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壽帝旻 錦候

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PSYCHIC 14

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 林班のメンバー達の誘導で、彼らが撮影しようとしていた場所へと辿り着くと、それぞれ手分けして雑木林の中を探すことになった。

 陽はかなり傾きだしている。
 もう林の中は薄暗い。
 山の中は野生動物だって生息しているし、道に迷う可能性もある。
 あまりに少人数での捜索は危険だと判断した田口は、三・四・四の三班に分けた。
 都会で過ごしている女性の足では、歩き慣れない山の中をそうは遠くまで進むことはないだろうと、それぞれ範囲を決め、その範囲内にいないようであれば、直ぐに警察へ捜索願を出そうということに決めた。

 スタッフの中では、まだロケ途中であり、番組制作に影響が出ると反論する者もいたのだが、人命が最優先。
 むしろ中山の身に何かが起きていたら番組はお蔵入りだと告げれば、従うしか方法はなかった。
 あらかじめ用意しておいた懐中電灯を手に持ち、田口によって振り分けられたメンバーで林道から逸れた獣道や雑木林の中へと散らばっていく。

 それぞれが大きな声で中山へ呼び掛けるように名前を叫ぶ。
 鬱蒼と茂った木々。
 だんだんと暗がりが増していく中、皆が不安に駆られる。
 そんな中、互いに離れた場所にいても、耳に届く他の班の声が、探す気力を奮い起こさせてくれる。
 暗くなる前にせめて彼女の手掛かりとなるものぐらいは見つけたい。
 皆の気持ちはその一つ。
 必死になってあちこちを探し周り、額に汗を滲ませ、喉が涸れるくらい何度も何度も大声で呼ぶが返事はない。

 時折、獣の臭いなのか。
 それとも野生動物の死体や糞尿の臭いなのか。
 鉄分の混じったような、それでいて、腐ったような、言いようのない悪臭が風に混じって鼻腔を刺激した。
 それが、なんとも不吉な予感を皆の胸中に抱かせていたのだが、誰一人としてその事に関しては一言も口にすることはなかった。
 ただひたすら、彼女の無事を祈って林の中を練り歩いた。

 数十分も経った頃。
 視界が悪くなり、頬や目に枝が当たったり、木の根で躓いたりと、歩いて前に進むことですら困難な状況になりつつあった。
 丁度、田口が決めた範囲内はどの班も探し終えたであろう頃。
 自分達までもが遭難してしまってはいけないと、田口がリーダーを務める班は、再び待ち合わせの場所へと各々が戻ろうとした時であった。

「うわぁぁぁぁぁあっ」

 野太い叫び声が木々にぶつかり、林の中を木霊した。
 心臓がドキリと嫌な音をたてる。
 田口と一緒にいるメンバーは、大野と日高。
 二人へ振り返ると、霊感があるせいで臆病な性格の大野に関しては顔面蒼白で震えていたが、日高は「田口さんっ! 向こうからですっ」と、強張った声で悲鳴が聞こえた方へと指を刺した。

 いざという時には女性の方が強いというのは嘘ではない。

 彼女の言葉に、力強く頷くと、田口は「行こう」と言って懐中電灯を片手に駆け出した。
 怯える大野も、こんな寂しい場所に一人で置いて行かれることだけは避けたいらしく、今にも泣きだしそうな顔をして、二人の後を追った。
 夜の闇が近付いてきているお陰で、かえって懐中電灯の明かりが頼りとなり、木々の隙間からチラチラと見え隠れする小さな明かりを目印に他の班との合流を目指す。

 光が近付くにつれて、嫌な臭いが強くなる。
 生ゴミや下水道のクサい臭いとは違う。
 脳が。
 体が。
 人間の持つ全ての感覚が拒絶する臭い。

 それが一体何なのか、気が付いているくせに、人は実際にその目で見るまでは信じようとはしない。
 いいや。
 実際に目にしたとしても、脳がそれを受け入れない場合もある。

 だが――――

 田口達が彼らと合流した時には、すで他の二班も集まっていた。
 そこには、自分達以外の探索していた全員が勢ぞろいしていた。
 彼らは何かを囲むようにして、各々の持つ懐中電灯を中央に向けて照らしたまま、呆然と立ち尽くしていた。

「そ、そこに……な、にが……」

 田口の後ろから、走って来たせいで呼吸が乱れた日高が顔を覗かせる。

「愛ちゃんっ! 見るんじゃないっ!」

 懐中電灯によって照らされているものを見て、全員が息を呑んだ。
 林道から逸れた雑木林の奥深く。
 以前に落雷でもあったのか、幹に大きな裂け目の出来た杉の木の根元に真っ赤な血溜まりが出来ていた。
 その上に倒れ込んでいるのは間違いなく、自分達が必死になって捜索していた張本人だ。
 見つかったのだからいいというものではない。
 問題なのは彼女の状態である。
 白目を剥き、口から血を流し、舌をダラリと垂らしている彼女は誰がどう見ても「死んで」いた。

