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PSYCHIC 15
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すっかりと夜の闇に包まれた林の中。
運よく雲一つない満天の星空に輝く大きな月。
その青白い光が木々の隙間から差し込み、真っ暗ではないことだけが、せめてもの救い。
生々しい死体を目の当りにした一同は、重苦しい空気を纏い、懐中電灯で足元を照らしながらロケバスへと戻る道を急ぐ。
誰も一言も言葉を発することはない。
俯き加減で歩みを進める彼らの耳に聞こえるのは、各々が吐く息と、複数の足音。
お通夜のようなどんよりとした雰囲気と、異様なまでの緊張感が取り巻く中、この場にそぐわない間延びした声が響いた。
「ところでさぁ~」
少しでも早く血生臭い林の中から出たいと思っている一行は、足を止めることなく、彼の言葉に耳を傾けた。
声の主もそのことは分かっているのか、彼はいきなり足を速めると、目的の人物の横にピタリとくっついた。
彼は澄ました顏のまま、「何ですか?」と視線すら向けずに反応する。
美しく整った顔立ちのせいで、無表情のままだと、やけに冷酷な印象を相手に与えるが、そんな冷たく、近寄り難い雰囲気を醸し出している彼に対しても、当の本人は、全く憶する事なく、相変らずのやぼったい前髪でどんな表情をしているのかは分からないが、兵器な様子で彼に話しかける。
「いつから気が付いていたんだ?」
彼の質問に、一瞬だけ頬をヒクつかせた賀茂は、「は?」と、不機嫌そうな声を発して横を向いた。
眉を顰めている彼の顔を真正面に捉えた神代は、“こいつ、何怒っているんだよ”といった雰囲気で、賀茂の不愉快そうな表情など無視して、「だーかーら。いつからオレが、『サブ』だって気が付いたんだよって聞いてんの」と、彼の前に回り込み、下から顔を覗き込んだ。
「ちょ……神代くん……今はそんなことを聞いている場合じゃないでしょぉ」
今は人の死に直面し、皆が精神的ダメージを受けているところ。
おどおどとした口調ではあるが、神代に対し、そんな小さなことを気にしている場合じゃないだろうと、先頭を歩く田口が口を挟む。
「そういうところですよ」
「え?」
「は?」
まさか、神代ではなく、賀茂の口から返事が出てくるとは思っていなかった田口も。
そして、その答えの意味が分からないといった感じの神代も。
同時に間抜けな声を出した。
「ですから。ほら。田口さん。貴方がやたらと彼の顔色を伺うような態度を取っているからですよ」
チラリと横目で神代を見る彼は、「現場監督の親戚の子であれば、勘違いして態度の大きくなる『子供』も確かにいます。けれど、現場監督の貴方が、親戚の子に気を遣い過ぎていること自体、普通に考えておかしいでしょ」と、軽く神代に対し毒づきながら説明した後、「だいたい、そんなインパクトのある前髪。帽子や眼鏡では誤魔化しきれませんよ」と、鼻で笑った。
「あっ!」
思い当たるところが多々ある田口は、両手で口を押え、大袈裟なジェスチャーをするものの、神代自身は、その答えに拍子抜けしていた。
「あー。なんだ。全部、たぐっちゃんのせいか。オレは元々、自分の正体を隠すつもりは毛頭なかったからいいんんだけどさ。隠したかった本人が、自分の大根もまっつぁおな演技で、オレの正体がバレていたんなら、もう、こんなダッサイ帽子も眼鏡も関係ないよね」
正体がバレた理由という一番の理由が田口だと聞き、自分に向けられた『インパクトのある前髪』という侮蔑に対してすら、帽子や眼鏡のせいにしてしまう神代が、とうとう帽子と眼鏡を外した。
ボリューミーで真っ黒な髪の毛は、かなりの直毛。
帽子で潰れることなく、もっさりというよりも、ぼさぼさぼっさり感を保っていた。
これが何の事件もなく、問題も起きずに撮影が順調に進んでいる時であれば、そんな彼にツッコミを入れる者や、彼の頭を見て笑う者もいたのかもしれない。
けれど、今はそんな気分になれる者もおらず、ましてや、神代の正体が何であろうと、気にする余裕など、誰一人持っていなかった。
「ダサイのは帽子でも眼鏡でもないとは思いますけどね……」
誰もが無言で歩く中。
帽子と眼鏡を外してスッキリしたのか、鼻歌を歌う神代に向かって呆れたような声を出す賀茂は、わざとらしく田口を責めるように大きく溜息をついた。
「それにしても。なんで田口さんは、早川さんが『要らない』といった『サブ』をわざわざ呼んだのでしょうか?」
神代の名前こそ出してはいないが、あからさまに神代本人に対する厭味をぶつけてくる。
「あ……それは……ですね……」
言われている本人ではなく、田口が慌てたように口を挟もうとするが、先頭を歩く彼が、列の途中にいる二人の元に行くことは許されない。
