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episode 24
3
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大介の話と、今までの情報をパズルのように組み合わせ、導き出した答えは、あまりにも信じ難いものであり恐ろしいもの。
「日野浦さんも生物兵器の一員なんじゃないかっ?」
考えが纏まらないうちに、叫ばずにはいられず、思わず声に出してしまった。
「ほへっ? なんで、今のオレの話から、そんなとんでもない考えに飛んじゃうわけぇ? オレが言いたいのは、蟻と同じような社会性を持った寄生虫だから、コイツらに寄生されても、寄生している『虫』自体の役割によって、宿主の行動が違うんじゃないかっていう話しをして……あぁっ」
大介も気が付いたようだ。
それだけじゃない、真っ青な顏をした鶴岡さんを含め、ここにいる全員が皆、俺の発言に息を呑んだ。
「そういえば……彼は自分自身も研究の実験台にされているって……」
震える声で米澤さんが呟いた。
「ひ、日野浦空将が仮に研究所で開発された寄生虫の実験台になっていたとしよう。そして、佐々木君の言う兵士としての役割の中で『リーダー』として、我々を襲うように指示をした理由も、その後、自分の指示に従った仲間を軽装甲機動車で跳ね飛ばし、息の根が止まるまで踏み潰した理由をどう説明する?」
鶴岡さんが、日野浦さん生物兵器実験台説を否定したいのも無理はない。
もし、それを認めてしまえば、もっと恐ろしい考えに結びついてしまうからだ。
「その理由は単純なものでしょ。自分達を実験台にした軍事機密研究所や政府側の人間が本土から来たとなれば、厄介な敵が増えると思って、攻撃するのも無理はないんじゃない?」
頭が柔らかいのか、肝が据わっているのか、直ぐには信じられないような話しでも、動揺も戸惑いも見せずに受け入れ、自分の中で消化させた晴香さんは、顔色一つ変えずに思ったまんまサラリと言った。
「それじゃぁ、攻撃をしておきながら、自分の仲間を殺してまで我々を助けた理由が成り立たない」
冷静に切り返す鶴岡さんに、「ふぅむ」と、顎に手をやり唸る彼女。
二人のやり取りを見ていた大介が、そこで口を挟んだ。
「えっとぉ~……。まだ、オレの話は終わってないんですけど」
学校の勉強は壊滅的だというのに、虫の話になると、どうしてそこまで詳しいんだよとツッコミを入れたくなる程の知識。
彼はまだまだ話し足りない様子だが、これ以上は別に寄生虫の根本的な雑学は必要なさそうに思う。
俺は彼に「これ以上、虫の話はいらないだろ」と言おうと思ったが、今日の大介は冴えていた。
「さっきまでの話は、手帳に書かれてある内容から分かる範囲内での、直也さんが発見した新種の寄生虫についてのこと。でも、その新種の寄生虫そのまんまを人に寄生させているわけじゃない事は皆も分かってるじゃん?」
一同全員の顏を見渡しながら、「そうだよね?」と問い掛ける大介に、皆が頷くのを目に留めると、ホッとしたように頬を緩めた。
「それなら話しは簡単。手帳にも書いてあったように、知性を残し、国の命令を忠実にこなすよう研究していたものの、人の知性や、それまでの記憶は残せても、『国』という概念が虫にはない。国の命令を忠実にこなすという部分では悪戦苦闘していたんじゃないかと思うんだ」
国という概念がないのであれば、国の為には働かない。
それなら、生物兵器としては失敗じゃないか。
そう思い、口を出そうとする前に、大介が他の人間に口出しされないよう、流れるように話しを続ける。
「じゃぁ、どうすればいいのか? きっと直也さんが目をつけたのは、『女王』の存在。女王や、女王の棲んでいる巣の為なら、自分の命をも投げ出す蟻。それと同じ性質を持つ寄生虫ならば、この女王を自分達の言いなりにすれば、彼女の命令には皆が従う。末端にまではその命令が伝わらなくとも、各リーダー達が、彼女の命を守り、彼女の棲む場所を守り、そして、彼女の為に働くよう指示を出す。要するに、女王を人質(虫質)にとったんじゃないかなって思うんだ」
