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episode 23
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しおりを挟む「どうやら気が付いたようですね」
フフフッと品良く笑う彼は、飛行場でのやり取りでは、あんなにも腹黒くいけ好かない人物かと思ったが、実は良心の塊だったというオチ。
敵ではないと分かり、喜ばしいことなのだが、何故か癪膳としない。
理由は彼の今までの言動だ。
どうして彼は嘘までついて、僕達をこの場所に連れて来たのか?
嘘をつかずに素直にこの件を話してくれれば、僕だけでなく、龍平ジィに一番会いたかった、否、会うべき人間もここに居ただろう。
あまり感情を表に出さないタイプだと自負しているが、そんな僕の考えをいとも簡単に読み取る日野浦さんが、その答えをサラリと言ってのけた。
「お二人とも、飛行場でこの話しを聞いたとしても、政府の犬だと思われているわたくし言うの事なんて、信用しなかったでしょう?」
愉快そうに、笑いを堪えながら話す彼の言葉に、僕も本郷さんも、「うっ」と言葉を詰まらせた。
確かに。
あんな異常事態を目の当りにし、しかも、タイミングよく表れた日野浦さんに対して僕達は正直、警戒していた。
そんな時に、もし彼が素直に自分の立場や考えを明して、「自分は反逆軍だ。『paraíso』計画を潰したい。協力してくれ」と言ったとしても、信用などしなかっただろう。
「まぁ、自分の部下である鶴岡一等空佐にまで怪しまれてしまったのには、わたくし自身、まだまだ詰めが甘いというべきか、会話の中でヘマがあったのかもしれません。お陰で、全員をここに連れて来る予定が、本郷さんと百瀬君。そして神崎一等空佐の三人しか連れて来られなかったのは、少々痛い」
微かに眉を寄せた日野浦さんに、龍平ジィが「それは仕方がない。世の中、予定通りに事が運ぶことの方が少ない」と宥めた。
「けれど、洋一郎や本郷さん。君達がここに来てくれた事は、我々にとって物凄く大きい」
「それは、日野浦さんからも聞きましたが、研究所のセキュリティシステムの件で?」
龍平ジィの力強い言葉に反応し、本郷さんは、再度、自分達が何を求められているのかを確認する。
「ええ。その通りです」
本郷さんの目を見て頷く龍平ジィに、「そいつはおかしいな」とボヤく。
不思議に思って、ボヤいた本人の顏を見ると、日野浦さんも龍平ジィも小首を傾げていた。
「どういう事かね?」
予想していなかった答えに、龍平ジィが顏を顰めるが、問い掛けられた方も、どうも納得がいかないといった表情をしている。
「いえね。日野浦さんからは、自分一人が研究所に入る分には全く問題はなく、怪しまれないが、研究所を破壊するには、レジスタンスも研究所に入る事になる。その時に、セキュリティが発動してしまえば、一網打尽になってしまう。だからこそ、俺達にシステムに入り込んで、セキュリティを数分間でもいいから止めて欲しいと言われたんだ」
「ふぅむ。それで、本郷さんは何がおかしいと思うのかね?」
龍平ジィが重ねて尋ねるが、僕にも、彼が何についておかしいと思っているのか気が付いたが、ここに来る前に、その話しをしていた日野浦さんでさえ、本郷さんが訝しげに思っている内容に気が付いていないようだ。
「研究所を破壊する装置。もしくは島全体を破壊する装置を設計し、備え付けたんですよね? でしたら、反逆者達を集めて研究施設に襲撃をかけるよりも、皆、ここから避難して、起爆装置を誰かが押せば済むだけじゃないですか?」
彼の言う通りだ。
こんな大がかりな事をしなくても、簡単にこの計画を終わらせることが出来る。
一体何故、わざわざ研究施設のセキュリティを止めてまで、中に入る必要があるというのだ。
そんなところを突っ込まれるとは思ってもいなかったのか、唖然とした顏で、ポッカリと口を開けたまま暫くの間固まっていた二人は、突然、一斉に笑い始めた。
「はははははっ。確かにその通りだ。だがね、この島を破壊するのは簡単だが、この島には悪人だけがいるのかね? この島には、この世にあってはならない生物兵器だけがあるのかね?」
高らかな笑い声の後で、急に凄みを利かせた口調で話す龍平ジィの目は真っ赤に充血し、冷ややかな色を湛えていた。
「研究所にしても然り。あそこには人体実験にされている一般人が沢山いる。いいや、実験台にされる前の段階の人だっている。人道的には許されないものを作っているとはいえ、研究者だって生身の人間だ。助け出す必要があるだろう?」
睨みつけるような鋭い視線がギラリと本郷さんに向けられる。
それとタイミングを同じくして、日野浦さんも龍平ジィの言葉を補うように、そして、本郷さんに向かっては、「忘れたのかい?」という感じで呆れたように口を挟む。
「研究所にはわたくしの達仲間もいると言いましたでしょう? 彼らを救い出す。その為にはセキュリティをオフにしてもらい、時間稼ぎをしてもらう必要があります」
確かに、彼は研究所に仲間がいると言っていた。
成程。
それならば筋が通る。
彼らは、『仲間』を大事に考えている。
ただ研究所や島を破壊し、この狂った計画をぶち壊すだけではダメなのだ。
その考え方は、僕や本郷さんにも通じるものがある。
僕だって、克也や大介を捨てて、この島から一人で逃げ出す事は出来ないし、本郷さんだって、怪しいと分かっていながらも、タカシさんを救える確率が例え1%でもあればと思い、ここまで来たのだ。
本郷さんに目配せすれば、彼もこの反逆軍の考え方には納得し、そして賛成しているようだ。
「上田さんや日野浦さんの仰る事は理解しました。俺も全力でお手伝いしますよ。最終的な目的である、軍事機密研究所の爆破。これだけは俺も譲れません。もしもの場合に、その起爆装置の在り処を教えてくれませんか?」
そうだった。
本郷さんの目的は、『paraíso』計画そのものを消滅させること。
その為には、研究者が生み出したモノや、資料、その他諸々の、研究所内にある全てのものを、研究所諸共破壊するのは必須条件。
反逆軍が仲間達を救出し、島民を連れて脱出するだけ終わってしまったら意味が無い。
それに、本郷さん達に直接指令を出しているのは、政府の中でも、総理大臣に匹敵する……いいや、日本国を簡単に動かすことの出来る程の力を持っている人物。
だとすれば、米澤さんや克也のように、『paraíso』計画の真実を世界中に知らしめることで、日本の評判を落とすなんてことは良しとしない。
木っ端みじんにして、何事も無かった事にしてしまうのが、秘密特殊部隊の十八番だ。
この島を沈めた後で、世界に向けて発進する情報は、さしずめ、「火山噴火」「海底地震による沈没」といったところか。
僕は本郷さんの請け負った使命について思いを張り巡らした。
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