84 / 107
家具
第六話【最高の寝具】
しおりを挟む
『睡眠時間は変えられなくても、睡眠の質は変えられる!身体に負荷のない、無重力のような心地よさと、ふんわりと包み込まれているかのような安心感を貴方に』
耳に流れ込む、魅力的なフレーズ。
正直、連日の深夜までの残業続きに、心身ともに疲れていた。
しかも、昔から眠りが浅く、朝起きると昨日の疲れが残ったままだ。
ふと、テレビに目をやると、『通常価格、三十九万八千円のところ。なんと! 税込、十八万九千円! しかも、送料込みで十八万九千円!』と、驚きの半額以下の金額を発表していた。
マットレスに十八万九千円も出すなんて、普通に考えたら高いと思いがちだが、睡眠は毎日の事。
しかも、日頃から睡眠の質に悩まされ、疲労困憊している自分にとっては、なんとも心惹かれるフレーズであった。
フラフラと。
検討する間もなく、ボーッとした頭で電話に手をかける。
「あの……注文お願いします」
一週間後。
ピンポーン!
日曜日の朝。
耳に響くチャイムの音で目が覚める。
誰だ……こんな朝っぱらから。
休みの日くらい、ゆっくりさせてくれよ……
ピンポーン!
再度鳴るチャイムの音。
のそりとベッドから起き上がると、重い身体を引き摺りながら受話器を上げる。
「はい」
低い声で返事をすると、『宅急便です!』と、自分とは全くテンションの違う快活な声。
”宅急便……あ!”
その言葉に、自分が注文したものが、到着したのだという事を理解し、慌てて、玄関へと向かう。
ガチャリッ
「すみません。ご苦労様です」
「いえいえ。それより、これ、結構重いんで。良かったら奥まで運びましょうか?」
爽やかな笑顔で、そう言われれば、その好意に甘える事にする。
奥のベッドルーム迄案内すると、青年は、まるで重さを感じさせない足取りで、荷物を運び、「では、ここにサインして頂けますか?」と、マニュアル通りのセリフを告げた。
「では。ありがとうございました」
サインをし、品物を受け取ると、丁寧な態度で去って行った。
チャイム音で起こされた時には、苛立っていた気持ちが、待ち望んでいた物が到着した事。
そして、爽やかで丁寧な青年の対応で、一気に気分が上がる。
さて。
バリバリバリッ
ガサガサガサッ……
包みを開けると、中にはしっかりした段ボール箱。
ビリリリリリッ
ガムテープを剥がし、段ボール箱を開けると、中には真っ白なマットレスと説明書。
細かい成分や、取扱い云々よりも、目に止まったのはたったの一文。
『あなたに、かつてない程の極上の眠りを』
そう。
その一文だけが、頼りなのだ。
早速、ベッドから今まで使っていたマットレスを外す。
『極上の睡眠』を与えてくれるマットレスを取り付け、真新しいシーツを張る。
その上にゴロリと寝転がる。
ふわりと柔らかい。
それでいて、身体全体を包み込むような安心感。
確かに、今までの寝心地とは違う。
今まで感じた事のないような。
なんと表現したらいいだろう?
小さな頃に憧れた、アニメの中に出て来る雲の上に、寝ころぶ事が出来たような。
そうだ。
きっと、雲に寝ころぶ事が出来たとしたら、こんな感じなんだろうな……
ふわふわと宙に浮かんでいるような……
優しい空気に包まれているかのような……
徐々に……
瞼が……
重く…なっ……て……
**********************************************
――この度は。
お悔やみ申し上げます。
あの日は……
生真面目な彼には珍しく、三日も無断欠勤し、しかも、連絡すらつかなかったので……
管理人さんに頼んで部屋に入れて貰った時には……
えぇ。
はい。
既に冷たくなっていました。
えぇ。
直ぐに、救急車を呼びました。
はい。
えぇ。
死亡原因は心筋梗塞だったそうです。
いえ……
え?
表情……ですか?
はい。
確かに。
心筋梗塞にしては、何といいますか。
仰る通り、なんとも幸せそうな顔と言いますか。
安らかな表情をしていましたので。
私も、最初は寝ているのかと勘違いした程でして。
え?
いいえ!
会社側としましては、そのような事実はありません。
勤務時間や休日につきましては、きちんと取って貰ってますから。
過労死という事は無い筈です。
ですが、私共で何かお手伝いする事がございましたら……そうですか。
いいえ。
本当に、この度は……
*********************************************************
人口増加が止まらないのにも関わらず、税収は減っていくばかり。
高齢化が進むお陰で、福祉への予算はかさむ。
このままでは、この国の存続は危うい……そんな時に目をつけたのが、誰もが毎日必ず使う「寝具」である。
健康の為。
良質な睡眠の為。
肩凝りや首凝りの軽減の為、年齢が上がれば上がるほど、枕やベッド、布団。
高額であろうと、「いい」と言われる物を皆が買い求める。
そこに目を付けた政府が作り上げたのが、この、「極限の心地よさ」を謳った、マットレス。
収益は、政府へ。
そして、このマットレスを使った者は……永遠の眠りへ。
その秘密は、「マットレスの成分」にあるのだが……
その成分は記載されずに。
今日もまた。
どこかで……
『快適な睡眠』
あなたも試してみませんか?
耳に流れ込む、魅力的なフレーズ。
正直、連日の深夜までの残業続きに、心身ともに疲れていた。
しかも、昔から眠りが浅く、朝起きると昨日の疲れが残ったままだ。
ふと、テレビに目をやると、『通常価格、三十九万八千円のところ。なんと! 税込、十八万九千円! しかも、送料込みで十八万九千円!』と、驚きの半額以下の金額を発表していた。
マットレスに十八万九千円も出すなんて、普通に考えたら高いと思いがちだが、睡眠は毎日の事。
しかも、日頃から睡眠の質に悩まされ、疲労困憊している自分にとっては、なんとも心惹かれるフレーズであった。
フラフラと。
検討する間もなく、ボーッとした頭で電話に手をかける。
「あの……注文お願いします」
一週間後。
ピンポーン!
日曜日の朝。
耳に響くチャイムの音で目が覚める。
誰だ……こんな朝っぱらから。
休みの日くらい、ゆっくりさせてくれよ……
ピンポーン!
再度鳴るチャイムの音。
のそりとベッドから起き上がると、重い身体を引き摺りながら受話器を上げる。
「はい」
低い声で返事をすると、『宅急便です!』と、自分とは全くテンションの違う快活な声。
”宅急便……あ!”
その言葉に、自分が注文したものが、到着したのだという事を理解し、慌てて、玄関へと向かう。
ガチャリッ
「すみません。ご苦労様です」
「いえいえ。それより、これ、結構重いんで。良かったら奥まで運びましょうか?」
爽やかな笑顔で、そう言われれば、その好意に甘える事にする。
奥のベッドルーム迄案内すると、青年は、まるで重さを感じさせない足取りで、荷物を運び、「では、ここにサインして頂けますか?」と、マニュアル通りのセリフを告げた。
「では。ありがとうございました」
サインをし、品物を受け取ると、丁寧な態度で去って行った。
チャイム音で起こされた時には、苛立っていた気持ちが、待ち望んでいた物が到着した事。
そして、爽やかで丁寧な青年の対応で、一気に気分が上がる。
さて。
バリバリバリッ
ガサガサガサッ……
包みを開けると、中にはしっかりした段ボール箱。
ビリリリリリッ
ガムテープを剥がし、段ボール箱を開けると、中には真っ白なマットレスと説明書。
細かい成分や、取扱い云々よりも、目に止まったのはたったの一文。
『あなたに、かつてない程の極上の眠りを』
そう。
その一文だけが、頼りなのだ。
早速、ベッドから今まで使っていたマットレスを外す。
『極上の睡眠』を与えてくれるマットレスを取り付け、真新しいシーツを張る。
その上にゴロリと寝転がる。
ふわりと柔らかい。
それでいて、身体全体を包み込むような安心感。
確かに、今までの寝心地とは違う。
今まで感じた事のないような。
なんと表現したらいいだろう?
小さな頃に憧れた、アニメの中に出て来る雲の上に、寝ころぶ事が出来たような。
そうだ。
きっと、雲に寝ころぶ事が出来たとしたら、こんな感じなんだろうな……
ふわふわと宙に浮かんでいるような……
優しい空気に包まれているかのような……
徐々に……
瞼が……
重く…なっ……て……
**********************************************
――この度は。
お悔やみ申し上げます。
あの日は……
生真面目な彼には珍しく、三日も無断欠勤し、しかも、連絡すらつかなかったので……
管理人さんに頼んで部屋に入れて貰った時には……
えぇ。
はい。
既に冷たくなっていました。
えぇ。
直ぐに、救急車を呼びました。
はい。
えぇ。
死亡原因は心筋梗塞だったそうです。
いえ……
え?
表情……ですか?
はい。
確かに。
心筋梗塞にしては、何といいますか。
仰る通り、なんとも幸せそうな顔と言いますか。
安らかな表情をしていましたので。
私も、最初は寝ているのかと勘違いした程でして。
え?
いいえ!
会社側としましては、そのような事実はありません。
勤務時間や休日につきましては、きちんと取って貰ってますから。
過労死という事は無い筈です。
ですが、私共で何かお手伝いする事がございましたら……そうですか。
いいえ。
本当に、この度は……
*********************************************************
人口増加が止まらないのにも関わらず、税収は減っていくばかり。
高齢化が進むお陰で、福祉への予算はかさむ。
このままでは、この国の存続は危うい……そんな時に目をつけたのが、誰もが毎日必ず使う「寝具」である。
健康の為。
良質な睡眠の為。
肩凝りや首凝りの軽減の為、年齢が上がれば上がるほど、枕やベッド、布団。
高額であろうと、「いい」と言われる物を皆が買い求める。
そこに目を付けた政府が作り上げたのが、この、「極限の心地よさ」を謳った、マットレス。
収益は、政府へ。
そして、このマットレスを使った者は……永遠の眠りへ。
その秘密は、「マットレスの成分」にあるのだが……
その成分は記載されずに。
今日もまた。
どこかで……
『快適な睡眠』
あなたも試してみませんか?
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる