64 / 107
衣類
第八話【最後の反物】
しおりを挟む
綺麗じゃろぉ。
見た事のない染め色だって?
そうじゃねぇ。
確かに、このような渋みを含んだ紅は。
中々見んじゃろねぇ。
え?
なんだって?
着てみたいって??
それは、無理な話じゃ。
この浴衣はねぇ。
我が家に代々伝わる物なんじゃけど、我が家の血筋の者しかぁ着れないんじゃ。
理由かい?
これは、江戸時代のもんなんじゃけど、お前さんは、知ってるかい?
当時のお侍さんには参勤交替とかなんとか言う……まぁ、今で例えるなら、地方のお役人が、自分の部下を連れて定期的に東京に来て仕事をする……言ってみれば、団体での単身赴任みたいなもんじゃな。
それを、絶対にしなくてはならない法令があってねぇ。
勿論、当時は、お殿様について江戸に出て来たお侍さんは、住まいは長屋。
食事等は下男がしてくれていたそうなんじゃが、問題は洗濯。
上に着る小袖、布子の類はたまにのことじゃから、藩邸に出入りしている専門の商人にまかせていたそうなんじゃが、下帯、ふんどしの洗濯までは下男にも……ましてや、商人なんかにゃ頼めないって事になる。
そんなお侍さんの為に、貸しふんどし屋っていうものまであったそうなんじゃ。
潔癖症なお侍さんは三日に一度。
そうでない人は一週間に一度という契約をすれば、きちんと、契約した通りに、毎回、新しい褌が届けられるそうじゃ。
しかし、毎回毎回、汚れの無い綺麗なふんどしが届けられる事に、うちの先祖の……名前を近衛門というんじゃが、疑問に思ったらしく、ある時、聞いたそんなんじゃ。
「この、ふんどし、一体どうして毎回綺麗なんだい?」となぁ。
「そしたら、ここだけの話ですよ?」と、話てくれた内容っていうのが、貸しふんどしは、毎回洗って、数回使い回しした後は、くたびれる前に別の商人や業者に売るんだそう。
そして、そのふんどしは、小紋の型を置き、藍染にして、野良着等として、農家等に安く売っていたそうなんじゃ。
元々、綺麗好きじゃった近衛門は、ふんどしも、数回履いては、直ぐに新調するような人間じゃったらしくてなぁ。
そんなんじゃから、この話を聞き、“これは、面白い!”と思い、自分の使わなくなったふんどしを集め、最高の腕のお針子と、最高の腕の染め師に頼み、何か作れないかと頼んだそうじゃ。
しかし、作れど作れど、色合いも仕立ても気に入らず。
自分用の浴衣でも……と思ってみても、どうもイマイチでなぁ。
来る日も来る日も、試していたそうじゃった。
そんなある日。
近衛門が病に倒れたんじゃ。
しかも、楽しみにしておった、お孫さんも死産。
あまりの悲しさに、同じ日に、呆気なく死んでしまったそんなんじゃ。
最後のふんどしは、まだ、死ぬ当日に履いたばかりの、真新しいものだったんじゃが、近衛門の遺言通り、その、ふんどしを染め師とお針子に預けたそうじゃ。
染め師もお針子も、不眠不休と言っても過言ではない程、まるで何かに憑りつかれたかのように、近衛門のふんどしを何枚も何枚も、染めては仕立て、染めては仕立て。
何度も何度も自分達が満足するまで、精魂込めて作り上げ、ようやく完成したものが、この【紅の浴衣】なんじゃ。
そう。
これは、女性用。
近衛門の為に作ったものではないのぉ。
実はなぁ。
死産じゃったお孫さんは、女の子じゃったそうな。
もし、生まれていたら、間違いなく、自分用ではなく、そのお孫ちゃんの為に、仕立てただろうとの憶測から、染め師もお針子も、女性用の浴衣にしたそうじゃ。
なんじゃ?
そんな、変な顔をして。
ふんどしで作ったとはいえ、主の想いが込められ、そして、綺麗に洗って、更に、何度も染め直したものなのじゃから、なぁに、汚くはない。
それよりも、この『紅』の色と言ったら。
なんとも言えないじゃろぉ?
ホッホッホ
この浴衣の色は、もう、二度と出せやしないじゃろうねぇ……
え?
作り話だって?
江戸時代の物であるのなら、浴衣なんざ、生が無くなって、こんなにしっかりした生地じゃないって?
ホッホッホ
いやいや。
だからこそ、この浴衣は、我が家のモンにしか着られないんじゃ。
じゃから、お前さんも、諦め……あ!
ちょっと!
お待ちよ!
……あぁ。
いっちまった。
まぁ、いい。
どのみち、あの浴衣は我が家に帰ってくるんじゃ。
まったく。
人の話は最後まで聞くべきなんじゃが……一度、アレに魅入られたら仕方がない。
アレも、そろそろ生を入れんきゃ、いかん時期じゃし。
その紅色はなぁ、亡くなった近衛門とお孫さんの血染めじゃ。
どうやって、茶色ではなく、紅色になるように染めたかは、誰も知らんのじゃが。
もしかしたら、近衛門の魂が宿っておるのかもしれん。
わしらのような、子孫が着る分には、全く害はないんじゃが……
どうも。
血の味を覚えたふんどしのせいか。
近衛門が、自分の子孫の為に作ったものである以上、他の者に触れられる事を許せないのかは、分らんのじゃが……
今も尚、紅の染めに魅入られた者の血を、吸い取っては生を取り戻し、舞い戻って来るんじゃよ。
見た事のない染め色だって?
そうじゃねぇ。
確かに、このような渋みを含んだ紅は。
中々見んじゃろねぇ。
え?
なんだって?
着てみたいって??
それは、無理な話じゃ。
この浴衣はねぇ。
我が家に代々伝わる物なんじゃけど、我が家の血筋の者しかぁ着れないんじゃ。
理由かい?
これは、江戸時代のもんなんじゃけど、お前さんは、知ってるかい?
当時のお侍さんには参勤交替とかなんとか言う……まぁ、今で例えるなら、地方のお役人が、自分の部下を連れて定期的に東京に来て仕事をする……言ってみれば、団体での単身赴任みたいなもんじゃな。
それを、絶対にしなくてはならない法令があってねぇ。
勿論、当時は、お殿様について江戸に出て来たお侍さんは、住まいは長屋。
食事等は下男がしてくれていたそうなんじゃが、問題は洗濯。
上に着る小袖、布子の類はたまにのことじゃから、藩邸に出入りしている専門の商人にまかせていたそうなんじゃが、下帯、ふんどしの洗濯までは下男にも……ましてや、商人なんかにゃ頼めないって事になる。
そんなお侍さんの為に、貸しふんどし屋っていうものまであったそうなんじゃ。
潔癖症なお侍さんは三日に一度。
そうでない人は一週間に一度という契約をすれば、きちんと、契約した通りに、毎回、新しい褌が届けられるそうじゃ。
しかし、毎回毎回、汚れの無い綺麗なふんどしが届けられる事に、うちの先祖の……名前を近衛門というんじゃが、疑問に思ったらしく、ある時、聞いたそんなんじゃ。
「この、ふんどし、一体どうして毎回綺麗なんだい?」となぁ。
「そしたら、ここだけの話ですよ?」と、話てくれた内容っていうのが、貸しふんどしは、毎回洗って、数回使い回しした後は、くたびれる前に別の商人や業者に売るんだそう。
そして、そのふんどしは、小紋の型を置き、藍染にして、野良着等として、農家等に安く売っていたそうなんじゃ。
元々、綺麗好きじゃった近衛門は、ふんどしも、数回履いては、直ぐに新調するような人間じゃったらしくてなぁ。
そんなんじゃから、この話を聞き、“これは、面白い!”と思い、自分の使わなくなったふんどしを集め、最高の腕のお針子と、最高の腕の染め師に頼み、何か作れないかと頼んだそうじゃ。
しかし、作れど作れど、色合いも仕立ても気に入らず。
自分用の浴衣でも……と思ってみても、どうもイマイチでなぁ。
来る日も来る日も、試していたそうじゃった。
そんなある日。
近衛門が病に倒れたんじゃ。
しかも、楽しみにしておった、お孫さんも死産。
あまりの悲しさに、同じ日に、呆気なく死んでしまったそんなんじゃ。
最後のふんどしは、まだ、死ぬ当日に履いたばかりの、真新しいものだったんじゃが、近衛門の遺言通り、その、ふんどしを染め師とお針子に預けたそうじゃ。
染め師もお針子も、不眠不休と言っても過言ではない程、まるで何かに憑りつかれたかのように、近衛門のふんどしを何枚も何枚も、染めては仕立て、染めては仕立て。
何度も何度も自分達が満足するまで、精魂込めて作り上げ、ようやく完成したものが、この【紅の浴衣】なんじゃ。
そう。
これは、女性用。
近衛門の為に作ったものではないのぉ。
実はなぁ。
死産じゃったお孫さんは、女の子じゃったそうな。
もし、生まれていたら、間違いなく、自分用ではなく、そのお孫ちゃんの為に、仕立てただろうとの憶測から、染め師もお針子も、女性用の浴衣にしたそうじゃ。
なんじゃ?
そんな、変な顔をして。
ふんどしで作ったとはいえ、主の想いが込められ、そして、綺麗に洗って、更に、何度も染め直したものなのじゃから、なぁに、汚くはない。
それよりも、この『紅』の色と言ったら。
なんとも言えないじゃろぉ?
ホッホッホ
この浴衣の色は、もう、二度と出せやしないじゃろうねぇ……
え?
作り話だって?
江戸時代の物であるのなら、浴衣なんざ、生が無くなって、こんなにしっかりした生地じゃないって?
ホッホッホ
いやいや。
だからこそ、この浴衣は、我が家のモンにしか着られないんじゃ。
じゃから、お前さんも、諦め……あ!
ちょっと!
お待ちよ!
……あぁ。
いっちまった。
まぁ、いい。
どのみち、あの浴衣は我が家に帰ってくるんじゃ。
まったく。
人の話は最後まで聞くべきなんじゃが……一度、アレに魅入られたら仕方がない。
アレも、そろそろ生を入れんきゃ、いかん時期じゃし。
その紅色はなぁ、亡くなった近衛門とお孫さんの血染めじゃ。
どうやって、茶色ではなく、紅色になるように染めたかは、誰も知らんのじゃが。
もしかしたら、近衛門の魂が宿っておるのかもしれん。
わしらのような、子孫が着る分には、全く害はないんじゃが……
どうも。
血の味を覚えたふんどしのせいか。
近衛門が、自分の子孫の為に作ったものである以上、他の者に触れられる事を許せないのかは、分らんのじゃが……
今も尚、紅の染めに魅入られた者の血を、吸い取っては生を取り戻し、舞い戻って来るんじゃよ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる