Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 29

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 敵意を隠す事なく『敵』である男を睨みつけるが、彼はそんなこと、痛くも痒くもないといった雰囲気で口を開いた。

「これを見てごらん」

 目の前のパネル。
 そこには、祖父の言った通り、この建物全ての配置や設備の在り処が表されていた。

「ここに白い点と青い点が入り混じって集まっているでしょう? この白いのが規制されていない人間。まぁ、普通の人間ってこと。そして、青い点。これが我々が実験を施し、脳に寄生虫が住んでいる人達。いわゆる宿主や宿主兼キャリアです」

 自分の想像以上に白い点が少ない事に驚愕する。
 この数の比率で言えば、この建物の中にいた人達や反逆軍の殆どが青い点。
 つまりは宿主かキャリアって事になる。
 反逆軍の殆どが寄生虫に支配された人達なのは、ある程度覚悟はしていた。

 けれど、まさか。
 この建物の内部にいる国防軍の軍人や施設の人間までもが、一部を除き、寄生されているだなんて。
 この人は一体何を考えているんだ?

 こめかみから汗が流れ落ちる。

「ちなみに少ない赤い点。これは特殊なパターン。以前はhalf baked。つまりは『なりそこない』と読んでいたH‐Bというもの。彼らは偶然の産物でしてねぇ。寄生虫とうまく融合は出来なかったものの、強大な力を有する者が多いんです。ほら、今。君のお祖父さんと闘っていますよ」

 手に持っているタブレット端末を俺に見せてきた。

 彼の話す、なりそこない。
 そいつらと俺は、散々出会って来た。
 何が偶然の産物だ。
 偶然にしては多すぎるくらいだ。
 大体、俺の祖父とH‐Bとかいうやつの闘いだって、どう考えても、お前がH‐Bを解放し、けしかけたんだろうが! 
 まぁ、祖父が有利に事を運んでいるのは、さっきまで近くで見ていた俺が一番良く知っているけどさ。

 内心、悪態をついているのを悟られぬよう、ポーカーフェイスでそれを受け取る。
 そこには、目を疑うような場面が映し出されており、思わずタブレットを落としそうになった。

「なっ! じいちゃんっ!」

 頭から血を流し、片腕を喰われている祖父の姿。
 鋼の体を持つ獣は尖った歯を見せて、ケタケタ笑っているように見えた。

「い、いったいどうなっているんだ?」

 感じたことそのまんま口から出てしまう。
 悲壮感溢れた顏をしているだろう俺に更なる追い討ちをかける所長。
 彼はタブレットの画面をタップし、いくつかのアイコンの中から、いくつかを選択していく。
 画面がコマ割りになる。
 一つの画面には本郷さん達。
 もう一つの画面には米澤さんと松山さん。
 三つ目は鶴岡さんと神崎さんの姿が映っている。

「彼らが、君と一緒に島に来たメンバーだね。他の人がいないところを見ると……と。これは聞いてはいけないことかな?」

 クックックッと嫌な笑いをして、コマ割りになっている一つの画面をタップし、画面一杯に広げる。

「お祖父さんの事も心配だろうけど、こっちも心配してあげなさい。ほら……」

 そこには、泣き叫ぶ米澤さんと、彼女を羽交い絞めにして押さえる松山さんの姿。
 二人の視線の先には、口の周りや手を真っ赤に染めた白髪の小柄なお婆さんがいた。

「も、もしかして……そんな……」
「やはり、気が付きましたか。私もびっくりしましたよ。モニターをチェックしていましたら、この女性。実験後経過観察の者たちを集めているブロックの扉を破壊したかと思いきや、中にいる実験台達を外に誘導しだしましてね」

 まるで子供が面白いものを発見した時のように、嬉しそうに声のトーンをあげた。

「私もね。実験台に逃げられては困ります。何とかしようと思っても、あなたの仲間にここのセキュリティシステムは止められてしまっているでしょう? さて、困った。と、思ったところで……」

 一番いい部分で言葉を区切ると、こちらを焦らすように溜めてから、再び口を開いた。

「彼女らに実験台が襲い掛かったんですよ」

 いきなりトーンを下げて、大きな声で言う彼は、夏になるとテレビに湧いて出て来る怪談芸人のようだと思ったが、彼の狙い通り、僅かではあるがビビった。

「彼女達の周りには実験台と同じく、寄生虫に脳を支配されている反逆軍の兵士達がいたので、彼らが中に割って入り、再び外へと誘導を始めたのですが、彼女は見つけてしまったんですよ」
「何を?」

 答えなんて分かり切っているというのに、無意識に尋ねていた。

「彼女の唯一の肉親であるお祖母さんですよ」

 聞かなけりゃ良かったと後悔先に立たず。
 いいや。
 聞かなくたって分かっていた。
 けれど、実際に確認してしまえば、心に重くのしかかってくる。

「まだ、寄生虫が脳にしっかり寄生している訳ではない。とても不安定な時期なのが、実験後経過観察の管理ブロックにいる実験台なのです。その時期は、生きる為の欲求が強くて、睡眠と食欲が大半の時間を占めるのですが、この寄生虫は食欲旺盛でして。仲間以外の生き物。特に哺乳類の肉が大好物なんです」

「……それじゃぁ、米澤さんのお祖母さんは……」

「ええ。自分の孫すらも判断つかずに、食料だと思っているわけです」

 クックックと喉を鳴らし、うちのペットは大食漢で困るとでも言わんばかりに楽しげな所長の姿に心底ゾッとした。

「あ、あんた……人をなんだと思っているんだ……」

 怒りで声を詰まらせると、ひょうひょうとした態度で、俺が持つタブレット端末の中を覗き見る。

「そんな事言っている場合ではありませんよ? ほら。あの女性。自分を喰い殺そうとしているというのに、必死で自分の事を思い出させようと泣き叫んでいますよ。これが映画やドラマでしたら、お祖母さんが一瞬だけでも正気に戻って、孫の為に自害でもするところなんですが……あぁ。ほら!」

 大きな声に反応して、画面を見ると、そこには米澤さんの頬を食い千切る彼女の祖母の姿。
 大きな口を開けて、恐怖に顏を引き攣らせ、手足をバタつかせる米澤さん。
 そして、彼女を押さえ付ける事を諦めた松山さんが、手にしたライフルの銃口を彼女の祖母の口に突っ込んだ。
 音声がないというのに、米澤さんの悲鳴や、肉が噛みちぎられる音が脳内で再生され、最後には、ライフルの乾いた音と、肉片が飛び散る音まで、ご丁寧に『記憶』の中から引きだしてくれた。

「うぅっ」

「あ~。感情に左右される馬鹿な雌には、冴えないナイトがついていましたね。これはこれは興醒めです」

 嬉々とした声を上げていた彼の表情が一気につまらないといったものへと変わる。

「じ、じいちゃんはっ!」

「はい。終了。ここまで」

 形勢逆転されていた様子の祖父が気になる。
 最初の画面に戻そうとタブレットを操作しようとした時、所長にそれを取り上げられた。

「な、何するんだよ! じいちゃんは? じいちゃんはどうなったんだよ!」

 拳銃を握ったまま、彼の胸倉を掴む。
 冷めきった目が俺の顏を捉えた。

《危険だっ》

 蛇のように感情のない黒目がギラリと光ったと同時に、彼は膝蹴りを繰り出してきたが、紙一重のところで躱した。

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