14 / 16
PSYCHIC 14
しおりを挟む
林班のメンバー達の誘導で、彼らが撮影しようとしていた場所へと辿り着くと、それぞれ手分けして雑木林の中を探すことになった。
陽はかなり傾きだしている。
もう林の中は薄暗い。
山の中は野生動物だって生息しているし、道に迷う可能性もある。
あまりに少人数での捜索は危険だと判断した田口は、三・四・四の三班に分けた。
都会で過ごしている女性の足では、歩き慣れない山の中をそうは遠くまで進むことはないだろうと、それぞれ範囲を決め、その範囲内にいないようであれば、直ぐに警察へ捜索願を出そうということに決めた。
スタッフの中では、まだロケ途中であり、番組制作に影響が出ると反論する者もいたのだが、人命が最優先。
むしろ中山の身に何かが起きていたら番組はお蔵入りだと告げれば、従うしか方法はなかった。
あらかじめ用意しておいた懐中電灯を手に持ち、田口によって振り分けられたメンバーで林道から逸れた獣道や雑木林の中へと散らばっていく。
それぞれが大きな声で中山へ呼び掛けるように名前を叫ぶ。
鬱蒼と茂った木々。
だんだんと暗がりが増していく中、皆が不安に駆られる。
そんな中、互いに離れた場所にいても、耳に届く他の班の声が、探す気力を奮い起こさせてくれる。
暗くなる前にせめて彼女の手掛かりとなるものぐらいは見つけたい。
皆の気持ちはその一つ。
必死になってあちこちを探し周り、額に汗を滲ませ、喉が涸れるくらい何度も何度も大声で呼ぶが返事はない。
時折、獣の臭いなのか。
それとも野生動物の死体や糞尿の臭いなのか。
鉄分の混じったような、それでいて、腐ったような、言いようのない悪臭が風に混じって鼻腔を刺激した。
それが、なんとも不吉な予感を皆の胸中に抱かせていたのだが、誰一人としてその事に関しては一言も口にすることはなかった。
ただひたすら、彼女の無事を祈って林の中を練り歩いた。
数十分も経った頃。
視界が悪くなり、頬や目に枝が当たったり、木の根で躓いたりと、歩いて前に進むことですら困難な状況になりつつあった。
丁度、田口が決めた範囲内はどの班も探し終えたであろう頃。
自分達までもが遭難してしまってはいけないと、田口がリーダーを務める班は、再び待ち合わせの場所へと各々が戻ろうとした時であった。
「うわぁぁぁぁぁあっ」
野太い叫び声が木々にぶつかり、林の中を木霊した。
心臓がドキリと嫌な音をたてる。
田口と一緒にいるメンバーは、大野と日高。
二人へ振り返ると、霊感があるせいで臆病な性格の大野に関しては顔面蒼白で震えていたが、日高は「田口さんっ! 向こうからですっ」と、強張った声で悲鳴が聞こえた方へと指を刺した。
いざという時には女性の方が強いというのは嘘ではない。
彼女の言葉に、力強く頷くと、田口は「行こう」と言って懐中電灯を片手に駆け出した。
怯える大野も、こんな寂しい場所に一人で置いて行かれることだけは避けたいらしく、今にも泣きだしそうな顔をして、二人の後を追った。
夜の闇が近付いてきているお陰で、かえって懐中電灯の明かりが頼りとなり、木々の隙間からチラチラと見え隠れする小さな明かりを目印に他の班との合流を目指す。
光が近付くにつれて、嫌な臭いが強くなる。
生ゴミや下水道のクサい臭いとは違う。
脳が。
体が。
人間の持つ全ての感覚が拒絶する臭い。
それが一体何なのか、気が付いているくせに、人は実際にその目で見るまでは信じようとはしない。
いいや。
実際に目にしたとしても、脳がそれを受け入れない場合もある。
だが――――
田口達が彼らと合流した時には、すで他の二班も集まっていた。
そこには、自分達以外の探索していた全員が勢ぞろいしていた。
彼らは何かを囲むようにして、各々の持つ懐中電灯を中央に向けて照らしたまま、呆然と立ち尽くしていた。
「そ、そこに……な、にが……」
田口の後ろから、走って来たせいで呼吸が乱れた日高が顔を覗かせる。
「愛ちゃんっ! 見るんじゃないっ!」
懐中電灯によって照らされているものを見て、全員が息を呑んだ。
林道から逸れた雑木林の奥深く。
以前に落雷でもあったのか、幹に大きな裂け目の出来た杉の木の根元に真っ赤な血溜まりが出来ていた。
その上に倒れ込んでいるのは間違いなく、自分達が必死になって捜索していた張本人だ。
見つかったのだからいいというものではない。
問題なのは彼女の状態である。
白目を剥き、口から血を流し、舌をダラリと垂らしている彼女は誰がどう見ても「死んで」いた。
「ヒッ」
小さな悲鳴を上げた後で、込み上げてくる吐き気に堪えられず、口元を抑えてその場から少し離れたところで嘔吐する日高の姿を見た瀬奈川も、元々が気弱な性格のため、もらいゲロをする。
浅井は瀬奈川を。
五代は日高の背中をさすり、気持ちを落ち着かせようとした。
大野はここに来るまでの間も、到着してからも、霊に憑りつかれたり、おかしな現象に遭遇し、精神的に疲労困憊していたところでの仲間の死。
張り詰めていた精神の糸がプツリと切れ、その場で失神しそうになったのを、相方の小野が支えた。
残りのメンバーは見るも無残な姿となって発見された彼女の様子を確認する。
きっと、一般人であったり、一人で遺体を発見したとなれば、こんなにも冷静な気持ちで現場を確認しようとは思わないだろう。
けれど、彼らはオカルトバラエティ番組の製作を今現在は行っているとはいえ、一応はマスメディアの人間と、普通には視えないモノが視えてしまう力の持ち主たちであるし、何より、一人ぼっちではないところが、彼らの精神を混乱させなかった一番の理由である。
現場責任者の田口が遺体の傍で蹲踞(そんきょ)の姿勢のような格好で座り、懐中電灯を照らす。
その周りを野々村や賀茂、山岸が取り囲むようにして上から光りを当てる。
首からはもう殆ど出血はしていないが、鋭い何かで刺されたような傷があり、そこから大量の血液が流れ出し、彼女の下に出来た血溜まりを作ったことがわかる。
右手にはナイフが握られていた。
ほぼ間違いなく凶器はソレであろう。
だが、彼女の服装に乱れはなく、誰かと争ったような形跡はない。
辺り周辺にもライトを照らすが、誰かと揉めて、この場で暴れて土が踏み荒らされたような感じもなければ、周りの草木がへし折られたりしたような跡もない。
とはいえ、もう辺りは薄暗くなっていて、懐中電灯の明かりだけでは、細かくは観察出来ない。
もっとしっかりと一つ一つを見て行けば、何かしら手掛かりが出てくるのかもしれないが、ざっと見たところでは、誰かと争ったような痕跡はないように思えた。
他殺だと仮定すると、彼女と一番最後まで一緒にいたのは、野々村、浅井、瀬奈川、賀茂、小野の五人だ。
彼女が消えた時、五人ともが同じ証言をしていたのだから、彼らの誰か一人が犯人とは考えにくい。
だが、彼ら全員が共謀して中山を殺害したと考えると、彼らには彼女を殺す動機もなければ、わざわざ凶器であるナイフを刺したままにもしないであろう。
第一。
別々の班で撮影している時に同じ班のメンバーが殺害されたとなれば、真っ先に疑われるのは彼らである。
そんな馬鹿な真似はしないであろう。
それに、少なくとも、人を刺せば、僅かでも衣服に血痕らしきものが付着する筈。
警察が介入すれば、犯人なんて直ぐに分かるであろう。
では、彼女は一体誰が?
フェンスや有刺鉄線で取り囲まれているとはいえ、この場所には未だに肝試しや自殺をしにやってくる人間が、前ほどではないとはいえ、皆無ではない。
もしかしたら、全くの赤の他人に?