賀茂と神代の間に割って入ることが出来ず、ただ時折後ろを振り返ってはオロオロするのみ。
お陰で賀茂の小言は続く。
「無駄な経費使った結果、今日、ここまでの心霊現象に対応したのはボクだけなんですし。実際に使えるか使えないか分からないような霊能者なんて、ボクがいるんですから雇わなくても良かったんですけどねぇ」
確かに、今日一日を振り返ると、これまでに起きた数々の心霊現象らしきことに対応したのは賀茂ただ一人。
ロケバスでの妙な冷気騒動の最中には、神代はイビキをかいて寝ていたし、廃村での不気味な落書きに、不可思議な風。更には大野の異変にしても、賀茂の陰陽術によってうまく鎮めてきた。
本来、本当の『心霊現象』に対抗する力を発揮するのがサブ霊能者の仕事。
その一番肝心な仕事すらもしていない神代へ、非難めいた視線を送る賀茂は、「あ。そうでした。今回は田口さんの親戚の子としての雑用係だったんですよね。これは失礼しました」と言って、自分の持つ荷物を「雑用係なんですから、お願いしますね」と、手渡した。
これには流石に回りのスタッフや出演者たちも『やり過ぎだろ』という気持ちで見守っていたのだが、小馬鹿にされた本人は、平然としたもの。
「あ~。だってさ。タイミングよく野々村さんがカメラ回していたし。陰陽師さんの美味しい場面とったら、それこそオレ。怒られちゃうでしょ?」
口元に笑みを浮かべている彼は、前髪で目が隠れているので、実際はどんな表情をしているのかは分からないが、雑用係と言われても全然気にしている気配はない。
だが、彼は次の瞬間、他の人間に聞こえないよう、低くくぐもった声を賀茂の耳元で囁いた。
「まぁ……人為的なことはオレ、対処出来ないんで。本当にヤバい心霊現象に遭遇したら、ちゃぁんとそれ相応の対応はするから安心してよ」
「何が言いたい? 自分がボクよりも力が劣るからって、そんな強がりを言っても無駄だよ」
「フッ。ま、そーゆーことにしといてあげとくよ」
いつの間にか形勢逆転することに成功した神代は、挑発するような捨て台詞を残し、再び列の最後尾へと戻って行った。
ただでさえ気分が滅入っているというのに、これ以上二人に険悪なやり取りを続けられたらたまったものでは無いと思っていた一同は、神代が何を言ったのかは聞こえなかったのだが、それでも、大人しく賀茂から離れたことで、ホッと胸を撫でおろしていた。
しかし、その時。
野々村が大きな声を出した。
「あっ! しまった!」
列の真ん中あたりにいた彼は、急に足を止めた。
「どうした?」
田口も足を止め、懐中電灯の光を声の主へと向ける。
すると、彼は真面目な顔をして、「撮影するのを忘れてました」と言った。
当然のことだが、「何を言っているんだ?」「人の死を売りものにする気ですか?」「頭おかしいんじゃない?」と彼の発言に対し、集中砲火が落とされる。
口々に彼の人間性を疑う言葉が漏れ、おいしい画(映像)を撮る為なら、仲間の死すらもネタにするのかと怒りと嫌悪感をぶつけられる。
けれど、それらは全て『出演者』である人間の意見。
音声の山岸も、持ち上がりで今現在、照明係をしている瀬奈川も。
更には田口までもが、苦痛に満ちた表情はしているものの、野々村のことを罵倒したり、否定したりすることはなかった。
それはそうであろう。
マスメディアは新鮮なネタが命。
独占スクープであればあるほど、ますます効果的。
視聴率や話題性があってナンボの世界。
事件が起これば、それが他人の不幸を笑うものであっても、他人の泣き顔を撮る事になろうとも、いち早く駆けつけるのが商売なのだ。
彼らの雰囲気をいち早く察知した出演者はやはり、賀茂でも日高でもなく、マスコミ側の人間である五代であった。
渋い顔をして口を閉ざした五代に、「何で黙るの?」と不安気な顔を見せる日高と、「いくら仕事とはいえ、そこまでするべきですか?」と尚も野々村に喰ってかかる賀茂。
神妙な面持ちで考え込む田口やスタッフといった全員を冷静に観察していた神代は、少し小首を傾げたものの、「それが巷からは『マスゴミ』とも言われるマスコミのゲスいところなんだから仕方がないんじゃないのぉ?」と、あえて自分に文句や怒りの矛先が来るよう煽る。
思いもよらない出来事で神経が昂っている彼らには、精神的な余裕はなく、まんまと神代に誘導されるがままに、彼に注目が集まった。
「素人が、何知ったかぶりしてんだよ」
「ゲスとはなんだよ、ゲスとはっ!」
野々村だけでなく、あの気弱な瀬奈川までもが真っ赤な顔をして怒り出せば、「仲間が死んでいるというのに、マスコミだから仕方がないと言い切れる君の精神はおかしいよ」「アンタには人の死を悲しむって気持ちはないのっ?」と、出演者である賀茂や日高には別方向から責められる。
山岸や五代は元々、感情的な方ではないので、黙ったまま眉間に深い皺を寄せており、現場責任者としてこの場をおさめなくてはいけない田口も、この状況をどうすべきか悩んでいた。
人は予定外のことが起きたり、切羽詰まった状況下において、感情的になった時こそ、一番『素』がでやすい。
彼ら一人一人の言動を素早く観察していた神代は、それぞれに責められながらも頭の中で色々と整理をしつつ、「ちょっと待ってよねぇ。オレが言いたいのはさぁ、何も、スクープが欲しくて撮影したいだけじゃないんだろって話なんだけど」と、複数の人間からの文句や質問には答えず、あえて、自分の主張だけを大きな声で言い放った。
「は?」
「どういうことよ」
「何がいいたいんだ?」
ポカンとする彼らの表情を見れば、彼らの頭の中には、遺体を撮影するイコール『人の死を利用する』という考えで凝り固まっていたことが明白である。
裏を返せば、そういう風にしか考えられないということでもあるのだが、これにも理由があるのだから仕方がない。
そもそも、このロケ企画では『グラビアアイドル謎の失踪に迫る』ということで、彼女の霊を呼び寄せることも大切なのだが、もしかしたら、彼女の死体を発見するというハプニングを期待し、一大スクープとして特別報道番組へと切り替わったら、それはそれで大成功。
むしろ、視聴率や話題性を考えたらそちらの方が、テレビ局側としては有難い。
番組にとっても、ロケ中でターゲットであるグラビアアイドルの霊魂を呼び寄せ、死体発見となれば、これ以上の番宣はない。
そういった打ち合わせが先にしてあったのだから、ロケ中のハプニングは何でも利用するという考えがそれぞれの頭に根付いてしまっているのは、仕方がないのだ。
だが、それなら何故、中山の遺体が発見された時に、その場で撮影をし始めなかったのか。
当然、ずっと番組を一緒に作り上げてきた仲間なのだから、他殺にしろ自殺にしろ、死体を目にして、ショックを受けないヤツはいない。
けれど、廃村内で起きた、突然のオカルト現象。
皆が驚き、慌てている中、冷静にカメラを回していた野々村のカメラマン根性があれば、あの時だって冷静に撮影出来たのではなかろうか?
いくら仲間が死んでいたとしても、その映像が使えるか使えないかは別として、カメラマンとしてのプライドの高い彼が、あんな衝撃的な場面を撮らずにいられるものなのだろうか?
今になって思い出したように中山を撮影したいという彼の真意は一体何なのか。
本当にただ、ネタが欲しいだけなのか。
それに――――彼らの態度もおかしい。
神代は彼らの動きを知る為にも、彼らに『中山』の元へ戻らせる援護射撃をすることにした。
「ほら。今から警察を呼んだとして。そこからここまで来るのに時間かかっちゃうじゃん? それにさぁ、野生動物がいる林のど真ん中だよ?」
この一言で大体の人間は彼の言いたいことがすぐに分かったが、誰一人、口を挟むことなく、黙って彼の話を最後まで聞いた。
「死体を荒らされる可能性だってあるわけだしぃ、現場だって荒らされちゃうじゃん? 今のうちに、現場を撮影しとくことで、もしかしたら捜査の役に立てるかもしれないわけだしさ。人が近くにいることで、野生動物を牽制することにもなるわけじゃん?」
彼の言うことは尤もである。
遺体を勝手に触ることは避けるべきではあるが、周りの状況をなるべくそのまんまの状態で残しつつ、映像を撮っておくことで、後々何かしら役に立つ可能性は高い。
否定的な態度をとっていた日高も賀茂も、神代の言葉を聞いて押し黙った。
「……お前、生意気だけど、たまにはいいこと言うじゃねぇか」
背の高い野々村は神代の肩をポンポンッと軽く叩き、ニヤリと笑った。
「で、でも、ゲスは取り消してください。ゲスは」
ひょろりとした瀬奈川がいつの間にか神代の背後に立ち、ふるふると震えるような声をだした。
「え? それは取り消さないよ? だって、オレ。大衆の意見を代弁しただけだしぃ。アンタら個人に向けて言った言葉じゃないも~ん。……それとも。アンタ自身がゲスいことでもしてんの?」
臆病なチワワがブルブル震えながらも大型犬に吠えかかるように、一体何にそんなにビクついているのか分からないが、顔面を真っ青にさせているくせに、『ゲス』という言葉に過剰な反応を見せる瀬奈川をからかうようにしてカマをかける。
すると、更に、唇を震えさせる彼の顔を、神代は前髪の奥にある鋭い眼差しで見つめた。
「おい。もういいだろ。俺はカメラ。お前は照明。自分の仕事を忠実に熟すだけだ。誰に何を言われたって、それが俺達の仕事なんだ。それで飯を食ってるんだからしょうがねぇだろ」
瀬奈川を宥めつつ、言われて気持ちのいいことではないことを言われた野々村は、神代を一睨みした。
