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episode 27
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洋一郎とタッグを組んで、徹夜がかりで作業をした本郷さんは、マザーコンピューターのシステムに入り込むところまで為し遂げ、後は洋一郎に任せて、祖父たちの後を別の部隊に混じって追って来たそうだ。
理由は、例え寄生虫に脳を支配されても、仲間は仲間。
タカシさんがここに来るかもしれないという一縷の望みを胸に抱いていることと、研究者の中で、この生物兵器の開発に携わり、寄生虫の弱点を知る人物がいないかを探す為らしい。
寄生虫の弱点が分かれば、脳に寄生したものを手術ではなく、別の方法で脳を傷つけずに追い出すことが出来るんじゃないかと、本郷さんなりに考えたのだそうだ。
もし、その情報を持つ人間がいれば、本土に無事に帰還した暁には、その人間に研究室を与えて、彼の上に立つ人間のもとで、解毒ならぬ脳の虫下しサプリメントの開発を行って欲しいらしい。
彼の意見を聞き、祖父も日野浦さんも、脳を支配する虫的には微妙なのだろうが、彼らの元の人格的には、激しく賛同している為、何とも複雑な顏で頷いていた。
俺達と一緒に研究所に乗り込む理由を熱く語る本郷さんに対し、俺は複雑な心境だった。
勿論、鶴岡さんや、松山さん、そして米澤さんも、ここに来るまでに、仲間である晴香さんを失ってしまったことを告げなくてはならないので、何とも言えない表情をして聞いていたが、その晴香さんを倒した獣がタカシさんだと気が付いているのは俺だけであり、本郷さんの前者の希望を叶えることは絶対に不可能などとは、ここでは言えず。
後者の内容にだけ触れて、誤魔化した。
「ところで、晴香やワンコくんとワンワンはどうした?」
ワンコくんとワンワンって。
どっちも犬っころじゃないかというツッコミは置いておいて、気持ちを落ち着け、見た事だけを話す。
ここに来る途中で、俺達の乗った車両に怪物が体当たりしてきたこと。
その怪物を晴香さんが相手をしている間に、俺達は先に研究所へ向かえと言われたこと。
晴香さんを倒したのであろう怪物が、俺達を追い掛け、追いつき、襲い掛かって来たこと。
その怪物は、助っ人に現れた反逆軍の人の命を奪い、大介とボンを道連れにして川の中へと落ちて行ったこと。
それら全てを簡潔に本郷さんに伝えた。
勿論、怪物の正体がタカシさんであることは伏せて。
真面目な顏をして、現実にはあり得ないような話しをする俺に対し、実際に化け物を目にしている本郷さんは、話せば話すほど、神妙な面持ちになり、全てを聞き終わる頃には、口を一文字にきつく閉じたまま、何かを堪えるように、俺の顏をジッと見つめた。
その目には同情の色というよりも、力強く踏ん張れというエールが含まれているような気がした。
「お、連絡だ」
鶴岡さんの持つタブレットが鳴った。
メールを受信したようだ。
「今から一時間。マザーコンピューターからの指示で侵入者防御セキュリティシステムをオフにするそうです。それ以上かかった場合は責任が持てないとのことです」
メールの内容を祖父に伝える。
「一時間もあれば問題ない。エレベーターは使わないよう皆に指示を。所長室は、建物内の全てが把握出来るようになっている。下手したら、エレベーターに乗っている時に電源を止められ、密室になって出られなくなり、袋の鼠となる可能性が強い。しんどくても階段を使いなさい」
日野浦さんを含む、反逆軍のリーダー各となっている人達にテキパキと指示を出していく。
部隊ごとに突入する経路が違うらしく、自分が設計したからとはいえ、的確に研究所内の配置や進行方向を伝えていく姿は目を見張るものがある。
本当に、祖父の脳には寄生虫がいるのか疑いたくなるほどだ。
一通り、祖父が話し終わると、突然、ピーーーーッという耳鳴りが鳴り始めた。
耳を塞ぎ、顏を顰めるが、その音は一向に止まない。
音の高低や、響く長さを変えて、何度でも鳴り続ける超音波のような音によって、頭が痛くなってくる。
「どうしたの? 大丈夫?」
こんなことは飛行場でもあった。
あの時は大介や洋一郎も俺と同じように苦しみだしたが、大人達は全く何も感じていない様子だった。
今回は、俺だけが子供と言えば子供。
他の人間や、祖父を含む生物兵器の実験台となった人達も、別に何ら変化はない。
あの時は化け物同士がこの音で会話していると思っていたが、祖父達の様子に変化はない。
もしも、研究所内にいる生物兵器達が何等かの信号を受けていたとしても、建物の外部に音が洩れないように設計が施してあるだろう。
じゃあ、祖父と日野浦さんの頭の中にいる寄生虫同士が会話をしている?
それであれば、こんなに複数の高周波音はおかしのではないか?
人の声が人それぞれ違うように、寄生虫だって個々に大きさや鳴き声に特徴があるだろう。
だとすれば、今聞こえているのは、かなり複数の音が入り混じっているのだから、多くの寄生虫同士の会話。
建物内にいる政府側の人間が俺達に対し、生物兵器と化した者達をけしかける為に、この音をつかい、その音に反応した寄生虫たちの声であれば、祖父達は騒めき、慌て出すんじゃないか?
だとしたら、やはり、祖父達が……いいや、祖父達の脳を支配する寄生虫が、俺達普通の人間には分からないように何かしらの計画を練っているとしか考えられない。
それは俺達人間を騙そうとしているのか、それとも、上手く共存していく事を望んでいるのかは分からないが、この音に全く動揺していない祖父達を見ると、俺達に聞かれたくない話しを寄生虫同士でしているとしか思えなかった。
鼓膜を震わせるというよりも、脳内に直接響くようなキンキンした音に歯を食いしばり堪えている間、ある程度自分の考えが纏まった時、突然プツリと音が止んだ。
「体調でも悪いの?」
「お前、そんなんで大丈夫なのか? 俺とお前は別行動。お前を助けてやれねぇぞ」
心配そうに俺の顏を覗き込む、米澤さんと本郷さん。
二人に対し、「今の音、聞こえました?」と、小声で聞くが、二人とも首を横に振る。
やっぱり俺にしか聞こえていない。
そう思った時、本郷さんが、「そう言えば……」と言葉を続けた。
彼の話によると、日野浦さんにアジトへと連れていかれた時、アジトである地下シェルターの扉が開く前に、俺と同じように洋一郎が頭を抱えて、何かを堪えるようにしていたらしい。
シェルターへの入口が開ききった時には、本人も不思議そうな顏をして、何事も無かったように普通に戻ったという。
俺は小さな声で、飛行場での事例と今起こった事。
それについての俺なりの推測を話したついでに、そういえば、本郷さんにはまだ、祖父も生物兵器の実験台だと伝えていない事を思い出し、その件も話した。
「そういう事か……それなら合点がいく。アイツはシェルターの機械音が耳にキンキン響いて五月蠅かっただけだと言っていたが、機械音であれば俺や神崎にだって聞こえていただろ? おかしいと思ったんだ」
その時の事を思い出しているのか、一人でうんうんと頷き話しを進めていく本郷さんは、「そうなると、シェルター内の寄生虫と、表にいた寄生虫とが会話したことになる。だったら日野浦もクロだな」と、渋い顏をした。
「お互いの話をすり合わせるとそうなりますよね。それより、洋一郎はこの音が何なのか気が付いていないって事です?」
「ああ。そういう事になるな。ま、ヨウはアジトでお留守番だから、若者にしか聞こえないモスキート音のような寄生虫の声に悩まされなくてもするけどな」
お互いに、仲間を失い気落ちしている状況でも、気持ちを少しでも軽くしようと、あえて明るく振る舞う本郷さんに、少しだけ元気を貰った。
