Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 23

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 口元には笑みを浮かべているものの、互いに見つめ合うその目は笑ってはいない。
 鋭い眼差しは、どちらも腹の探り合いをしているようであった。
 そのうち、ちらからともなく手を放し、着席すると本郷さんは自分の疑問をぶつけた。

「それよりも。貴方は『paraíso』研究施設……いいえ、この島の設計の中心人物の、あの上田龍平さんですよね?」

 それに対し別に気を悪くすることもなく、「ほぉ。よく知っているな。流石は政府機密のシステムを担当していた人だけはある」と、逆に感心したような声を出した。
 続けられるであろう言葉に興味津々といった感じで本郷さんの方に身を乗り出す龍平ジィには、僕も聞きたいことがあるが、多分、本郷さんが質問する内容と同じであろうと思い、黙って見守る。

「貴方は七十歳を過ぎている。政府が決めた居住区で平和に暮らしているか、既に……」
「軍事用生物兵器の実験台にされているかのどちらかだと言いたいのかな?」

 話している途中のちょっとした間に、自分の言葉を滑り込ませる龍平ジィ。
 彼は目を細め、口元を緩めている。
 まるで、その答えは簡単だと言わんばかりに。

「今、わしの事を彼が『リーダー』だと言ったことで、ある程度は予想がつくとは思うのだが……なぁ、洋一郎」

 いきなりこっちに振られて、言葉に詰まったものの、咄嗟に「『paraíso』計画に反対する人達で形成されている反逆軍達によって、このアジトに連れて来られたって事?」と答えた。
 そこからは、自分でも不思議なくらい、流れるように頭に思い浮かぶまま口から言葉が溢れだす。

「予想では、龍平ジィのしてきた功績や、存在を知った反逆軍は、この島全体の設計に携わった龍平ジィの頭の中になら、この島内にある、あらゆる装置やあらゆる施設の使い方や場所がインプットされているだろうことに目を付けて、『paraíso』居住区から、極秘で龍平ジィを連れ出したってトコじゃないですか?」

 僕の話に頷く日野浦さんと龍平ジィ。

「高齢化社会問題対策の為の居住区や工場を建てるという名目で、『paraíso』計画の本当の目的を知らせずに国防軍の兵士達を建設に充てたと思いますが、龍平ジィには、政府から『軍事機密研究所』の設計依頼としてきていた。だとするなら、もしもバイオハザードや何かしら問題が発生した場合に、何等かの手立てが必要だと考えた」
「ほぉ。それで?」

 まるで他人事のように話しの先を促すので、自分の推理に少々自信が無くなったものの、自分の見解をそのまま続けた。

「多分ですが、恐れているような事態になった場合、救助が来るまでの間、島民を避難させる場所が必要だと考えて、それらに対応出来る施設を造らせただけでなく、研究所や島を破壊させるような装備も設置させたのでは?」
「流石は洋一郎だ」

 低く唸るように言葉を漏らした龍平ジィは僕の話の続きを自らが語りだした。

「この核シェルターも、核だけでなく、ウィルス等も入って来ないような措置がしてあるのは既に日野浦空将からも聞いているだろう? だから、そこまでの推理は簡単に出来た……いいや、日野浦空将からほとんどの部分は聞いていて、そこに自分なりの見解を付け足したというべきか。ただし、政府は今、洋一郎が発言したものの存在を一切知らない」
「え?」

 これだけ大きな地下シェルターを造るには、多くの人間や時間、費用がかかっている筈。
 到底、秘密裡に作れるようなものではない。
 驚きを隠せないのは、本郷さんも同じ。
 目を真ん丸にさせた二人の男に挟まれた龍平ジィは、別に驚くようなことでもないだろうといったような風体で話しを続けた。

「この場所は、災害時の緊急避難所の真下。すなわち、この島に街や施設を建設中、政府の人間が進行具合を視察に来た時には、常に、表面にある避難所の強度を高める為だといって、基礎をしっかり作っていると言って誤魔化して来た。まぁ、視察に来る政府の人間の中に、マトモに建築や土木の施工を理解している人間なんて殆どいないから簡単に騙されてくれた」
「とは言っても、このシェルターの存在は多くの人に知れ渡ったってことでしょう? いいえ、シェルターどころか、研究施設破壊装置だって、設置に携わった人が必ずいる。そうなれば、政府の耳にだって……」
「わしの独断で設計し、設置・建設させたものに関しては、政府に提出した設計書には記載されていない。勿論、見積もりは、シェルターや破壊装置設置の為の費用を分散させて、少しずつ上乗せさせて貰ってあるがね」
「いやいや、そうじゃなくて。建設にあたったのは日本国防軍の兵士達ですよ? どこからか漏れる可能性は否めないってことですよ」

 的外れな答えをする龍平ジィに慌てて軌道修正を図ると、目の前に座る日野浦さんとアイコンタクトをしてニヤリと笑う。

「そんな事ですか。このアジトにいる我々がどういった人間かを考えれば簡単に答えが分かるでしょう」

 龍平ジィに替わって、日野浦さんがこちらを試すような顏をした。

 このアジト?
 ここに集まっているのは、『paraíso』計画に反対する国防軍の兵士や、ここに連れて来られた高齢者達とで結成された反逆軍達。

 まさか?

 いいや、この島を造る時点では、設計プロジェクトメンバー以外は、政府や国防軍共に上層部の人間にしか、『paraíso』計画に軍事機密研究所が関わっていることなど知らなかった筈。
 だが、龍平ジィや日野浦さんの様子を見ると、そうではないような……いいや、もし、国防軍の兵士達ですら前もって分かっていたのなら、建設開始時点で反対運動やストライキだって起こっていたとしてもおかしくはない。
 何の問題もなく、順調に高齢化社会問題対策としての『paraíso』島は完成したのだから、やはり、兵士達には何も知らされず、表面上発表された『老後の楽園』として、皆、汗水流して完成させたとしか思えない。
 チラリと前に目をやれば、本郷さんも僕と同じように難しい顏をしている。
 両隣というべきか、斜め前に座る二人の、のんびりとした態度とは対照的だ。

「百瀬君も本郷さんも。難しく考えずにシンプルに物事を考えればいいんですよ」

 机の上で両手を組み、その上に顎を乗せた姿勢で柔らかな口調で語り掛ける日野浦さんの目は、僕達の考えている事を全て読み取った上での台詞だと言わんばかりに自信たっぷりであった。

「どういう事ですか?」

 強張った声をだす本郷さん。
 彼もまた僕と同じく、建設に携わった兵士達の中で、既に『paraíso』計画に反対している者達がいたのではないかという考えがありながらも、そこに生じる矛盾があるが故に、答えを出しきれないといった表情が浮かんでいた。

「いやいや。単純に考えても見なさい。この島を造る真の目的を知る人物は誰なのか。この島を造った兵士達は何を目的だと知らされていたのか。彼らは誰の命令で動いていたのか。それだけを知れば充分でしょう?」
「だから、この島を造る真の目的を知っている人物は、設計プロジェクトメンバーと、政府や国防軍の上層部だけでしょう? 兵士達に直接、役割分担や建設の指示を出したのは、政府から指示を受けた国防軍――あぁっ!」

 そうか。
 末端の兵士達は何も知らされていなくても、上官の命令とあれば、それが何に使われるか分からなくても、指示通りに造るだけだ。
 国防軍の上層部の中で『paraíso』計画に反対する者がいても、それは一部のみ。
結局は、表向きの『高齢化社会問題解決策』として、政策は可決され、『paraíso』計画は強行的に行われる事になってしまったのだから、もしもの時の準備だけはしておかなくてはならないと考えた人間もいたという訳か。

 それが、国防軍空軍の最高指揮官という立場でもある日野浦空将。

 この島を設計した人物がこっそりとこの核シェルターを造らせたと言ったが、設計・計画は龍平ジィでも実行に移したのは、この人だ。
 彼は、龍平ジィの考えに賛同し、政府に内緒で自分の部下達を動かし、内緒でこのような設備を造らせたわけか。
 これなら、造っている現場の人間は、何の為に必要なのかも分からない。
 ただ、上官の命令は絶対。
 秘密裡に実行しろと言われれば、現場を受け持った人間は誰一人として口外するどころか、視察に来た人間にも、その存在がバレないように完成させたのだろう。
 本人達は何を造っているのか分からないが、そりゃぁ、この島に核シェルターや破壊装置があるなんて誰も気が付かないし、気が付いている人間がいたとしても、日野浦さんのお抱え軍人ばかりなのだから統制は取れているし、秘密を他言するような者はいない。
 そこまで考えれば、ここにいる人間がどういった考え方を持ち、どういった立場でいるのかなんて、安易に予想出来、思わず大きな声を出してしまった。
 そして、大きく目を見開いて日野浦さんの顔を見たのであった。
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