「こっわ!」
突き刺すような視線にわざとらしく、両手で自分の体を抱きしめて、怯える素振りをする神代を無視し、野々村は田口へと声をかけた。
「このクソガキの言う通り。俺は現場に戻った方がいいと思うんで」
「あ、じゃぁ、オレも行きた~い。もし、他殺だったら殺人鬼がここにまだいるかもしれないしぃ。一人じゃ危ないっしょ?」
すかさず自分も殺害現場に戻ると名乗りをあげる神代に、野々村だけでなく、周りの人間全員が白けた目を向ける。
「いやいや。野々村さんが行くことには俺も反対はしないけど……神代くんは……」
「えー。だって、林の中は霊気で渦巻いているわけだし。そういう時の為のオレでしょ?」
渋る田口に、正体がバレたお陰で堂々と自分の立場をアピールして駄々をこねる神代を見て、野々村は小さく舌打ちした。
「一人でも大丈夫だと言いたいところだが、確かに、そこのガキンチョの言う通り、一人じゃ危ないかもしれん。撮影するにしても手伝ってもらいてぇし……現場に戻るっつっても、あくまでも『仕事』だ。仕事の邪魔になるようなヤツはいらない」
「いや、オレ、レフ板持ちプロだし。結構役にたつ男だよ? 多分だけど」
「ちょ、神代くんっ! レフ板持つの、めっちゃくちゃダルそうだったよねぇぇぇっ?」
もしもの時に居て欲しいのは田口も同じ。
ロケバスまで辿り着ければ、バスの車内灯の明かりにホッと息をつくことも出来るであろうし、いざとなれば麓までバスで降りることも出来る。
けれど、真っ暗な林の中。
殺人犯が隠れていることも怖いが、浮遊する幽霊とご対面なんてことになったらたまったものではない。
神代に傍にいて欲しいが為に、彼が現場に行きたがるのを必死で止めようとする田口に、「うっさいなぁ~。オレが一緒に現場に行った方が絶対にいいと思うんだってば。たぐっちゃんたちはさっさと皆で安全な場所に行きなよぉ~」と、口を尖らせる。
「未成年のガキに何かあったら、それこそ番組はオジャンだ。田口さん。瀬奈川と山岸さん、お借りしますよ」
二人のやり取りは無視して、さっさと現場に戻ろうとする野々村に、「だから、陰陽師さんも言ってたでしょ? ここにはホンモノがいるから、オレもついていくってば」と、神代が涙目の田口を置いて駆け寄ろうとするが、とっさに賀茂が彼の腕を掴んだ。
「え? なに?」
キョトンとする神代に向かって、「それならボクが行く方がいい。素人に毛が生えたような霊能者よりも、陰陽道の正当な血筋のボクの方が役に立ちますよ」と言った。
言い方こそ穏やかではあるものの、神代は、掴まれた腕の痛みから、有無を言わさぬ意志の強さを感じ取った。
何故、そこまで賀茂は自分を現場に戻したくないのか。
それとも、賀茂が現場にそうまでして戻りたいのか。
いいや。
賀茂はさっき、遺体の撮影に反対をしていた。
だとするなら、本当に自分が行った方が役に立つと思っているということなのか。
だが――――
頭上には、あれほど多くの星が輝いていたというのに、気が付けば薄らと雲で覆い隠されつつあった。
月明かりも弱々しい。
強い風が吹き、木々の葉が一斉に擦れ合う。
崖から吹き抜ける心地のいい風ではなく、どこか嫌な気分にさせる生ぬるい風が纏わりつく。
嫌な予感が神代の脳裏を掠めた。
「……オレも行きますよ。たぐっちゃんは、日高さんと五代さんを連れて、さっさと警察に連絡をしてっっ――つっ――」
腕の痛みに顔を顰める。
鬱血するほど腕に籠められた力のもとを辿れば賀茂の手。
細くしなやかなその指が爪をたてて、神代の腕に食い込んでいた。
「だからね。邪魔者はいらないんだよ」
耳元で囁かれた声は、ゾクリとするほど冷たかった。
結局、神代は未成年ということもあって、田口と共に、安全を確保することを優先させられた。
「不吉な感じがする」
大野を追った二人。
現場に再び戻る四人。
そして、ロケバスへと戻る神代を含めた四人。
ロケ班が別々に行動すると何かが起きる。
さきほどの嫌な気配も気になる。
田口、日高、五代と続き、一列でまっすぐロケバスへと向かう列の最後尾にいた神代は、何度も何度も振り返り、そして、懐中電灯をそっと消した。
「え?」
「何だ?」
当然、五代や日高がすぐに気が付き声を出す。
「あー。懐中電灯切れちゃったみたい」
とぼけた台詞を言い放ち、数十歩ゆっくりと進み、少しずつ前との距離を開けたのち、静かに後ろに向かって歩き出した。
それから、遠くに見える懐中電灯の小さな明かりを目印に彼らを追う。
ロケバスへと向かう田口達は問題ない。
問題なのは、林の奥深くへと消えた大野たちと、これから死の現場へと向かう野々村達。
あの時。
聞こえていたのにも関わらず、聞こえないフリをしてあの場を去った自分。
そして、今度は怪しい行動をとる彼らの傍に感じる悪意。
もう、見て見ぬフリは出来無さそうだ。
神代の第六感が叫ぶ。
ここからまた一波乱も二波乱もあるだろうことを――――
運よく雲一つない満天の星空に輝く大きな月。
その青白い光が木々の隙間から差し込み、真っ暗ではないことだけが、せめてもの救い。
生々しい死体を目の当りにした一同は、重苦しい空気を纏い、懐中電灯で足元を照らしながらロケバスへと戻る道を急ぐ。
誰も一言も言葉を発することはない。
俯き加減で歩みを進める彼らの耳に聞こえるのは、各々が吐く息と、複数の足音。
お通夜のようなどんよりとした雰囲気と、異様なまでの緊張感が取り巻く中、この場にそぐわない間延びした声が響いた。
「ところでさぁ~」
少しでも早く血生臭い林の中から出たいと思っている一行は、足を止めることなく、彼の言葉に耳を傾けた。
声の主もそのことは分かっているのか、彼はいきなり足を速めると、目的の人物の横にピタリとくっついた。
彼は澄ました顏のまま、「何ですか?」と視線すら向けずに反応する。
美しく整った顔立ちのせいで、無表情のままだと、やけに冷酷な印象を相手に与えるが、そんな冷たく、近寄り難い雰囲気を醸し出している彼に対しても、当の本人は、全く憶する事なく、相変らずのやぼったい前髪でどんな表情をしているのかは分からないが、兵器な様子で彼に話しかける。
「いつから気が付いていたんだ?」
彼の質問に、一瞬だけ頬をヒクつかせた賀茂は、「は?」と、不機嫌そうな声を発して横を向いた。
眉を顰めている彼の顔を真正面に捉えた神代は、“こいつ、何怒っているんだよ”といった雰囲気で、賀茂の不愉快そうな表情など無視して、「だーかーら。いつからオレが、『サブ』だって気が付いたんだよって聞いてんの」と、彼の前に回り込み、下から顔を覗き込んだ。
「ちょ……神代くん……今はそんなことを聞いている場合じゃないでしょぉ」
今は人の死に直面し、皆が精神的ダメージを受けているところ。
おどおどとした口調ではあるが、神代に対し、そんな小さなことを気にしている場合じゃないだろうと、先頭を歩く田口が口を挟む。
「そういうところですよ」
「え?」
「は?」
まさか、神代ではなく、賀茂の口から返事が出てくるとは思っていなかった田口も。
そして、その答えの意味が分からないといった感じの神代も。
同時に間抜けな声を出した。
「ですから。ほら。田口さん。貴方がやたらと彼の顔色を伺うような態度を取っているからですよ」
チラリと横目で神代を見る彼は、「現場監督の親戚の子であれば、勘違いして態度の大きくなる『子供』も確かにいます。けれど、現場監督の貴方が、親戚の子に気を遣い過ぎていること自体、普通に考えておかしいでしょ」と、軽く神代に対し毒づきながら説明した後、「だいたい、そんなインパクトのある前髪。帽子や眼鏡では誤魔化しきれませんよ」と、鼻で笑った。
「あっ!」
思い当たるところが多々ある田口は、両手で口を押え、大袈裟なジェスチャーをするものの、神代自身は、その答えに拍子抜けしていた。
「あー。なんだ。全部、たぐっちゃんのせいか。オレは元々、自分の正体を隠すつもりは毛頭なかったからいいんんだけどさ。隠したかった本人が、自分の大根もまっつぁおな演技で、オレの正体がバレていたんなら、もう、こんなダッサイ帽子も眼鏡も関係ないよね」
正体がバレた理由という一番の理由が田口だと聞き、自分に向けられた『インパクトのある前髪』という侮蔑に対してすら、帽子や眼鏡のせいにしてしまう神代が、とうとう帽子と眼鏡を外した。
ボリューミーで真っ黒な髪の毛は、かなりの直毛。
帽子で潰れることなく、もっさりというよりも、ぼさぼさぼっさり感を保っていた。
これが何の事件もなく、問題も起きずに撮影が順調に進んでいる時であれば、そんな彼にツッコミを入れる者や、彼の頭を見て笑う者もいたのかもしれない。
けれど、今はそんな気分になれる者もおらず、ましてや、神代の正体が何であろうと、気にする余裕など、誰一人持っていなかった。
「ダサイのは帽子でも眼鏡でもないとは思いますけどね……」
誰もが無言で歩く中。
帽子と眼鏡を外してスッキリしたのか、鼻歌を歌う神代に向かって呆れたような声を出す賀茂は、わざとらしく田口を責めるように大きく溜息をついた。
「それにしても。なんで田口さんは、早川さんが『要らない』といった『サブ』をわざわざ呼んだのでしょうか?」
神代の名前こそ出してはいないが、あからさまに神代本人に対する厭味をぶつけてくる。
「あ……それは……ですね……」
言われている本人ではなく、田口が慌てたように口を挟もうとするが、先頭を歩く彼が、列の途中にいる二人の元に行くことは許されない。
賀茂と神代の間に割って入ることが出来ず、ただ時折後ろを振り返ってはオロオロするのみ。
お陰で賀茂の小言は続く。
「無駄な経費使った結果、今日、ここまでの心霊現象に対応したのはボクだけなんですし。実際に使えるか使えないか分からないような霊能者なんて、ボクがいるんですから雇わなくても良かったんですけどねぇ」
確かに、今日一日を振り返ると、これまでに起きた数々の心霊現象らしきことに対応したのは賀茂ただ一人。
ロケバスでの妙な冷気騒動の最中には、神代はイビキをかいて寝ていたし、廃村での不気味な落書きに、不可思議な風。更には大野の異変にしても、賀茂の陰陽術によってうまく鎮めてきた。
本来、本当の『心霊現象』に対抗する力を発揮するのがサブ霊能者の仕事。
その一番肝心な仕事すらもしていない神代へ、非難めいた視線を送る賀茂は、「あ。そうでした。今回は田口さんの親戚の子としての雑用係だったんですよね。これは失礼しました」と言って、自分の持つ荷物を「雑用係なんですから、お願いしますね」と、手渡した。
これには流石に回りのスタッフや出演者たちも『やり過ぎだろ』という気持ちで見守っていたのだが、小馬鹿にされた本人は、平然としたもの。
「あ~。だってさ。タイミングよく野々村さんがカメラ回していたし。陰陽師さんの美味しい場面とったら、それこそオレ。怒られちゃうでしょ?」
口元に笑みを浮かべている彼は、前髪で目が隠れているので、実際はどんな表情をしているのかは分からないが、雑用係と言われても全然気にしている気配はない。
だが、彼は次の瞬間、他の人間に聞こえないよう、低くくぐもった声を賀茂の耳元で囁いた。
「まぁ……人為的なことはオレ、対処出来ないんで。本当にヤバい心霊現象に遭遇したら、ちゃぁんとそれ相応の対応はするから安心してよ」
「何が言いたい? 自分がボクよりも力が劣るからって、そんな強がりを言っても無駄だよ」
「フッ。ま、そーゆーことにしといてあげとくよ」
いつの間にか形勢逆転することに成功した神代は、挑発するような捨て台詞を残し、再び列の最後尾へと戻って行った。
ただでさえ気分が滅入っているというのに、これ以上二人に険悪なやり取りを続けられたらたまったものでは無いと思っていた一同は、神代が何を言ったのかは聞こえなかったのだが、それでも、大人しく賀茂から離れたことで、ホッと胸を撫でおろしていた。
しかし、その時。
野々村が大きな声を出した。
「あっ! しまった!」
列の真ん中あたりにいた彼は、急に足を止めた。
「どうした?」
田口も足を止め、懐中電灯の光を声の主へと向ける。
すると、彼は真面目な顔をして、「撮影するのを忘れてました」と言った。
当然のことだが、「何を言っているんだ?」「人の死を売りものにする気ですか?」「頭おかしいんじゃない?」と彼の発言に対し、集中砲火が落とされる。
口々に彼の人間性を疑う言葉が漏れ、おいしい画(映像)を撮る為なら、仲間の死すらもネタにするのかと怒りと嫌悪感をぶつけられる。
けれど、それらは全て『出演者』である人間の意見。
音声の山岸も、持ち上がりで今現在、照明係をしている瀬奈川も。
更には田口までもが、苦痛に満ちた表情はしているものの、野々村のことを罵倒したり、否定したりすることはなかった。
それはそうであろう。
マスメディアは新鮮なネタが命。
独占スクープであればあるほど、ますます効果的。
視聴率や話題性があってナンボの世界。
事件が起これば、それが他人の不幸を笑うものであっても、他人の泣き顔を撮る事になろうとも、いち早く駆けつけるのが商売なのだ。
彼らの雰囲気をいち早く察知した出演者はやはり、賀茂でも日高でもなく、マスコミ側の人間である五代であった。
渋い顔をして口を閉ざした五代に、「何で黙るの?」と不安気な顔を見せる日高と、「いくら仕事とはいえ、そこまでするべきですか?」と尚も野々村に喰ってかかる賀茂。
神妙な面持ちで考え込む田口やスタッフといった全員を冷静に観察していた神代は、少し小首を傾げたものの、「それが巷からは『マスゴミ』とも言われるマスコミのゲスいところなんだから仕方がないんじゃないのぉ?」と、あえて自分に文句や怒りの矛先が来るよう煽る。
思いもよらない出来事で神経が昂っている彼らには、精神的な余裕はなく、まんまと神代に誘導されるがままに、彼に注目が集まった。
「素人が、何知ったかぶりしてんだよ」
「ゲスとはなんだよ、ゲスとはっ!」
野々村だけでなく、あの気弱な瀬奈川までもが真っ赤な顔をして怒り出せば、「仲間が死んでいるというのに、マスコミだから仕方がないと言い切れる君の精神はおかしいよ」「アンタには人の死を悲しむって気持ちはないのっ?」と、出演者である賀茂や日高には別方向から責められる。
山岸や五代は元々、感情的な方ではないので、黙ったまま眉間に深い皺を寄せており、現場責任者としてこの場をおさめなくてはいけない田口も、この状況をどうすべきか悩んでいた。
