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episode 23
4
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頭の中で、彼が描いているシナリオを大まかに推測していると、龍平ジィがおもむろに席を立った。
彼にしか分からない法則があるらしく、後ろの壁に埋まっている石を、あちこち触ったり押したりしている。
最後に、中央の大きな石を両手で全体重をかけるように押すと、大きな石が壁の中へと収納され、ポッカリと開いた場所に下から何かがせり出して来た。
《からくり箪笥みたいだな》
日本伝統工芸品を頭に思い浮かんだが、それ以上に目を見張ったのは、せり出して来た箱から取り出したもの。
それは、精密な設計図。
この島の地図だけでなく、全ての建物や、その仕組み・造り・役割。
研究所内の細やかな配置、設置されるであろう設備。
そして、政府には極秘で作った核シェルターに、研究所と島全体の起爆装置だけでなく、『paraíso』空軍基地の下には、脱出用のヘリが数機隠されていた。
「これは……」
「これがこの島の全てだ」
龍平ジィの言葉が重くのしかかる。
この設計図があれば、ある意味鬼に金棒だ。
「ここにいる反逆軍達は?」
机の上で広げられた図面を見て、溢れだす興奮を抑えるように声を震わせながらも、熱い目をして龍平ジィに問い掛ける本郷さんの質問に答えたのは、日野浦さん。
「準備は整っています。いつでも出動は出来ますよ」
「そうですか。では、俺とヨウイチロウは早速、研究所のシステムが繋がっているネットワークから侵入を試みます」
勝手に話しを進める本郷さんを不満げに睨めば、「どうせ、お前もそうするつもりだったんだろ?」と、軽くあしらわれる。
まぁ彼の言う通り、期間限定ではあるけれど、龍平ジィ率いる反逆軍達の手助けは喜んでするつもりだ。
「それと、この件とは別で、一つ聞きたい事があるんだが……」
やけにかしこまった物の言い方。
表情もどこか強張っているところからも、今から話すことは本郷さんにとって、深刻な話題のようだ。
「なんだね?」
『paraíso』計画の崩壊。
それを目標に一致団結したところでの、彼の質問に龍平ジィが対応するが、本郷さんの視線の先は日野浦さんである。
真っ直ぐに見つめた彼の目は真剣そのもの。
一体、何を口にするのかと、皆が緊張し、喉を鳴らした。
「タカシの事なんだが……。日野浦さん。アンタがここに俺達を連れて来た理由は納得できたし、力も貸そう。いや、俺達も力を貸して貰うのだから、手を組むと言った方がいいよな。でも、俺がアンタについてきた理由の一つは、タカシの件が大きい」
龍平ジィも日野浦さんも仲間が大事なように、本郷さんだってそう。
それは、さっきからずっと僕も思っていたことだ。
ウィルス感染で、あのような姿になってしまったのであれば、早急に対処しなくてはならない。
だが、タカシさんが今どこで何をしているかさえ分からないし、ワクチンがあるかどうかも分からない。
このままでは、タカシさんはあのまま化け物になってしまうだけだ。
緊迫した空気が流れる中、僕と本郷さん二人の視線を受ける日野浦さんは口を閉ざしたまま、苦渋に満ちた表情をしている。
彼の雰囲気からも感じ取れるのは、タカシさんを助ける手立てはないといったところか。
それでも、彼の口から真実を聞くまでは、一縷の望みをかけているのか、本郷さんは荒ぶる態度を取る事なく、じっと日野浦さんが答えるのを待っていた。
暫くの間、暗く沈んだ空気が流れたが、その沈黙を断ち切ったのは、日野浦さんではなく、タカシさんの存在すら知らない龍平ジィだった。
「そのタカシさんとやらは、もしかして?」
質問者である本郷さんではなく、日野浦さんに顏を向けると、苦痛に顏を歪めて俯いた。
その態度から何かを察した龍平ジィは、残酷なまでに正直に本郷さんへ向かって彼が知り得る事実を述べた。
「もう、そうなってしまっては元には戻れない。例え、ワクチンや薬があろうとも……残念だがな……」
何とも嘆かわしいことかと、何度も首を横に振る龍平ジィは、更に、驚くべきことを流れるように言った。
「だが、研究所に行けば、彼とも対面することになろう。悪鬼となった彼に最後の情けをかけてやりたいのであれば、研究所に日野浦空将達と行くといい。だが、既に人の成りをしていない彼の姿を見るのが酷だと言うのであれば、ここで、セキュリティシステムを止める事に集中してだされ」
タカシさんが研究所に来る?
