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episode 29
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「うわぁぁぁぁぁっ!」
頭が真っ白になり、その後の数分。
いいや、数秒間のことを俺は記憶にない。
ただ、聞き慣れた声が耳に届いた気がした。
そのお陰で、狙いがブレた。
真っ赤に染めた肩を押さえて、気持ちの悪い笑みを浮かべる所長。
景色に色が付いてきた頃には、俺の手を温かな何かが包み込む。
視線を上げると、そこにはここに居ないはずの男の姿があった。
「洋一郎」
彼の名前がポロリと口から零れた。
「あぁ。俺だ。まずはその物騒なものを手から放せ」
なんでコイツがここに居るのかは分からないが、さっき聞こえた声のお陰で、俺は人殺しにならなくて済んだのだと悟った。
がくりと肩を落とし、大切な肉親を失った事よりも、衝動的に引き金を引いたことにショックを受けている自分に愕然とした。
青い点が消えたのを見た瞬間は、確かに、祖父の死を確証し、彼を死に追いやった所長に対しての憎しみと怒りが爆発したのは確か。
なのに、一旦落ち着いて考えると、祖父の死をきちんとこの目で見ていないからなのかもしれないが、青い点が消えただけ。
それに正気を失って躊躇なく拳銃を発砲した自分と、引き金一つで簡単に大怪我をさせ、人の命を奪える道具に心底、恐ろしさを感じた。
「アーハハハハッ! どうだい? 人を撃った感想は。私がボタン一つで人を殺すのと、君が引き金一つで私を殺そうとするのと、一体何が違うというんだね?」
痛みと出血で息を荒くしながらも、こちらを嘲笑し、挑発する。
「私は自分の実験の為。政府からの依頼の為。そして、国の為にやっていることだが、君はどうだい? 自分の肉親一人。しかも、実際に死体を見てもいないのに、死んだと決めつけ、衝動的に私を撃った。どちらが酷いんでしょうねぇ?」
そう言われてしまえば、彼も俺も同じ穴のムジナ。
理由はどうであれ、俺は彼を殺そうとした。
洋一郎が駆け付けてこなければ、殺していた。
彼の話を聞き、黙ったままずっと考え込んでいる洋一郎の様子を見ながら、反論することも出来ず、受け入れるしかない俺は次の言葉で声を荒げた。
「それに、私は良い事をしたんですよ? 感謝されることはあっても、憎まれるようなことはしていません」
「どこが良い事なんだよっ! 多くの人を……ましてや、普通の人間を何人も何十人も殺しておいてっ!」
「君も見たでしょう?」
荒ぶる俺に向かって、皮肉めいた口調で尋ねる彼に、「何をだ?」と、質問に質問で返すと、彼は呆れたように言い放った。
「ちゃんと説明までつけてあげたと言うのに、上田君は頭が悪いのですか? 祖母と孫の感動の再会。その目で見たでしょう?」
「感動の再会? その逆だろっ!」
白衣を脱いで、自分で止血しながら話す彼に怒鳴りつけた俺は、そこで気が付いた。
寄生虫が体内に侵入してまだ間もない不安定な期間。
その時、彼らの食欲は異常に旺盛になる。
仲間以外は全て『食事』だと思い襲い掛かる。
そんな彼らを既に俺達の仲間は解放してしまった。
孫の頬ですら食い千切る理性皆無な者たちだ。
同じく、解放された普通の人間を目にしたら?
美味しい『食事』が目の前に現れたら?
考えただけでもゾッとする。
激昂した後で急に静かになった俺を見て、「気が付いたようですね」と満足気な表情を見せる彼の額にはびっしりと汗が滲んでいた。
痛みに耐えながらも、彼の話は止まらない。
「ほらね。解放されたと思って喜んだところで、同じ人間の姿をしたケダモノに喰い殺される末路よりも。何も知らずに死んだ方がマシでしょう。私の優しさですよ。優しさ。それに、君のお祖父さんだって、H‐Bに腕を喰われてしまったんです。H‐Bは仲間であろうと関係なく食らいつくすんですよ。獰猛なH‐Bの餌になるぐらいなら、人としての形を残したまま、死なせてあげたいじゃないですか」
自分のしたことがいかに思いやりのある事なのかを説明する。
あまりにも雄弁に物語るものだから、俺も彼のしたことが間違いじゃないんじゃないかと、思い始めた時、凛とした声が響いた。
「克也。そんな戯言に耳を貸すな。所詮は自分を正当化したいだけだ。やった事は人殺し。それ以上でもそれ以下でもない」
ハッキリと明言する洋一郎の言葉に、憑き物が落ちた様に気持ちがスッキリとする。
そうだ。
どんな事があっても、人の命を勝手に奪って良い筈がない。
たとえ解放された後で恐怖が待っていても、それを乗り越えられる人間だっていた筈だ。
「それよりも、先程から気になっているのは、そんな大怪我をしてまで、やけに克也の気持ちを自分に引き付けるように話しをするんですねぇ」
その一言に所長の眉がピクリと動いた。
「実はちょっと前から扉から中の様子を見ていたんですよ。確か、克也が天井に発砲してからというもの、貴方はやけに余裕がなくなった。さっきだって、銃口を天井に向けるだけで、正気を失った。ここは最上階だというのに……。この上に何かあるんですかねぇ?」
「何もない! ある訳がない!」
明らかに過剰反応をする彼の様子からも、上に何かがありそうだ。
しかし、屋上に何が?
「いやいや。僕ね。状況判断は正しくしたい癖がありましてね。多分、貴方も潔癖で完璧主義者っぽいから分かると思いますが、この建物。最上階が五十階となっていますが、どうもおかしいんですよ。外から眺めてみますと、下から窓を数えていくと、何故か五十一階まであるんですよ」
階段を上ってきた俺は、確かに五十階であるこのフロアで階段が終わっていたのを知っている。
ん?
このフロアで階段が終わる?
まてよ。
それもおかしい。
それでは、緊急時に屋上に出るにはどうするんだ?
続きの階段がなくてはおかしいじゃないか。
洋一郎の話を聞き、ここまでで終わる階段の不自然さを発見した。
「エレベーターに記されていた階数も五十階が最上階でした。でも窓は五十一階分。おかしいとは思いませんか? そして、やけに天井への発砲に怯える貴方。上に何があるのですか?」
逃げ場がないほど追い詰めた状態で問いかける洋一郎に口を固く閉ざす所長。
真っ青を通り越して真っ白になった顏は、知られたくない事がバレてしまったせいなのか、それとも、出血による貧血状態なのか。
多分、両方であろう。
このまんま貝のように口を閉ざしたまんまでは拉致があかない。
「いいよ。アンタが口を割らないなら、勝手に上に行く道探すから」
苛立ちのあまり、言い放った言葉が転機となった。
頭が真っ白になり、その後の数分。
いいや、数秒間のことを俺は記憶にない。
ただ、聞き慣れた声が耳に届いた気がした。
そのお陰で、狙いがブレた。
真っ赤に染めた肩を押さえて、気持ちの悪い笑みを浮かべる所長。
景色に色が付いてきた頃には、俺の手を温かな何かが包み込む。
視線を上げると、そこにはここに居ないはずの男の姿があった。
「洋一郎」
彼の名前がポロリと口から零れた。
「あぁ。俺だ。まずはその物騒なものを手から放せ」
なんでコイツがここに居るのかは分からないが、さっき聞こえた声のお陰で、俺は人殺しにならなくて済んだのだと悟った。
がくりと肩を落とし、大切な肉親を失った事よりも、衝動的に引き金を引いたことにショックを受けている自分に愕然とした。
青い点が消えたのを見た瞬間は、確かに、祖父の死を確証し、彼を死に追いやった所長に対しての憎しみと怒りが爆発したのは確か。
なのに、一旦落ち着いて考えると、祖父の死をきちんとこの目で見ていないからなのかもしれないが、青い点が消えただけ。
それに正気を失って躊躇なく拳銃を発砲した自分と、引き金一つで簡単に大怪我をさせ、人の命を奪える道具に心底、恐ろしさを感じた。
「アーハハハハッ! どうだい? 人を撃った感想は。私がボタン一つで人を殺すのと、君が引き金一つで私を殺そうとするのと、一体何が違うというんだね?」
痛みと出血で息を荒くしながらも、こちらを嘲笑し、挑発する。
「私は自分の実験の為。政府からの依頼の為。そして、国の為にやっていることだが、君はどうだい? 自分の肉親一人。しかも、実際に死体を見てもいないのに、死んだと決めつけ、衝動的に私を撃った。どちらが酷いんでしょうねぇ?」
そう言われてしまえば、彼も俺も同じ穴のムジナ。
理由はどうであれ、俺は彼を殺そうとした。
洋一郎が駆け付けてこなければ、殺していた。
彼の話を聞き、黙ったままずっと考え込んでいる洋一郎の様子を見ながら、反論することも出来ず、受け入れるしかない俺は次の言葉で声を荒げた。
「それに、私は良い事をしたんですよ? 感謝されることはあっても、憎まれるようなことはしていません」
「どこが良い事なんだよっ! 多くの人を……ましてや、普通の人間を何人も何十人も殺しておいてっ!」
「君も見たでしょう?」
荒ぶる俺に向かって、皮肉めいた口調で尋ねる彼に、「何をだ?」と、質問に質問で返すと、彼は呆れたように言い放った。
「ちゃんと説明までつけてあげたと言うのに、上田君は頭が悪いのですか? 祖母と孫の感動の再会。その目で見たでしょう?」
「感動の再会? その逆だろっ!」
白衣を脱いで、自分で止血しながら話す彼に怒鳴りつけた俺は、そこで気が付いた。
寄生虫が体内に侵入してまだ間もない不安定な期間。
その時、彼らの食欲は異常に旺盛になる。
仲間以外は全て『食事』だと思い襲い掛かる。
そんな彼らを既に俺達の仲間は解放してしまった。
孫の頬ですら食い千切る理性皆無な者たちだ。
同じく、解放された普通の人間を目にしたら?
美味しい『食事』が目の前に現れたら?
考えただけでもゾッとする。
激昂した後で急に静かになった俺を見て、「気が付いたようですね」と満足気な表情を見せる彼の額にはびっしりと汗が滲んでいた。
痛みに耐えながらも、彼の話は止まらない。
「ほらね。解放されたと思って喜んだところで、同じ人間の姿をしたケダモノに喰い殺される末路よりも。何も知らずに死んだ方がマシでしょう。私の優しさですよ。優しさ。それに、君のお祖父さんだって、H‐Bに腕を喰われてしまったんです。H‐Bは仲間であろうと関係なく食らいつくすんですよ。獰猛なH‐Bの餌になるぐらいなら、人としての形を残したまま、死なせてあげたいじゃないですか」
自分のしたことがいかに思いやりのある事なのかを説明する。
あまりにも雄弁に物語るものだから、俺も彼のしたことが間違いじゃないんじゃないかと、思い始めた時、凛とした声が響いた。
「克也。そんな戯言に耳を貸すな。所詮は自分を正当化したいだけだ。やった事は人殺し。それ以上でもそれ以下でもない」
ハッキリと明言する洋一郎の言葉に、憑き物が落ちた様に気持ちがスッキリとする。
そうだ。
どんな事があっても、人の命を勝手に奪って良い筈がない。
たとえ解放された後で恐怖が待っていても、それを乗り越えられる人間だっていた筈だ。
「それよりも、先程から気になっているのは、そんな大怪我をしてまで、やけに克也の気持ちを自分に引き付けるように話しをするんですねぇ」
その一言に所長の眉がピクリと動いた。
「実はちょっと前から扉から中の様子を見ていたんですよ。確か、克也が天井に発砲してからというもの、貴方はやけに余裕がなくなった。さっきだって、銃口を天井に向けるだけで、正気を失った。ここは最上階だというのに……。この上に何かあるんですかねぇ?」
「何もない! ある訳がない!」
明らかに過剰反応をする彼の様子からも、上に何かがありそうだ。
しかし、屋上に何が?
「いやいや。僕ね。状況判断は正しくしたい癖がありましてね。多分、貴方も潔癖で完璧主義者っぽいから分かると思いますが、この建物。最上階が五十階となっていますが、どうもおかしいんですよ。外から眺めてみますと、下から窓を数えていくと、何故か五十一階まであるんですよ」
階段を上ってきた俺は、確かに五十階であるこのフロアで階段が終わっていたのを知っている。
ん?
このフロアで階段が終わる?
まてよ。
それもおかしい。
それでは、緊急時に屋上に出るにはどうするんだ?
続きの階段がなくてはおかしいじゃないか。
洋一郎の話を聞き、ここまでで終わる階段の不自然さを発見した。
「エレベーターに記されていた階数も五十階が最上階でした。でも窓は五十一階分。おかしいとは思いませんか? そして、やけに天井への発砲に怯える貴方。上に何があるのですか?」
逃げ場がないほど追い詰めた状態で問いかける洋一郎に口を固く閉ざす所長。
真っ青を通り越して真っ白になった顏は、知られたくない事がバレてしまったせいなのか、それとも、出血による貧血状態なのか。
多分、両方であろう。
このまんま貝のように口を閉ざしたまんまでは拉致があかない。
「いいよ。アンタが口を割らないなら、勝手に上に行く道探すから」
苛立ちのあまり、言い放った言葉が転機となった。
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