人は予定外のことが起きたり、切羽詰まった状況下において、感情的になった時こそ、一番『素』がでやすい。
彼ら一人一人の言動を素早く観察していた神代は、それぞれに責められながらも頭の中で色々と整理をしつつ、「ちょっと待ってよねぇ。オレが言いたいのはさぁ、何も、スクープが欲しくて撮影したいだけじゃないんだろって話なんだけど」と、複数の人間からの文句や質問には答えず、あえて、自分の主張だけを大きな声で言い放った。
「は?」
「どういうことよ」
「何がいいたいんだ?」
ポカンとする彼らの表情を見れば、彼らの頭の中には、遺体を撮影するイコール『人の死を利用する』という考えで凝り固まっていたことが明白である。
裏を返せば、そういう風にしか考えられないということでもあるのだが、これにも理由があるのだから仕方がない。
そもそも、このロケ企画では『グラビアアイドル謎の失踪に迫る』ということで、彼女の霊を呼び寄せることも大切なのだが、もしかしたら、彼女の死体を発見するというハプニングを期待し、一大スクープとして特別報道番組へと切り替わったら、それはそれで大成功。
むしろ、視聴率や話題性を考えたらそちらの方が、テレビ局側としては有難い。
番組にとっても、ロケ中でターゲットであるグラビアアイドルの霊魂を呼び寄せ、死体発見となれば、これ以上の番宣はない。
そういった打ち合わせが先にしてあったのだから、ロケ中のハプニングは何でも利用するという考えがそれぞれの頭に根付いてしまっているのは、仕方がないのだ。
だが、それなら何故、中山の遺体が発見された時に、その場で撮影をし始めなかったのか。
当然、ずっと番組を一緒に作り上げてきた仲間なのだから、他殺にしろ自殺にしろ、死体を目にして、ショックを受けないヤツはいない。
けれど、廃村内で起きた、突然のオカルト現象。
皆が驚き、慌てている中、冷静にカメラを回していた野々村のカメラマン根性があれば、あの時だって冷静に撮影出来たのではなかろうか?
いくら仲間が死んでいたとしても、その映像が使えるか使えないかは別として、カメラマンとしてのプライドの高い彼が、あんな衝撃的な場面を撮らずにいられるものなのだろうか?
今になって思い出したように中山を撮影したいという彼の真意は一体何なのか。
本当にただ、ネタが欲しいだけなのか。
それに――――彼らの態度もおかしい。
神代は彼らの動きを知る為にも、彼らに『中山』の元へ戻らせる援護射撃をすることにした。
「ほら。今から警察を呼んだとして。そこからここまで来るのに時間かかっちゃうじゃん? それにさぁ、野生動物がいる林のど真ん中だよ?」
この一言で大体の人間は彼の言いたいことがすぐに分かったが、誰一人、口を挟むことなく、黙って彼の話を最後まで聞いた。
「死体を荒らされる可能性だってあるわけだしぃ、現場だって荒らされちゃうじゃん? 今のうちに、現場を撮影しとくことで、もしかしたら捜査の役に立てるかもしれないわけだしさ。人が近くにいることで、野生動物を牽制することにもなるわけじゃん?」
彼の言うことは尤もである。
遺体を勝手に触ることは避けるべきではあるが、周りの状況をなるべくそのまんまの状態で残しつつ、映像を撮っておくことで、後々何かしら役に立つ可能性は高い。
否定的な態度をとっていた日高も賀茂も、神代の言葉を聞いて押し黙った。
「……お前、生意気だけど、たまにはいいこと言うじゃねぇか」
背の高い野々村は神代の肩をポンポンッと軽く叩き、ニヤリと笑った。
「で、でも、ゲスは取り消してください。ゲスは」
ひょろりとした瀬奈川がいつの間にか神代の背後に立ち、ふるふると震えるような声をだした。
「え? それは取り消さないよ? だって、オレ。大衆の意見を代弁しただけだしぃ。アンタら個人に向けて言った言葉じゃないも~ん。……それとも。アンタ自身がゲスいことでもしてんの?」
臆病なチワワがブルブル震えながらも大型犬に吠えかかるように、一体何にそんなにビクついているのか分からないが、顔面を真っ青にさせているくせに、『ゲス』という言葉に過剰な反応を見せる瀬奈川をからかうようにしてカマをかける。
すると、更に、唇を震えさせる彼の顔を、神代は前髪の奥にある鋭い眼差しで見つめた。
「おい。もういいだろ。俺はカメラ。お前は照明。自分の仕事を忠実に熟すだけだ。誰に何を言われたって、それが俺達の仕事なんだ。それで飯を食ってるんだからしょうがねぇだろ」
瀬奈川を宥めつつ、言われて気持ちのいいことではないことを言われた野々村は、神代を一睨みした。
「こっわ!」
突き刺すような視線にわざとらしく、両手で自分の体を抱きしめて、怯える素振りをする神代を無視し、野々村は田口へと声をかけた。
「このクソガキの言う通り。俺は現場に戻った方がいいと思うんで」
「あ、じゃぁ、オレも行きた~い。もし、他殺だったら殺人鬼がここにまだいるかもしれないしぃ。一人じゃ危ないっしょ?」
すかさず自分も殺害現場に戻ると名乗りをあげる神代に、野々村だけでなく、周りの人間全員が白けた目を向ける。
「いやいや。野々村さんが行くことには俺も反対はしないけど……神代くんは……」
「えー。だって、林の中は霊気で渦巻いているわけだし。そういう時の為のオレでしょ?」
渋る田口に、正体がバレたお陰で堂々と自分の立場をアピールして駄々をこねる神代を見て、野々村は小さく舌打ちした。
「一人でも大丈夫だと言いたいところだが、確かに、そこのガキンチョの言う通り、一人じゃ危ないかもしれん。撮影するにしても手伝ってもらいてぇし……現場に戻るっつっても、あくまでも『仕事』だ。仕事の邪魔になるようなヤツはいらない」
「いや、オレ、レフ板持ちプロだし。結構役にたつ男だよ? 多分だけど」
「ちょ、神代くんっ! レフ板持つの、めっちゃくちゃダルそうだったよねぇぇぇっ?」
もしもの時に居て欲しいのは田口も同じ。
ロケバスまで辿り着ければ、バスの車内灯の明かりにホッと息をつくことも出来るであろうし、いざとなれば麓までバスで降りることも出来る。
けれど、真っ暗な林の中。
殺人犯が隠れていることも怖いが、浮遊する幽霊とご対面なんてことになったらたまったものではない。
神代に傍にいて欲しいが為に、彼が現場に行きたがるのを必死で止めようとする田口に、「うっさいなぁ~。オレが一緒に現場に行った方が絶対にいいと思うんだってば。たぐっちゃんたちはさっさと皆で安全な場所に行きなよぉ~」と、口を尖らせる。
「未成年のガキに何かあったら、それこそ番組はオジャンだ。田口さん。瀬奈川と山岸さん、お借りしますよ」
二人のやり取りは無視して、さっさと現場に戻ろうとする野々村に、「だから、陰陽師さんも言ってたでしょ? ここにはホンモノがいるから、オレもついていくってば」と、神代が涙目の田口を置いて駆け寄ろうとするが、とっさに賀茂が彼の腕を掴んだ。
「え? なに?」
キョトンとする神代に向かって、「それならボクが行く方がいい。素人に毛が生えたような霊能者よりも、陰陽道の正当な血筋のボクの方が役に立ちますよ」と言った。
言い方こそ穏やかではあるものの、神代は、掴まれた腕の痛みから、有無を言わさぬ意志の強さを感じ取った。
何故、そこまで賀茂は自分を現場に戻したくないのか。
それとも、賀茂が現場にそうまでして戻りたいのか。
いいや。
賀茂はさっき、遺体の撮影に反対をしていた。
だとするなら、本当に自分が行った方が役に立つと思っているということなのか。
だが――――
頭上には、あれほど多くの星が輝いていたというのに、気が付けば薄らと雲で覆い隠されつつあった。
月明かりも弱々しい。
強い風が吹き、木々の葉が一斉に擦れ合う。
崖から吹き抜ける心地のいい風ではなく、どこか嫌な気分にさせる生ぬるい風が纏わりつく。
嫌な予感が神代の脳裏を掠めた。
「……オレも行きますよ。たぐっちゃんは、日高さんと五代さんを連れて、さっさと警察に連絡をしてっっ――つっ――」
腕の痛みに顔を顰める。
鬱血するほど腕に籠められた力のもとを辿れば賀茂の手。
細くしなやかなその指が爪をたてて、神代の腕に食い込んでいた。
「だからね。邪魔者はいらないんだよ」
耳元で囁かれた声は、ゾクリとするほど冷たかった。
結局、神代は未成年ということもあって、田口と共に、安全を確保することを優先させられた。
「不吉な感じがする」
大野を追った二人。
現場に再び戻る四人。
そして、ロケバスへと戻る神代を含めた四人。
ロケ班が別々に行動すると何かが起きる。
さきほどの嫌な気配も気になる。
田口、日高、五代と続き、一列でまっすぐロケバスへと向かう列の最後尾にいた神代は、何度も何度も振り返り、そして、懐中電灯をそっと消した。
「え?」
「何だ?」
当然、五代や日高がすぐに気が付き声を出す。
「あー。懐中電灯切れちゃったみたい」
とぼけた台詞を言い放ち、数十歩ゆっくりと進み、少しずつ前との距離を開けたのち、静かに後ろに向かって歩き出した。
それから、遠くに見える懐中電灯の小さな明かりを目印に彼らを追う。
ロケバスへと向かう田口達は問題ない。
問題なのは、林の奥深くへと消えた大野たちと、これから死の現場へと向かう野々村達。
あの時。
聞こえていたのにも関わらず、聞こえないフリをしてあの場を去った自分。
そして、今度は怪しい行動をとる彼らの傍に感じる悪意。
もう、見て見ぬフリは出来無さそうだ。
神代の第六感が叫ぶ。
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