「ヒッ」

 小さな悲鳴を上げた後で、込み上げてくる吐き気に堪えられず、口元を抑えてその場から少し離れたところで嘔吐する日高の姿を見た瀬奈川も、元々が気弱な性格のため、もらいゲロをする。
 浅井は瀬奈川を。
 五代は日高の背中をさすり、気持ちを落ち着かせようとした。

 大野はここに来るまでの間も、到着してからも、霊に憑りつかれたり、おかしな現象に遭遇し、精神的に疲労困憊していたところでの仲間の死。
 張り詰めていた精神の糸がプツリと切れ、その場で失神しそうになったのを、相方の小野が支えた。

 残りのメンバーは見るも無残な姿となって発見された彼女の様子を確認する。
 きっと、一般人であったり、一人で遺体を発見したとなれば、こんなにも冷静な気持ちで現場を確認しようとは思わないだろう。
 けれど、彼らはオカルトバラエティ番組の製作を今現在は行っているとはいえ、一応はマスメディアの人間と、普通には視えないモノが視えてしまう力の持ち主たちであるし、何より、一人ぼっちではないところが、彼らの精神を混乱させなかった一番の理由である。

 現場責任者の田口が遺体の傍で蹲踞(そんきょ)の姿勢のような格好で座り、懐中電灯を照らす。
 その周りを野々村や賀茂、山岸が取り囲むようにして上から光りを当てる。
 首からはもう殆ど出血はしていないが、鋭い何かで刺されたような傷があり、そこから大量の血液が流れ出し、彼女の下に出来た血溜まりを作ったことがわかる。
 右手にはナイフが握られていた。
 ほぼ間違いなく凶器はソレであろう。
 だが、彼女の服装に乱れはなく、誰かと争ったような形跡はない。
 辺り周辺にもライトを照らすが、誰かと揉めて、この場で暴れて土が踏み荒らされたような感じもなければ、周りの草木がへし折られたりしたような跡もない。

 とはいえ、もう辺りは薄暗くなっていて、懐中電灯の明かりだけでは、細かくは観察出来ない。
もっとしっかりと一つ一つを見て行けば、何かしら手掛かりが出てくるのかもしれないが、ざっと見たところでは、誰かと争ったような痕跡はないように思えた。

 他殺だと仮定すると、彼女と一番最後まで一緒にいたのは、野々村、浅井、瀬奈川、賀茂、小野の五人だ。
 彼女が消えた時、五人ともが同じ証言をしていたのだから、彼らの誰か一人が犯人とは考えにくい。
 だが、彼ら全員が共謀して中山を殺害したと考えると、彼らには彼女を殺す動機もなければ、わざわざ凶器であるナイフを刺したままにもしないであろう。

 第一。
 別々の班で撮影している時に同じ班のメンバーが殺害されたとなれば、真っ先に疑われるのは彼らである。
 そんな馬鹿な真似はしないであろう。
 それに、少なくとも、人を刺せば、僅かでも衣服に血痕らしきものが付着する筈。
 警察が介入すれば、犯人なんて直ぐに分かるであろう。

 では、彼女は一体誰が?

 フェンスや有刺鉄線で取り囲まれているとはいえ、この場所には未だに肝試しや自殺をしにやってくる人間が、前ほどではないとはいえ、皆無ではない。
 もしかしたら、全くの赤の他人に?

 いいや。

 それならバスで待機している矢嶋や萱野が役所の人間に連絡をし、不法侵入をしようとする者達を止めるであろうし、もし、それが叶わなかったとしても、誰かが侵入したという連絡が携帯に入るであろう。
 低く唸り声をあげ、田口がそこまで考えたところで、彼を含め、スタッフのポケットが一斉に振動した。

「うわっ」
「ヒィッ」

 短い悲鳴を上げ、ビクリと体を揺らす彼らは、ポケットからマナーモードになっているスマホを取り出した。
 振動の短さからメールの着信音。
 顔を強張らせた男達が自分の掌に持つ小さな機械を操作する。
 訝し気な顔でスマホの画面をスクロールし、大きく見開かれる目。
 彼らの表情からそこに表示されているものが、とてつもなく衝撃的なものだということが伺えた。

「う、そだろ」

 喉から絞り出すような声を出す浅井。
 あまり感情を表に出さず、ぶっきらぼうな野々村でさへも、片手を口にあてていた。

「貸して」

 眉間に皺を寄せて画面をジッと見つめたまま固まっている田口の手から神代がスマホを奪った。

「このメールが届いた頃には、もう、私はこの世にはいないことでしょう。この数年間。ずっと罪悪感に苛まれていました。こうすることでしか罪を償う事の出来ない私をお許しください――――ふーん……予約送信ってことか」

 メールが届いていない出演者にも聞こえるように、神代は大きな声でメールの内容を読み上げた。

「え?」
「まさか、中山さんは自殺なんか?」

 真っ青な顔をして俯いていた日高は神代の声に反応し顔を上げ、小野は目を真ん丸にして思ったことを口にした。
 それに対し、誰もが神妙な面持ちで口を閉ざした。

「なぁ、どういうことなんや? 中山さん、何の罪を犯していたんや?」

 尚も湧き上がる疑問をそのまま口にする田口に向かって、「今はそんなことでギャァギャァ騒いでいる場合じゃぁないでしょ。勝手な憶測や、素人の想像で話しをしていても、真相が分かるわけでもなければ、中山さんが蘇るわけでもない」と、淡々とした口調で神代が口を開き、更に続けた。

「死人が出た時点で、もう、これは現場監督であるたぐっちゃんの手にも負えない。番組は中止になるだろうけど……通報するしかないよ。ね、たぐっちゃん」
「そうだ……ね」

 神代の言葉を受けて、弱々しい声を出した田口は、差し出された自分のスマホを受け取ると、緊急通報の文字をタップした。
 皆の視線が彼の口元に集まる。
 ゴクリと生唾を飲み込む音も聞こえた。
 だが――――

「繋がらない」

 ポツリと呟かれた声に皆が「え?」と声を漏らす。
 田口は一度、スマホを自分の耳から離し、画面を確認すると、「なんで……だ?」と、表情を曇らせた。

「どうしたの?」

 ひょいっと彼が手にするスマホの画面を見て、神代の眉がピクリと動き、眼つきが変わった。

「ねぇ……ここにいる人全員さぁ。スマホの電波状況確認してくんない?」

 不機嫌そうな。
 それでいて、いつも飄々としている彼には珍しく、焦りの混じったような雰囲気。
 いくら彼の口調が偉そうだとはいえ、状況も状況なだけに、皆、即座に反応し、確認した。

 勿論。
 言った本人も、ポケットからスマホを取り出して、皆と同じように確かめた。

「え? 圏外?」
「嘘だろ……さっき、中山さんからのメールが届いたばかりだぞ?」
「そんなわけあるかいなっ! って、ほんまや! なんでや? なんで圏外なんや?」

 パニックになるメンバー達。
 そんな彼らに向かって落ち着かせようと口を開こうとした神代の前に立ちはだかったのは、賀茂であった。

「やはり、ここは磁場が悪い」

 やけに落ち着いた態度で静かに言葉を発する賀茂の一言に、一同が次の言葉を待とうとしたその瞬間、失神した筈の大野が「キエェェェェェッ」と奇声を放ち、いきなりその場から走り出した。

「大野っ!」
「大野さんっ」

 闇が徐々に押し寄せ、視界の悪くなった林の中を、懐中電灯も持たずに一気に奥へ奥へと駆け抜けていく彼を追う小野と浅井。
 流石の神代も。
 そして、『磁場が悪い』と言った賀茂も、大野の異常行動は予想外であったのか、呆然と立ち尽くすだけであった。

「なんてことだ……」

 勝手な行動を起こし、連絡がつかない二人のスタッフ。
 そして、中山の死。
 更には何かに憑りつかれたように奇行に走った大野と、彼を追い駆けてこの場から一緒に走り去った二人。
 次から次へと起こる問題に田口はその場に蹲り、頭を抱えた。

「……ち……がう」

 ギリリと奥歯を噛みしめたまま呻くような声のする方へと神代は目を向けた。
 そこには、暗く鬱蒼とした道なき林の中を猛然と駆け抜けていった大野や、彼を追った二人の安否を気遣うような表情ではなく、どこか不愉快そうに鼻に皺を寄せている賀茂の姿があった。
 パチリと二人の視線がぶつかり合う。
 フッと口元を緩めた賀茂は、ここに残った他のメンバー達の顔を見渡し、真顔になった。

「やはり。この場所は危険です。数年前に行方不明となったグラドルの霊気を感じます。きっと、彼女の気に誘われて多くの霊が集まっているのでしょう。邪悪極まりない嫌な気配を感じます」

 彼の言葉にざわつくメンバー達。

「まずは、この林から出ましょう」

 そう言い切った彼に、誰もが頷いた。
 チラリと神代を見て、賀茂は「ボクの言っていることに間違いでもあるのかい?」というような挑発的な笑みを浮かべた。
 小さく息をつき、「たぐっちゃん。こんなところで遭難なんかしたくないでしょ? まずは、ロケバスまで皆で移動しましょう。あそこなら電波も届くでしょうしね」と、田口の両脇に手を突っ込み、ゆっくりと立ち上がらせる。
 それから賀茂へと振り返り、「今回ばかりはアンタに同感ですよ。ここにはアンタらの一番の目的であるグラドルの霊がいる」と言った。

「は?」
「ちょっと……それ、本当なの?」

 間抜けな声を出す田口を突き飛ばし、掴みかからんばかりの勢いで神代に聞き返す日高の顔は、さっきまでの真っ青な顔ではなく、興奮で赤みが差していた。

「――――正確には、さっきまで『居た』が正解だけどね」

 何の抑揚もなく答えた彼の視線は、大野達が走り去っていった方をジッと見つめていた。

「まだまだ一波乱も二波乱もありそうだな……」

 不吉な予感を口にした直後、劈くような叫声が遠くの方で聞こえたような気がした。
 それが獣の声なのか。
 それとも、大野達の声なのか。
 すっかり闇に包まれた林の中を確かめようとするような無謀な行動に出る者は誰もいなかった。

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