いいや。
それならバスで待機している矢嶋や萱野が役所の人間に連絡をし、不法侵入をしようとする者達を止めるであろうし、もし、それが叶わなかったとしても、誰かが侵入したという連絡が携帯に入るであろう。
低く唸り声をあげ、田口がそこまで考えたところで、彼を含め、スタッフのポケットが一斉に振動した。
「うわっ」
「ヒィッ」
短い悲鳴を上げ、ビクリと体を揺らす彼らは、ポケットからマナーモードになっているスマホを取り出した。
振動の短さからメールの着信音。
顔を強張らせた男達が自分の掌に持つ小さな機械を操作する。
訝し気な顔でスマホの画面をスクロールし、大きく見開かれる目。
彼らの表情からそこに表示されているものが、とてつもなく衝撃的なものだということが伺えた。
「う、そだろ」
喉から絞り出すような声を出す浅井。
あまり感情を表に出さず、ぶっきらぼうな野々村でさへも、片手を口にあてていた。
「貸して」
眉間に皺を寄せて画面をジッと見つめたまま固まっている田口の手から神代がスマホを奪った。
「このメールが届いた頃には、もう、私はこの世にはいないことでしょう。この数年間。ずっと罪悪感に苛まれていました。こうすることでしか罪を償う事の出来ない私をお許しください――――ふーん……予約送信ってことか」
メールが届いていない出演者にも聞こえるように、神代は大きな声でメールの内容を読み上げた。
「え?」
「まさか、中山さんは自殺なんか?」
真っ青な顔をして俯いていた日高は神代の声に反応し顔を上げ、小野は目を真ん丸にして思ったことを口にした。
それに対し、誰もが神妙な面持ちで口を閉ざした。
「なぁ、どういうことなんや? 中山さん、何の罪を犯していたんや?」
尚も湧き上がる疑問をそのまま口にする田口に向かって、「今はそんなことでギャァギャァ騒いでいる場合じゃぁないでしょ。勝手な憶測や、素人の想像で話しをしていても、真相が分かるわけでもなければ、中山さんが蘇るわけでもない」と、淡々とした口調で神代が口を開き、更に続けた。
「死人が出た時点で、もう、これは現場監督であるたぐっちゃんの手にも負えない。番組は中止になるだろうけど……通報するしかないよ。ね、たぐっちゃん」
「そうだ……ね」
神代の言葉を受けて、弱々しい声を出した田口は、差し出された自分のスマホを受け取ると、緊急通報の文字をタップした。
皆の視線が彼の口元に集まる。
ゴクリと生唾を飲み込む音も聞こえた。
だが――――
「繋がらない」
ポツリと呟かれた声に皆が「え?」と声を漏らす。
田口は一度、スマホを自分の耳から離し、画面を確認すると、「なんで……だ?」と、表情を曇らせた。
「どうしたの?」
ひょいっと彼が手にするスマホの画面を見て、神代の眉がピクリと動き、眼つきが変わった。
「ねぇ……ここにいる人全員さぁ。スマホの電波状況確認してくんない?」
不機嫌そうな。
それでいて、いつも飄々としている彼には珍しく、焦りの混じったような雰囲気。
いくら彼の口調が偉そうだとはいえ、状況も状況なだけに、皆、即座に反応し、確認した。
勿論。
言った本人も、ポケットからスマホを取り出して、皆と同じように確かめた。
「え? 圏外?」
「嘘だろ……さっき、中山さんからのメールが届いたばかりだぞ?」
「そんなわけあるかいなっ! って、ほんまや! なんでや? なんで圏外なんや?」
パニックになるメンバー達。
そんな彼らに向かって落ち着かせようと口を開こうとした神代の前に立ちはだかったのは、賀茂であった。
「やはり、ここは磁場が悪い」
やけに落ち着いた態度で静かに言葉を発する賀茂の一言に、一同が次の言葉を待とうとしたその瞬間、失神した筈の大野が「キエェェェェェッ」と奇声を放ち、いきなりその場から走り出した。
「大野っ!」
「大野さんっ」
闇が徐々に押し寄せ、視界の悪くなった林の中を、懐中電灯も持たずに一気に奥へ奥へと駆け抜けていく彼を追う小野と浅井。
流石の神代も。
そして、『磁場が悪い』と言った賀茂も、大野の異常行動は予想外であったのか、呆然と立ち尽くすだけであった。
