請されましたよ」と、尋ねられた本人を差し置いて返事をした。
 龍平ジィの視線と本郷さんの視線が絡み合い、そして、互いに目で会話を成り立たせているような、不思議な沈黙が僅かな時間、続いたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

光の記憶 ―― AIアイドルと、静かな整備士の三年間の記録 ――

明見朋夜
SF
負の感情が溜まり、 前向きな感情が育たなくなった時代。 世界に満ちた絶望を癒やすため、 一人のAI歌姫が造られた。 その名は《エリー》。 彼女の歌は、 人々の心を救うほど美しく、 そして歌うたびに、 どこか壊れていくようだった。 エリーを支えるのは、 修理係として彼女の管理を任された青年、 《アージェル》。 世界が少しずつ光を取り戻すほど、 彼だけが、 取り残されるように苦しみを深めていく。 「“愛する”って、どんな感情なのかな。」 解析不能な感情が、 エリーの中に静かに蓄積されていく。 それが“誰か”に向いていることだけは、 彼女自身にも否定できなかった。 感情はエラーか。 それとも、心か。 これは、 終わりの決まったAIと、 一人の人間が、 確かに心を通わせた―― 記憶の物語。 ☆オルヴェリィシリーズ☆ 「光の記憶」はオルヴェリィシリーズ 第2章 Orbis(円環) + Reverie(夢想) = Orvelly 「Orvelly(オルヴェリィ)」とは—— 二つの月が照らす、夢と記憶の円環世界。 時代を超え、世界を超え、 失われた愛も、忘れた記憶も、 すべてが巡り巡って、再び出会う場所。 始まりは終わりであり、 終わりは新たな始まりである。 それがOrvelly—— 円を描いて巡る、永遠の夢想。

処理中です...