人としての知性や記憶が残っているのであれば、その知識や得意とする部分を活かした役割を担えるし、自分達の考えで行動を起こすことも出来る。
ただし、全ては『女王』の為というのが大前提であり、寄生虫に脳を支配されている限り、その制約は破られない。
自分達を実験台にしただけでなく、女王までもを人質にとっている政府の人間は許せない。
だから、本土からやってきた新たなる日本国防軍の人間は排除しようとした。
日野浦さんクラスの人間であれば、俺が龍平ジィの孫だってことはすぐに調べがつく。
祖父の指示で動いているのであれば、俺らが政府側ではなく、祖父を助けにきたことぐらい察知するだろう。
兵士に対しては攻撃をしたが、それ以外の人間を襲うつもりはハナからなかったというわけだ。
特に、本郷さんや洋一郎がシステム関連に強い事を既にリサーチ済みだった彼にしてみれば、仲間の一人や二人を失ったとしても、自分達には突破することのできない研究所のセキュリティシステムを止める為にも、彼ら二人の力は喉から手が出るほど欲しい。
それは何故か。
全ては、人質になっている『女王』を助け出す為。
祖父や日野浦さんが、研究所を破壊する前に救出したいという仲間は、勿論、自分達と同じように生物兵器の実験台にされた者や、実験台にされる前の人間もいるだろう。
けれど、一番救いたい『仲間』は、『女王』だ。
飛行場での奇襲攻撃からの日野浦さん登場までの流れは、全て女王を救出する為に計画されたものだったって事か。
「政府も馬鹿よね」
溜息交じりに言葉を漏らしたのは晴香さん。
「せっかく開発した寄生虫を使って人間を利用しようと思うのなら、女王を拉致って言う事を聞かせるよりも、自分達の都合のいい命令を出すように女王を洗脳すれば良いのに。そうすれば、恨まれる事も……実験台にされたのだから無いとは言えないけれど、寄生している虫の本能が勝つのなら、政府や研究所を敵とは思わずに、上手く駒になったんじゃない?」
彼女の言い分は尤もだと思ったが、それに対しては、大介が即座に反応して答えた。
「それは無理無理。宿主の脳を洗脳しても、寄生している『女王』は洗脳されないもん。彼女は自分の役割。つまりは自分のコロニーを大きくし、統率することが第一。残念ながら人間の支配下でコントロールなんて出来ないよ」
虫の本能に虫の本能で切り返された晴香さんは、「なるほどね」と降参というように、両手を挙げるジェスチャーをした。
「大介……お前の話を聞いていたら、俺、すげぇ怖い考えに行きついちまうんだけど」
「何ぃ?」
我らが虫博士は、ウィルス感染でゾンビ化していたと思っていた兵士達の体を乗っ取っているものの正体が、実は寄生虫だと判明し、ある程度の行動予測などが出来るせいか、飛行場ではあれだけ怯えていた癖に、今では落ち着いた態度そのものだ。
間延びした声を出し、首を九十度に傾ける大介に、「男子高校生がそんな仕草しても可愛くねぇ!」と、若干イラっとしながらも話しを続けた。
「洋一郎達が一緒にいる反逆軍。じいちゃんや日野浦さんの指示に従っているってことは、皆、脳に寄生されているって事なんじゃねぇの?」
皆の頭にも、一瞬でも過ったであろう考えを俺が口にすると、「それはどうだろ。洋ちゃん達みたいに、一般の人や日本国防軍の人達の中にだって『paraíso』計画の本当の目的を知って、反対しようと思う人だっているんじゃない?」と、あっけらかんとした答えが返って来た。
「だって、基本的には女王が有精卵を産んで、どんどん仲間を増やしていくんだもん。研究所から脱走した生物兵器の実験台が女王じゃなければ、仲間を増やす事は出来ないでしょ」
「じゃぁ、日野浦さんは?」
「うーん。そうだねぇ。あの人の場合は、政府側の人間としての記憶や知性があるじゃん。だから、脳に寄生した後も、女王さえ政府側が押さえていれば、自由にさせていても、勝手に自分のすべきことを理解し、行動すると思われているから、研究所内で監禁されずにすんでいるだけっしょ」
普段、全く勉強が出来ない癖に、やけに冴えている大介。
マジでオタク気質恐るべし!