どういう事だ?
龍平ジィの言い方では、タカシさんだけでなく、同じ症状の人間は皆、そこを目指して集まるような感じだ。
ウィルス感染者は何を求めて研究所に?
まだまだ謎があるって事か。
だが、何にせよ。
僕達がやるべきことはただ一つだ。
とんでもない爆弾発言を聞いて、どうするべきか悩んでいる様子の本郷さんに、「まずは、ネットワーク侵入から始めましょう」と、同情するのでもなく、かといってわざとらしく元気づけるような声でもなく、なるべく普通のテンションで声を掛ける。
「あ……あぁ」
半ば放心状態の彼の肩を支え、「では、早速取り掛かりますね」と言って部屋を出ようとしたところで、龍平ジィに止められた。
「待ちなさい。これは洋一郎。お前が持っておきなさい。内容は全て私の頭の中に入っている。が……必要となる人間はきっと、お前さん方だろう」
とてつもなく哀しみを湛えた目をしているのが印象的であった。
もしかして、龍平ジィは全てを悟っているのか?
いいや。
そんな事はないだろう。
いざとなれば、彼の手でこの島を沈める事だって出来るのだから。
「ええ。有難く頂きます。では、こちらの準備が終わり次第、声を掛けますね」
今頃、克也達は何をしているのだろうか?
そういえば、無線機。
あれで克也達にも、この計画を連絡しておかないと。
それに、龍平ジィの事も……
そうだ。
もう一つだけ聞いておきたいことがあった。
「龍平ジィ。このシェルターの事なんだけど……」
僕が気になった点を確認した後、反逆軍達が集まる広大なシェルターへと戻ると、神崎さんが茂松さんと佐久間さん、そして橋爪さんに囲まれるような形で待機していた。
「神崎さん。お疲れ様です。結局、どうすることにしましたか?」
当たり障りのないことを話して、先延ばししている時間はない。
さっさと本題を切り出した方が、話しは早い。
仲間にならないのであれば、政府側の人間にリークされないよう縛って、『事』が済むまで監禁しておけばいいし、仲間になるのであれば、日野浦さん達に任せるだけだ。
一回り以上も年上の人に対して、自分でもどうかと思う程、挑発的な言い方をしてしまったことに、言ってしまってからすぐに気が付いたものの、血の気の多い神崎さんにしては反応が薄い。
「そんな言い方はないだろう?」
ぐらいは速攻で返ってくると思っていただけに、不思議に思って彼の顏を下から覗き込むようにして見ようとするが、周りにいた茂松さん達が、貼り付けたような笑顔を見せて、「大丈夫ですよ」と、それを遮った。
「神崎一等空佐は、私達の説得によって、『paraíso』計画がどれだけ怖いもので、どれだけ人道的に反するものかを理解してくれましたから。そうですよね? 神崎一等空佐」
言葉遣いこそ丁寧ではあるが、さっきまでと比べても、彼らの態度があまりにも違い過ぎる。
上官である神崎さんに対して、尊敬の念がないというべきか、軽々しく扱っているというべきか。
上手く表現は出来ないものの、敬称で呼んではいるものの、その敬称に値するような話し方ではない。
肩を落とし、考え込んでいた本郷さんですら、その雰囲気に気が付き、不審そうな顏をして、俯き加減の神崎さんを見つめていた。
「あぁ。私は日野浦空将と共に、この反逆軍のリーダーに従うよ」
ゆらりと体を動かしながら顏を上げた神崎さんの目は酷く虚ろなものであった。
たった数十分の間に一体何があったのか?
彼の目は充血し、黒目には光がない。
三人によってたかって、洗脳じみたことでもされたのであろうか?
いや、洗脳といえば、何段階かステップを踏まなくてはこうはならない。
日常からの「隔離」、自己否定や精神的、肉体的苦痛を与えて「鬱化」、鬱化で弱った所に洗脳内容を刷り込む「刷込」……鬱化を止め、刷込を安定させる為に、物を与えたり、褒めたりして、突然の優しさを見せる「安定」を経て、それを「強化」させていくという繰り返し。
そんなことをたった数十分間でやり遂げるなんてことは絶対に不可能だ。
では神崎さんは、どうしてこんなにも死んだような目をして、この反逆軍の一員となることを承諾したのだろうか?
彼の知り合いや肉親が、この島にいる。
もしくは、既に、研究所で実験台にされたという事実が発覚したのであろうか?
それだけでは、周りの三人の態度が説明つかない。
つい癖で一度気になると、とことん考え込んでしまいそうになるところを、本郷さんに止められた。
「アンタがそう決めたなら、しっかりやってくれ。そんな覇気の無い顏されちゃぁ、部下の三人だって、無駄に明るく振る舞おうとして空回りしちまってるよ」
普段ならもっと悪態をつくであろう本郷さんの覇気のない声に、顏を見合わせて苦笑いする三人を見て、僕自身は、どうも“無駄に明るく”振る舞っているようには見えなかったが、そう思う事にした。
忠告されている当の本人は、「あぁ」と、こちらも気の無い返事をして、両脇を佐久間さんと橋爪さんに支えられながら、「それでは私達はこれから今後についての打ち合わせがあるので」と、ビシッと敬礼して立ち去る茂松さんの後について立ち去って行った。
余程のショックを受けなければ、あそこまで人間、変わる事は無いよな……と、神崎さんの背中を見送っていると、本郷さんに声を掛けられた。
「とりあえず、俺が持ってきた箱ん中に、必要な機材が入っている。さっきの図面の中に配線やそれぞれのシステムサーバーの位置情報とかも細かく記載されていただろう? この島にもネット回線は引かれてあるが、それよりも確実に短時間で研究所のシステムに侵入するなら、直接ターゲットサーバーにアクセスする方がいいだろう」
どうやらここは、『仕事』は『仕事』を割り切って、今はタカシさんのことよりも、研究所のシステムセキュリティを止める方に頭を切り替えたようだ。
多分、直接研究所のシステムサーバーに入り込んだ後は、こちらのいかようにでも操ることが出来る。
そうなれば、本郷さんの力はなくとも、僕一人でシステムセキュリティに関しては任せられると踏んでの策だろう。
そうすることで、本郷さんは、自らも反逆軍達と研究所に行き、タカシさんと最後の体面を果たそうっていう魂胆なのは見え見えだ。
僕らの事は自分の命をかけてでも守ると言ってみたり、仲間をとことん大事にするところといい。
やはり、本郷さんは口は悪いし、態度はデカイが、情に熱い人だっていうのが一緒にいてよく分かる。
その情の熱さが後々、彼を苦しめる事にならなければいいけれど……などと、他人の事を心配している場合でもない。
「本郷さん。それよりも先に、克也達に、こちらの状況を連絡しないと!」
状況はここに来て、急展開。
こっちに移動してきてもらうにしろ、飛行場から鶴岡さんの操縦で一足早く、この島から脱出してもらうにしろ、兎に角、彼らに連絡する方が先だ。
折角、無線機を持って来ているのだから、彼らにはすぐに連絡が取れる。
克也のことだから、僕を置いて先に脱出なんてことは絶対にあり得ないけどな。
親友二人の顏を思い浮かべると、少しだけ温かい気持ちになり、頬が緩むのが自分でも分かる。
気持ちを引き締める為に、頬を両手で叩き、本郷さんと共に、駆け足で自分達の荷物を置いた場所へと移動した。
さぁ。
いよいよ、クライマックスとなるか。
それとも――――
僕はふと振り返り、シェルター内にいる人間達の動きを脳裏に焼き付けた。
《彼らは――》
自分の考えが正しければ、物凄い事を発見してしまったのかもしれない。
その思いを胸に秘めつつ、先を走る本郷さんを追い掛ける。
この時点で僕はある事を決意した。
その事がこれからどう響いて来るのかは、まだまだ僕達には知る由もないが、それでも、僕には『必要』な事だと認識出来たのだから。
誰に反対されようとも、これだけは譲れない。
僕が漏らした吐息混じりの笑みは、誰にも気付かれることなく、空中で儚く消え去った。
彼にしか分からない法則があるらしく、後ろの壁に埋まっている石を、あちこち触ったり押したりしている。
最後に、中央の大きな石を両手で全体重をかけるように押すと、大きな石が壁の中へと収納され、ポッカリと開いた場所に下から何かがせり出して来た。
《からくり箪笥みたいだな》
日本伝統工芸品を頭に思い浮かんだが、それ以上に目を見張ったのは、せり出して来た箱から取り出したもの。
それは、精密な設計図。
この島の地図だけでなく、全ての建物や、その仕組み・造り・役割。
研究所内の細やかな配置、設置されるであろう設備。
そして、政府には極秘で作った核シェルターに、研究所と島全体の起爆装置だけでなく、『paraíso』空軍基地の下には、脱出用のヘリが数機隠されていた。
「これは……」
「これがこの島の全てだ」
龍平ジィの言葉が重くのしかかる。
この設計図があれば、ある意味鬼に金棒だ。
「ここにいる反逆軍達は?」
机の上で広げられた図面を見て、溢れだす興奮を抑えるように声を震わせながらも、熱い目をして龍平ジィに問い掛ける本郷さんの質問に答えたのは、日野浦さん。
「準備は整っています。いつでも出動は出来ますよ」
「そうですか。では、俺とヨウイチロウは早速、研究所のシステムが繋がっているネットワークから侵入を試みます」
勝手に話しを進める本郷さんを不満げに睨めば、「どうせ、お前もそうするつもりだったんだろ?」と、軽くあしらわれる。
まぁ彼の言う通り、期間限定ではあるけれど、龍平ジィ率いる反逆軍達の手助けは喜んでするつもりだ。
「それと、この件とは別で、一つ聞きたい事があるんだが……」
やけにかしこまった物の言い方。
表情もどこか強張っているところからも、今から話すことは本郷さんにとって、深刻な話題のようだ。
「なんだね?」
『paraíso』計画の崩壊。
それを目標に一致団結したところでの、彼の質問に龍平ジィが対応するが、本郷さんの視線の先は日野浦さんである。
真っ直ぐに見つめた彼の目は真剣そのもの。
一体、何を口にするのかと、皆が緊張し、喉を鳴らした。
「タカシの事なんだが……。日野浦さん。アンタがここに俺達を連れて来た理由は納得できたし、力も貸そう。いや、俺達も力を貸して貰うのだから、手を組むと言った方がいいよな。でも、俺がアンタについてきた理由の一つは、タカシの件が大きい」
龍平ジィも日野浦さんも仲間が大事なように、本郷さんだってそう。
それは、さっきからずっと僕も思っていたことだ。
ウィルス感染で、あのような姿になってしまったのであれば、早急に対処しなくてはならない。
だが、タカシさんが今どこで何をしているかさえ分からないし、ワクチンがあるかどうかも分からない。
このままでは、タカシさんはあのまま化け物になってしまうだけだ。
緊迫した空気が流れる中、僕と本郷さん二人の視線を受ける日野浦さんは口を閉ざしたまま、苦渋に満ちた表情をしている。
彼の雰囲気からも感じ取れるのは、タカシさんを助ける手立てはないといったところか。
それでも、彼の口から真実を聞くまでは、一縷の望みをかけているのか、本郷さんは荒ぶる態度を取る事なく、じっと日野浦さんが答えるのを待っていた。
暫くの間、暗く沈んだ空気が流れたが、その沈黙を断ち切ったのは、日野浦さんではなく、タカシさんの存在すら知らない龍平ジィだった。
「そのタカシさんとやらは、もしかして?」
質問者である本郷さんではなく、日野浦さんに顏を向けると、苦痛に顏を歪めて俯いた。
その態度から何かを察した龍平ジィは、残酷なまでに正直に本郷さんへ向かって彼が知り得る事実を述べた。
「もう、そうなってしまっては元には戻れない。例え、ワクチンや薬があろうとも……残念だがな……」
何とも嘆かわしいことかと、何度も首を横に振る龍平ジィは、更に、驚くべきことを流れるように言った。
「だが、研究所に行けば、彼とも対面することになろう。悪鬼となった彼に最後の情けをかけてやりたいのであれば、研究所に日野浦空将達と行くといい。だが、既に人の成りをしていない彼の姿を見るのが酷だと言うのであれば、ここで、セキュリティシステムを止める事に集中してだされ」
タカシさんが研究所に来る?
どういう事だ?
龍平ジィの言い方では、タカシさんだけでなく、同じ症状の人間は皆、そこを目指して集まるような感じだ。
ウィルス感染者は何を求めて研究所に?
まだまだ謎があるって事か。
だが、何にせよ。
僕達がやるべきことはただ一つだ。
とんでもない爆弾発言を聞いて、どうするべきか悩んでいる様子の本郷さんに、「まずは、ネットワーク侵入から始めましょう」と、同情するのでもなく、かといってわざとらしく元気づけるような声でもなく、なるべく普通のテンションで声を掛ける。
「あ……あぁ」
半ば放心状態の彼の肩を支え、「では、早速取り掛かりますね」と言って部屋を出ようとしたところで、龍平ジィに止められた。
「待ちなさい。これは洋一郎。お前が持っておきなさい。内容は全て私の頭の中に入っている。が……必要となる人間はきっと、お前さん方だろう」
とてつもなく哀しみを湛えた目をしているのが印象的であった。
もしかして、龍平ジィは全てを悟っているのか?
いいや。
そんな事はないだろう。
いざとなれば、彼の手でこの島を沈める事だって出来るのだから。
「ええ。有難く頂きます。では、こちらの準備が終わり次第、声を掛けますね」
今頃、克也達は何をしているのだろうか?
そういえば、無線機。
あれで克也達にも、この計画を連絡しておかないと。
それに、龍平ジィの事も……
そうだ。
もう一つだけ聞いておきたいことがあった。
「龍平ジィ。このシェルターの事なんだけど……」
僕が気になった点を確認した後、反逆軍達が集まる広大なシェルターへと戻ると、神崎さんが茂松さんと佐久間さん、そして橋爪さんに囲まれるような形で待機していた。
「神崎さん。お疲れ様です。結局、どうすることにしましたか?」
当たり障りのないことを話して、先延ばししている時間はない。
さっさと本題を切り出した方が、話しは早い。
仲間にならないのであれば、政府側の人間にリークされないよう縛って、『事』が済むまで監禁しておけばいいし、仲間になるのであれば、日野浦さん達に任せるだけだ。
一回り以上も年上の人に対して、自分でもどうかと思う程、挑発的な言い方をしてしまったことに、言ってしまってからすぐに気が付いたものの、血の気の多い神崎さんにしては反応が薄い。
「そんな言い方はないだろう?」
ぐらいは速攻で返ってくると思っていただけに、不思議に思って彼の顏を下から覗き込むようにして見ようとするが、周りにいた茂松さん達が、貼り付けたような笑顔を見せて、「大丈夫ですよ」と、それを遮った。
「神崎一等空佐は、私達の説得によって、『paraíso』計画がどれだけ怖いもので、どれだけ人道的に反するものかを理解してくれましたから。そうですよね? 神崎一等空佐」
言葉遣いこそ丁寧ではあるが、さっきまでと比べても、彼らの態度があまりにも違い過ぎる。
上官である神崎さんに対して、尊敬の念がないというべきか、軽々しく扱っているというべきか。
上手く表現は出来ないものの、敬称で呼んではいるものの、その敬称に値するような話し方ではない。
肩を落とし、考え込んでいた本郷さんですら、その雰囲気に気が付き、不審そうな顏をして、俯き加減の神崎さんを見つめていた。
「あぁ。私は日野浦空将と共に、この反逆軍のリーダーに従うよ」
ゆらりと体を動かしながら顏を上げた神崎さんの目は酷く虚ろなものであった。
たった数十分の間に一体何があったのか?
彼の目は充血し、黒目には光がない。
三人によってたかって、洗脳じみたことでもされたのであろうか?
いや、洗脳といえば、何段階かステップを踏まなくてはこうはならない。
日常からの「隔離」、自己否定や精神的、肉体的苦痛を与えて「鬱化」、鬱化で弱った所に洗脳内容を刷り込む「刷込」……鬱化を止め、刷込を安定させる為に、物を与えたり、褒めたりして、突然の優しさを見せる「安定」を経て、それを「強化」させていくという繰り返し。
そんなことをたった数十分間でやり遂げるなんてことは絶対に不可能だ。
では神崎さんは、どうしてこんなにも死んだような目をして、この反逆軍の一員となることを承諾したのだろうか?
彼の知り合いや肉親が、この島にいる。
もしくは、既に、研究所で実験台にされたという事実が発覚したのであろうか?
それだけでは、周りの三人の態度が説明つかない。
つい癖で一度気になると、とことん考え込んでしまいそうになるところを、本郷さんに止められた。
「アンタがそう決めたなら、しっかりやってくれ。そんな覇気の無い顏されちゃぁ、部下の三人だって、無駄に明るく振る舞おうとして空回りしちまってるよ」
普段ならもっと悪態をつくであろう本郷さんの覇気のない声に、顏を見合わせて苦笑いする三人を見て、僕自身は、どうも“無駄に明るく”振る舞っているようには見えなかったが、そう思う事にした。
忠告されている当の本人は、「あぁ」と、こちらも気の無い返事をして、両脇を佐久間さんと橋爪さんに支えられながら、「それでは私達はこれから今後についての打ち合わせがあるので」と、ビシッと敬礼して立ち去る茂松さんの後について立ち去って行った。
余程のショックを受けなければ、あそこまで人間、変わる事は無いよな……と、神崎さんの背中を見送っていると、本郷さんに声を掛けられた。
「とりあえず、俺が持ってきた箱ん中に、必要な機材が入っている。さっきの図面の中に配線やそれぞれのシステムサーバーの位置情報とかも細かく記載されていただろう? この島にもネット回線は引かれてあるが、それよりも確実に短時間で研究所のシステムに侵入するなら、直接ターゲットサーバーにアクセスする方がいいだろう」
どうやらここは、『仕事』は『仕事』を割り切って、今はタカシさんのことよりも、研究所のシステムセキュリティを止める方に頭を切り替えたようだ。
多分、直接研究所のシステムサーバーに入り込んだ後は、こちらのいかようにでも操ることが出来る。
そうなれば、本郷さんの力はなくとも、僕一人でシステムセキュリティに関しては任せられると踏んでの策だろう。
そうすることで、本郷さんは、自らも反逆軍達と研究所に行き、タカシさんと最後の体面を果たそうっていう魂胆なのは見え見えだ。
僕らの事は自分の命をかけてでも守ると言ってみたり、仲間をとことん大事にするところといい。
やはり、本郷さんは口は悪いし、態度はデカイが、情に熱い人だっていうのが一緒にいてよく分かる。
その情の熱さが後々、彼を苦しめる事にならなければいいけれど……などと、他人の事を心配している場合でもない。
「本郷さん。それよりも先に、克也達に、こちらの状況を連絡しないと!」
状況はここに来て、急展開。
こっちに移動してきてもらうにしろ、飛行場から鶴岡さんの操縦で一足早く、この島から脱出してもらうにしろ、兎に角、彼らに連絡する方が先だ。
折角、無線機を持って来ているのだから、彼らにはすぐに連絡が取れる。
克也のことだから、僕を置いて先に脱出なんてことは絶対にあり得ないけどな。
親友二人の顏を思い浮かべると、少しだけ温かい気持ちになり、頬が緩むのが自分でも分かる。
気持ちを引き締める為に、頬を両手で叩き、本郷さんと共に、駆け足で自分達の荷物を置いた場所へと移動した。
さぁ。
いよいよ、クライマックスとなるか。
それとも――――
僕はふと振り返り、シェルター内にいる人間達の動きを脳裏に焼き付けた。
《彼らは――》
自分の考えが正しければ、物凄い事を発見してしまったのかもしれない。
その思いを胸に秘めつつ、先を走る本郷さんを追い掛ける。
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