「なんてことだ……」
勝手な行動を起こし、連絡がつかない二人のスタッフ。
そして、中山の死。
更には何かに憑りつかれたように奇行に走った大野と、彼を追い駆けてこの場から一緒に走り去った二人。
次から次へと起こる問題に田口はその場に蹲り、頭を抱えた。
「……ち……がう」
ギリリと奥歯を噛みしめたまま呻くような声のする方へと神代は目を向けた。
そこには、暗く鬱蒼とした道なき林の中を猛然と駆け抜けていった大野や、彼を追った二人の安否を気遣うような表情ではなく、どこか不愉快そうに鼻に皺を寄せている賀茂の姿があった。
パチリと二人の視線がぶつかり合う。
フッと口元を緩めた賀茂は、ここに残った他のメンバー達の顔を見渡し、真顔になった。
「やはり。この場所は危険です。数年前に行方不明となったグラドルの霊気を感じます。きっと、彼女の気に誘われて多くの霊が集まっているのでしょう。邪悪極まりない嫌な気配を感じます」
彼の言葉にざわつくメンバー達。
「まずは、この林から出ましょう」
そう言い切った彼に、誰もが頷いた。
チラリと神代を見て、賀茂は「ボクの言っていることに間違いでもあるのかい?」というような挑発的な笑みを浮かべた。
小さく息をつき、「たぐっちゃん。こんなところで遭難なんかしたくないでしょ? まずは、ロケバスまで皆で移動しましょう。あそこなら電波も届くでしょうしね」と、田口の両脇に手を突っ込み、ゆっくりと立ち上がらせる。
それから賀茂へと振り返り、「今回ばかりはアンタに同感ですよ。ここにはアンタらの一番の目的であるグラドルの霊がいる」と言った。
「は?」
「ちょっと……それ、本当なの?」
間抜けな声を出す田口を突き飛ばし、掴みかからんばかりの勢いで神代に聞き返す日高の顔は、さっきまでの真っ青な顔ではなく、興奮で赤みが差していた。
「――――正確には、さっきまで『居た』が正解だけどね」
何の抑揚もなく答えた彼の視線は、大野達が走り去っていった方をジッと見つめていた。
「まだまだ一波乱も二波乱もありそうだな……」
不吉な予感を口にした直後、劈くような叫声が遠くの方で聞こえたような気がした。
それが獣の声なのか。
それとも、大野達の声なのか。
すっかり闇に包まれた林の中を確かめようとするような無謀な行動に出る者は誰もいなかった。
陽はかなり傾きだしている。
もう林の中は薄暗い。
山の中は野生動物だって生息しているし、道に迷う可能性もある。
あまりに少人数での捜索は危険だと判断した田口は、三・四・四の三班に分けた。
都会で過ごしている女性の足では、歩き慣れない山の中をそうは遠くまで進むことはないだろうと、それぞれ範囲を決め、その範囲内にいないようであれば、直ぐに警察へ捜索願を出そうということに決めた。
スタッフの中では、まだロケ途中であり、番組制作に影響が出ると反論する者もいたのだが、人命が最優先。
むしろ中山の身に何かが起きていたら番組はお蔵入りだと告げれば、従うしか方法はなかった。
あらかじめ用意しておいた懐中電灯を手に持ち、田口によって振り分けられたメンバーで林道から逸れた獣道や雑木林の中へと散らばっていく。
それぞれが大きな声で中山へ呼び掛けるように名前を叫ぶ。
鬱蒼と茂った木々。
だんだんと暗がりが増していく中、皆が不安に駆られる。
そんな中、互いに離れた場所にいても、耳に届く他の班の声が、探す気力を奮い起こさせてくれる。
暗くなる前にせめて彼女の手掛かりとなるものぐらいは見つけたい。
皆の気持ちはその一つ。
必死になってあちこちを探し周り、額に汗を滲ませ、喉が涸れるくらい何度も何度も大声で呼ぶが返事はない。
時折、獣の臭いなのか。
それとも野生動物の死体や糞尿の臭いなのか。
鉄分の混じったような、それでいて、腐ったような、言いようのない悪臭が風に混じって鼻腔を刺激した。
それが、なんとも不吉な予感を皆の胸中に抱かせていたのだが、誰一人としてその事に関しては一言も口にすることはなかった。
