百談

壽帝旻 錦候

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家電

第九話【臭い】

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俺は昔から臭いに敏感で。
煙草や汗、体臭は当然の事。
雨やカビ、埃。
ほんの小さな空気の変化でも分かるほど、臭いに敏感だ。

勿論、社会生活をしていく上では、臭いなんかで文句をいってられないし我慢する。
だが、一旦、家に帰宅したら、家中至る所にある空気清浄機を付け、そして、消臭スプレーをした後、自分の大好きな香りのアロマを焚く。

この家だけが俺の居場所。
俺の癒しの場所。
唯一ゆっくり眠れる砦。
ここがなければ、俺は気が狂ってしまうだろう。

それ程までに徹底した「臭い」の管理をしていた。

そう。
食事も全て外食。
飲み物もペットボトルの水のみ。
生ものや、腐る物、匂う物があっては、この空間が維持できないのだから。

しかし、最近、どうもおかしい。
これ程、徹底しているにも関わらず、微かではあるが、何か……言いようのない、嫌な臭いが鼻につく。
脂というか生臭いというか。
なんとも言えない独特な臭い。

水道管や下水の臭いなのか?
そう思い、キッチンや風呂場。
トイレと、至る所の掃除や水道管の処理。
色々な事を試したものの、その“独特”な臭いは相変わらず消えない。

まったく。
ようやく、自分“一人だけ”の空間を手に入れたというのに、これでは、ゆっくり寝られないじゃないか。
親の勧めるままに。
上司の勧めるがままに。
一度は結婚したものの……

こんな俺の異常なまでの臭いに対する潔癖症に、ついてこれる女性などいる訳もなく。
結局は、一人になってしまったんだが……

そのお陰で、この「家」は、俺だけの癒しの城になった筈。

しかも、全ての臭いに関して、こと細かく管理しているというのに。
寝具はシーツやカバーは毎日洗い、服だって、洗濯している。
スーツだって、毎日クリーニングに出している。

それなのに……何故?

一体、この臭いは……
一体なんなんだ!
イライラする。

あぁ。
本当に。
こんなにもイライラするのは、いつ以来だ?

結婚した当初。
まだ、あの女の香水に、あの女の体臭。
あの女のメスの特有の臭い。

まだ。
まだ、耐えられた。
あの女も、最初の頃は猫被っていたしな……

しかし……
どうだ?
周りから認められ。
俺の金で贅沢できるようになると、途端に、豹変しやがった。

毎夜、帰る度に、あいつの……
あいつの長い髪の毛から漂うオスと、苦々しい煙の臭いで吐きそうになった。

そうだ。
俺は……俺は悪くなんかない。
全てあいつが……
あいつが悪いんだ。
今、俺が一人なのは、全てあいつのせいだ。
俺は悪くない。

はっ!
そうか!
この臭い。
あの女の……
あの“女”の髪の毛の臭いだ!

まさか!

空気清浄機のフィルター……
あの女がいなくなってから、交換していないが、フィルターにこびりついた、あの女の何かが匂うのか?
もしかして……フィルターに、あの女の髪の毛が?

そう閃いた瞬間、いてもたってもいられず、慌てて、全ての空気清浄機を見て回る。

ダダダダダダダダッ!
ガタガタガタガタンッ!

ばっ!

「うっぷ……埃くさっ……」

ダダダダダダダダッ!
ガタガタガタガタンッ!

ばっ!

「ゴホッゴホッ……」

これだけ、フィルターも汚れていたら、いっそ全部とっかえなきゃな。
フィルターが汚れているから、臭いが取れていないだけか?
そんな事を思いながら、次々と清浄機をチェックしていく。
そして、リビングの一番大きいものに手をかける。

ガタガタガタガタ……ガタンッ!

「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

そこには、フィルターにびっしりとひっついた……


いや。
フィルターに、まるで、“頭皮ごとくっつた髪の毛”が。


否。


頭皮からベットリと貼りついた髪の毛があった。



「ぎゃぁぁぁぁぁあ! あ……あ……あぁ……」



フィルターを荒々しく放り投げ、思わず、声が上擦る。

「お、お前が。お前が悪いんだ! この“俺の城”で、俺のいない時に男を連れ込み……その長い髪に……その“臭い”を恥ずかしげもなく染み込ませる。お前が悪いんだぁぁ!」

“男と駆け落ちした妻に捨てられた、惨めな男”の悲痛な叫び声は。
ただ。
この。
“小さな男の城”の中だけで木霊した。


真相はきっと。


“あなた”が想像している通りなのでしょう……


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