しかも、話している内容はしっかり的を射ている。
「でも、飛行場で大東さんやタカシさんは彼らの仲間に……」
「それは、宿主の体も脳も使い物にならなくなったのを悟った『本体(寄生虫)』が、移動しただけだよぉ。ほら、口移しみたいな事してたじゃん? 多分、あん時、移動したんじゃないかな。その証拠に、大東さんやタカシさんを襲っていた方は、その後、ピクリとも動かなくなってたっしょ」
ズバッズバと答えていく姿は、いつもの天然のほほんオトボケ野郎とは違う。
やっぱ、俺、いざという時に、頼りになる親友に恵まれているなと感謝した。
「オレが思うに、彼らが嘘をつき、隠し事をしてまで洋ちゃんや本郷さん達を、自分達のアジトに連れて行ったのは、共通の敵である『paraíso』を潰したいから。だから、その反逆軍は洋ちゃん達に危害は加えないと思うんだ」
今の大介の話には何故か説得力があると感じているのは周りも同じ。
いつの間にか、大介を中心に集まっていた。
「代々木君の話をまとめると、日野浦さんはハナっから私達の正体に気が付いていた。だから嘘をついてまで、私達をアジトに連れて行き、力を借りたかった。もしくは、自分達の敵ではない私達を守ろうと考えてくれていたのかもしれないわね」
ご都合主義な考えかもしれないけれど、今言った米澤さんの言葉は九割方当たっていると思う。
じゃなければ、今朝、本郷さんが無線連絡で、自分達の元に来るか、島が破壊される前に先に本土に戻るか決めろだなんて言わないだろう。
アジトの上は緊急避難所だと言っていた。
何かあれば、すぐに救援部隊が駆け付ける場所。
日野浦さんがヒール役的な雰囲気を醸し出しながらも、俺達の目的である『paraíso』計画の破滅と、俺達の身の安全を確保したかったように思えるのは、祖父が彼の上で指導していると分かったからなのかもしれないが、この考えは間違いじゃないと思う。
祖父との思い出を噛みしめつつも、祖父が例え、既に生物兵器と化していても、孫である俺の事を記憶し、それで、手段の善し悪しは別として、自分の元に呼び寄せようとしてくれたんだと、感慨深げに思っているのをぶち壊すのは、やはり、KBK(空気ぶち壊し)担当の大介。
「あ、オレ達を守るとかっていう概念は、アイツら寄生虫にはないと思うよ。ただ、女王を助ける為に、利用出来るから利用するって感じじゃないかな」
おいおい。
俺のじいちゃん、リーダーなんですけど?
っつか、お前も懐いている大事な人だろが!
いい話系になりつつあった空気をぶった切った大介に、盛大なツッコミを入れようとしたが、その後に続けた言葉を聞いて思わずホロリと来た。
「ま、あくまでも、寄生虫としての考えはそうなんだけどさ。でも、龍平ジィの頭ん中には大事な孫やオレとの記憶だってある。そんなオレ達を守りたいっていう気持ちは少なからず働いているだろうね。最優先順位は女王だとしてもさ」
ニカッとした笑顔は、俺を励ますものだけじゃないってことは、大介の目にうっすら光るものを見れば分かる。
彼自身、きっと、俺の祖父の『心』というものを信じたい――いや、信じているんだ。
だったら、俺達だって大事な人の為に何かしてあげたい。
力になりたい。
このまま、この地を去っても、俺や米澤さん達の望みである『paraíso』計画の崩壊は為し遂げられるだろう。
けれど、それじゃ駄目だ。
「俺、研究所に行きます」
決意が固まり、ハッキリと告げた言葉に、皆、別に驚きを示さない。
それどころか、「そう言うと思った」といった表情を浮かべていた。
「ま、アジトで合流するっていうよりも、無線で連絡し合って、現地で合流した方がいいだろうしね」
「アジトに行っても、今からでは、私達に手伝える事はそんなに無いでしょうし」
「え? 研究所をぶっ壊してくれるんなら、さっさと逃げた方が賢いでしょ?」
「まだ、何もされていない島民であれば、救援隊が助けてくれるかもしれないけれど、研究所に、もし祖母がいたらと思うと、いてもたってもいられなかったの。私も行くわ」
ヘタレ松山さんは、米澤さんと晴香さんに横っ腹に両方から拳を入れられていたが、彼の言いたい事も分かる。
けれど、研究所を守る日本国防軍と闘うんじゃなく、研究所の中にいる祖父達の仲間の解放。
その手助けを少しでもしたいだけなんだ。
それが終われば、この島は崩壊するのだから。
祖父の作った起爆スイッチ一つで――――
さぁ。
決戦の地へ。
いざ、出陣だ!
「日野浦さんも生物兵器の一員なんじゃないかっ?」
考えが纏まらないうちに、叫ばずにはいられず、思わず声に出してしまった。
「ほへっ? なんで、今のオレの話から、そんなとんでもない考えに飛んじゃうわけぇ? オレが言いたいのは、蟻と同じような社会性を持った寄生虫だから、コイツらに寄生されても、寄生している『虫』自体の役割によって、宿主の行動が違うんじゃないかっていう話しをして……あぁっ」
大介も気が付いたようだ。
それだけじゃない、真っ青な顏をした鶴岡さんを含め、ここにいる全員が皆、俺の発言に息を呑んだ。
「そういえば……彼は自分自身も研究の実験台にされているって……」
震える声で米澤さんが呟いた。
「ひ、日野浦空将が仮に研究所で開発された寄生虫の実験台になっていたとしよう。そして、佐々木君の言う兵士としての役割の中で『リーダー』として、我々を襲うように指示をした理由も、その後、自分の指示に従った仲間を軽装甲機動車で跳ね飛ばし、息の根が止まるまで踏み潰した理由をどう説明する?」
鶴岡さんが、日野浦さん生物兵器実験台説を否定したいのも無理はない。
もし、それを認めてしまえば、もっと恐ろしい考えに結びついてしまうからだ。
「その理由は単純なものでしょ。自分達を実験台にした軍事機密研究所や政府側の人間が本土から来たとなれば、厄介な敵が増えると思って、攻撃するのも無理はないんじゃない?」
頭が柔らかいのか、肝が据わっているのか、直ぐには信じられないような話しでも、動揺も戸惑いも見せずに受け入れ、自分の中で消化させた晴香さんは、顔色一つ変えずに思ったまんまサラリと言った。
「それじゃぁ、攻撃をしておきながら、自分の仲間を殺してまで我々を助けた理由が成り立たない」
冷静に切り返す鶴岡さんに、「ふぅむ」と、顎に手をやり唸る彼女。
二人のやり取りを見ていた大介が、そこで口を挟んだ。
「えっとぉ~……。まだ、オレの話は終わってないんですけど」
学校の勉強は壊滅的だというのに、虫の話になると、どうしてそこまで詳しいんだよとツッコミを入れたくなる程の知識。
彼はまだまだ話し足りない様子だが、これ以上は別に寄生虫の根本的な雑学は必要なさそうに思う。
俺は彼に「これ以上、虫の話はいらないだろ」と言おうと思ったが、今日の大介は冴えていた。
「さっきまでの話は、手帳に書かれてある内容から分かる範囲内での、直也さんが発見した新種の寄生虫についてのこと。でも、その新種の寄生虫そのまんまを人に寄生させているわけじゃない事は皆も分かってるじゃん?」
一同全員の顏を見渡しながら、「そうだよね?」と問い掛ける大介に、皆が頷くのを目に留めると、ホッとしたように頬を緩めた。
「それなら話しは簡単。手帳にも書いてあったように、知性を残し、国の命令を忠実にこなすよう研究していたものの、人の知性や、それまでの記憶は残せても、『国』という概念が虫にはない。国の命令を忠実にこなすという部分では悪戦苦闘していたんじゃないかと思うんだ」
国という概念がないのであれば、国の為には働かない。
それなら、生物兵器としては失敗じゃないか。
そう思い、口を出そうとする前に、大介が他の人間に口出しされないよう、流れるように話しを続ける。
「じゃぁ、どうすればいいのか? きっと直也さんが目をつけたのは、『女王』の存在。女王や、女王の棲んでいる巣の為なら、自分の命をも投げ出す蟻。それと同じ性質を持つ寄生虫ならば、この女王を自分達の言いなりにすれば、彼女の命令には皆が従う。末端にまではその命令が伝わらなくとも、各リーダー達が、彼女の命を守り、彼女の棲む場所を守り、そして、彼女の為に働くよう指示を出す。要するに、女王を人質(虫質)にとったんじゃないかなって思うんだ」
人としての知性や記憶が残っているのであれば、その知識や得意とする部分を活かした役割を担えるし、自分達の考えで行動を起こすことも出来る。
ただし、全ては『女王』の為というのが大前提であり、寄生虫に脳を支配されている限り、その制約は破られない。
自分達を実験台にしただけでなく、女王までもを人質にとっている政府の人間は許せない。
だから、本土からやってきた新たなる日本国防軍の人間は排除しようとした。
日野浦さんクラスの人間であれば、俺が龍平ジィの孫だってことはすぐに調べがつく。
祖父の指示で動いているのであれば、俺らが政府側ではなく、祖父を助けにきたことぐらい察知するだろう。
兵士に対しては攻撃をしたが、それ以外の人間を襲うつもりはハナからなかったというわけだ。
特に、本郷さんや洋一郎がシステム関連に強い事を既にリサーチ済みだった彼にしてみれば、仲間の一人や二人を失ったとしても、自分達には突破することのできない研究所のセキュリティシステムを止める為にも、彼ら二人の力は喉から手が出るほど欲しい。
それは何故か。
全ては、人質になっている『女王』を助け出す為。
祖父や日野浦さんが、研究所を破壊する前に救出したいという仲間は、勿論、自分達と同じように生物兵器の実験台にされた者や、実験台にされる前の人間もいるだろう。
けれど、一番救いたい『仲間』は、『女王』だ。
飛行場での奇襲攻撃からの日野浦さん登場までの流れは、全て女王を救出する為に計画されたものだったって事か。
「政府も馬鹿よね」
溜息交じりに言葉を漏らしたのは晴香さん。
「せっかく開発した寄生虫を使って人間を利用しようと思うのなら、女王を拉致って言う事を聞かせるよりも、自分達の都合のいい命令を出すように女王を洗脳すれば良いのに。そうすれば、恨まれる事も……実験台にされたのだから無いとは言えないけれど、寄生している虫の本能が勝つのなら、政府や研究所を敵とは思わずに、上手く駒になったんじゃない?」
彼女の言い分は尤もだと思ったが、それに対しては、大介が即座に反応して答えた。
「それは無理無理。宿主の脳を洗脳しても、寄生している『女王』は洗脳されないもん。彼女は自分の役割。つまりは自分のコロニーを大きくし、統率することが第一。残念ながら人間の支配下でコントロールなんて出来ないよ」
虫の本能に虫の本能で切り返された晴香さんは、「なるほどね」と降参というように、両手を挙げるジェスチャーをした。
「大介……お前の話を聞いていたら、俺、すげぇ怖い考えに行きついちまうんだけど」
「何ぃ?」
我らが虫博士は、ウィルス感染でゾンビ化していたと思っていた兵士達の体を乗っ取っているものの正体が、実は寄生虫だと判明し、ある程度の行動予測などが出来るせいか、飛行場ではあれだけ怯えていた癖に、今では落ち着いた態度そのものだ。
間延びした声を出し、首を九十度に傾ける大介に、「男子高校生がそんな仕草しても可愛くねぇ!」と、若干イラっとしながらも話しを続けた。
「洋一郎達が一緒にいる反逆軍。じいちゃんや日野浦さんの指示に従っているってことは、皆、脳に寄生されているって事なんじゃねぇの?」
皆の頭にも、一瞬でも過ったであろう考えを俺が口にすると、「それはどうだろ。洋ちゃん達みたいに、一般の人や日本国防軍の人達の中にだって『paraíso』計画の本当の目的を知って、反対しようと思う人だっているんじゃない?」と、あっけらかんとした答えが返って来た。
「だって、基本的には女王が有精卵を産んで、どんどん仲間を増やしていくんだもん。研究所から脱走した生物兵器の実験台が女王じゃなければ、仲間を増やす事は出来ないでしょ」
「じゃぁ、日野浦さんは?」
「うーん。そうだねぇ。あの人の場合は、政府側の人間としての記憶や知性があるじゃん。だから、脳に寄生した後も、女王さえ政府側が押さえていれば、自由にさせていても、勝手に自分のすべきことを理解し、行動すると思われているから、研究所内で監禁されずにすんでいるだけっしょ」
普段、全く勉強が出来ない癖に、やけに冴えている大介。
マジでオタク気質恐るべし!
しかも、話している内容はしっかり的を射ている。
「でも、飛行場で大東さんやタカシさんは彼らの仲間に……」
「それは、宿主の体も脳も使い物にならなくなったのを悟った『本体(寄生虫)』が、移動しただけだよぉ。ほら、口移しみたいな事してたじゃん? 多分、あん時、移動したんじゃないかな。その証拠に、大東さんやタカシさんを襲っていた方は、その後、ピクリとも動かなくなってたっしょ」
ズバッズバと答えていく姿は、いつもの天然のほほんオトボケ野郎とは違う。
やっぱ、俺、いざという時に、頼りになる親友に恵まれているなと感謝した。
「オレが思うに、彼らが嘘をつき、隠し事をしてまで洋ちゃんや本郷さん達を、自分達のアジトに連れて行ったのは、共通の敵である『paraíso』を潰したいから。だから、その反逆軍は洋ちゃん達に危害は加えないと思うんだ」
今の大介の話には何故か説得力があると感じているのは周りも同じ。
いつの間にか、大介を中心に集まっていた。
「代々木君の話をまとめると、日野浦さんはハナっから私達の正体に気が付いていた。だから嘘をついてまで、私達をアジトに連れて行き、力を借りたかった。もしくは、自分達の敵ではない私達を守ろうと考えてくれていたのかもしれないわね」
ご都合主義な考えかもしれないけれど、今言った米澤さんの言葉は九割方当たっていると思う。
じゃなければ、今朝、本郷さんが無線連絡で、自分達の元に来るか、島が破壊される前に先に本土に戻るか決めろだなんて言わないだろう。
アジトの上は緊急避難所だと言っていた。
何かあれば、すぐに救援部隊が駆け付ける場所。
日野浦さんがヒール役的な雰囲気を醸し出しながらも、俺達の目的である『paraíso』計画の破滅と、俺達の身の安全を確保したかったように思えるのは、祖父が彼の上で指導していると分かったからなのかもしれないが、この考えは間違いじゃないと思う。
祖父との思い出を噛みしめつつも、祖父が例え、既に生物兵器と化していても、孫である俺の事を記憶し、それで、手段の善し悪しは別として、自分の元に呼び寄せようとしてくれたんだと、感慨深げに思っているのをぶち壊すのは、やはり、KBK(空気ぶち壊し)担当の大介。
「あ、オレ達を守るとかっていう概念は、アイツら寄生虫にはないと思うよ。ただ、女王を助ける為に、利用出来るから利用するって感じじゃないかな」
おいおい。
俺のじいちゃん、リーダーなんですけど?
っつか、お前も懐いている大事な人だろが!
いい話系になりつつあった空気をぶった切った大介に、盛大なツッコミを入れようとしたが、その後に続けた言葉を聞いて思わずホロリと来た。
「ま、あくまでも、寄生虫としての考えはそうなんだけどさ。でも、龍平ジィの頭ん中には大事な孫やオレとの記憶だってある。そんなオレ達を守りたいっていう気持ちは少なからず働いているだろうね。最優先順位は女王だとしてもさ」
ニカッとした笑顔は、俺を励ますものだけじゃないってことは、大介の目にうっすら光るものを見れば分かる。
彼自身、きっと、俺の祖父の『心』というものを信じたい――いや、信じているんだ。
だったら、俺達だって大事な人の為に何かしてあげたい。
力になりたい。
このまま、この地を去っても、俺や米澤さん達の望みである『paraíso』計画の崩壊は為し遂げられるだろう。
けれど、それじゃ駄目だ。
「俺、研究所に行きます」
決意が固まり、ハッキリと告げた言葉に、皆、別に驚きを示さない。
それどころか、「そう言うと思った」といった表情を浮かべていた。
「ま、アジトで合流するっていうよりも、無線で連絡し合って、現地で合流した方がいいだろうしね」
「アジトに行っても、今からでは、私達に手伝える事はそんなに無いでしょうし」
「え? 研究所をぶっ壊してくれるんなら、さっさと逃げた方が賢いでしょ?」
「まだ、何もされていない島民であれば、救援隊が助けてくれるかもしれないけれど、研究所に、もし祖母がいたらと思うと、いてもたってもいられなかったの。私も行くわ」
ヘタレ松山さんは、米澤さんと晴香さんに横っ腹に両方から拳を入れられていたが、彼の言いたい事も分かる。
けれど、研究所を守る日本国防軍と闘うんじゃなく、研究所の中にいる祖父達の仲間の解放。
その手助けを少しでもしたいだけなんだ。
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