ただひたすら、彼女の無事を祈って林の中を練り歩いた。
数十分も経った頃。
視界が悪くなり、頬や目に枝が当たったり、木の根で躓いたりと、歩いて前に進むことですら困難な状況になりつつあった。
丁度、田口が決めた範囲内はどの班も探し終えたであろう頃。
自分達までもが遭難してしまってはいけないと、田口がリーダーを務める班は、再び待ち合わせの場所へと各々が戻ろうとした時であった。
「うわぁぁぁぁぁあっ」
野太い叫び声が木々にぶつかり、林の中を木霊した。
心臓がドキリと嫌な音をたてる。
田口と一緒にいるメンバーは、大野と日高。
二人へ振り返ると、霊感があるせいで臆病な性格の大野に関しては顔面蒼白で震えていたが、日高は「田口さんっ! 向こうからですっ」と、強張った声で悲鳴が聞こえた方へと指を刺した。
いざという時には女性の方が強いというのは嘘ではない。
彼女の言葉に、力強く頷くと、田口は「行こう」と言って懐中電灯を片手に駆け出した。
怯える大野も、こんな寂しい場所に一人で置いて行かれることだけは避けたいらしく、今にも泣きだしそうな顔をして、二人の後を追った。
夜の闇が近付いてきているお陰で、かえって懐中電灯の明かりが頼りとなり、木々の隙間からチラチラと見え隠れする小さな明かりを目印に他の班との合流を目指す。
光が近付くにつれて、嫌な臭いが強くなる。
生ゴミや下水道のクサい臭いとは違う。
脳が。
体が。
人間の持つ全ての感覚が拒絶する臭い。
それが一体何なのか、気が付いているくせに、人は実際にその目で見るまでは信じようとはしない。
いいや。
実際に目にしたとしても、脳がそれを受け入れない場合もある。
だが――――
田口達が彼らと合流した時には、すで他の二班も集まっていた。
そこには、自分達以外の探索していた全員が勢ぞろいしていた。
彼らは何かを囲むようにして、各々の持つ懐中電灯を中央に向けて照らしたまま、呆然と立ち尽くしていた。
「そ、そこに……な、にが……」
田口の後ろから、走って来たせいで呼吸が乱れた日高が顔を覗かせる。
「愛ちゃんっ! 見るんじゃないっ!」
懐中電灯によって照らされているものを見て、全員が息を呑んだ。
林道から逸れた雑木林の奥深く。
以前に落雷でもあったのか、幹に大きな裂け目の出来た杉の木の根元に真っ赤な血溜まりが出来ていた。
その上に倒れ込んでいるのは間違いなく、自分達が必死になって捜索していた張本人だ。
見つかったのだからいいというものではない。
問題なのは彼女の状態である。
白目を剥き、口から血を流し、舌をダラリと垂らしている彼女は誰がどう見ても「死んで」いた。
「ヒッ」
小さな悲鳴を上げた後で、込み上げてくる吐き気に堪えられず、口元を抑えてその場から少し離れたところで嘔吐する日高の姿を見た瀬奈川も、元々が気弱な性格のため、もらいゲロをする。
浅井は瀬奈川を。
五代は日高の背中をさすり、気持ちを落ち着かせようとした。
大野はここに来るまでの間も、到着してからも、霊に憑りつかれたり、おかしな現象に遭遇し、精神的に疲労困憊していたところでの仲間の死。
張り詰めていた精神の糸がプツリと切れ、その場で失神しそうになったのを、相方の小野が支えた。
残りのメンバーは見るも無残な姿となって発見された彼女の様子を確認する。
きっと、一般人であったり、一人で遺体を発見したとなれば、こんなにも冷静な気持ちで現場を確認しようとは思わないだろう。
けれど、彼らはオカルトバラエティ番組の製作を今現在は行っているとはいえ、一応はマスメディアの人間と、普通には視えないモノが視えてしまう力の持ち主たちであるし、何より、一人ぼっちではないところが、彼らの精神を混乱させなかった一番の理由である。
現場責任者の田口が遺体の傍で蹲踞(そんきょ)の姿勢のような格好で座り、懐中電灯を照らす。
その周りを野々村や賀茂、山岸が取り囲むようにして上から光りを当てる。
首からはもう殆ど出血はしていないが、鋭い何かで刺されたような傷があり、そこから大量の血液が流れ出し、彼女の下に出来た血溜まりを作ったことがわかる。
右手にはナイフが握られていた。
ほぼ間違いなく凶器はソレであろう。
だが、彼女の服装に乱れはなく、誰かと争ったような形跡はない。
辺り周辺にもライトを照らすが、誰かと揉めて、この場で暴れて土が踏み荒らされたような感じもなければ、周りの草木がへし折られたりしたような跡もない。
とはいえ、もう辺りは薄暗くなっていて、懐中電灯の明かりだけでは、細かくは観察出来ない。
もっとしっかりと一つ一つを見て行けば、何かしら手掛かりが出てくるのかもしれないが、ざっと見たところでは、誰かと争ったような痕跡はないように思えた。
他殺だと仮定すると、彼女と一番最後まで一緒にいたのは、野々村、浅井、瀬奈川、賀茂、小野の五人だ。
彼女が消えた時、五人ともが同じ証言をしていたのだから、彼らの誰か一人が犯人とは考えにくい。
だが、彼ら全員が共謀して中山を殺害したと考えると、彼らには彼女を殺す動機もなければ、わざわざ凶器であるナイフを刺したままにもしないであろう。
第一。
別々の班で撮影している時に同じ班のメンバーが殺害されたとなれば、真っ先に疑われるのは彼らである。
そんな馬鹿な真似はしないであろう。
それに、少なくとも、人を刺せば、僅かでも衣服に血痕らしきものが付着する筈。
警察が介入すれば、犯人なんて直ぐに分かるであろう。
では、彼女は一体誰が?
フェンスや有刺鉄線で取り囲まれているとはいえ、この場所には未だに肝試しや自殺をしにやってくる人間が、前ほどではないとはいえ、皆無ではない。
もしかしたら、全くの赤の他人に?
いいや。
それならバスで待機している矢嶋や萱野が役所の人間に連絡をし、不法侵入をしようとする者達を止めるであろうし、もし、それが叶わなかったとしても、誰かが侵入したという連絡が携帯に入るであろう。
低く唸り声をあげ、田口がそこまで考えたところで、彼を含め、スタッフのポケットが一斉に振動した。
「うわっ」
「ヒィッ」
短い悲鳴を上げ、ビクリと体を揺らす彼らは、ポケットからマナーモードになっているスマホを取り出した。
振動の短さからメールの着信音。
顔を強張らせた男達が自分の掌に持つ小さな機械を操作する。
訝し気な顔でスマホの画面をスクロールし、大きく見開かれる目。
彼らの表情からそこに表示されているものが、とてつもなく衝撃的なものだということが伺えた。
「う、そだろ」
喉から絞り出すような声を出す浅井。
あまり感情を表に出さず、ぶっきらぼうな野々村でさへも、片手を口にあてていた。
「貸して」
眉間に皺を寄せて画面をジッと見つめたまま固まっている田口の手から神代がスマホを奪った。
「このメールが届いた頃には、もう、私はこの世にはいないことでしょう。この数年間。ずっと罪悪感に苛まれていました。こうすることでしか罪を償う事の出来ない私をお許しください――――ふーん……予約送信ってことか」
メールが届いていない出演者にも聞こえるように、神代は大きな声でメールの内容を読み上げた。
「え?」
「まさか、中山さんは自殺なんか?」
真っ青な顔をして俯いていた日高は神代の声に反応し顔を上げ、小野は目を真ん丸にして思ったことを口にした。
それに対し、誰もが神妙な面持ちで口を閉ざした。
「なぁ、どういうことなんや? 中山さん、何の罪を犯していたんや?」
尚も湧き上がる疑問をそのまま口にする田口に向かって、「今はそんなことでギャァギャァ騒いでいる場合じゃぁないでしょ。勝手な憶測や、素人の想像で話しをしていても、真相が分かるわけでもなければ、中山さんが蘇るわけでもない」と、淡々とした口調で神代が口を開き、更に続けた。
「死人が出た時点で、もう、これは現場監督であるたぐっちゃんの手にも負えない。番組は中止になるだろうけど……通報するしかないよ。ね、たぐっちゃん」
「そうだ……ね」
神代の言葉を受けて、弱々しい声を出した田口は、差し出された自分のスマホを受け取ると、緊急通報の文字をタップした。
皆の視線が彼の口元に集まる。
ゴクリと生唾を飲み込む音も聞こえた。
だが――――