「そういや、あの飛行場のバケモン。あれも生物兵器の実験台の成れの果てなんだろ? 新種の寄生虫ってやつの」
「ええ。俺の兄貴の手帳や、大介の証言と憶測、そこから導き出すとそうなりますね」
「っつーことはだ。寄生虫と上手く融合し、共存するヤツ。寄生虫に乗っ取られ、寄生虫の本能のままに動かされる者、そして、適合すら出来ずに姿形まで変わり果てて化け物になる者。三種パターンに分かれてるってことか……。だから、日野浦は俺達に嘘をついたってわけか」
気に食わないといった表情でブツブツ言っている彼に、「どういう事?」と訊ねれば、フンッと鼻を鳴らして、俺の耳元に口を近づけて来た。
「お前も、いくら肉親だからといっても、上田龍平には気を付けろよ。お前らはどう思っているかは知らないが、ここに集まっている軍人共も、島民として働かされていた人達も、殆どが寄生虫に乗っ取られていると思っていいぞ。俺達は、アジトに行く間にも、飛行場で見たのとそっくりなゾンビ化段階の軍人に襲われかけた」
息がかかる度にゾクリとするのは、その生温かい空気が耳孔をなぞる感覚のせいだけではない。
一度は自分自身もその件を疑ったものの、『女王』しか卵は産めないという言葉を信じて打ち消した考えを、本郷さんが掘り起こし、確証づけるような事を言うからだ。
「それだけじゃねぇぞ。襲って来たヤツらの事を平気で『ウィルス感染者』だと言い捨て、自分達とは明らかに差別化していた。それに、周りをよく見て見ろ。七十歳を過ぎた老人達が、あんなに筋肉ムキムキだったり、背筋を伸ばし、テキパキと俺達と同じような行動が出来るか? 考えられねぇだろ」
この島に来てから次から次へと怒涛のように問題や事件が起き、そのうちの九割方が非現実的だと思いたいようなもの。
お陰で自分の感覚が完全に麻痺していたのだと思い知らされた。
周りを見渡せば、彼の言う通り、皮膚感や髪の毛等は年相応だというのに、その姿勢も動きも、そして筋力も、何ら俺達と変わらないという違和感。
一人二人ぐらいであれば、そういったスーパー高齢者がいてもおかしくはないが、何住人といる老人全てがそうなのだから、異常である。
口を半開きにしたまま、ボケッと突っ立っていると、本郷さんに肩を叩かれた。
「ほらな。カツヤが日野浦の嘘をどう受け止めたかは分からねぇが、アジトに俺達を連れて行く為だけの嘘だと思ってんなら、そいつは違うぞ。それだけであれば、とっくの昔に、ここにいる全員が寄生虫感染者だって明かすだろ。それが信頼関係を作るってもんだ。蟻に似た社会性を持つ寄生虫ってこたぁ、自分達で仲間を増やしているわけだ。俺達も油断して、アイツらの仲間入りしないように気を付けるに越した事はねぇぞ」
本郷さんに言われて、初めて日野浦さんの嘘がもたらす事の重大さに気が付いた。
女王が研究所にいるという確証はあるのか?
もし、ここに女王がいるとしたら?
卵を産み、それを自分の兵隊に持たせて、宿主を探し、卵、もしくは幼虫を植え付ける。
見た目が変わらず、理性も知性も残る寄生虫感染者は一般人に紛れ込んでも分からないから、普通に島民として生活をし、これもまた、仲間を増やしていく。
倍々ゲームどころじゃない。
そして、寄生虫に脳を完全に乗っ取られた者は――
「さぁっ! 計画通りに進めっ!」
祖父の大きな声によって、俺の考察は中断させられた。
ビクリと肩を跳ね上げると、「まぁ、お前は周りに注意するだけで心配はするな。ココを出たらどいつもこいつも虫下しの刑だからな」と、ニヤリと笑う本郷さんに、胸を拳で軽く突かれた。
色んな情報が多すぎて、ぐちゃぐちゃな頭ん中。
疑心暗鬼で出口のない迷路に迷い込んだ俺に、おちゃらけたような言い方ではあるが、彼の言葉は一筋の光を与えてくれた。
寄生虫に脳が乗っ取られていようが何だろうが、彼らだって政府の狂った計画の犠牲者だ。
最終的には、政府よりももっと上の人間から指令を受けている本郷さん達が何とかしてくれる。
意味深な言葉や散々惑わすような事も言われたが、それは、彼自身が自分の役割として推測し、決断し、行動しなければならない事であって、俺が考え対処するようなものじゃない。
『余計な事は考えるな。ただ、ここから島を出るまでは、自分の身は自分で守れ』
彼はそう言いたかっただけなのだろう。
その為に、自分が置かれている状況だけでなく、広い範囲に目を光らせろって事だ。
とっくに背中を向けて後ろ手に手を振る本郷さんの背中に、「絶対に、一緒に島をでましょう」という意味を含めて手を振り返す。
「克也。わしらも行くぞ」
祖父達の頭に棲みつく寄生虫がどんな会話をしていたのかは分からない。
それでも、この島を出る時までは、彼らと俺達は協力関係にある。
それからの事は、そん時になってから考えりゃいい。
俺達のようなガキが出来ることなんてたかが知れているしな。
祖父とその配下の人間十数名はさっさと第六ゲートに向かって走り出していた。
開けっ放しになっているゲートの奥から騒めきが聞こえる。
セキュリティシステムが発動しないことがバレたらしい。
遠くからはヘリの音が近付いてきているし、沢山の車の音だって聞こえる。
この島にいる国防軍人総動員って感じだな。
手の中にある拳銃とは別に、背中側にあるもう一丁をシャツ越しに確認すると、俺も研究所の入口に向けてスタートを切った。
軍人であれば、一般人を傷つけるような真似はしないだろう。
問題は実験台になり、研究所の言いなりに動いている者達。
事前の心づもりは万全。
それなりの心構えも、敵と遭遇した時のシュミレーションだって出来ていた。
だが、平和な日本で生活していた俺の考えなんて、甘っちょろいもんだと後悔するのは、それから直ぐであった。
理由は、例え寄生虫に脳を支配されても、仲間は仲間。
タカシさんがここに来るかもしれないという一縷の望みを胸に抱いていることと、研究者の中で、この生物兵器の開発に携わり、寄生虫の弱点を知る人物がいないかを探す為らしい。
寄生虫の弱点が分かれば、脳に寄生したものを手術ではなく、別の方法で脳を傷つけずに追い出すことが出来るんじゃないかと、本郷さんなりに考えたのだそうだ。
もし、その情報を持つ人間がいれば、本土に無事に帰還した暁には、その人間に研究室を与えて、彼の上に立つ人間のもとで、解毒ならぬ脳の虫下しサプリメントの開発を行って欲しいらしい。
彼の意見を聞き、祖父も日野浦さんも、脳を支配する虫的には微妙なのだろうが、彼らの元の人格的には、激しく賛同している為、何とも複雑な顏で頷いていた。
俺達と一緒に研究所に乗り込む理由を熱く語る本郷さんに対し、俺は複雑な心境だった。
勿論、鶴岡さんや、松山さん、そして米澤さんも、ここに来るまでに、仲間である晴香さんを失ってしまったことを告げなくてはならないので、何とも言えない表情をして聞いていたが、その晴香さんを倒した獣がタカシさんだと気が付いているのは俺だけであり、本郷さんの前者の希望を叶えることは絶対に不可能などとは、ここでは言えず。
後者の内容にだけ触れて、誤魔化した。
「ところで、晴香やワンコくんとワンワンはどうした?」
ワンコくんとワンワンって。
どっちも犬っころじゃないかというツッコミは置いておいて、気持ちを落ち着け、見た事だけを話す。
ここに来る途中で、俺達の乗った車両に怪物が体当たりしてきたこと。
その怪物を晴香さんが相手をしている間に、俺達は先に研究所へ向かえと言われたこと。
晴香さんを倒したのであろう怪物が、俺達を追い掛け、追いつき、襲い掛かって来たこと。
その怪物は、助っ人に現れた反逆軍の人の命を奪い、大介とボンを道連れにして川の中へと落ちて行ったこと。
それら全てを簡潔に本郷さんに伝えた。
勿論、怪物の正体がタカシさんであることは伏せて。
真面目な顏をして、現実にはあり得ないような話しをする俺に対し、実際に化け物を目にしている本郷さんは、話せば話すほど、神妙な面持ちになり、全てを聞き終わる頃には、口を一文字にきつく閉じたまま、何かを堪えるように、俺の顏をジッと見つめた。
その目には同情の色というよりも、力強く踏ん張れというエールが含まれているような気がした。
「お、連絡だ」
鶴岡さんの持つタブレットが鳴った。
メールを受信したようだ。
「今から一時間。マザーコンピューターからの指示で侵入者防御セキュリティシステムをオフにするそうです。それ以上かかった場合は責任が持てないとのことです」
メールの内容を祖父に伝える。
「一時間もあれば問題ない。エレベーターは使わないよう皆に指示を。所長室は、建物内の全てが把握出来るようになっている。下手したら、エレベーターに乗っている時に電源を止められ、密室になって出られなくなり、袋の鼠となる可能性が強い。しんどくても階段を使いなさい」
日野浦さんを含む、反逆軍のリーダー各となっている人達にテキパキと指示を出していく。
部隊ごとに突入する経路が違うらしく、自分が設計したからとはいえ、的確に研究所内の配置や進行方向を伝えていく姿は目を見張るものがある。
本当に、祖父の脳には寄生虫がいるのか疑いたくなるほどだ。
一通り、祖父が話し終わると、突然、ピーーーーッという耳鳴りが鳴り始めた。
耳を塞ぎ、顏を顰めるが、その音は一向に止まない。
音の高低や、響く長さを変えて、何度でも鳴り続ける超音波のような音によって、頭が痛くなってくる。
「どうしたの? 大丈夫?」
こんなことは飛行場でもあった。
あの時は大介や洋一郎も俺と同じように苦しみだしたが、大人達は全く何も感じていない様子だった。
今回は、俺だけが子供と言えば子供。
他の人間や、祖父を含む生物兵器の実験台となった人達も、別に何ら変化はない。
あの時は化け物同士がこの音で会話していると思っていたが、祖父達の様子に変化はない。
もしも、研究所内にいる生物兵器達が何等かの信号を受けていたとしても、建物の外部に音が洩れないように設計が施してあるだろう。
じゃあ、祖父と日野浦さんの頭の中にいる寄生虫同士が会話をしている?
それであれば、こんなに複数の高周波音はおかしのではないか?
人の声が人それぞれ違うように、寄生虫だって個々に大きさや鳴き声に特徴があるだろう。
だとすれば、今聞こえているのは、かなり複数の音が入り混じっているのだから、多くの寄生虫同士の会話。
建物内にいる政府側の人間が俺達に対し、生物兵器と化した者達をけしかける為に、この音をつかい、その音に反応した寄生虫たちの声であれば、祖父達は騒めき、慌て出すんじゃないか?
だとしたら、やはり、祖父達が……いいや、祖父達の脳を支配する寄生虫が、俺達普通の人間には分からないように何かしらの計画を練っているとしか考えられない。
それは俺達人間を騙そうとしているのか、それとも、上手く共存していく事を望んでいるのかは分からないが、この音に全く動揺していない祖父達を見ると、俺達に聞かれたくない話しを寄生虫同士でしているとしか思えなかった。
鼓膜を震わせるというよりも、脳内に直接響くようなキンキンした音に歯を食いしばり堪えている間、ある程度自分の考えが纏まった時、突然プツリと音が止んだ。
「体調でも悪いの?」
「お前、そんなんで大丈夫なのか? 俺とお前は別行動。お前を助けてやれねぇぞ」
心配そうに俺の顏を覗き込む、米澤さんと本郷さん。
二人に対し、「今の音、聞こえました?」と、小声で聞くが、二人とも首を横に振る。
やっぱり俺にしか聞こえていない。
そう思った時、本郷さんが、「そう言えば……」と言葉を続けた。
彼の話によると、日野浦さんにアジトへと連れていかれた時、アジトである地下シェルターの扉が開く前に、俺と同じように洋一郎が頭を抱えて、何かを堪えるようにしていたらしい。
シェルターへの入口が開ききった時には、本人も不思議そうな顏をして、何事も無かったように普通に戻ったという。
俺は小さな声で、飛行場での事例と今起こった事。
それについての俺なりの推測を話したついでに、そういえば、本郷さんにはまだ、祖父も生物兵器の実験台だと伝えていない事を思い出し、その件も話した。
「そういう事か……それなら合点がいく。アイツはシェルターの機械音が耳にキンキン響いて五月蠅かっただけだと言っていたが、機械音であれば俺や神崎にだって聞こえていただろ? おかしいと思ったんだ」
その時の事を思い出しているのか、一人でうんうんと頷き話しを進めていく本郷さんは、「そうなると、シェルター内の寄生虫と、表にいた寄生虫とが会話したことになる。だったら日野浦もクロだな」と、渋い顏をした。
「お互いの話をすり合わせるとそうなりますよね。それより、洋一郎はこの音が何なのか気が付いていないって事です?」
「ああ。そういう事になるな。ま、ヨウはアジトでお留守番だから、若者にしか聞こえないモスキート音のような寄生虫の声に悩まされなくてもするけどな」
お互いに、仲間を失い気落ちしている状況でも、気持ちを少しでも軽くしようと、あえて明るく振る舞う本郷さんに、少しだけ元気を貰った。
「そういや、あの飛行場のバケモン。あれも生物兵器の実験台の成れの果てなんだろ? 新種の寄生虫ってやつの」
「ええ。俺の兄貴の手帳や、大介の証言と憶測、そこから導き出すとそうなりますね」
「っつーことはだ。寄生虫と上手く融合し、共存するヤツ。寄生虫に乗っ取られ、寄生虫の本能のままに動かされる者、そして、適合すら出来ずに姿形まで変わり果てて化け物になる者。三種パターンに分かれてるってことか……。だから、日野浦は俺達に嘘をついたってわけか」
気に食わないといった表情でブツブツ言っている彼に、「どういう事?」と訊ねれば、フンッと鼻を鳴らして、俺の耳元に口を近づけて来た。
「お前も、いくら肉親だからといっても、上田龍平には気を付けろよ。お前らはどう思っているかは知らないが、ここに集まっている軍人共も、島民として働かされていた人達も、殆どが寄生虫に乗っ取られていると思っていいぞ。俺達は、アジトに行く間にも、飛行場で見たのとそっくりなゾンビ化段階の軍人に襲われかけた」
息がかかる度にゾクリとするのは、その生温かい空気が耳孔をなぞる感覚のせいだけではない。
一度は自分自身もその件を疑ったものの、『女王』しか卵は産めないという言葉を信じて打ち消した考えを、本郷さんが掘り起こし、確証づけるような事を言うからだ。
「それだけじゃねぇぞ。襲って来たヤツらの事を平気で『ウィルス感染者』だと言い捨て、自分達とは明らかに差別化していた。それに、周りをよく見て見ろ。七十歳を過ぎた老人達が、あんなに筋肉ムキムキだったり、背筋を伸ばし、テキパキと俺達と同じような行動が出来るか? 考えられねぇだろ」
この島に来てから次から次へと怒涛のように問題や事件が起き、そのうちの九割方が非現実的だと思いたいようなもの。
お陰で自分の感覚が完全に麻痺していたのだと思い知らされた。
周りを見渡せば、彼の言う通り、皮膚感や髪の毛等は年相応だというのに、その姿勢も動きも、そして筋力も、何ら俺達と変わらないという違和感。
一人二人ぐらいであれば、そういったスーパー高齢者がいてもおかしくはないが、何住人といる老人全てがそうなのだから、異常である。
口を半開きにしたまま、ボケッと突っ立っていると、本郷さんに肩を叩かれた。
「ほらな。カツヤが日野浦の嘘をどう受け止めたかは分からねぇが、アジトに俺達を連れて行く為だけの嘘だと思ってんなら、そいつは違うぞ。それだけであれば、とっくの昔に、ここにいる全員が寄生虫感染者だって明かすだろ。それが信頼関係を作るってもんだ。蟻に似た社会性を持つ寄生虫ってこたぁ、自分達で仲間を増やしているわけだ。俺達も油断して、アイツらの仲間入りしないように気を付けるに越した事はねぇぞ」
本郷さんに言われて、初めて日野浦さんの嘘がもたらす事の重大さに気が付いた。
女王が研究所にいるという確証はあるのか?
もし、ここに女王がいるとしたら?
卵を産み、それを自分の兵隊に持たせて、宿主を探し、卵、もしくは幼虫を植え付ける。
見た目が変わらず、理性も知性も残る寄生虫感染者は一般人に紛れ込んでも分からないから、普通に島民として生活をし、これもまた、仲間を増やしていく。
倍々ゲームどころじゃない。
そして、寄生虫に脳を完全に乗っ取られた者は――
「さぁっ! 計画通りに進めっ!」
祖父の大きな声によって、俺の考察は中断させられた。
ビクリと肩を跳ね上げると、「まぁ、お前は周りに注意するだけで心配はするな。ココを出たらどいつもこいつも虫下しの刑だからな」と、ニヤリと笑う本郷さんに、胸を拳で軽く突かれた。
色んな情報が多すぎて、ぐちゃぐちゃな頭ん中。
疑心暗鬼で出口のない迷路に迷い込んだ俺に、おちゃらけたような言い方ではあるが、彼の言葉は一筋の光を与えてくれた。
寄生虫に脳が乗っ取られていようが何だろうが、彼らだって政府の狂った計画の犠牲者だ。
最終的には、政府よりももっと上の人間から指令を受けている本郷さん達が何とかしてくれる。
意味深な言葉や散々惑わすような事も言われたが、それは、彼自身が自分の役割として推測し、決断し、行動しなければならない事であって、俺が考え対処するようなものじゃない。
『余計な事は考えるな。ただ、ここから島を出るまでは、自分の身は自分で守れ』
彼はそう言いたかっただけなのだろう。
その為に、自分が置かれている状況だけでなく、広い範囲に目を光らせろって事だ。
とっくに背中を向けて後ろ手に手を振る本郷さんの背中に、「絶対に、一緒に島をでましょう」という意味を含めて手を振り返す。
「克也。わしらも行くぞ」
祖父達の頭に棲みつく寄生虫がどんな会話をしていたのかは分からない。
それでも、この島を出る時までは、彼らと俺達は協力関係にある。
それからの事は、そん時になってから考えりゃいい。
俺達のようなガキが出来ることなんてたかが知れているしな。
祖父とその配下の人間十数名はさっさと第六ゲートに向かって走り出していた。
開けっ放しになっているゲートの奥から騒めきが聞こえる。
セキュリティシステムが発動しないことがバレたらしい。
遠くからはヘリの音が近付いてきているし、沢山の車の音だって聞こえる。
この島にいる国防軍人総動員って感じだな。
手の中にある拳銃とは別に、背中側にあるもう一丁をシャツ越しに確認すると、俺も研究所の入口に向けてスタートを切った。
軍人であれば、一般人を傷つけるような真似はしないだろう。
問題は実験台になり、研究所の言いなりに動いている者達。
事前の心づもりは万全。
それなりの心構えも、敵と遭遇した時のシュミレーションだって出来ていた。
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