「繋がらない」
ポツリと呟かれた声に皆が「え?」と声を漏らす。
田口は一度、スマホを自分の耳から離し、画面を確認すると、「なんで……だ?」と、表情を曇らせた。
「どうしたの?」
ひょいっと彼が手にするスマホの画面を見て、神代の眉がピクリと動き、眼つきが変わった。
「ねぇ……ここにいる人全員さぁ。スマホの電波状況確認してくんない?」
不機嫌そうな。
それでいて、いつも飄々としている彼には珍しく、焦りの混じったような雰囲気。
いくら彼の口調が偉そうだとはいえ、状況も状況なだけに、皆、即座に反応し、確認した。
勿論。
言った本人も、ポケットからスマホを取り出して、皆と同じように確かめた。
「え? 圏外?」
「嘘だろ……さっき、中山さんからのメールが届いたばかりだぞ?」
「そんなわけあるかいなっ! って、ほんまや! なんでや? なんで圏外なんや?」
パニックになるメンバー達。
そんな彼らに向かって落ち着かせようと口を開こうとした神代の前に立ちはだかったのは、賀茂であった。
「やはり、ここは磁場が悪い」
やけに落ち着いた態度で静かに言葉を発する賀茂の一言に、一同が次の言葉を待とうとしたその瞬間、失神した筈の大野が「キエェェェェェッ」と奇声を放ち、いきなりその場から走り出した。
「大野っ!」
「大野さんっ」
闇が徐々に押し寄せ、視界の悪くなった林の中を、懐中電灯も持たずに一気に奥へ奥へと駆け抜けていく彼を追う小野と浅井。
流石の神代も。
そして、『磁場が悪い』と言った賀茂も、大野の異常行動は予想外であったのか、呆然と立ち尽くすだけであった。
「なんてことだ……」
勝手な行動を起こし、連絡がつかない二人のスタッフ。
そして、中山の死。
更には何かに憑りつかれたように奇行に走った大野と、彼を追い駆けてこの場から一緒に走り去った二人。
次から次へと起こる問題に田口はその場に蹲り、頭を抱えた。
「……ち……がう」
ギリリと奥歯を噛みしめたまま呻くような声のする方へと神代は目を向けた。
そこには、暗く鬱蒼とした道なき林の中を猛然と駆け抜けていった大野や、彼を追った二人の安否を気遣うような表情ではなく、どこか不愉快そうに鼻に皺を寄せている賀茂の姿があった。
パチリと二人の視線がぶつかり合う。
フッと口元を緩めた賀茂は、ここに残った他のメンバー達の顔を見渡し、真顔になった。
「やはり。この場所は危険です。数年前に行方不明となったグラドルの霊気を感じます。きっと、彼女の気に誘われて多くの霊が集まっているのでしょう。邪悪極まりない嫌な気配を感じます」
彼の言葉にざわつくメンバー達。
「まずは、この林から出ましょう」
そう言い切った彼に、誰もが頷いた。
チラリと神代を見て、賀茂は「ボクの言っていることに間違いでもあるのかい?」というような挑発的な笑みを浮かべた。
小さく息をつき、「たぐっちゃん。こんなところで遭難なんかしたくないでしょ? まずは、ロケバスまで皆で移動しましょう。あそこなら電波も届くでしょうしね」と、田口の両脇に手を突っ込み、ゆっくりと立ち上がらせる。
それから賀茂へと振り返り、「今回ばかりはアンタに同感ですよ。ここにはアンタらの一番の目的であるグラドルの霊がいる」と言った。
「は?」
「ちょっと……それ、本当なの?」
間抜けな声を出す田口を突き飛ばし、掴みかからんばかりの勢いで神代に聞き返す日高の顔は、さっきまでの真っ青な顔ではなく、興奮で赤みが差していた。
「――――正確には、さっきまで『居た』が正解だけどね」
何の抑揚もなく答えた彼の視線は、大野達が走り去っていった方をジッと見つめていた。
「まだまだ一波乱も二波乱もありそうだな……」
不吉な予感を口にした直後、劈くような叫声が遠くの方で聞こえたような気がした。
それが獣の声なのか。
それとも、大野達の声なのか。
すっかり闇に包まれた林の中を確かめようとするような無謀な行動に出る者は誰もいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる